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森羅継承編
48.百合の楽園vs森羅騎士団(前編)
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ピチャン
頭に落ちる雫で目が覚めた。
「ここは…つッ…!」
腹に残る痛み。他に傷らしい傷は無いみたい。
次に両手両足が鉄枷で縛られているのに気が付いた。
鎖で壁に固定されていて身動きが取れない。
ご丁寧に魔封じの術式が施された代物らしく、魔法という魔法が使えない。
仮に使えたとしても、この場を脱出するような魔法自体使えないわけだけど。
薬のポーチは…どこかに落としたみたい。
「城の地下牢…?」
鬱屈とするような重い空気が座し、カビの匂いが蔓延する暗い空間。
他のみんなは別の場所に閉じ込められているのか、それらしい気配は無い。
「目が覚めたか」
「アウラ…!」
檻の向こうでアウラは冷たい目を向ける。
「隊長直々にわざわざ様子を見に来てくれるなんて。優しいのね」
軽口に返事は無い。
「他のみんなはどこ?無事なんでしょうね」
「貴様が知る必要は無い」
「答えなさい」
「どのツラを下げて私に命令している。もう貴様は我らが仕えた皇族ではない。エルフの国は…ロストアイ皇国はすでに死んだ国だ。お前たちが皇族が国を殺した」
「……そうね」
そのとおりだと受け入れて言うと、アウラは歯軋りをして力任せに檻に拳を叩きつけた。
「なにがそうねだ…。それだけか…我らの国を滅ぼしておきながら、言うことはそれだけか!!」
「懐かしいわねと思い出に浸れば満足?……アウラ、アタシは」
檻が斬られ、衝撃で周囲の壁が大きな音を立てて崩れた。
「貴様は…貴様ら皇族は知るまい。我らがどんな思いでこの百年を生き凌いできたか。守るべきものに、尊ぶべきものに裏切られた我らの胸中など、一欠片も理解出来るものか」
「父の…男のしでかした事は、アタシじゃとても詫びきれない。けれど償えというなら、アタシに出来ることなら何でもやるわ。あんたたちがここで何をしているのかは知らないけれど、そのつもりで来たのは本当だから。この百年…初めて再会した同胞に…」
「償い?そんな軽い言葉で、百年に渡る憎悪の何が解消する。誰が貴様を同胞だと認める。言ってみろ穢れた血め!!国を殺し、民を蔑ろにし、いったい何を以て償うとのたまうのだ!!今この地にいったい何がある!!精霊に見捨てられ、世界樹は枯れ果てた!!貴様なんかに何が出来る!!」
「アウラ…あっ!!」
アウラは壁の鎖を断ち切ると、アタシの髪を引っ張って引きずった。
地下牢の奥の奥。
更に地下へ続く階段を降りていくと、大穴が空いた空間に出た。
罪人を裁く処刑場だ。
けれど空気が鉛のように纏わりつくのは、処刑場だからという理由だけではないみたいだった。
鉄柵に投げ捨てられ、身体を打った痛みに悶えながら、アタシはそれを見上げた。
「何…これ…」
「見ろ。その目を開き享受しろ。この国の嘆きを。民の怒りを」
大穴の底で蠢く、巨大で禍々しい何か。
闇と翠緑の光で構成されたそれが鎖で封印されている。
この封印はヘルガの…いや、それより…
「あなたたちは…いったい何をしようとしているの…?」
復讐だ。
アウラはそれを見上げて言い剣を抜いた。
「我々から全てを奪った人間へのな」
真っ赤な血がアタシの目の前で舞った。
――――――――
「ズルいんですから隊長ってば」
ボロボロのカウチに横たわり天井を仰ぎながら、クルーエルは足をパタパタとさせた。
「今頃ドロシー様を痛めつけてるんですよきっと。私にもやらせてくれればいいのに。ヘルガさんもそう思いますよね?」
「お前の嗜虐趣味には付き合いきれねえよ」
椅子に腰掛け足を組むヘルガは、飴玉を口に放り、右手で真っ黒な鉄の玉を遊ばせた。
「それってあの吸血鬼ですよね?」
「ああ。なかなか強い奴だったがな。おれの【精霊魔法】にかかればこんなもんだ」
「隊長の不意打ちがあったからこそでしょう?クスクス、あのまま戦ってたら今頃ヘルガさんボロボロだったんじゃないですかー?」
「んなわけねえだろ」
するとそこへ一人のエルフがお茶を運んできた。
胸元を露出させ、一際色気を漂わせた痩身の女性だ。
「しかし、まさかこんなタイミングでドロシーちゃんが帰ってくるとはね。これも因果というやつかしら」
「あーネイアさんお茶どうもです。気になりますか?じゃあ一緒にドロシー様のこと虐めに行きましょうよ」
「遠慮するわ。勝手なことしてアウラに怒られたくないもの。ただでさえドロシーちゃんのことで気が立ってるみたいだし」
「ま、それだけが原因じゃない気もしますけどね」
クルーエルは村で出逢った赤髪の人間のことを思い浮かべた。
今まで見たことがない、澄んだ魂を持った人間。
あのドロシーが傍にいることを選ぶほどの器に、彼女は密かな興味を抱いていた。
叶うならば斬ってみたいほどに。
「それよりティルフィを知らない?そろそろ見張り番から帰ってくる時間なんだけど」
「また居眠りでもしてんだろ。いつものことだ。少ししたら戻ってくるんじゃねえのか」
「さあ、案外ちゃんと仕事をしてるのかもしれませんよ」
と、身体を起こして窓の外を眺める。
近付いてくる気配。一つや二つどころじゃない。
全員が全員ただならぬ魔力を帯びこちらへ向かってくる。
抑えきれない高揚に、クルーエルは口の端を吊り上げた。
「どうした?」
「クスクス、ヘルガさん、ネイアさん。どうやら仕事の時間みたいです」
一番おいしそうなのは譲りませんからそのつもりで、と。
副隊長の"狂乱"に、ヘルガはやれやれと頭を掻いた。
「門番はおれの役目なんだがな」
――――――――
「ここが皇都…」
倒壊した木の家並ぶ街並み。
住人はとっくにいなくなっているようで、生活の痕跡はまるで無い。
街の中央の大樹に到着するまで、ずっと似たような景色が続いた。
大樹の城…ここがドロシーの…
「ごく薄っすらとですが、ドロシーの魔力を感じます。地下…?瘴気と妙な魔力が混合して、【魔導書】ですら上手く反応を掴めません…」
「お姉ちゃん!見てください!」
門の前に何かが落ちているのにジャンヌが気付いた。
「ドロシーのポーチ…」
「それに…この血は…」
『スン…これは人魚の魔眼の方々の血の匂いでござるな。それにテルナ殿の匂いもするでござる』
「テルナお姉ちゃんたち、怪我してるのかな?大丈夫かな?」
「うん。きっと大丈夫だよ」
自分の不安を紛らわせるようにマリアの頭に手を置く。
手が微かに震えてる。これは焦りだ。
私の焦燥を掻き立てるように、その人物は門の向こうから塵旋風を巻き起こして現れた。
「リ、リコリスちゃん…」
「ああ」
「こんにちは。また会いましたね」
「クルーエル…」
「わっ、名前覚えててくれたんですねー。光栄です。たしか…リコリスさん?でしたっけ」
「ドロシーは…みんなはどこ?」
「村で見かけたときから気になってたんですよ。一目惚れってやつですかね?クスクス、斬ったらいい声で泣いてくれそうだなぁって」
「どこにいるか訊いてるんだけどなぁ」
「せっかくこんなところまで来てくれたんです。ちょっと遊んでいってくださいよ。魔物を斬るのにはもう…飽きちゃって」
話を聞いてくれない美人さんもいいねぇ。
場合が場合じゃなかったらお茶の一つでもお誘いしたい気分だ。
「アルティ、みんなを連れて先に行け。どうやらご指名みたいだ」
「置いていくわけないでしょう。女性が相手だと防戦一方のクソ雑魚無力無能になるくせに」
「口に悪口濾過機能とか付けてくんない?やるときはやるのに定評のあるリコリスさんだってのを見せてやんよ」
私とアルティが言い合うのを他所に、
「お姉ちゃんたちは先に行って」
マリアが剣を剣を抜いてクルーエルと対峙した。
「マリア…?」
「子どもには興味がありません。遊び相手なら他を当たってくれませんか?」
クルーエルはマリアを歯牙にもかけていない。
私たちの目から見ても実力差は明白で、とてもじゃないけれどマリアを戦わせようとは思わなかった。
「マリア、退きなさい。ここは私が」
「やだ!絶対私が戦う!」
ただのワガママじゃない。
強い意思を込めてマリアは声を上げた。
「この人からはみんなの血の匂いがする。みんなを…ドロシーお姉ちゃんを傷付けた匂いがする。それなのに、全然悪いことしたって思ってない!」
「鼻がいいですね。さすが獣人の子。ええ、たしかに。いい声を出してくれましたよ、ドロシー様は」
挑発するような笑み。
ピリつく私たち以上に、マリアは毛を逆立てるくらい熱い魔力を迸らせて怒った。
「ドロシーお姉ちゃんたちを虐めた…リコリスお姉ちゃんを傷付けようとした!私、この人嫌い!」
「好かれようなどという気はさらさらありませんが。挑むというなら覚悟をしてくださいね。ままごと遊びじゃ、命のやり取りはしないでしょう?」
「私だって冒険者だもん!百合の楽園の一人だもん!お姉ちゃんたちに守られてばっかりじゃない!悪いことしたらゴメンなさいしなきゃって教えてあげるんだから!」
なんて頼もしい。勇ましい。
妹の成長に咽び泣きそうだ。
後でいっぱいギューってしてあげるから。
「頼んだよマリア」
「うん!」
「マリア!気を付けてね!」
「ジャンヌも!」
クルーエルはマリアに狙いを定めたようで、脇を抜ける私たちに一瞥だけ送り、城へと突入するのを止めることはなかった。
「さて、では始めましょうか。森羅騎士団副隊長、狂乱のクルーエルです」
「百合の楽園、マリア!お姉ちゃんたちの妹だ!」
「じゃあ、そのお姉ちゃんたちに伝えておきますね。妹は勇敢に戦い、そして…死んでいきましたよ、と」
扉をぶち破り城の中へ。
荒れ果てて荘厳さの名残も無い。
「ドロシーの反応は地下だ。急ごう」
長い通路を駆け地下への入り口に辿り着くと、その前にはまた女の人が立ち阻かっていた。
「なんだクルーエルのやつ、任せろってわりに結構な数を通してるじゃねえか」
「お姉さんも森羅騎士団の一人ってことでいい?」
「ああ。黒鉄のヘルガだ。よろしく」
「黒鉄だって。似てんね銀さん」
「反応に困るのでおもしろくない話は振らないでください」
「うぃっす。私たちドロシーやみんなを迎えに行きたいだけなんだけど、通してくれちゃったりしない?」
「それを阻止するのが役目みたいなところがあるんでな。悪いねお客人たち」
森羅騎士団ってのは総じてみんな強そうなのが厄介だ。
一人一人の魔力の濃密さがエグい。
この人も漏れなく精霊の力を使うんだろうけど…この感じは…
「一つ質問。ちっちゃ可愛い吸血鬼に心当たりは?」
ヘルガは谷間から黒い鉄の玉を取り出し不敵に笑った。
「こいつのことか?」
「封印術…まさかテルナを…!」
「油断したなのじゃロリ…」
「おれは鉄の精霊の寵愛を受けた精霊術師。おれの【精霊魔法】は万物を阻み、万人を閉じ込める封印に特化した力。あの吸血鬼は大した強さだったが、ここから脱出することは叶わねえ」
「ならあなたを倒せばそれで済む、ということですか」
「話が早くて助かるよ。ついでにおれには勝てないことも悟ってくれるともっと助かる」
「そればかりはやってみなければわかりません」
「うん。アルティお姉ちゃんの言うとおりです」
ジャンヌは真っ青な魔力を揺らめかせ、優しい目をキッと鋭くした。
「この人は私が相手をします。リコリスお姉ちゃんたちはドロシーお姉ちゃんのところへ行ってください」
「おーおーカッコいいなお嬢ちゃん。けど悪いな。重き鉄の扉」
鉄が波打ち通路を完全に塞いだ。
「一対一を望んでるわけじゃねえんだ。誰一人として通さねえよ」
対し、ジャンヌは凄まじい勢いの水流を放射した。
【見えざる手】で射出口を絞ることで勢いを増す、高圧水刃というジャンヌの必殺技。
その切れ味はぶ厚い鉄の壁を容易く両断した。
「行ってくださいお姉ちゃん」
「ああ。無茶すんなよ」
誇らしすぎるったらない。私たちの予想を越えて成長するんだから。
まったく妹ってのは最高だな!
「行かせねえよ…っと!」
上半身のバネで高圧水刃を躱すと、ヘルガは参ったなと頭を掻いた。
「戦い好きの他の連中と違って、おれは適度に見境があるんだがな。子どもを甚振る趣味はねえ。飴をやるからここで大人しくしててくれねえか」
「大人しくしてればテルナお姉ちゃんを返してくれますか?」
「難しい質問だ。このお嬢ちゃんを解放して、暴れないって保証がどこにも無い。困るんだよ。あとちょっと…もうすぐなんだ」
「何がですか?」
「子どもにゃわからねえもんさ」
「子ども扱いしてると痛い目を見るかもしれないですよ」
「ん?ッハハ。そりゃそうだ。いや失礼。そんじゃ先に行った連中は、お嬢ちゃんをぶっ倒してから追いかけることにするよ。来な、お嬢ちゃんの勇気に免じて相手になってやる。泣いて赦してって謝ってももう遅いぜ」
大丈夫です、とジャンヌは剣を抜いて敵を見据えた。
「私だって、いつまでも弱いままの妹じゃないですから」
背後で轟く戦いの爆音に妹たちの安否を思いつつ、地下へ続く階段を駆け下りる。
「なんだ?瘴気が濃くなってきた…」
「リコの付与と魔法で耐性は付いているのに、なんて息苦しい」
「ぅぷ…」
「エヴァ大丈夫?無理すんなよ」
「はっはい…っ、リコリスちゃん!アルティちゃん!」
階段を降りきったときだ。
エヴァが私たちより一瞬早く、前方から紫の濃霧が噴いてくるのに気が付いた。
「闇大穴!」
エヴァの手のひらを起点に展開された黒い大渦が濃霧を飲み込む。
脅威は去ったかに思われたけれど、闇大穴を消したエヴァが、突然胸を押さえてその場に膝をついた。
「ぁ…ぐ…!!」
「エヴァ…エヴァ!!」
「いったい何が…」
カツン
通路の奥からヒールを鳴らす音。
「あらあら、ダメじゃない。人の魔法を考え無しに受けちゃ」
「おいおい…とんでもない色っぽいお姉さんよぉ。うちのエヴァに何した?」
「可哀想だけど、その子もう助からないわよ。私の毒を思い切り吸い込んだんだもの」
「毒?」
「【状態異常無効】を持つ私たちにそんなもの通じるわけ…」
「【状態異常無効】?そんな下等なスキルで、私の毒の【精霊魔法】が防げるわけないじゃない」
にしても、エヴァは毒を直接吸い込んだわけじゃないだろ。
「私の毒は魔法を介して魔力を侵食し身体を蝕む。どんな薬も治療も効果は無いわ。今のうちに別れを済ませた方がいいわよ、侵入者さんたち。尤もあなたたちも、その子と同じ運命を辿ることになるんだけど、ね!」
細剣を薙ぎ、毒の刃を飛翔させる。
魔法では防げない。
アルティを庇って避けようとしたら、私たちの前に影が阻かった。
「混成獣の大盾…!!」
魔物の筋肉を膨れさせ、硬質化。更に幾層もの鱗や骨を纏うことで防御力を高めたエヴァは、また一身に毒を受けた。
「エヴァ!!」
「学習能力が無いの?私の魔法を受けたらそれだけで」
「はい…で、でも毒ならもう…効きません…」
「はあ?」
「私は…と、取り込むことで自分のものに出来るから…。あっあなたの毒は…解析して、抗体を作りました…」
「抗体?おもしろい冗談だわ。この毒劇のネイアの毒に、そんなものがあると思って?」
「し、信じなくても…いいです。リコリスちゃん、アルティちゃん、先に行ってください…」
腕を元に戻し手のひらをネイアに翳す。
「こ、この人くらいなら、私でも相手出来ます…から」
言われたネイアは額に青筋を立て、私はナチュラルな煽りに笑ってエヴァの背中を叩いた。
「いいね最っ高だ。強気なエヴァもいいじゃん」
続いてアルティも背中に手をやった。
「頼みます」
さっきの一言が効いたらしく、ネイアは私たちが横を抜けても目で追おうともしなかった。
「美しき自己犠牲精神。そのキレイな顔ごと、ドロドロのグチャグチャにしてあげる」
「あ、えと…二人の前なので調子に乗りました…ゴメンなさい…」
「今さら謝ってももう遅いわ!!」
毒が触手のように伸び、エヴァの肩と足を貫く。
痛みに苦悶しながらも、強引にそれを引きちぎった。
「!」
「けど…負けるつもりがないのは本当です…。大賢者の称号は、だ、伊達じゃないでしゅ……ううう」
「噛んだわね」
「リルム、シロン、ルドナ、ウル、ドロシーは私たちが。みんなはミオさんたちを探しに行って」
『わかったー』
『任せろ』
『かしこまりましてございます』
『了解でござる』
迷路みたいに入り組んだ地下。
牢屋と緊急時の避難路も兼ねてるっぽくて、【世界地図】が無かったら迷ってたかもしれない。
走って走って走って、やがて開けた空間に出た。
底と上が見えない大穴の縁。
そこにドロシーはいた。
「ドロシー!!」
「リコリス…アルティ…」
血まみれで横たわった姿で。
頭に落ちる雫で目が覚めた。
「ここは…つッ…!」
腹に残る痛み。他に傷らしい傷は無いみたい。
次に両手両足が鉄枷で縛られているのに気が付いた。
鎖で壁に固定されていて身動きが取れない。
ご丁寧に魔封じの術式が施された代物らしく、魔法という魔法が使えない。
仮に使えたとしても、この場を脱出するような魔法自体使えないわけだけど。
薬のポーチは…どこかに落としたみたい。
「城の地下牢…?」
鬱屈とするような重い空気が座し、カビの匂いが蔓延する暗い空間。
他のみんなは別の場所に閉じ込められているのか、それらしい気配は無い。
「目が覚めたか」
「アウラ…!」
檻の向こうでアウラは冷たい目を向ける。
「隊長直々にわざわざ様子を見に来てくれるなんて。優しいのね」
軽口に返事は無い。
「他のみんなはどこ?無事なんでしょうね」
「貴様が知る必要は無い」
「答えなさい」
「どのツラを下げて私に命令している。もう貴様は我らが仕えた皇族ではない。エルフの国は…ロストアイ皇国はすでに死んだ国だ。お前たちが皇族が国を殺した」
「……そうね」
そのとおりだと受け入れて言うと、アウラは歯軋りをして力任せに檻に拳を叩きつけた。
「なにがそうねだ…。それだけか…我らの国を滅ぼしておきながら、言うことはそれだけか!!」
「懐かしいわねと思い出に浸れば満足?……アウラ、アタシは」
檻が斬られ、衝撃で周囲の壁が大きな音を立てて崩れた。
「貴様は…貴様ら皇族は知るまい。我らがどんな思いでこの百年を生き凌いできたか。守るべきものに、尊ぶべきものに裏切られた我らの胸中など、一欠片も理解出来るものか」
「父の…男のしでかした事は、アタシじゃとても詫びきれない。けれど償えというなら、アタシに出来ることなら何でもやるわ。あんたたちがここで何をしているのかは知らないけれど、そのつもりで来たのは本当だから。この百年…初めて再会した同胞に…」
「償い?そんな軽い言葉で、百年に渡る憎悪の何が解消する。誰が貴様を同胞だと認める。言ってみろ穢れた血め!!国を殺し、民を蔑ろにし、いったい何を以て償うとのたまうのだ!!今この地にいったい何がある!!精霊に見捨てられ、世界樹は枯れ果てた!!貴様なんかに何が出来る!!」
「アウラ…あっ!!」
アウラは壁の鎖を断ち切ると、アタシの髪を引っ張って引きずった。
地下牢の奥の奥。
更に地下へ続く階段を降りていくと、大穴が空いた空間に出た。
罪人を裁く処刑場だ。
けれど空気が鉛のように纏わりつくのは、処刑場だからという理由だけではないみたいだった。
鉄柵に投げ捨てられ、身体を打った痛みに悶えながら、アタシはそれを見上げた。
「何…これ…」
「見ろ。その目を開き享受しろ。この国の嘆きを。民の怒りを」
大穴の底で蠢く、巨大で禍々しい何か。
闇と翠緑の光で構成されたそれが鎖で封印されている。
この封印はヘルガの…いや、それより…
「あなたたちは…いったい何をしようとしているの…?」
復讐だ。
アウラはそれを見上げて言い剣を抜いた。
「我々から全てを奪った人間へのな」
真っ赤な血がアタシの目の前で舞った。
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「ズルいんですから隊長ってば」
ボロボロのカウチに横たわり天井を仰ぎながら、クルーエルは足をパタパタとさせた。
「今頃ドロシー様を痛めつけてるんですよきっと。私にもやらせてくれればいいのに。ヘルガさんもそう思いますよね?」
「お前の嗜虐趣味には付き合いきれねえよ」
椅子に腰掛け足を組むヘルガは、飴玉を口に放り、右手で真っ黒な鉄の玉を遊ばせた。
「それってあの吸血鬼ですよね?」
「ああ。なかなか強い奴だったがな。おれの【精霊魔法】にかかればこんなもんだ」
「隊長の不意打ちがあったからこそでしょう?クスクス、あのまま戦ってたら今頃ヘルガさんボロボロだったんじゃないですかー?」
「んなわけねえだろ」
するとそこへ一人のエルフがお茶を運んできた。
胸元を露出させ、一際色気を漂わせた痩身の女性だ。
「しかし、まさかこんなタイミングでドロシーちゃんが帰ってくるとはね。これも因果というやつかしら」
「あーネイアさんお茶どうもです。気になりますか?じゃあ一緒にドロシー様のこと虐めに行きましょうよ」
「遠慮するわ。勝手なことしてアウラに怒られたくないもの。ただでさえドロシーちゃんのことで気が立ってるみたいだし」
「ま、それだけが原因じゃない気もしますけどね」
クルーエルは村で出逢った赤髪の人間のことを思い浮かべた。
今まで見たことがない、澄んだ魂を持った人間。
あのドロシーが傍にいることを選ぶほどの器に、彼女は密かな興味を抱いていた。
叶うならば斬ってみたいほどに。
「それよりティルフィを知らない?そろそろ見張り番から帰ってくる時間なんだけど」
「また居眠りでもしてんだろ。いつものことだ。少ししたら戻ってくるんじゃねえのか」
「さあ、案外ちゃんと仕事をしてるのかもしれませんよ」
と、身体を起こして窓の外を眺める。
近付いてくる気配。一つや二つどころじゃない。
全員が全員ただならぬ魔力を帯びこちらへ向かってくる。
抑えきれない高揚に、クルーエルは口の端を吊り上げた。
「どうした?」
「クスクス、ヘルガさん、ネイアさん。どうやら仕事の時間みたいです」
一番おいしそうなのは譲りませんからそのつもりで、と。
副隊長の"狂乱"に、ヘルガはやれやれと頭を掻いた。
「門番はおれの役目なんだがな」
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「ここが皇都…」
倒壊した木の家並ぶ街並み。
住人はとっくにいなくなっているようで、生活の痕跡はまるで無い。
街の中央の大樹に到着するまで、ずっと似たような景色が続いた。
大樹の城…ここがドロシーの…
「ごく薄っすらとですが、ドロシーの魔力を感じます。地下…?瘴気と妙な魔力が混合して、【魔導書】ですら上手く反応を掴めません…」
「お姉ちゃん!見てください!」
門の前に何かが落ちているのにジャンヌが気付いた。
「ドロシーのポーチ…」
「それに…この血は…」
『スン…これは人魚の魔眼の方々の血の匂いでござるな。それにテルナ殿の匂いもするでござる』
「テルナお姉ちゃんたち、怪我してるのかな?大丈夫かな?」
「うん。きっと大丈夫だよ」
自分の不安を紛らわせるようにマリアの頭に手を置く。
手が微かに震えてる。これは焦りだ。
私の焦燥を掻き立てるように、その人物は門の向こうから塵旋風を巻き起こして現れた。
「リ、リコリスちゃん…」
「ああ」
「こんにちは。また会いましたね」
「クルーエル…」
「わっ、名前覚えててくれたんですねー。光栄です。たしか…リコリスさん?でしたっけ」
「ドロシーは…みんなはどこ?」
「村で見かけたときから気になってたんですよ。一目惚れってやつですかね?クスクス、斬ったらいい声で泣いてくれそうだなぁって」
「どこにいるか訊いてるんだけどなぁ」
「せっかくこんなところまで来てくれたんです。ちょっと遊んでいってくださいよ。魔物を斬るのにはもう…飽きちゃって」
話を聞いてくれない美人さんもいいねぇ。
場合が場合じゃなかったらお茶の一つでもお誘いしたい気分だ。
「アルティ、みんなを連れて先に行け。どうやらご指名みたいだ」
「置いていくわけないでしょう。女性が相手だと防戦一方のクソ雑魚無力無能になるくせに」
「口に悪口濾過機能とか付けてくんない?やるときはやるのに定評のあるリコリスさんだってのを見せてやんよ」
私とアルティが言い合うのを他所に、
「お姉ちゃんたちは先に行って」
マリアが剣を剣を抜いてクルーエルと対峙した。
「マリア…?」
「子どもには興味がありません。遊び相手なら他を当たってくれませんか?」
クルーエルはマリアを歯牙にもかけていない。
私たちの目から見ても実力差は明白で、とてもじゃないけれどマリアを戦わせようとは思わなかった。
「マリア、退きなさい。ここは私が」
「やだ!絶対私が戦う!」
ただのワガママじゃない。
強い意思を込めてマリアは声を上げた。
「この人からはみんなの血の匂いがする。みんなを…ドロシーお姉ちゃんを傷付けた匂いがする。それなのに、全然悪いことしたって思ってない!」
「鼻がいいですね。さすが獣人の子。ええ、たしかに。いい声を出してくれましたよ、ドロシー様は」
挑発するような笑み。
ピリつく私たち以上に、マリアは毛を逆立てるくらい熱い魔力を迸らせて怒った。
「ドロシーお姉ちゃんたちを虐めた…リコリスお姉ちゃんを傷付けようとした!私、この人嫌い!」
「好かれようなどという気はさらさらありませんが。挑むというなら覚悟をしてくださいね。ままごと遊びじゃ、命のやり取りはしないでしょう?」
「私だって冒険者だもん!百合の楽園の一人だもん!お姉ちゃんたちに守られてばっかりじゃない!悪いことしたらゴメンなさいしなきゃって教えてあげるんだから!」
なんて頼もしい。勇ましい。
妹の成長に咽び泣きそうだ。
後でいっぱいギューってしてあげるから。
「頼んだよマリア」
「うん!」
「マリア!気を付けてね!」
「ジャンヌも!」
クルーエルはマリアに狙いを定めたようで、脇を抜ける私たちに一瞥だけ送り、城へと突入するのを止めることはなかった。
「さて、では始めましょうか。森羅騎士団副隊長、狂乱のクルーエルです」
「百合の楽園、マリア!お姉ちゃんたちの妹だ!」
「じゃあ、そのお姉ちゃんたちに伝えておきますね。妹は勇敢に戦い、そして…死んでいきましたよ、と」
扉をぶち破り城の中へ。
荒れ果てて荘厳さの名残も無い。
「ドロシーの反応は地下だ。急ごう」
長い通路を駆け地下への入り口に辿り着くと、その前にはまた女の人が立ち阻かっていた。
「なんだクルーエルのやつ、任せろってわりに結構な数を通してるじゃねえか」
「お姉さんも森羅騎士団の一人ってことでいい?」
「ああ。黒鉄のヘルガだ。よろしく」
「黒鉄だって。似てんね銀さん」
「反応に困るのでおもしろくない話は振らないでください」
「うぃっす。私たちドロシーやみんなを迎えに行きたいだけなんだけど、通してくれちゃったりしない?」
「それを阻止するのが役目みたいなところがあるんでな。悪いねお客人たち」
森羅騎士団ってのは総じてみんな強そうなのが厄介だ。
一人一人の魔力の濃密さがエグい。
この人も漏れなく精霊の力を使うんだろうけど…この感じは…
「一つ質問。ちっちゃ可愛い吸血鬼に心当たりは?」
ヘルガは谷間から黒い鉄の玉を取り出し不敵に笑った。
「こいつのことか?」
「封印術…まさかテルナを…!」
「油断したなのじゃロリ…」
「おれは鉄の精霊の寵愛を受けた精霊術師。おれの【精霊魔法】は万物を阻み、万人を閉じ込める封印に特化した力。あの吸血鬼は大した強さだったが、ここから脱出することは叶わねえ」
「ならあなたを倒せばそれで済む、ということですか」
「話が早くて助かるよ。ついでにおれには勝てないことも悟ってくれるともっと助かる」
「そればかりはやってみなければわかりません」
「うん。アルティお姉ちゃんの言うとおりです」
ジャンヌは真っ青な魔力を揺らめかせ、優しい目をキッと鋭くした。
「この人は私が相手をします。リコリスお姉ちゃんたちはドロシーお姉ちゃんのところへ行ってください」
「おーおーカッコいいなお嬢ちゃん。けど悪いな。重き鉄の扉」
鉄が波打ち通路を完全に塞いだ。
「一対一を望んでるわけじゃねえんだ。誰一人として通さねえよ」
対し、ジャンヌは凄まじい勢いの水流を放射した。
【見えざる手】で射出口を絞ることで勢いを増す、高圧水刃というジャンヌの必殺技。
その切れ味はぶ厚い鉄の壁を容易く両断した。
「行ってくださいお姉ちゃん」
「ああ。無茶すんなよ」
誇らしすぎるったらない。私たちの予想を越えて成長するんだから。
まったく妹ってのは最高だな!
「行かせねえよ…っと!」
上半身のバネで高圧水刃を躱すと、ヘルガは参ったなと頭を掻いた。
「戦い好きの他の連中と違って、おれは適度に見境があるんだがな。子どもを甚振る趣味はねえ。飴をやるからここで大人しくしててくれねえか」
「大人しくしてればテルナお姉ちゃんを返してくれますか?」
「難しい質問だ。このお嬢ちゃんを解放して、暴れないって保証がどこにも無い。困るんだよ。あとちょっと…もうすぐなんだ」
「何がですか?」
「子どもにゃわからねえもんさ」
「子ども扱いしてると痛い目を見るかもしれないですよ」
「ん?ッハハ。そりゃそうだ。いや失礼。そんじゃ先に行った連中は、お嬢ちゃんをぶっ倒してから追いかけることにするよ。来な、お嬢ちゃんの勇気に免じて相手になってやる。泣いて赦してって謝ってももう遅いぜ」
大丈夫です、とジャンヌは剣を抜いて敵を見据えた。
「私だって、いつまでも弱いままの妹じゃないですから」
背後で轟く戦いの爆音に妹たちの安否を思いつつ、地下へ続く階段を駆け下りる。
「なんだ?瘴気が濃くなってきた…」
「リコの付与と魔法で耐性は付いているのに、なんて息苦しい」
「ぅぷ…」
「エヴァ大丈夫?無理すんなよ」
「はっはい…っ、リコリスちゃん!アルティちゃん!」
階段を降りきったときだ。
エヴァが私たちより一瞬早く、前方から紫の濃霧が噴いてくるのに気が付いた。
「闇大穴!」
エヴァの手のひらを起点に展開された黒い大渦が濃霧を飲み込む。
脅威は去ったかに思われたけれど、闇大穴を消したエヴァが、突然胸を押さえてその場に膝をついた。
「ぁ…ぐ…!!」
「エヴァ…エヴァ!!」
「いったい何が…」
カツン
通路の奥からヒールを鳴らす音。
「あらあら、ダメじゃない。人の魔法を考え無しに受けちゃ」
「おいおい…とんでもない色っぽいお姉さんよぉ。うちのエヴァに何した?」
「可哀想だけど、その子もう助からないわよ。私の毒を思い切り吸い込んだんだもの」
「毒?」
「【状態異常無効】を持つ私たちにそんなもの通じるわけ…」
「【状態異常無効】?そんな下等なスキルで、私の毒の【精霊魔法】が防げるわけないじゃない」
にしても、エヴァは毒を直接吸い込んだわけじゃないだろ。
「私の毒は魔法を介して魔力を侵食し身体を蝕む。どんな薬も治療も効果は無いわ。今のうちに別れを済ませた方がいいわよ、侵入者さんたち。尤もあなたたちも、その子と同じ運命を辿ることになるんだけど、ね!」
細剣を薙ぎ、毒の刃を飛翔させる。
魔法では防げない。
アルティを庇って避けようとしたら、私たちの前に影が阻かった。
「混成獣の大盾…!!」
魔物の筋肉を膨れさせ、硬質化。更に幾層もの鱗や骨を纏うことで防御力を高めたエヴァは、また一身に毒を受けた。
「エヴァ!!」
「学習能力が無いの?私の魔法を受けたらそれだけで」
「はい…で、でも毒ならもう…効きません…」
「はあ?」
「私は…と、取り込むことで自分のものに出来るから…。あっあなたの毒は…解析して、抗体を作りました…」
「抗体?おもしろい冗談だわ。この毒劇のネイアの毒に、そんなものがあると思って?」
「し、信じなくても…いいです。リコリスちゃん、アルティちゃん、先に行ってください…」
腕を元に戻し手のひらをネイアに翳す。
「こ、この人くらいなら、私でも相手出来ます…から」
言われたネイアは額に青筋を立て、私はナチュラルな煽りに笑ってエヴァの背中を叩いた。
「いいね最っ高だ。強気なエヴァもいいじゃん」
続いてアルティも背中に手をやった。
「頼みます」
さっきの一言が効いたらしく、ネイアは私たちが横を抜けても目で追おうともしなかった。
「美しき自己犠牲精神。そのキレイな顔ごと、ドロドロのグチャグチャにしてあげる」
「あ、えと…二人の前なので調子に乗りました…ゴメンなさい…」
「今さら謝ってももう遅いわ!!」
毒が触手のように伸び、エヴァの肩と足を貫く。
痛みに苦悶しながらも、強引にそれを引きちぎった。
「!」
「けど…負けるつもりがないのは本当です…。大賢者の称号は、だ、伊達じゃないでしゅ……ううう」
「噛んだわね」
「リルム、シロン、ルドナ、ウル、ドロシーは私たちが。みんなはミオさんたちを探しに行って」
『わかったー』
『任せろ』
『かしこまりましてございます』
『了解でござる』
迷路みたいに入り組んだ地下。
牢屋と緊急時の避難路も兼ねてるっぽくて、【世界地図】が無かったら迷ってたかもしれない。
走って走って走って、やがて開けた空間に出た。
底と上が見えない大穴の縁。
そこにドロシーはいた。
「ドロシー!!」
「リコリス…アルティ…」
血まみれで横たわった姿で。
10
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