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王国漫遊編
24.真紅
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翌朝。
残った米を握って、表面に醤油を塗って焼きおにぎりを作った。
それに味噌汁。具はじゃがいも。
簡素ながらこれまた懐かしく、みんなにも評判が良かった。
しかしこうなってくると、海苔に梅干し、豆腐にわかめ…欲しいものがいっぱいだ。
玉子焼きとかも食べたいから、四角いフライパンとかも。
フライパンとかは特注で作ってもらうしかなさそうだけど、食材は探せば売ってそうだな。
港沿いの店を回ってから、商業ギルドに顔を出そうっと。
さすが交易の街。
よくよく見渡すと見慣れない品がたくさんある。
異文化の服や調度品なんか物珍しくて目を惹かれる。
海沿いでしか買えない魚介類とか、この期に買い溜めしておこうっと。
「おっ、香辛料売ってる」
「いらっしゃいお嬢さん。良い品が揃ってるよ。砂漠の向こうのラムールから届いた品だ。買わなきゃ損だよ」
うっわめっちゃいい匂い。
カレー食べたーい。
ちょうどいい感じにスパイスが揃ってるんだよな…
けど高い…
「おじさん、これ全部まとめて買うからもう少し安くならない?」
「そうだねぇ~、じゃあ全部でこれだけでどうだ」
指を3本立てて突き出してくる。
「金貨3枚?」
「ハハハ、バカ言っちゃいけないよ。大金貨3枚さ」
レートがエグっ日本円で300万て。
確か香辛料って金と同じくらい高価なんだっけ。
それに砂漠越えの手間もかかってるんなら妥当なんだろうけど…
交渉ならドロシーを連れてくるんだった。
あ、そうだ。
「これで何とかならない?」
見せたのはアンドレアさんからもらった木札だ。
「なんだアンドレアさんの使いか。早く言ってくれよ。あの人には逆らえねえ。よしっ、大金貨1枚と金貨5枚!これ以上は内臓を差し出せと言われても負けられないよ!」
大金貨単位の値引きされるくらいの効果あんのこの木札…
知り合いでよかったぁ…
そんな調子で香辛料の他、必要な物資も調達して、残るはお目当ての店を探すのみ。
「ヒノカミノ国の品は…っと」
端の方まで歩いて、ようやく取り扱いの露店を見つけたと思ったら。
まあ寂しいこと寂しいこと。
商品だけはちゃんと並んでて、その中には私のお目当てがいっぱい。
「あっちはあんなに人がいっぱいなのに、こっちには誰もいない…」
「ヒノカミノ国の商品は選り好みされるからねぇ~。特に食材は~」
接客してきたお姉さんは、タレ目が可愛くてめっちゃ好き系。
ただし、首から下は瓶の中。
「どうも~。いらさいいらさいいらさいませ~。出張鶴瓶屋の元気印~。日の本一の看板娘、アグリちゃんで~す」
間延びした口調が特徴的な、なんとも個性的なお姉さん。
「その身体どうなってるんですか?」
明らかに人が入れるサイズじゃないんですけど。
「乙女の秘密なんだぜ~」
秘密ならしょうがないか☆
「赤い子よ~何をお求めかね~?」
「えっと、醤油、みりん…調味料は一式欲しいし、それに梅干し、海苔、かつお節…あ、昆布も。うわ、大豆も売ってる!」
しかも加熱処理してないやつ。
大豆があれば自分で色々作れるじゃん最&高。
ミオさんがくれたお酒とは違う銘柄の清酒もある。
うっわ、お金足りるかな。
「赤い子はこっちの大陸の人なのに、ヒノカミノ国に詳しいと見た~。いいよ~好きなだけ持っていきな~。お代は負けといてやるぜ~」
「うぇッ?!いいんですか?!遠慮とかしないですよ?!」
「いいよいいよ~。そろそろ店じまいしようと思ってたからねぇ~。おいしく食べておくれ~。お代はここね~。金貨5枚でいいよ~」
お代はここって、口?
冗談のつもりで金貨を口元まで持っていったけど、アグリさんは口で受け取るなり普通に飲み込んだ。
「まいどあり~。それじゃあ赤い子~、また縁があれば~」
アグリさんが瓶の中に首を引っ込めると、気配が消えて、次に入っていた瓶が消えた。
どんなスキル使ってたんだろ。
世の中には不思議なお姉さんもいるもんだ。
夢や幻ってわけではなかったんだろうけど。
「っと、急がないと待ち合わせに遅れちゃう」
大量の食材を入手出来て、私は足取り軽く商業ギルドへと向かった。
「昨日の今日でまた新しい商品を開発するとは」
ギルドの一室で、アンドレアさんは私が作った焼き肉のタレに感嘆とした。
「既存の調味料を組み合わせるだけでこんなに…やはりあなたは天才ですね」
「このレシピを提供するので、リコリスブランドの商品としてアンドレアさんのところで取り扱ってください」
「わかりました」
今回もスムーズに話が進む。
貧困気味にこの街にやって来たけれど、今ではしばらく生活に困らないくらいのお金が貯まった。
取引ついでに銀行に口座を作らされた。
都度振り込んでもらう方が楽だから良し。
商業のギルドカードはクレジットカードも兼任してるんだって。
本人照合機能もついてて、こんなカードでもハイテクらしい。
「ところで、リコリスさんは店舗を持つ気はないのですか?」
「店舗か…。私たちは常駐出来るわけじゃないし、場所も人も探さないといけないですからね」
「その気があれば、店舗も人員も手配しますよ」
「人が良すぎて怪しいレベルなんですけど」
「私を相手に世界を掌握すると言えるお方です。こちらもそれくらいの気概で臨まねば、いつ縁を切られるとも限りませんからね」
あくまでも欲望に忠実ってことね。
この人の利己的な人間性はすごく共感出来る。
「なに、店舗の経営は難しいことではありません。成功すれば繁盛。失敗すれば倒産。ごくシンプルなギャンブルです。賭けるものが大きいだけのね」
「いかに成功率を上げるかがポイントってことか…。で、アンドレアさんがスポンサーなら、それが跳ね上がるってわけですね。まあ前向きに考えます。並べる商品もまだ少ないですし。店舗を経営したくなったら、いの一番にアンドレアさんに相談しますね」
「楽しみにしています。ご参考までに、今現在でどのような商品をお考えかお聞かせいただけませんか?」
「今はまだ調味料くらいですよ」
目聡いというか、鼻が利くというか。
焼き肉のタレの他に、あと3つ小瓶を並べた。
「この赤いのがケチャップ。裏ごししたトマトをベースに、調味料と香草で香り付けしたソースです。真ん中の白いのがマヨネーズ。卵を原料にしたマイルドなソースです。それから最後のはポン酢。醤油と果汁などを合わせたさっぱりめのソースです」
アンドレアさんはそれらを一匙ずつ味見すると、素晴らしいと口角を上げた。
「味の知識が幅広いですね。様々な食材に合わせた多様性のあるソースをこれほど…。まるで食の開拓者だ」
実際は先人が切り拓いた既存の味をなぞってるだけだし、味を完ぺきにしてるのはドロシーの【調合】なんだけど、それでもアンドレアさんは絶賛した。
売れる、と。
このソース類に関しては、熟成肉と違って広く普及してもらうことを条件に、パステリッツ商会にレシピを渡した。
もちろんそれに伴うマージンはちゃんといただいたけど。
というのも、調味料の普及そのものは、延いてはこの世界の食の水準を上げるものと考えるためだ。
この世界の料理がマズいわけではけしてない。
それでも私には物足りなさを感じる部分が多々あったわけで。
利己的な部分が大半だけど、この世界の人たち自身が食を発展させてくれればいいなと、そう思ったのも確かなのだ。
「次はいったいどんなもので驚かされるのか、今から興味が尽きません」
「こっちも力添えになってくれるなら、いい夢が見られそうです」
お互いがお互いを利用してやろうという魂胆が渦巻いているのが、面白可笑しくまた心地よく。
今日も今日とて実りある商談が出来た。
街の西側に位置する森。
商談が弾みに弾んで、ゴブリンやブラックハウンドの討伐依頼をこなしていたみんなに合流した頃には、とっくに夕暮れ時になっていた。
「おつかれ。どう?」
「見て、これ」
ドロシーの後ろには、スケルトンらしき骨の残骸。
「なんだってこんなところに現れるんだろう」
「さあ。案外、昔この辺りで人が大勢亡くなってるとか。もしくは直近で亡くなった誰かがいて、亡骸がまだ発見されてないとか」
「怖っわ夜中アルティがトイレ行けなくなっちゃうじゃんピギィ!ごめんなさい!!」
なんで無言で尻蹴れるの君…
ドロシーの言うことも絶対に無いとは言い切れないけども、だとしたらウル辺りが見つけてそうだしな。
ルドナにも周囲を飛び回ってもらったけど何も異常は無いってことだったし。
「確かに魔物の発生は未だ解明も予知も出来ていない事象ではありますが。それでもその土地の魔力の性質で、生まれる魔物は絞れるものです」
「そうよね」
「うーん…じゃあ、誰かが【召喚魔法】を使ってる可能性とか?」
ちゃんとまともなことを言ったのに、二人からは、は?みたいな顔された。
「【召喚魔法】なんて、【聖魔法】と同じくらいエクストラスキルの中でも珍しい部類よ。それこそ【七大魔法】や【月魔法】よりも」
「そうなの?」
「【召喚魔法】は膨大な魔力を併せ持った者にしか発現しないと言われる、ユニークスキルに近い性質のスキルですからね」
「ほーん」
師匠は普通に使ってたけどな。
あれってそんなにスゴいスキルだったのか。
「あれ、ところでマリアとジャンヌは?」
「冒険者になったからって張り切っちゃって」
「森の奥まで行ってますよ。そろそろ戻ってくるとは思いますが」
「ただいまー!」
「今帰りましたー!」
「おー。おかえり」
言ったそばから二人は戻ってきた。
ガラスープでも作るんかってくらい大量の骨を引っ提げて。
「何体くらい倒した?」
「んっとね、たぶん50…60くらいかな」
「私もそれくらいです」
「数も異常だな」
百体を超える魔物の出現なんて、ほとんどスタンピードだ。
もしかして私たちが考えている以上に異常事態か?
「シースミスさんに報告しないとな」
日が沈み、夜が来る。
「そろそろ帰ろうか。今日の晩ご飯も期待していいぞー」
街へ戻る最中。
「きゃーーーー!!」
絹を裂くような悲鳴に、私たちは身を強張らせた。
「なんですか、今の悲鳴!」
地面を蹴って森を飛び出す。
私たちの目に飛び込んできたのは、街に大量のスケルトンが湧いているという、非日常な光景だった。
驚くより先に目を疑った。
まるで行軍しているかのようなスケルトンの群れに。
「見えるだけでも軽く500はいるか。けどこの数が、ウルの【危機感知】にも、マリアの【直感】にも引っ掛からないなんてことありえる?」
「実際起きてるんだからとやかく言っても始まらないでしょ。他の冒険者たちも対処してるみたいだし、私たちも市民の救助と避難を」
「オッケー。アルティとジャンヌ、リルム、ウルは街の北側に。ドロシーとマリア、シロン、ルドナは南側。数が多そうな中央は私がやる。スケルトンを発見次第各個撃破。無茶は禁止。市民の安全を最優先で」
「リコもお気を付けて」
「わかってるよ」
軽く拳を打ち付けて方方へ散っていく。
何がどうなってるのかは知らんけど、とにかく全部まとめてぶっ倒してやる。
「そぉい!」
女の子に手を伸ばそうとしていたスケルトンを蹴り砕く。
「逃げて」
「は、はい!ありがとうございます!」
「赤いの」
「はい赤いのです…って、なんだシースミスさんか」
「まさか街中にまで現れるとはね。しかもこの数。ギルドの職員と冒険者どもを総動員してるが手が足りない。あんたも働きな。報酬は払う」
「そのつもりですよ。それよりシースミスさんも避難したらどうですか?」
「なに、昔とった杵柄さ。まだまだ若いもんには負けん、よ!」
うっお、ソバットみたいな蹴りでスケルトン砕いた。
腰曲がったおばばの動きじゃなくない?
「こっちはこっちでやる。あんたも気張んな」
「うぃっす」
シースミスさんがスタタタと駆けていく。
ムーブが妖怪すぎる。
すると今度は向こうの方で男たちが市民を守りながら戦ってるのが見えた。
「おおりゃ!」
無骨な大剣がスケルトンを砕く。
その背後からまたスケルトンが迫って、これは危ないと駆けつけた。
「せやっ!と…大丈夫?」
「お前は…」
「あ、ギルドで絡んできた……何とかの何とか」
「大熊の顎のジョーだ!助かった、ありがとよ」
「気にすんな。視界に入っただけだから」
粗野で粗雑な印象だったけど、これでさすが中堅冒険者らしい。
我が身を盾に市民を守るなんて男気があるじゃないか。
「よぉ、こいつらは何なんだろうな」
「知らん。こっちが聞きたいよ」
向かってくるスケルトンを蹴り砕きながら言葉を交わす。
スケルトン自体は大して強い魔物じゃない。
油断しなきゃ怪我することもないだろう。
だからってこんな数をいちいち相手にするのはな…
「しょうがない…。えっと…ジャー?いや、ファー?」
「ジョーだ!!覚える気あんのか!!」
「ねえよ!!」
覚えられたいんなら女の子に転生してこい。
「ちょっと目瞑ってて」
「は?」
私は手を前方に翳し、眩い光を迸らせた。
対アンデッド系特化の【聖魔法】、強制成仏だ。
一帯のスケルトンを消滅させてやったぞ。
「お、おい!お前今の…!」
「目瞑っててって言ったのに。誰にも言うなよギブソン」
「ジョーだっつってんだろ!!って、おい!!」
「!!」
現れたのは骨の馬に跨った、青い炎を揺らめかせる首無しの騎士だった。
「デュラハンだと…!悪魔級の冒険者が徒党を組んで相手にするような魔物じゃねえか…!」
「つくづく異常事態か…」
向こうは大丈夫かな…
――――――――
まったく、あいつとの旅はいつだって騒がしい。
そんな日々が嫌いじゃないにせよ、これは限度があるでしょう。
「うーにゃあっ!」
炎を纏わせた一閃がスケルトンを切り裂く。
マリアの火力は見ていて気持ちいい。
「いい調子よ。って言いたいとこだけど…如何せん数が多すぎるわね」
シロンとルドナがいても一向に数が減らない。
ちなみにアタシ自身は戦力に数えてない。
【月魔法】は幻術やデバフに特化した魔法で、直接的な戦闘性能は有していないし、自慢じゃないけど剣も振れないうえにスタミナも無い。
スケルトン一体はおろか、そこらのスライムにも負ける自信がある。
「ドロシーお姉ちゃんっ!なんか大っきいのが出てきた!」
人型じゃない。
骨の獣…
「デスハウンド…また厄介そうなのが…!」
デスハウンドはカタカタと骨を鳴らすと、こちら目掛けて突進してきた。
犬っころらしく、弱者を獲物と嗅ぎ取ったのかもしれない。
さすがにそれはナメすぎよ。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫よ。弱い奴には弱い奴なりの戦い方があるんだから。……鈍足化」
飛びかかったデスハウンドの動きが鈍化する。
懐から赤と青の液体が入った小瓶を2つ取り出し、栓を開けてデスハウンドの口に突っ込む。
横を通り過ぎると、背後で爆発が生じた。
混合液が外気に触れることで爆発を起こす、アタシ特製の爆薬だ。
「ドロシーお姉ちゃんすっごい…」
「伊達に百年以上生きてないわよ。さあ、かかってきなさい骨共。火葬パーティーの始まりと洒落込もうじゃない」
少しはアタシも役に立たきゃね。
じゃないと、あいつの隣になんていられないもの。
――――――――
「皆さんこっちです!こっちの方は安全ですから!」
即席で作った氷の壁の向こうに、ジャンヌが市民を誘導してくれる。
あら方避難は終わった様子で、私たち以外に人の気配は無い。
「アルティお姉ちゃん、今の人で最後だと思います!」
「ありがとうございます」
スケルトンたちが緩慢な足取りでこちらへ向かってくる。
「氷結結界」
対象を空間ごと凍結させる魔法。
スケルトンの群れは凍って粉々になったけれど、それを踏み越えて次の群れが迫ってきた。
「お姉ちゃん、私が!」
ジャンヌは第七階位に相当する水魔法、高波でスケルトンを押し返そうと試みた。
一時的に成功したものの、すぐにまたスケルトンたちが押し寄せる。
リルムとウルも善戦しているのに、物量差で押されている。
砕いても穿いても止まらない。
「スタンピードだとしても、説明がつきませんね」
街ごと凍らせ制圧する…私ならそれが出来る。
けれどこれだけ広い街だと、敵だけを補足してという精密なコントロールが利かない。
さてどうしたものかと悩んでいると、スケルトンたちの奥から鎧を纏った一際大きな個体たちが姿を見せた。
「スケルトンナイト…!!スケルトンの上位個体があんなに…!!」
「お姉ちゃん…」
「青薔薇の剣舞踏」
青薔薇の剣の上位魔法。
宙空に浮かんだ数十という薔薇の剣が乱舞し、スケルトンナイトたちを斬り伏せていく。
切り口から凍結し崩れていくよりも、骨の兵たちが進軍してくるスピードが勝る…
「はああっ!」
ジャンヌたちの奮戦でも持ち堪えられない。
このままじゃ…
「リコ…!」
心が折れそうになった。
そんなとき。
「ふむ、よもやこれほどの事態になろうとはの」
空から降ってきたその少女は、牙を見せて微笑んだ。
「あな、たは…」
「下がっておるが良い。生憎と弱き者に加減出来うるほど、妾は器用ではないのでな」
その瞬間、街が真紅に包まれた。
――――――――
ゾクッ
うおぉ…?なんだ今の悪寒…
「おい!ボヤボヤすんな!」
「うっせえ筋肉ハゲだるま男が話しかけんなチ○コ縦に裂くぞ!」
「ヒュンッてなるんだが?!三食昼寝より拷問が好きな悪魔でもドン引きするわ!!」
うるっせえなぁ…
デュラハンはまあ速い。騎馬ってこんな戦いづらいんだな。
機動力に優れてて大剣を軽々と振り回す腕力もある。
その上魔法の抵抗力も高くて相手するのがめんどくさい。
「さっきのあれ!もう一回出来ねえのか!光るあれ!」
「出来る!!」
「出来んのかよならやれや!!」
「命令されるとやる気が無くなるタイプだぞ私は!!」
「知るかあああ!!」
何とかが剣を受け止めている間に、がら空きの胴体に蹴りを食らわす。
グワーンて中身が空っぽな音がした。
効いてるかどうかもわからん。
てか……鎧の弟くん思い出すな。
「【聖魔法】使わなくてもヨユーとか思ってたけど、ジリ貧かもしかして…?」
デュラハンが手綱を引いて剣を向けてくる。
私たちが構えた、そんな矢先。
「冥府ヲ満タス血ノ剣」
空から血の雨が降ってきた。
「はァ?!今度は何だ?!」
文字通りの雨じゃない。
血で出来た剣が降り注ぎ、魔物だけを着実に穿き倒していく。
っていや、待て待て待て…この魔法は…
「クハハハハハ!」
私は聞こえたその声の先を見上げた。
真紅に染めた月夜に映えるモノクロームの髪を靡かせ、真っ黒な蝙蝠の羽で空に浮かぶ、女の子の形をしたその人は、髑髏の仮面を外し、紅玉の瞳で私を見射った。
「久しぶりじゃのう!我が愛弟子よ!」
「ひ、久しぶり…師匠…」
突如として起きた怪事件は、突如として来訪した我が師…
テルナ=ローグ=ブラッドメアリーという化け物の手によって、一瞬で解決されたのであった。
…………いや、なんでいるの?
残った米を握って、表面に醤油を塗って焼きおにぎりを作った。
それに味噌汁。具はじゃがいも。
簡素ながらこれまた懐かしく、みんなにも評判が良かった。
しかしこうなってくると、海苔に梅干し、豆腐にわかめ…欲しいものがいっぱいだ。
玉子焼きとかも食べたいから、四角いフライパンとかも。
フライパンとかは特注で作ってもらうしかなさそうだけど、食材は探せば売ってそうだな。
港沿いの店を回ってから、商業ギルドに顔を出そうっと。
さすが交易の街。
よくよく見渡すと見慣れない品がたくさんある。
異文化の服や調度品なんか物珍しくて目を惹かれる。
海沿いでしか買えない魚介類とか、この期に買い溜めしておこうっと。
「おっ、香辛料売ってる」
「いらっしゃいお嬢さん。良い品が揃ってるよ。砂漠の向こうのラムールから届いた品だ。買わなきゃ損だよ」
うっわめっちゃいい匂い。
カレー食べたーい。
ちょうどいい感じにスパイスが揃ってるんだよな…
けど高い…
「おじさん、これ全部まとめて買うからもう少し安くならない?」
「そうだねぇ~、じゃあ全部でこれだけでどうだ」
指を3本立てて突き出してくる。
「金貨3枚?」
「ハハハ、バカ言っちゃいけないよ。大金貨3枚さ」
レートがエグっ日本円で300万て。
確か香辛料って金と同じくらい高価なんだっけ。
それに砂漠越えの手間もかかってるんなら妥当なんだろうけど…
交渉ならドロシーを連れてくるんだった。
あ、そうだ。
「これで何とかならない?」
見せたのはアンドレアさんからもらった木札だ。
「なんだアンドレアさんの使いか。早く言ってくれよ。あの人には逆らえねえ。よしっ、大金貨1枚と金貨5枚!これ以上は内臓を差し出せと言われても負けられないよ!」
大金貨単位の値引きされるくらいの効果あんのこの木札…
知り合いでよかったぁ…
そんな調子で香辛料の他、必要な物資も調達して、残るはお目当ての店を探すのみ。
「ヒノカミノ国の品は…っと」
端の方まで歩いて、ようやく取り扱いの露店を見つけたと思ったら。
まあ寂しいこと寂しいこと。
商品だけはちゃんと並んでて、その中には私のお目当てがいっぱい。
「あっちはあんなに人がいっぱいなのに、こっちには誰もいない…」
「ヒノカミノ国の商品は選り好みされるからねぇ~。特に食材は~」
接客してきたお姉さんは、タレ目が可愛くてめっちゃ好き系。
ただし、首から下は瓶の中。
「どうも~。いらさいいらさいいらさいませ~。出張鶴瓶屋の元気印~。日の本一の看板娘、アグリちゃんで~す」
間延びした口調が特徴的な、なんとも個性的なお姉さん。
「その身体どうなってるんですか?」
明らかに人が入れるサイズじゃないんですけど。
「乙女の秘密なんだぜ~」
秘密ならしょうがないか☆
「赤い子よ~何をお求めかね~?」
「えっと、醤油、みりん…調味料は一式欲しいし、それに梅干し、海苔、かつお節…あ、昆布も。うわ、大豆も売ってる!」
しかも加熱処理してないやつ。
大豆があれば自分で色々作れるじゃん最&高。
ミオさんがくれたお酒とは違う銘柄の清酒もある。
うっわ、お金足りるかな。
「赤い子はこっちの大陸の人なのに、ヒノカミノ国に詳しいと見た~。いいよ~好きなだけ持っていきな~。お代は負けといてやるぜ~」
「うぇッ?!いいんですか?!遠慮とかしないですよ?!」
「いいよいいよ~。そろそろ店じまいしようと思ってたからねぇ~。おいしく食べておくれ~。お代はここね~。金貨5枚でいいよ~」
お代はここって、口?
冗談のつもりで金貨を口元まで持っていったけど、アグリさんは口で受け取るなり普通に飲み込んだ。
「まいどあり~。それじゃあ赤い子~、また縁があれば~」
アグリさんが瓶の中に首を引っ込めると、気配が消えて、次に入っていた瓶が消えた。
どんなスキル使ってたんだろ。
世の中には不思議なお姉さんもいるもんだ。
夢や幻ってわけではなかったんだろうけど。
「っと、急がないと待ち合わせに遅れちゃう」
大量の食材を入手出来て、私は足取り軽く商業ギルドへと向かった。
「昨日の今日でまた新しい商品を開発するとは」
ギルドの一室で、アンドレアさんは私が作った焼き肉のタレに感嘆とした。
「既存の調味料を組み合わせるだけでこんなに…やはりあなたは天才ですね」
「このレシピを提供するので、リコリスブランドの商品としてアンドレアさんのところで取り扱ってください」
「わかりました」
今回もスムーズに話が進む。
貧困気味にこの街にやって来たけれど、今ではしばらく生活に困らないくらいのお金が貯まった。
取引ついでに銀行に口座を作らされた。
都度振り込んでもらう方が楽だから良し。
商業のギルドカードはクレジットカードも兼任してるんだって。
本人照合機能もついてて、こんなカードでもハイテクらしい。
「ところで、リコリスさんは店舗を持つ気はないのですか?」
「店舗か…。私たちは常駐出来るわけじゃないし、場所も人も探さないといけないですからね」
「その気があれば、店舗も人員も手配しますよ」
「人が良すぎて怪しいレベルなんですけど」
「私を相手に世界を掌握すると言えるお方です。こちらもそれくらいの気概で臨まねば、いつ縁を切られるとも限りませんからね」
あくまでも欲望に忠実ってことね。
この人の利己的な人間性はすごく共感出来る。
「なに、店舗の経営は難しいことではありません。成功すれば繁盛。失敗すれば倒産。ごくシンプルなギャンブルです。賭けるものが大きいだけのね」
「いかに成功率を上げるかがポイントってことか…。で、アンドレアさんがスポンサーなら、それが跳ね上がるってわけですね。まあ前向きに考えます。並べる商品もまだ少ないですし。店舗を経営したくなったら、いの一番にアンドレアさんに相談しますね」
「楽しみにしています。ご参考までに、今現在でどのような商品をお考えかお聞かせいただけませんか?」
「今はまだ調味料くらいですよ」
目聡いというか、鼻が利くというか。
焼き肉のタレの他に、あと3つ小瓶を並べた。
「この赤いのがケチャップ。裏ごししたトマトをベースに、調味料と香草で香り付けしたソースです。真ん中の白いのがマヨネーズ。卵を原料にしたマイルドなソースです。それから最後のはポン酢。醤油と果汁などを合わせたさっぱりめのソースです」
アンドレアさんはそれらを一匙ずつ味見すると、素晴らしいと口角を上げた。
「味の知識が幅広いですね。様々な食材に合わせた多様性のあるソースをこれほど…。まるで食の開拓者だ」
実際は先人が切り拓いた既存の味をなぞってるだけだし、味を完ぺきにしてるのはドロシーの【調合】なんだけど、それでもアンドレアさんは絶賛した。
売れる、と。
このソース類に関しては、熟成肉と違って広く普及してもらうことを条件に、パステリッツ商会にレシピを渡した。
もちろんそれに伴うマージンはちゃんといただいたけど。
というのも、調味料の普及そのものは、延いてはこの世界の食の水準を上げるものと考えるためだ。
この世界の料理がマズいわけではけしてない。
それでも私には物足りなさを感じる部分が多々あったわけで。
利己的な部分が大半だけど、この世界の人たち自身が食を発展させてくれればいいなと、そう思ったのも確かなのだ。
「次はいったいどんなもので驚かされるのか、今から興味が尽きません」
「こっちも力添えになってくれるなら、いい夢が見られそうです」
お互いがお互いを利用してやろうという魂胆が渦巻いているのが、面白可笑しくまた心地よく。
今日も今日とて実りある商談が出来た。
街の西側に位置する森。
商談が弾みに弾んで、ゴブリンやブラックハウンドの討伐依頼をこなしていたみんなに合流した頃には、とっくに夕暮れ時になっていた。
「おつかれ。どう?」
「見て、これ」
ドロシーの後ろには、スケルトンらしき骨の残骸。
「なんだってこんなところに現れるんだろう」
「さあ。案外、昔この辺りで人が大勢亡くなってるとか。もしくは直近で亡くなった誰かがいて、亡骸がまだ発見されてないとか」
「怖っわ夜中アルティがトイレ行けなくなっちゃうじゃんピギィ!ごめんなさい!!」
なんで無言で尻蹴れるの君…
ドロシーの言うことも絶対に無いとは言い切れないけども、だとしたらウル辺りが見つけてそうだしな。
ルドナにも周囲を飛び回ってもらったけど何も異常は無いってことだったし。
「確かに魔物の発生は未だ解明も予知も出来ていない事象ではありますが。それでもその土地の魔力の性質で、生まれる魔物は絞れるものです」
「そうよね」
「うーん…じゃあ、誰かが【召喚魔法】を使ってる可能性とか?」
ちゃんとまともなことを言ったのに、二人からは、は?みたいな顔された。
「【召喚魔法】なんて、【聖魔法】と同じくらいエクストラスキルの中でも珍しい部類よ。それこそ【七大魔法】や【月魔法】よりも」
「そうなの?」
「【召喚魔法】は膨大な魔力を併せ持った者にしか発現しないと言われる、ユニークスキルに近い性質のスキルですからね」
「ほーん」
師匠は普通に使ってたけどな。
あれってそんなにスゴいスキルだったのか。
「あれ、ところでマリアとジャンヌは?」
「冒険者になったからって張り切っちゃって」
「森の奥まで行ってますよ。そろそろ戻ってくるとは思いますが」
「ただいまー!」
「今帰りましたー!」
「おー。おかえり」
言ったそばから二人は戻ってきた。
ガラスープでも作るんかってくらい大量の骨を引っ提げて。
「何体くらい倒した?」
「んっとね、たぶん50…60くらいかな」
「私もそれくらいです」
「数も異常だな」
百体を超える魔物の出現なんて、ほとんどスタンピードだ。
もしかして私たちが考えている以上に異常事態か?
「シースミスさんに報告しないとな」
日が沈み、夜が来る。
「そろそろ帰ろうか。今日の晩ご飯も期待していいぞー」
街へ戻る最中。
「きゃーーーー!!」
絹を裂くような悲鳴に、私たちは身を強張らせた。
「なんですか、今の悲鳴!」
地面を蹴って森を飛び出す。
私たちの目に飛び込んできたのは、街に大量のスケルトンが湧いているという、非日常な光景だった。
驚くより先に目を疑った。
まるで行軍しているかのようなスケルトンの群れに。
「見えるだけでも軽く500はいるか。けどこの数が、ウルの【危機感知】にも、マリアの【直感】にも引っ掛からないなんてことありえる?」
「実際起きてるんだからとやかく言っても始まらないでしょ。他の冒険者たちも対処してるみたいだし、私たちも市民の救助と避難を」
「オッケー。アルティとジャンヌ、リルム、ウルは街の北側に。ドロシーとマリア、シロン、ルドナは南側。数が多そうな中央は私がやる。スケルトンを発見次第各個撃破。無茶は禁止。市民の安全を最優先で」
「リコもお気を付けて」
「わかってるよ」
軽く拳を打ち付けて方方へ散っていく。
何がどうなってるのかは知らんけど、とにかく全部まとめてぶっ倒してやる。
「そぉい!」
女の子に手を伸ばそうとしていたスケルトンを蹴り砕く。
「逃げて」
「は、はい!ありがとうございます!」
「赤いの」
「はい赤いのです…って、なんだシースミスさんか」
「まさか街中にまで現れるとはね。しかもこの数。ギルドの職員と冒険者どもを総動員してるが手が足りない。あんたも働きな。報酬は払う」
「そのつもりですよ。それよりシースミスさんも避難したらどうですか?」
「なに、昔とった杵柄さ。まだまだ若いもんには負けん、よ!」
うっお、ソバットみたいな蹴りでスケルトン砕いた。
腰曲がったおばばの動きじゃなくない?
「こっちはこっちでやる。あんたも気張んな」
「うぃっす」
シースミスさんがスタタタと駆けていく。
ムーブが妖怪すぎる。
すると今度は向こうの方で男たちが市民を守りながら戦ってるのが見えた。
「おおりゃ!」
無骨な大剣がスケルトンを砕く。
その背後からまたスケルトンが迫って、これは危ないと駆けつけた。
「せやっ!と…大丈夫?」
「お前は…」
「あ、ギルドで絡んできた……何とかの何とか」
「大熊の顎のジョーだ!助かった、ありがとよ」
「気にすんな。視界に入っただけだから」
粗野で粗雑な印象だったけど、これでさすが中堅冒険者らしい。
我が身を盾に市民を守るなんて男気があるじゃないか。
「よぉ、こいつらは何なんだろうな」
「知らん。こっちが聞きたいよ」
向かってくるスケルトンを蹴り砕きながら言葉を交わす。
スケルトン自体は大して強い魔物じゃない。
油断しなきゃ怪我することもないだろう。
だからってこんな数をいちいち相手にするのはな…
「しょうがない…。えっと…ジャー?いや、ファー?」
「ジョーだ!!覚える気あんのか!!」
「ねえよ!!」
覚えられたいんなら女の子に転生してこい。
「ちょっと目瞑ってて」
「は?」
私は手を前方に翳し、眩い光を迸らせた。
対アンデッド系特化の【聖魔法】、強制成仏だ。
一帯のスケルトンを消滅させてやったぞ。
「お、おい!お前今の…!」
「目瞑っててって言ったのに。誰にも言うなよギブソン」
「ジョーだっつってんだろ!!って、おい!!」
「!!」
現れたのは骨の馬に跨った、青い炎を揺らめかせる首無しの騎士だった。
「デュラハンだと…!悪魔級の冒険者が徒党を組んで相手にするような魔物じゃねえか…!」
「つくづく異常事態か…」
向こうは大丈夫かな…
――――――――
まったく、あいつとの旅はいつだって騒がしい。
そんな日々が嫌いじゃないにせよ、これは限度があるでしょう。
「うーにゃあっ!」
炎を纏わせた一閃がスケルトンを切り裂く。
マリアの火力は見ていて気持ちいい。
「いい調子よ。って言いたいとこだけど…如何せん数が多すぎるわね」
シロンとルドナがいても一向に数が減らない。
ちなみにアタシ自身は戦力に数えてない。
【月魔法】は幻術やデバフに特化した魔法で、直接的な戦闘性能は有していないし、自慢じゃないけど剣も振れないうえにスタミナも無い。
スケルトン一体はおろか、そこらのスライムにも負ける自信がある。
「ドロシーお姉ちゃんっ!なんか大っきいのが出てきた!」
人型じゃない。
骨の獣…
「デスハウンド…また厄介そうなのが…!」
デスハウンドはカタカタと骨を鳴らすと、こちら目掛けて突進してきた。
犬っころらしく、弱者を獲物と嗅ぎ取ったのかもしれない。
さすがにそれはナメすぎよ。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫よ。弱い奴には弱い奴なりの戦い方があるんだから。……鈍足化」
飛びかかったデスハウンドの動きが鈍化する。
懐から赤と青の液体が入った小瓶を2つ取り出し、栓を開けてデスハウンドの口に突っ込む。
横を通り過ぎると、背後で爆発が生じた。
混合液が外気に触れることで爆発を起こす、アタシ特製の爆薬だ。
「ドロシーお姉ちゃんすっごい…」
「伊達に百年以上生きてないわよ。さあ、かかってきなさい骨共。火葬パーティーの始まりと洒落込もうじゃない」
少しはアタシも役に立たきゃね。
じゃないと、あいつの隣になんていられないもの。
――――――――
「皆さんこっちです!こっちの方は安全ですから!」
即席で作った氷の壁の向こうに、ジャンヌが市民を誘導してくれる。
あら方避難は終わった様子で、私たち以外に人の気配は無い。
「アルティお姉ちゃん、今の人で最後だと思います!」
「ありがとうございます」
スケルトンたちが緩慢な足取りでこちらへ向かってくる。
「氷結結界」
対象を空間ごと凍結させる魔法。
スケルトンの群れは凍って粉々になったけれど、それを踏み越えて次の群れが迫ってきた。
「お姉ちゃん、私が!」
ジャンヌは第七階位に相当する水魔法、高波でスケルトンを押し返そうと試みた。
一時的に成功したものの、すぐにまたスケルトンたちが押し寄せる。
リルムとウルも善戦しているのに、物量差で押されている。
砕いても穿いても止まらない。
「スタンピードだとしても、説明がつきませんね」
街ごと凍らせ制圧する…私ならそれが出来る。
けれどこれだけ広い街だと、敵だけを補足してという精密なコントロールが利かない。
さてどうしたものかと悩んでいると、スケルトンたちの奥から鎧を纏った一際大きな個体たちが姿を見せた。
「スケルトンナイト…!!スケルトンの上位個体があんなに…!!」
「お姉ちゃん…」
「青薔薇の剣舞踏」
青薔薇の剣の上位魔法。
宙空に浮かんだ数十という薔薇の剣が乱舞し、スケルトンナイトたちを斬り伏せていく。
切り口から凍結し崩れていくよりも、骨の兵たちが進軍してくるスピードが勝る…
「はああっ!」
ジャンヌたちの奮戦でも持ち堪えられない。
このままじゃ…
「リコ…!」
心が折れそうになった。
そんなとき。
「ふむ、よもやこれほどの事態になろうとはの」
空から降ってきたその少女は、牙を見せて微笑んだ。
「あな、たは…」
「下がっておるが良い。生憎と弱き者に加減出来うるほど、妾は器用ではないのでな」
その瞬間、街が真紅に包まれた。
――――――――
ゾクッ
うおぉ…?なんだ今の悪寒…
「おい!ボヤボヤすんな!」
「うっせえ筋肉ハゲだるま男が話しかけんなチ○コ縦に裂くぞ!」
「ヒュンッてなるんだが?!三食昼寝より拷問が好きな悪魔でもドン引きするわ!!」
うるっせえなぁ…
デュラハンはまあ速い。騎馬ってこんな戦いづらいんだな。
機動力に優れてて大剣を軽々と振り回す腕力もある。
その上魔法の抵抗力も高くて相手するのがめんどくさい。
「さっきのあれ!もう一回出来ねえのか!光るあれ!」
「出来る!!」
「出来んのかよならやれや!!」
「命令されるとやる気が無くなるタイプだぞ私は!!」
「知るかあああ!!」
何とかが剣を受け止めている間に、がら空きの胴体に蹴りを食らわす。
グワーンて中身が空っぽな音がした。
効いてるかどうかもわからん。
てか……鎧の弟くん思い出すな。
「【聖魔法】使わなくてもヨユーとか思ってたけど、ジリ貧かもしかして…?」
デュラハンが手綱を引いて剣を向けてくる。
私たちが構えた、そんな矢先。
「冥府ヲ満タス血ノ剣」
空から血の雨が降ってきた。
「はァ?!今度は何だ?!」
文字通りの雨じゃない。
血で出来た剣が降り注ぎ、魔物だけを着実に穿き倒していく。
っていや、待て待て待て…この魔法は…
「クハハハハハ!」
私は聞こえたその声の先を見上げた。
真紅に染めた月夜に映えるモノクロームの髪を靡かせ、真っ黒な蝙蝠の羽で空に浮かぶ、女の子の形をしたその人は、髑髏の仮面を外し、紅玉の瞳で私を見射った。
「久しぶりじゃのう!我が愛弟子よ!」
「ひ、久しぶり…師匠…」
突如として起きた怪事件は、突如として来訪した我が師…
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…………いや、なんでいるの?
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