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迷宮探究編
43.出発前夜
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「明日王都を出るんですか?!」
「うん。それでお世話になった人たちに挨拶にね」
「また随分急ですね…。何か用事でもあるんですか?」
「そういうわけじゃないんだけど、刺激が欲しくなったっていうか。飽き性なんだろうね私って。そんなわけでサリーナちゃん、短い間だったけどありがとう」
「とんでもないです。こちらこそ、いろいろお世話になりました。たくさん勉強もさせてもらって。旅の無事を祈ってます」
「おうっ。ところでエヴァは?」
「あー…どこに隠れ…いや、行ったんでしょうね。わざわざ家まで挨拶に来てくれたのに」
「まいっか。んじゃね。まだ挨拶の途中なんだ。あ、もしよかったら今日うちにおいでよ。王都最後の夜にご飯でも一緒に」
「わっ、嬉しいです!はい、ぜひお伺いします!師匠と一緒に!」
「シシシ、待ってる」
リコリスちゃんはサリーナに投げキッスをすると、普段と何ら変わらない様子で家を出ていった。
明日、出発…
「寂しいよぉぉぉ…」
「ならなんでクローゼットに閉じこもってるんですか!はやく出て…いや鍵ガッチガチ!出て…ちょ、出てこいカビ子!!」
「はいカビ子です!!」
「もう…別れるのが嫌なのはわかりますけど、師匠が隠れたって何も解決しませんよ。好きって伝えたんでしょう?」
私は小さく頷いた。
それだけじゃない。
好きって言ってもらって…………言ってもらってない?!!
あれ?!!いや、でもキスされたし…あれ?!!!
も、もしかして社交辞令的な…そんなリコリスちゃんに限って…でもリコリスちゃんはああいうの慣れてそうだし…
「ぅぷ!別れる寂しさと混乱で胃液が…」
「嘔吐はいつものことなのであれこれ言いませんけど。引き籠もってる内に皆さん行っちゃいますよ」
「う、うう…」
「ま、私は好きって言っただけでも、師匠にしてはすごく進歩したと思いますよ」
「あ、あれ、サリーナ?どこ行くの?」
「私もやることがあるんです」
それだけ言うとサリーナも部屋を出て、私は一人になってしまった。
なんてツレない弟子だろう。
「でも、進歩…か」
うん、確かにそうだ。
誰かに好きなんて言ったことなかった。
私は私を褒めてあげられる。
褒めて…あげられる…
「リコリスちゃん…」
――――――――
「そうですか、王都を」
「はい。アンドレアさんにはお世話になりっぱなしで」
「リコリスさんに出会えたことは、私の人生の大きな幸運だったと言えるでしょう。今後とも良き付き合いが出来ることを祈っています。一人の商人として。そして一人の友人としても」
「男性の友人は初めてです」
「光栄です」
握手を求められそれに応じる。
友人か…自分から男性にそれを求めることはなかったから、なんだか新鮮だ。
お互いに利があるからこその言葉と受け取っちゃえばそれまでなんだが…
すると、部屋の外からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、扉が勢いよく開けられた。
「先生!!」
どこから話を聞きつけたのか、ワーグナーさんが血相を変えた様子で入ってきた。
「もう出発だなんて!酷いですよ私に相談なく!まだまだ先生には教えてほしいことが山のようにあるのに!」
「プロにそう言われるのは嬉しいですけど。本業は冒険者なもんで。またいいメニューを思いついたら手紙で送りますよ。季節限定メニューとかも、今後は出してみるとおもしろいかもしれませんし」
「出来ることなら私が先生について行きたいくらいです!」
心酔されてんなぁ。
男の人だから嬉しさは月並みだけど。
「ワーグナーさんだから任せたんですよ。頼りにしてますよ、料理長」
「はい!先生のお店を、王都一の…いや王国、世界一の名店にしてみせます!」
「シッシッシ、期待してます」
「お任せください先生!!」
マジで世界一にしそうな熱量なんだが…
まあ、うん気楽にね。
さてと、あとは…
「つい先日王都へ戻ってきたと思えばもう出発とはな。忙しない奴だ」
「旅が私たちを呼んでるもんで。また機会があれば会いに来るよヴィル」
「ああ、そうしろ。次は私の体調がいいときにな」
「そのときは泣かせてやんよ。てなわけでリエラもまたね」
「ええ。迷宮攻略、刺激的でとても有意義な経験でした。また機会がある際には、ぜひご一緒させてくださいね」
「シシシ、おてんばは程々にね。嫁に行き遅れちゃうよ」
「クスクス、そのときはリコリスさんがもらってください。アルティや他の皆さん共々」
うはー♡お姫様から逆プロポーズされちゃったぃ♡
こりゃこのまま挙式あるわー♡
「それで?次はどこへ向かう」
「ああお義母さん…じゃねえや。ディガーディアーの方に行こうと思ってる。そっから先は全然考えてないけど」
「ディガーディアーか。ふむ…大臣、筆と紙を」
ヴィルは一筆したためると、封蝋をしたそれを私に渡した。
「ディガーディアーの王とは旧知の仲だ。それを見せれば他国でも自由に動けるだろう。適当に用立てるがいい」
「少しは私たちのこと心配してくれてる、ってことでいいのかな?」
「心配ではなく保険だ。仮にも自国の貴族が、他国で無礼を働いたとあっては他所につけ込まれる可能性も出てくるからな」
「そうですか、っと。でもありがとう」
「良き旅を」
「ありがたき幸せ。親愛なる陛下」
「フフッ」
あくまで事務的な挨拶ではあったけど、ヴィルは可笑しそうに笑いをこぼした。
なんだ可愛い顔も出来るじゃねーか。
なんだかんだ面倒見はいいんだよな。
高貴な人格があるからこその女王様ってことか。
「そっちの顔の方が好きだな。可愛いよヴィル」
言ってから場の空気がシンとしたのがわかった。
あ、ヤベ。
「リコリス」
「うぃっす」
「一度味わうといい。絞首刑というやつを」
「首絞めプレイには興味無いんでじゃあねバイバイーーーー!!」
この日を境に、王都にある噂が流れた。
女王に不敬を働いたとある伯爵が絞首刑に処されたとか、女王陛下がデレて女の顔になったとか。
口ってやっぱ災いのもとだわ。
今後は気を付けよ。絶対。
えーっと、孤児院への挨拶も行ったし、買い物はみんなが済ませてくれてるし…
あとは…あ!たこ焼きプレート!忘れてた!
鍛冶屋で頼もうと思ってたんだった。
仕方なし。自分で作るか。
鉄板買って【重力魔法】で均一に半球状に凹み作って
王都最後の夜はたこパといくか。デビルオクトパスの切り身はまだまだあるし。
迷宮攻略して、お店出して、エヴァやサリーナちゃんと仲良くなって。そんでもってアルティと……うおお、卒業したってすげー…♡
濃い一週間だったな。
……こういうのも報告した方がいいのかな。
いや、神様なら知ってるか…
「リコリスちゃんおめでとぉ~♡♡♡やっとアルティちゃんと一つになれたね~♡♡♡」
「ちょ、やめ…やめろってリベルタス」
たまに会いに来るとこれだ。
ていうか覗くなや。
でも美を超越した神様にハグされるのは悪い気はしないんですよねえ。へへへ。
「リベルタス、ずるい。私もリコリスとギュッてする」
「うおっと。アテナも久しぶり」
「ん、好き」
技術の神アテナ。
無機質なお姉さんだけど、リベルタスと同じく私を好いてくれてる。
神様に両側からハグされるの私特権すぎりゅふ~♡
「未だかつて神がこんなにも一人の人間を愛したことがあったかしら」
呆れた風にそう言うのは花の神フローラ。
見た目こそゆるふわ系のお姉さんだけど、リベルタスやアテナよりずっとしっかりしてそうなイメージだ。
「重ねて言うけど、本来下界への過度な干渉は咎められて然るべきなのよ?それなのに、こうやって精神を神域に飛ばせるようにするなんて」
「だってだってー♡リコリスちゃんがこーんなに可愛いんだもんっ♡」
「まあ、この子自身が悪戯に神からもらった力を使ってないみたいだから、まだいいんだけどね」
フローラは私の鼻にちょんと指を当てた。
「悪さはしちゃダメよ。そうなったら私たちはあなたを裁かなくちゃいけなくなるから」
加護持ちってのはそういう運命を強制されているらしい。神の力で世の中を混乱させたら消される的な。
じゃあ【百合の姫】ガンガンでハーレムよっしゃーしてたら私も危なかったのかな?
もっと早く言ってくんない?
リベルタス、そういうの全然説明しないんだよな。
「そうだ、あなたに会いたがってた神がいるの」
「ほぇ?」
そう言ったフローラの視線の先には、闇を切り取ったみたいに真っ黒な神様がいた。
「こここ、こ、こんにちは…」
このエヴァを思わせる吃り方…まさか…
「もしかして、エヴァに加護を与えた…」
「は、はい…。わ、私、原初神の一柱で…カオス、といいます」
「原初神?」
「私たち神の更に上の、えらーい神様のことだよ♡」
ほーん…
上司的な感じか?
「こ、この度は、私の加護を持った人間と…えと、あの…ううう人間と喋るの緊張して無理…」
偉い神様が陰キャすぎる件。
「フローラ…代わりに言って…」
「はいはい」
カオスはつま先を伸ばして耳打ちしながら、フローラを介して喋りだした。
「ええと、自分が加護を授けた人間と仲良くしてくれてありがとう。リベルタスが君に授けたスキルのことは知ってる。でも君は私の加護に由来する【混沌】のスキルは使えないから、それだけは覚えておいてほしいです」
なんだ、使えないのか【混沌】。
あれ便利だしカッコいいと思ってたんだけどな。
「神様が使えないって言うんなら、そうなんだって納得するけど。なんでかは訊いていい?」
「原初神の加護とそれに由来するスキル、より神に近い力。だから授かった本人以外は使えない」
アテナは淡々とそう言った。
なるほどね。ようは師匠のスキルと一緒なことか。
あの人は意図的に私がスキルを使えないようにしてるみたいだけど。
「だ、だから、その…期待してたならゴメンなさい…っていうのを伝えに…」
「律儀な神様なんだ。大丈夫大丈夫。べつにスキルが欲しくてキスしたわけじゃないし」
「そ、それならよかった、です…。あの、その代わりといってはなんなんですが…よかったらこれを受け取って、ください…」
私の中にとんでもない魔力が流れ込んでくる。
アテナのときと同じ…ってことは。
「新しいスキル…?」
「【混沌の王】…えと、配下の能力が上がる…スキルです…」
名前の割には、なんていうか効果が普通?
【念話】みたいなテイマー系のスキルってとこかな。
「役に立ててくれたら嬉しい、です…。あ、要らなかったら捨ててくれれば…そ、それじゃ…」
「え、あ、ありがとうカオス。あんまりよくわかってないけど嬉しい」
「ひいい人間怖い!」
いや今普通に喋ってただろ。
カオスはすたこらと逃げるようにどこかへ行ってしまった。
「みんなズルいんだー。私もリコリスちゃんにもっといろんなものあげたいのにー」
「加護にスキルに知識までもらってるんだから充分だよ。じゃあそろそろ行くね。みんなありがとう」
「また来て。絶対」
「元気でね」
「行ってらっしゃい、リコリスちゃん♡」
リベルタスの投げキッスを受けて、私は元の世界に意識を戻した。
「昔はリベルタスだけだったのに、どんどん神様の知り合いが増えていくな…。ま、仲良くなるのは悪いことじゃないか」
この世界に転生してもうすぐ二十年。
この先どんな女の子と知り合いになれるのかなぁ。
ニッシッシ、楽しみ楽しみ。
もう処女ちゃうし、この流れで毎日女の子と…うっひょーたまんねー♡
って、私は調子こきまくりのルンルン気分で帰路についた。
「たーだいまー♡」
「お、おかえり…なさい…リコ」
「ん?どしたアルティ。そんなモジモジして」
「あ、と…」
「?」
変なやつだな。
「リコリスお姉ちゃんお腹すいたぁ」
「お腹すきましたぁ」
「おうおう、可愛い妹たちよ。今おいしいの作ってやるからな」
「今日のご飯なーに?」
「なんですかー?」
「今日はたこパだ♡」
「「たこパー?」」
「おいしいぞー。お手伝いしてくれる人手ェ上ーげて」
「「はーい!」」
うん元気でよろしい♡
んで、アルティはいつまでモジモジしとるんかね。
「こんばんはー」
「こ、こんばんは…お邪魔します…」
「おお二人ともいらっしゃい」
「あ、あのこれ…」
「ん?なになにお酒?エヴァが選んでくれたの?」
「は、はは、はい…お口に合うかどうか…。マズかったら全然捨ててくれれば…」
「サンキュ。後でみんなで飲もう。今準備するから、みんなと一緒に待ってて」
「リコリスさん、何かお手伝いしましょうか」
「サリーナちゃんも大丈夫だから。お客さんはゆっくりしてな」
よっし、たこ焼きたこ焼き~♡
「エヴァ、ちょっと」
「は、はい?」
なんかヒソヒソしてるけど…なんじゃ?
かつおぶしで濃い目に出汁を取り、小麦粉と合わせ生地を作る。
具はシンプルにたこと天かすのみ。
たこは贅沢に大きく。天かすは予め作っておいた手作り。
【重力魔法】で空中に鉄板を固定して、中火から弱火くらいに加熱。
油を塗ってあったまった鉄板に、生地を溢れるくらい流し入れる。
たこを一つずつ。天かすは大胆に恐れず。
「よし、行くぜ」
チャキーン
見よこの鮮やかな串さばき。
溢れた生地を切り離して、焼けたそばから回していく。
うーん職人の手捌き。
丸く出来上がったたこ焼きをお皿に盛り付けて、刷毛でソースを塗る。マヨネーズ、青のり、かつお節を振りかければ…はい完成。
「へいお待ちー!リコリス印のカリとろたこ焼きだ!」
「わぁ!」
「またなんとも、奇妙なものを」
「味は保証するよ。熱いから気を付けて。どんどん焼くから、みんな先に食べてていいよ。ちゃんとフーフーして」
「いただきまーす!」
「うおお待ってマリア一口でいくのは!!」
「あっっっっちゅい!!!」
そりゃ熱いよ。言ったじゃん気を付けてって。パタパタと床を踏み鳴らしてから、テーブルの上の水を流し込む。
それでも口の中に熱さは残っていたようで。
「はふっはふっ!はちはち…ふぅ、ふぅ…んっ、はあはあ!」
「大丈夫?」
「うん…。少しビックリしたけど…これおいしい!!私これ好き!!」
ふー危ねえ。
よかったーたこ焼き嫌い!とかならなくて。
「危険ですが、おいしい食べ物ですね。外はカリっと、中はとろりと」
「ソースとマヨネーズの対比がステキね」
「だろだろ?フフン、私はこれでもたこ焼きには一家言あるのだよ」
「リコがこんな料理を作ってるのなんて見たことありませんが」
「まあ気にすんなって。ほらほら、どんどん食え」
「火傷しそうなくらい熱いたこ焼きに、冷えたエールが…んく、んく…ぷはあっ!たまらんのじゃー!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん、次私もやってみたいです!」
「私もー!」
「おー焼け焼け。たこの代わりに他のものを入れてもおいしいよ」
「そなたの血でもかの?」
「んなわけねーだろのじゃロリ食欲失せるわ」
たこ焼きは大好評。
お腹いっぱいー。お酒も入っていい気持ち。
マリアたちなんか、お風呂から上がったらすぐ寝ちゃった。
明日は出発だし、私もさっさと寝るか。
ふぁーあ…すやぴすやぴ。
「リコ…」
「?!!!!」
目を疑った…というか、うんやっぱ目を疑った。
部屋に戻った私を、ほとんど裸同然の下着姿をした女たちが待ってたんだから。
「え?!なに?!これなに?!どういう状況?!!」
「なんか知らないけど…さっきから発情しっぱなしなのよ」
「身体が熱いです…」
う、うわあああああ!
夜は薄着の天使が騒々しいってこれのことか?!
露出ばっかり増えるの嬉しすぎるが?!
ドロシーそれほぼ乳首見え…シャーリー細っせボディラインいかちっ!
「あ、あんまり見ないでください…」
「すぐにでもリコが欲しい…」
エヴァも?!うっわエヴァめっちゃ巨乳さんじゃん…アルティごくシンプルにえっちなの好ちいいいいいい!
「また何らかのスキルを得たのじゃろうの…それも妾に干渉出来るような高位のものを。子どもらはもう寝ておる。ほれ、来ぬか」
師匠まで…そんな、マジでか…
……………………ふぅ。
はいはいステイクールステイクール。
これはあれだ…【混沌の王】が遺憾なく働いてるせいだ。
いや魔物限定のスキルじゃねーのかよ!
【百合の姫】で繋がってる全員に効果あんの?!!聞いてないけど?!!
能力上がるっていうか性欲上がってますが?!!!
うっわ…それにしてもドキドキすんなぁ。
いい女たちに同時に求められる優越感やべー。
まったくしょうがねえ女たちだぜグヘヘ。
SHI☆KA☆SHI!!
私はもう大人なのだ。
どきまぎして余裕のないリコリスさんはさよならバイバイ。
ここはスマートに全員優しく抱いてやるのが――――――――
「リコリスちゃん…♡」
「リコリスよ…♡」
「リコリスさん…♡」
「ねえはやく来なさいよ…♡」
「抱いて…リコちゃん…♡」
「全員メスの顔してたら無理な話やろがーーーーい!!!♡♡♡」
そりゃ心の中のル○ンもダイブするて。
私が自叙伝を出す日が来るとしたら、この瞬間だけでもきっと一冊分に相当するだろう。
何があったのかは割愛しなきゃなんないくらいセンシティブではあったけど。
そうだな…端的に。
月が綺麗なとある夜、私はこの目で楽園を見たのであったとさ――――――――なんて風に、王都最後の夜は締めておこうかな。
シシシ♡
「うん。それでお世話になった人たちに挨拶にね」
「また随分急ですね…。何か用事でもあるんですか?」
「そういうわけじゃないんだけど、刺激が欲しくなったっていうか。飽き性なんだろうね私って。そんなわけでサリーナちゃん、短い間だったけどありがとう」
「とんでもないです。こちらこそ、いろいろお世話になりました。たくさん勉強もさせてもらって。旅の無事を祈ってます」
「おうっ。ところでエヴァは?」
「あー…どこに隠れ…いや、行ったんでしょうね。わざわざ家まで挨拶に来てくれたのに」
「まいっか。んじゃね。まだ挨拶の途中なんだ。あ、もしよかったら今日うちにおいでよ。王都最後の夜にご飯でも一緒に」
「わっ、嬉しいです!はい、ぜひお伺いします!師匠と一緒に!」
「シシシ、待ってる」
リコリスちゃんはサリーナに投げキッスをすると、普段と何ら変わらない様子で家を出ていった。
明日、出発…
「寂しいよぉぉぉ…」
「ならなんでクローゼットに閉じこもってるんですか!はやく出て…いや鍵ガッチガチ!出て…ちょ、出てこいカビ子!!」
「はいカビ子です!!」
「もう…別れるのが嫌なのはわかりますけど、師匠が隠れたって何も解決しませんよ。好きって伝えたんでしょう?」
私は小さく頷いた。
それだけじゃない。
好きって言ってもらって…………言ってもらってない?!!
あれ?!!いや、でもキスされたし…あれ?!!!
も、もしかして社交辞令的な…そんなリコリスちゃんに限って…でもリコリスちゃんはああいうの慣れてそうだし…
「ぅぷ!別れる寂しさと混乱で胃液が…」
「嘔吐はいつものことなのであれこれ言いませんけど。引き籠もってる内に皆さん行っちゃいますよ」
「う、うう…」
「ま、私は好きって言っただけでも、師匠にしてはすごく進歩したと思いますよ」
「あ、あれ、サリーナ?どこ行くの?」
「私もやることがあるんです」
それだけ言うとサリーナも部屋を出て、私は一人になってしまった。
なんてツレない弟子だろう。
「でも、進歩…か」
うん、確かにそうだ。
誰かに好きなんて言ったことなかった。
私は私を褒めてあげられる。
褒めて…あげられる…
「リコリスちゃん…」
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「そうですか、王都を」
「はい。アンドレアさんにはお世話になりっぱなしで」
「リコリスさんに出会えたことは、私の人生の大きな幸運だったと言えるでしょう。今後とも良き付き合いが出来ることを祈っています。一人の商人として。そして一人の友人としても」
「男性の友人は初めてです」
「光栄です」
握手を求められそれに応じる。
友人か…自分から男性にそれを求めることはなかったから、なんだか新鮮だ。
お互いに利があるからこその言葉と受け取っちゃえばそれまでなんだが…
すると、部屋の外からバタバタと慌ただしい足音が聞こえてきて、扉が勢いよく開けられた。
「先生!!」
どこから話を聞きつけたのか、ワーグナーさんが血相を変えた様子で入ってきた。
「もう出発だなんて!酷いですよ私に相談なく!まだまだ先生には教えてほしいことが山のようにあるのに!」
「プロにそう言われるのは嬉しいですけど。本業は冒険者なもんで。またいいメニューを思いついたら手紙で送りますよ。季節限定メニューとかも、今後は出してみるとおもしろいかもしれませんし」
「出来ることなら私が先生について行きたいくらいです!」
心酔されてんなぁ。
男の人だから嬉しさは月並みだけど。
「ワーグナーさんだから任せたんですよ。頼りにしてますよ、料理長」
「はい!先生のお店を、王都一の…いや王国、世界一の名店にしてみせます!」
「シッシッシ、期待してます」
「お任せください先生!!」
マジで世界一にしそうな熱量なんだが…
まあ、うん気楽にね。
さてと、あとは…
「つい先日王都へ戻ってきたと思えばもう出発とはな。忙しない奴だ」
「旅が私たちを呼んでるもんで。また機会があれば会いに来るよヴィル」
「ああ、そうしろ。次は私の体調がいいときにな」
「そのときは泣かせてやんよ。てなわけでリエラもまたね」
「ええ。迷宮攻略、刺激的でとても有意義な経験でした。また機会がある際には、ぜひご一緒させてくださいね」
「シシシ、おてんばは程々にね。嫁に行き遅れちゃうよ」
「クスクス、そのときはリコリスさんがもらってください。アルティや他の皆さん共々」
うはー♡お姫様から逆プロポーズされちゃったぃ♡
こりゃこのまま挙式あるわー♡
「それで?次はどこへ向かう」
「ああお義母さん…じゃねえや。ディガーディアーの方に行こうと思ってる。そっから先は全然考えてないけど」
「ディガーディアーか。ふむ…大臣、筆と紙を」
ヴィルは一筆したためると、封蝋をしたそれを私に渡した。
「ディガーディアーの王とは旧知の仲だ。それを見せれば他国でも自由に動けるだろう。適当に用立てるがいい」
「少しは私たちのこと心配してくれてる、ってことでいいのかな?」
「心配ではなく保険だ。仮にも自国の貴族が、他国で無礼を働いたとあっては他所につけ込まれる可能性も出てくるからな」
「そうですか、っと。でもありがとう」
「良き旅を」
「ありがたき幸せ。親愛なる陛下」
「フフッ」
あくまで事務的な挨拶ではあったけど、ヴィルは可笑しそうに笑いをこぼした。
なんだ可愛い顔も出来るじゃねーか。
なんだかんだ面倒見はいいんだよな。
高貴な人格があるからこその女王様ってことか。
「そっちの顔の方が好きだな。可愛いよヴィル」
言ってから場の空気がシンとしたのがわかった。
あ、ヤベ。
「リコリス」
「うぃっす」
「一度味わうといい。絞首刑というやつを」
「首絞めプレイには興味無いんでじゃあねバイバイーーーー!!」
この日を境に、王都にある噂が流れた。
女王に不敬を働いたとある伯爵が絞首刑に処されたとか、女王陛下がデレて女の顔になったとか。
口ってやっぱ災いのもとだわ。
今後は気を付けよ。絶対。
えーっと、孤児院への挨拶も行ったし、買い物はみんなが済ませてくれてるし…
あとは…あ!たこ焼きプレート!忘れてた!
鍛冶屋で頼もうと思ってたんだった。
仕方なし。自分で作るか。
鉄板買って【重力魔法】で均一に半球状に凹み作って
王都最後の夜はたこパといくか。デビルオクトパスの切り身はまだまだあるし。
迷宮攻略して、お店出して、エヴァやサリーナちゃんと仲良くなって。そんでもってアルティと……うおお、卒業したってすげー…♡
濃い一週間だったな。
……こういうのも報告した方がいいのかな。
いや、神様なら知ってるか…
「リコリスちゃんおめでとぉ~♡♡♡やっとアルティちゃんと一つになれたね~♡♡♡」
「ちょ、やめ…やめろってリベルタス」
たまに会いに来るとこれだ。
ていうか覗くなや。
でも美を超越した神様にハグされるのは悪い気はしないんですよねえ。へへへ。
「リベルタス、ずるい。私もリコリスとギュッてする」
「うおっと。アテナも久しぶり」
「ん、好き」
技術の神アテナ。
無機質なお姉さんだけど、リベルタスと同じく私を好いてくれてる。
神様に両側からハグされるの私特権すぎりゅふ~♡
「未だかつて神がこんなにも一人の人間を愛したことがあったかしら」
呆れた風にそう言うのは花の神フローラ。
見た目こそゆるふわ系のお姉さんだけど、リベルタスやアテナよりずっとしっかりしてそうなイメージだ。
「重ねて言うけど、本来下界への過度な干渉は咎められて然るべきなのよ?それなのに、こうやって精神を神域に飛ばせるようにするなんて」
「だってだってー♡リコリスちゃんがこーんなに可愛いんだもんっ♡」
「まあ、この子自身が悪戯に神からもらった力を使ってないみたいだから、まだいいんだけどね」
フローラは私の鼻にちょんと指を当てた。
「悪さはしちゃダメよ。そうなったら私たちはあなたを裁かなくちゃいけなくなるから」
加護持ちってのはそういう運命を強制されているらしい。神の力で世の中を混乱させたら消される的な。
じゃあ【百合の姫】ガンガンでハーレムよっしゃーしてたら私も危なかったのかな?
もっと早く言ってくんない?
リベルタス、そういうの全然説明しないんだよな。
「そうだ、あなたに会いたがってた神がいるの」
「ほぇ?」
そう言ったフローラの視線の先には、闇を切り取ったみたいに真っ黒な神様がいた。
「こここ、こ、こんにちは…」
このエヴァを思わせる吃り方…まさか…
「もしかして、エヴァに加護を与えた…」
「は、はい…。わ、私、原初神の一柱で…カオス、といいます」
「原初神?」
「私たち神の更に上の、えらーい神様のことだよ♡」
ほーん…
上司的な感じか?
「こ、この度は、私の加護を持った人間と…えと、あの…ううう人間と喋るの緊張して無理…」
偉い神様が陰キャすぎる件。
「フローラ…代わりに言って…」
「はいはい」
カオスはつま先を伸ばして耳打ちしながら、フローラを介して喋りだした。
「ええと、自分が加護を授けた人間と仲良くしてくれてありがとう。リベルタスが君に授けたスキルのことは知ってる。でも君は私の加護に由来する【混沌】のスキルは使えないから、それだけは覚えておいてほしいです」
なんだ、使えないのか【混沌】。
あれ便利だしカッコいいと思ってたんだけどな。
「神様が使えないって言うんなら、そうなんだって納得するけど。なんでかは訊いていい?」
「原初神の加護とそれに由来するスキル、より神に近い力。だから授かった本人以外は使えない」
アテナは淡々とそう言った。
なるほどね。ようは師匠のスキルと一緒なことか。
あの人は意図的に私がスキルを使えないようにしてるみたいだけど。
「だ、だから、その…期待してたならゴメンなさい…っていうのを伝えに…」
「律儀な神様なんだ。大丈夫大丈夫。べつにスキルが欲しくてキスしたわけじゃないし」
「そ、それならよかった、です…。あの、その代わりといってはなんなんですが…よかったらこれを受け取って、ください…」
私の中にとんでもない魔力が流れ込んでくる。
アテナのときと同じ…ってことは。
「新しいスキル…?」
「【混沌の王】…えと、配下の能力が上がる…スキルです…」
名前の割には、なんていうか効果が普通?
【念話】みたいなテイマー系のスキルってとこかな。
「役に立ててくれたら嬉しい、です…。あ、要らなかったら捨ててくれれば…そ、それじゃ…」
「え、あ、ありがとうカオス。あんまりよくわかってないけど嬉しい」
「ひいい人間怖い!」
いや今普通に喋ってただろ。
カオスはすたこらと逃げるようにどこかへ行ってしまった。
「みんなズルいんだー。私もリコリスちゃんにもっといろんなものあげたいのにー」
「加護にスキルに知識までもらってるんだから充分だよ。じゃあそろそろ行くね。みんなありがとう」
「また来て。絶対」
「元気でね」
「行ってらっしゃい、リコリスちゃん♡」
リベルタスの投げキッスを受けて、私は元の世界に意識を戻した。
「昔はリベルタスだけだったのに、どんどん神様の知り合いが増えていくな…。ま、仲良くなるのは悪いことじゃないか」
この世界に転生してもうすぐ二十年。
この先どんな女の子と知り合いになれるのかなぁ。
ニッシッシ、楽しみ楽しみ。
もう処女ちゃうし、この流れで毎日女の子と…うっひょーたまんねー♡
って、私は調子こきまくりのルンルン気分で帰路についた。
「たーだいまー♡」
「お、おかえり…なさい…リコ」
「ん?どしたアルティ。そんなモジモジして」
「あ、と…」
「?」
変なやつだな。
「リコリスお姉ちゃんお腹すいたぁ」
「お腹すきましたぁ」
「おうおう、可愛い妹たちよ。今おいしいの作ってやるからな」
「今日のご飯なーに?」
「なんですかー?」
「今日はたこパだ♡」
「「たこパー?」」
「おいしいぞー。お手伝いしてくれる人手ェ上ーげて」
「「はーい!」」
うん元気でよろしい♡
んで、アルティはいつまでモジモジしとるんかね。
「こんばんはー」
「こ、こんばんは…お邪魔します…」
「おお二人ともいらっしゃい」
「あ、あのこれ…」
「ん?なになにお酒?エヴァが選んでくれたの?」
「は、はは、はい…お口に合うかどうか…。マズかったら全然捨ててくれれば…」
「サンキュ。後でみんなで飲もう。今準備するから、みんなと一緒に待ってて」
「リコリスさん、何かお手伝いしましょうか」
「サリーナちゃんも大丈夫だから。お客さんはゆっくりしてな」
よっし、たこ焼きたこ焼き~♡
「エヴァ、ちょっと」
「は、はい?」
なんかヒソヒソしてるけど…なんじゃ?
かつおぶしで濃い目に出汁を取り、小麦粉と合わせ生地を作る。
具はシンプルにたこと天かすのみ。
たこは贅沢に大きく。天かすは予め作っておいた手作り。
【重力魔法】で空中に鉄板を固定して、中火から弱火くらいに加熱。
油を塗ってあったまった鉄板に、生地を溢れるくらい流し入れる。
たこを一つずつ。天かすは大胆に恐れず。
「よし、行くぜ」
チャキーン
見よこの鮮やかな串さばき。
溢れた生地を切り離して、焼けたそばから回していく。
うーん職人の手捌き。
丸く出来上がったたこ焼きをお皿に盛り付けて、刷毛でソースを塗る。マヨネーズ、青のり、かつお節を振りかければ…はい完成。
「へいお待ちー!リコリス印のカリとろたこ焼きだ!」
「わぁ!」
「またなんとも、奇妙なものを」
「味は保証するよ。熱いから気を付けて。どんどん焼くから、みんな先に食べてていいよ。ちゃんとフーフーして」
「いただきまーす!」
「うおお待ってマリア一口でいくのは!!」
「あっっっっちゅい!!!」
そりゃ熱いよ。言ったじゃん気を付けてって。パタパタと床を踏み鳴らしてから、テーブルの上の水を流し込む。
それでも口の中に熱さは残っていたようで。
「はふっはふっ!はちはち…ふぅ、ふぅ…んっ、はあはあ!」
「大丈夫?」
「うん…。少しビックリしたけど…これおいしい!!私これ好き!!」
ふー危ねえ。
よかったーたこ焼き嫌い!とかならなくて。
「危険ですが、おいしい食べ物ですね。外はカリっと、中はとろりと」
「ソースとマヨネーズの対比がステキね」
「だろだろ?フフン、私はこれでもたこ焼きには一家言あるのだよ」
「リコがこんな料理を作ってるのなんて見たことありませんが」
「まあ気にすんなって。ほらほら、どんどん食え」
「火傷しそうなくらい熱いたこ焼きに、冷えたエールが…んく、んく…ぷはあっ!たまらんのじゃー!」
「お姉ちゃんお姉ちゃん、次私もやってみたいです!」
「私もー!」
「おー焼け焼け。たこの代わりに他のものを入れてもおいしいよ」
「そなたの血でもかの?」
「んなわけねーだろのじゃロリ食欲失せるわ」
たこ焼きは大好評。
お腹いっぱいー。お酒も入っていい気持ち。
マリアたちなんか、お風呂から上がったらすぐ寝ちゃった。
明日は出発だし、私もさっさと寝るか。
ふぁーあ…すやぴすやぴ。
「リコ…」
「?!!!!」
目を疑った…というか、うんやっぱ目を疑った。
部屋に戻った私を、ほとんど裸同然の下着姿をした女たちが待ってたんだから。
「え?!なに?!これなに?!どういう状況?!!」
「なんか知らないけど…さっきから発情しっぱなしなのよ」
「身体が熱いです…」
う、うわあああああ!
夜は薄着の天使が騒々しいってこれのことか?!
露出ばっかり増えるの嬉しすぎるが?!
ドロシーそれほぼ乳首見え…シャーリー細っせボディラインいかちっ!
「あ、あんまり見ないでください…」
「すぐにでもリコが欲しい…」
エヴァも?!うっわエヴァめっちゃ巨乳さんじゃん…アルティごくシンプルにえっちなの好ちいいいいいい!
「また何らかのスキルを得たのじゃろうの…それも妾に干渉出来るような高位のものを。子どもらはもう寝ておる。ほれ、来ぬか」
師匠まで…そんな、マジでか…
……………………ふぅ。
はいはいステイクールステイクール。
これはあれだ…【混沌の王】が遺憾なく働いてるせいだ。
いや魔物限定のスキルじゃねーのかよ!
【百合の姫】で繋がってる全員に効果あんの?!!聞いてないけど?!!
能力上がるっていうか性欲上がってますが?!!!
うっわ…それにしてもドキドキすんなぁ。
いい女たちに同時に求められる優越感やべー。
まったくしょうがねえ女たちだぜグヘヘ。
SHI☆KA☆SHI!!
私はもう大人なのだ。
どきまぎして余裕のないリコリスさんはさよならバイバイ。
ここはスマートに全員優しく抱いてやるのが――――――――
「リコリスちゃん…♡」
「リコリスよ…♡」
「リコリスさん…♡」
「ねえはやく来なさいよ…♡」
「抱いて…リコちゃん…♡」
「全員メスの顔してたら無理な話やろがーーーーい!!!♡♡♡」
そりゃ心の中のル○ンもダイブするて。
私が自叙伝を出す日が来るとしたら、この瞬間だけでもきっと一冊分に相当するだろう。
何があったのかは割愛しなきゃなんないくらいセンシティブではあったけど。
そうだな…端的に。
月が綺麗なとある夜、私はこの目で楽園を見たのであったとさ――――――――なんて風に、王都最後の夜は締めておこうかな。
シシシ♡
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