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王国漫遊編

14.冒険者vs暗殺者

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「リコリスちゃん…!」
「あんた…なんで…」
「嫌な予感ってのは当たるもんだね。言ったでしょ、助けに来たって」

 二人を捕らえていた糸を切って剣を肩に担ぐ。

「アタシは…そんなこと…」
「望んでなくても、私はそんな顔したドロシーちゃんを放っておけない。友だちだもん、当然でしょ」
「友…だち…?」

 ドロシーちゃんもメロシーさんも怪我してる…
 やったのはこいつか。

「黒ずくめさんよぉ。私の友だちに上等切ったんだ。ただで済むと思うなよ」
「仕事を邪魔されるのが一番腹立たしいのですけど…。一応訊くのが礼儀なのでしょうね。何者ですか?」
「通りすがりの世紀の美少女だ。そっちこそ何者?ただ者じゃない気配はビンビンだけど」

 声と体格からして女…それもとびきりの美女だって私のセンサーが告げてる。
 平静を装ってるけど、【危機感知】が勃ちすぎて寒気が凄い。
 こんなにヤバいと思ったのは、お母さんにお尻叩きされて肉が爆ぜそうになったとき以来だ。

「リコリスちゃん、おそらく彼女たちは暗殺者ギルドのメンバーよ」
「暗殺者ギルド?」

 冒険者ギルドとは違う、金で殺しを請け負う非合法の闇の組織…ってところか。
 それが動いてるんなら、依頼主は十中八九あのオネエだろうな。

「名乗った方がよろしいですか?」
「美女の名前ならぜひ知りたいところだけどさ。今日のところは大人しく引き下がってくれないかな~なんて思ったり。ほら、私って女性尊重主義フェミニストだから♡女の子には乱暴したくなーいの♡」
「それはそれはご立派です。しかし生憎とその要求には応えかねますね」
「そっかそっか。残念残念。そりゃそうだよね。ほんじゃま、友だち傷付けられた借りでも返すとしようかな」

 剣を構えると、周囲の暗殺者たちが武器を手に戦闘態勢を執る。
 いや屋根の上にもいるんかーい。
 ひぃ、ふぅ、みぃ…数えるのもめんどくさいくらいいる。

「たった一人でこれだけの人数を相手にするつもりですか?」
「いやいや、私には頼れる仲間がいるもんでね。存分に力を借りるよ」

 黒ずくめの周囲に冷気が渦巻く。
 途端、空間が氷結し柱が立った。

氷の棺アイスコフィン

 座標指定した対象を凍らせる魔法なんだけど、黒ずくめは悠々と回避して柱の上に立った。

「逃げ足が速いんですね。害虫というのは」
「遅いぞーアルティ」
「リコが速すぎるだけです」
「増援…魔法使いですか」
「だけじゃねーぞ」

 アルティの背後で、リルム、シロン、ルドナ、ウルが異様な存在感を放つ。

「従魔まで。先程の言葉を訂正しましょう。たったそれだけの人数で、私どもを相手取るつもりですか?」

 ザッ
 うおお、まだ増えんのかい。
 暗殺者ってもっとこう、少人数で物静かに任務をこなす…みたいなさ。
 まあいいや。
 
「暗殺者ギルドだか何だか知らないけど、一人残らずお縄にしてやんよ」
「やれるものなら」
「大丈夫だよドロシーちゃん、メロシーさん。二人は私たちが守るから」
「あんた…」
「シッシッシ。さあ、暴れるぜ!!」

 静謐の街に火花が散った。



 ――――――――



銀幕の楯シルバーベール

 投げられたナイフ、針が揺れる羽衣に防がれて地面に落ちる。
 私はお世辞にも、リコほど動けるわけじゃない。
 リコが特異なのはさておいて、剣も禄に振れないし、スタミナだって無い。
 だから私は私に出来ることだけやる。
 大賢者の魔法は伊達じゃない。

青薔薇の剣ブルーローズセイバー

 氷の剣を空中で乱舞させ、斬りつけた対象を傷口から氷結させる。
 広範囲の敵を殲滅する第五階位の魔法。
 敵は魔法よりも速く動いて私の背後を取ろうとするが、それは悪手だ。

『主殿の奥方に無礼は許さぬでござるよ!闇狼の咆哮ダークネスロア!』

 ウルの咆哮と共に、【闇魔法】によるブレスが放たれる。
 
『お怪我はござらぬか?』
「ありがとうウル。なんて言ってるかはわからないけど」

 魔法を使う従魔。
 それだけで大したものだけど、やはりリコの従魔は特別だ。
 もちろんそれはウルだけじゃない。
 ルドナは高速で空を舞い、暗殺者たちの間を華麗にすり抜けていく。

『遅いでございます。風翼乱刃ウィンディフラップ!』

 羽ばたきから放たれる真空の斬撃が、暗殺者たちに致命打の傷を負わせる。
 
『めんどうだから全員寝てろ。睡魔の誘惑スリーピングフォール

 シロンは何もしない。
 ただそこにいるだけで相手を昏倒させ、大勢を一度に戦闘不能にする。
 文字通りの化け物揃いだが、特に異常なのがリルムだ。

『ドーを虐めた。リルム、ぜーったい赦さないー。食いしん坊の捕喰オールイーター

 身体を一軒家程まで巨大化させると、敵を呑み込み窒息させ、装備を片っ端から異次元に収納している。
 どんな攻撃も通用せず、一方的に相手を蹂躙する様は、とても最弱のスライムとは思えなかった。
 強すぎる。
 最早普通の魔物とは一線を画した災害のよう。
 むしろ人間を殺さないよう、手加減すらしているように見える。
 
「規格外は主だけではないということですね」

 ダークナイトウルフのウル。
 テンペストホークのルドナ。
 スリープラビットのシロン。
 イータースライムのリルム。
 これがリコの元で独自の進化を遂げた魔物。
 それぞれが一個小隊くらいなら一瞬で壊滅させるであろう力を有していた。
 尤もリコは、もといその強さは、その化け物たちよりも化け物のようだけれど。



 ――――――――



 なんか心無いことを言われた気がするな…

「よそ見とは余裕ですね」
「まあ実際余裕だし、ねっと!」

 ナイフを躱して頭を蹴ろうとしたのに、すり抜けたみたいに当たらない。
 こっちの動きが完全に読まれてるな。
 戦い慣れてるのか、殺し慣れてるのか。
 私も人並み以上に動ける方だけど、目の前の女は正直別格だ。
 攻撃が当たらん当たらん。
 だから、素直に剣だけでなんて相手してやらない。
 あんま女の人に乱暴したくないんだけど…

「痺れろ!」

 手の平から迸る短い電撃。
 身体が硬直したところへ、首トンッてして気絶させる。
 はずだった。

「残念」
「!」

 女の貫手が喉に刺さり、一瞬呼吸が止まった。

「電撃には耐性があるものですから」
「けほっ、あぁ…?拷問の訓練でも受けてんの?キ○アかよ…。ったくふざけやがって」
「お互い様だと思いますが。喉を抉るつもりだったのですけど、まさか反応されるとは」

 一瞬退くのが遅かったらそうなってたと思う。
 シンプルな体術に高い耐性…私は喉をさすりながら女を診た。
 【鑑定】…このスキルの前では、相手のスキルなんか丸裸だ。
 しかし見えるはずのステータスがノイズがかって全然見えない。
 
「【鑑定阻害】…」
「暗殺者の素性を暴くのはルール違反です」

 指を唇に当ててしー…ってするの色っぺぇ~。

「ますます興味湧いてきた。そのフード引っ剥がして、泣くまで顔中ペロペロしてやんよ」
「いいですよ。出来るものならいくらでも」

 スピードが上がった。
 ナイフでの連撃に、針と糸を使っての攻撃と捕縛を混じらせてくる。
 【鷹の眼】がなかったら追いつかないレベル。
 
「電撃が効かないならこれでどうだ!」

 空間に魔法陣を展開。
 氷の矢を乱射してみる。

無詠唱ゼロキャスト…なかなか」
「そうかよ…!」

 おーおー速い速い。
 壁を使った三次元的な動き。
 魔法でも捉えきれないのはヤバすぎる。
 ドロシーちゃんたちを庇いながらあれを相手にするのは、どう考えてもそれは得策じゃない。

「当てる気の無い攻撃なんて意味があるとは思えませんが」

 なら、私が取れる戦法は一つだ。
 けど…これやると、なぁ…

「そろそろ終わりにしましょうか」
「激しく同意」
「さようなら、赤髪の君」

 ナイフがギラリと光って迫る。

「リコリス――――――――!!!」

 心配すんなってドロシーちゃん。
 私は無敵だぜ。
 ナイフが胸に深々と突き刺さり、地面に赤いものを容赦なく垂らす。
 ドロシーちゃんたちは目を丸くして戦慄し、女は命を獲ったと確信した。

「残念」
「!」
「私の命…簡単に奪えると思うなよ!!」

 胸元を掴み、虚を突いた一瞬を見逃さずに炎を発火させローブを燃やす。

「その顔拝ませてもらうぜ暗殺者!!」

 気絶を狙って頭突きをお見舞いしようとしたけれど、女はナイフを手放し私から離れ、火が付いたローブを脱ぎ捨てた。

「ヒュー…やっぱり美人さんじゃん」

 夜闇に煌めくような灰色の髪と瞳。
 スラリと細い身体。
 目が覚めるような美人だけどそれにしても看過出来んくらい格好えっちぃ。
 ボディライン浮きすぎ、背中空きすぎ。
 暗殺者っていうか悩殺者じゃん。
 てか背中に彫られたタトゥーいかちっ!カッコいい~!
 えー待って待ってヤバい待ってー?
 トータル好みすぎて好みすぎるしすこここここぉ。
 メロシーさんとは違うタイプのドスケベお姉さんキターーーー。
 もう勘弁してくれよセクハラで訴えちゃうよ?なんて口が勝手に動きそうになったので、ほっぺを叩いて止めた。
 
「自分を犠牲にしてまで反撃するとは。勇敢なのか、それとも痛みも恐怖も感じない稀代の愚鈍なのか」

 肩に乗った灰を払う所作の一つさえ美しく見える。

「さあ。そのキレイな目にはどう映ってるのか、ぜひ教えてほしいもんだね。じっくりねっちょりズッポリと」

 ナイフを抜き取ると【自己再生】が働き傷が癒えていった。

「おもしろい人…フフ、変な人と言うのが正しいですね。最初から今の戦法を執っていれば、もっと早く勝負を着けられたのでは?」
「こっちにも事情があんのよ」

 【痛覚無効】があるから痛くなくても、怪我するのはやっぱり普通に怖いし服も汚れるし。
 最終手段にしておかないと、自己犠牲の戦い方はアルティに怒られるんだよ。
 今も結構眉間に皺が寄ってるしな。
 後でゴメンなさいしよう。

「さてどうする暗殺者さん。私は殺しても死なない。そんな私を無視してこの二人を狙っても当然殺させないし、お仲間はもうとっくにいない。あとはお姉さんだけだ」

 リルムが、シロンが、ルドナが、ウルが、アルティが勇敢に立ち阻かり退路を断つ。

「チェックメイトだよ」

 ……リアルでこれ決めゼリフにするのめちゃくちゃ恥ずかしいな。カッコいいけどあんま使わんとこ。
 暗殺者のお姉さんは沈黙した。
 状況を整理しているんだろうけど、どう考えても有利なのはこっちだ。
 相手に隠し玉が無ければの話だが。

「言葉の意味はわかりかねますが、どうやらここまでのようですね。初めての経験です。誰も殺せなかったのは」
「大人しく投降する気になった?」
「いえ、今日のところは引き下がることにします」
「おいおいジョークが秀逸だな。もしかして私たちから逃げられる気でいんの?ん?」
「ええ。造作もないことです」

 何の躊躇いも疑いもない。
 ただ事実を言ってるだけって顔をしてる。

「もちろんそちらがその気なら続けることは吝かではありません。ですがその場合…あなた以外の誰かが死にます。エルフの姉妹、魔物、銀髪の彼女…首だけになっても執念で殺します。こちらもプロなもので」

 それが脅しでないことは、彼女の殺気が雄弁に語っていた。
 武器もしまって普通に立ってるだけなのに、プレッシャーで息が詰まりそうだ。

「ああご安心を。そのつもりならとっくにやっていますから。ここで退くのは、あなたに興味が湧いたからです。一目惚れです。殺したくても殺せない稀有な存在。これが恋なのですね。初めてです、神に感謝したのは」

 神様もさぞ手放しで笑い転げてることだろう。
 暗殺者に一目惚れされた~なんて。

「お名前を訊いても?」
「リコリス。リコリス=ラプラスハート。そっちは?」
「シャルロット=リープ。どうかシャーリーとお呼びください。それでは失礼しますねリコリスさん」
「仲間、置いてくの?」
「暗殺者に仲間意識を求めるなんて、リコリスさんはお優しいのですね」
「?」
「……!リコ!!」

 アルティが叫んでやっと気付いた。
 やられた暗殺者…その全員が死んでる…

『毒だな。即死してる』
「服毒か…」

 万が一捕まった場合を想定して、口を割らないためにか…
 つくづく、ここが命が散りやすい世界だと思い知らされる。

「いずれまたどこかで」

 シャルロット=リープ。暗殺者ギルドのお姉さん。
 シャーリーは闇の中に溶けたように、私たちの目の前から静かに姿を消した。
 まったく、食えないお姉さんだこと。
 殺し殺されが無しなら、またぜひともお逢いしたいね。
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