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森羅継承編
51.森羅の厄災
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氷で覆われたアウラを見て、クルーエルとティルフィの両名は呆れるでも落胆するでもなく、小さく息をつくだけだった。
「まさか隊長まで負けるなんて」
そう言うと、クルーエルは蒼炎で氷を溶かした。
アウラの身体を受け止めると、酷く衰弱しているのが見て取れた。
「お前たち…」
アウラもまた傷付いた同胞の姿を視認し、多くを語ることはなかった。
人間風情にと、悔しさと憎らしさに歯噛みもしない。
「よう」
ヘルガも同様、足取り重そうに現れた。
そして、
「ネイアは先に逝ったみてえだぜ」
魔力の気配が消失した事実を、まるで今日の天気を語るように口にした。
「そうか。ならば、寂しい思いはさせまい」
「ですね」
「はい」
「そうだな。…ハッ、これが約束を破った奴の末路ってわけか」
エルフの騎士たちが何処ぞへと足を向けようとするのを、一つの影が阻んだ。
「まったくどいつもこいつも、大人しく寝ておればよいものを。……なんじゃな、今の言い回しでは妾が悪役のような。まあよいわ」
「吸血鬼…」
「そういうわけにもいかぬ事情があるのは概ね察するがのう。ずっと感じておった禍々しい気配が、先程一層強まった。言え。そなたらは何をしようとしている」
「その目で確かめろよ。じきにわかることさ。生きていられればな」
「クハハ、不老不死にそれを説くのは皮肉が利いておるわ。では忠告しておこう。そなたらが何を望み、何を成そうとしようとも、我が最愛の女が必ず止める。悲願というならば成就せぬ覚悟をせよ。その後でそなたらに何が残るのか、今一度己が心に問え」
テルナの言葉に反応は無く、四人は足下の転移陣に乗り消えた。
淡く光っていた陣が、輝きを失った後に音を立てて砕ける。
アウラらが追跡を防ぐために陣を破壊したらしい。
初からテルナに追跡の意図は無かったのはさておき、吸血鬼は陣の跡を蹴って舌打ちした。
「長命種ほど自らの命を軽んじる」
命を諦めた顔をしたエルフたちを叱責するように、内なる魔力を昂らせる。
「度し難いことこの上ない」
止めねばなるまいて。
さもなくばリコリスが悲しむと、妾は魔力の残滓を辿った。
――――――――
今までいろんな魔物を倒してきた。
最近だとアンノウンなんて未知の魔物も。
だけど、目の前にいるノアという名前の何かは、それらとは明らかに違う。
内側から魔力が爆発するかのように膨れて、葉脈のような光を何度も瞬かせる。
流動的だった身体が定まりだして、やがて上半身だけの巨人みたいになった。
黒い靄を髪みたいに、慄えるくらい澱んだ緑の目を見開くと、ノアは奇怪な叫びを上げて私を襲った。
「ぐっ!!」
形態が変わっても動きは私より速くない。
腕を薙ぎ払う攻撃も、爪を立てて飛ばしてくる斬撃も避けられる。
怖いのは周囲を空気ごと腐らせる瘴気のブレスだけど、瞬間的に【聖魔法】を全開にすることでなんとか防ぐことが出来た。
端的に言えば隙だらけだ。
こちらから仕掛けるタイミングはいくらでもある。だけど…
『助けて…』
たしかに聞こえたんだ。
ドロシーのじゃない誰かの声が。
それがもし、もしもこのノアって何かの声なんだとしたらって考えたら。
どうしたら止められる?
どうしたら抑えられる?
どうしたら。
「ああ゛ァァァアあぁ゛ーーーー!!!」
「ヤッバ……」
判断遅れた。
硬質化した瘴気の剣。
斬られ――――――――ビュンッ!
「グッフ!!」
何かが私の腹に突撃した。
結果的に難を逃れたんだけどさ…
「ゲイル?!」
もうちょい助け方ってあったろ貴様…
『アルジサマ、ナカ』
「ああ」
『タスケル、タスケタイ、タスケテ』
「そのつもりだよ。心配すんな、ドロシーは絶対」
『チガウ。アルジサマダケ、チガウ』
「?」
ゲイルはどことなく悲しそうな目でそれを見やった。
『ノアサマモ、タスケテ』
「ノア…様?」
何が何だ?と思っているところ、ノアは開けた口に瘴気と光を集束させた。
極太のレーザー状の高速のブレスだ。
剣で受けて逸らそうとしたら。
「闇大穴!!」
私とノアとの間に割り込む影が、息を荒らげて渦を広げた。
「エヴァ!」
「っ、防ぎきれない…!」
「いえ、私もいます」
空から降ってきたアルティが、膨大な冷気を宿した手を薙いだ。
「氷獄の断罪!!」
街一つを凍らせるほどのそれを局所的に発動させることで私たちへの被害を防ぎ、ノアの身体を氷漬けにする。
ノアは簡単に氷から脱出したものの、ダメージは通っているように見えない。
魔法への抵抗力が尋常じゃない証拠だ。
「サンキュー二人とも。助かった。無事で何より…って言っていいのかはともかく」
「こ、このくらい…なんでも…」
「ドロシーはまだあれの中ですか」
「ああ。おまけにネイアも取り込んでこの有り様だよ」
「ひっ人を取り込むことで成長する魔物…ってこと、ですか…?」
「ノアって名前なんだってさ。魔物かどうかもわからないけどね」
「それで?どうするつもりですか?」
「どうしようかね」
私は呑気にも頭を掻いた。
正直、さっきまではお手上げだったんだけどさ…あら不思議。
仲間ってのはいいね、そばにいるだけで勇気が湧いてくる。
それが大好きな私の女なら尚更。
「ま、全員助けてやろうぜ」
「全員…ですか」
「おうよ」
「この女好きめ」
「ニシシ、最高の褒め言葉だ」
「やれ、ますか…?私たちに…」
「何だって出来るさ。私の仲間は全員もれなく強いからな。そんでもって」
更に二つ。
穴の底に降り立つ影。
シャーリーとミオさん、それにリルム、シロン、ルドナ、ウルが揃って凛と私の前に並び立った。
「女のために戦う私は無敵だぜ」
「状況はわかりかねますが」
「ええ、やるべきことは変わりません。私の技も心も、全てリコリスさんのご随意のままに」
「ノアを止めてドロシーたちを助ける。手ェ貸せよ」
「了解」
「が、頑張ります!」
相手はスキルも魔法も通じない得体が知れなさすぎる何か。
けど、私たちならやれる。
「行くぞ!!」
待ってろ、今助けるからな。
――――――――
ここはどこ?
アタシは死んだの?
頭がボーっとする。
上も下もわからない暗いところ。
たまに青い光が遠くで瞬いた。
「――――――――で」
何?
「――――んで」
何て言ってるの?
「私を、呼んで」
あなたは、誰?
「私は――――――――」
自分を求めろというその声は、たしかにアタシの耳に届いた。
けれどそんな資格は無いと本能が拒絶する。
このまま眠るのが楽だって。
アタシは闇の中で目を閉じた。
「お願い…私を呼んで…ドロシー」
――――――――
「青薔薇の剣!!」
「救世一刀流、梦幻散華!!」
『傲慢王の斬駆裂爪!!』
『強欲王の空落破柱!!』
『蟲旋穿角弩砲』
アルティ、ミオさん、ウルにルドナにゲイルが、こっちが息苦しくなるほどの攻撃の波を敷く。
【聖魔法】の能力上昇系魔法をかけているけど、どれもこれも致命打にはならず、ノアは構わず私たちを襲った。
『暴食王の晩餐』
『永遠の安寧』
ノアの攻撃に対してはリルムとシロンが対応する。
リルムの捕喰能力でノアを削るけど、その度に超速で再生される。
また、明確な攻撃手段を持たないシロンだけど、こと防衛に関しては群を抜いていて、攻撃そのものを【怠惰】で消沈させ、私たちを守ってくれた。
『リコリス、早くしないとこっちが先にやられるぞ』
「わかってる!もうちょい堪えて!」
私の持ち手で唯一効果が期待出来そうなのが【聖魔法】だ。
小出しにするんじゃなくて特大のを一気にお見舞いするのに溜めがいる。
みんなにやってもらってるのは時間稼ぎだ。
「物理攻撃が効かないとなると、私はほとんど出番がありませんね」
と、シャーリーは投げたナイフがすり抜ける様を見て、不甲斐ないと自分の無力を憂い、そして憤った。
「リコリスさんのお役に立てないなんて、どうしようもない無能…。愛しき人の前で無力を晒して…ああ嘆かわしい。そんなことで、リコリスさんに報いれるものですか…!!」
シャーリーの中でドス黒い感情が渦巻き形になって現れる。
「真影解放!!」
長い髪を振り撒きながら地面に踵を落とす。
するとノアの足元から無数の剣が突出しノアの身体を貫いた。
「魔法?!シャーリーが?!」
【神眼】…【影魔法】?闇属性の魔法の中でも、影を操ることに長けた魔法か。
驚いたけどシャーリー自身も困惑している様子だ。
いや、シャーリーだけじゃない。
なんかみんな強くなってね?
リルムたちも魔力の総量爆増してるっぽいし…これまさか【混沌の王】が影響してる?
……性欲が強くなるだけのスキルじゃなかったのか。
私と繋がってる対象の能力が開化、昇華されるスキル…ことこの状況においては助かりまくりだけど、繋がってるっていやんエッチ!
「リコ今余計なこと考えてませんか?!氷漬けにしますよ!!」
「さーせん!!」
監視の鬼かよ。って。
「アルティ!上だ!」
「問題ありません」
攻撃が当たる前に弾ける。
【星天の盾】…全自動で反応する防御機構か。
またえらくアルティの性格を体現したようなスキルだ――――と感心していると、ノアは再びブレスを吐いた。
「っと…!」
「大丈夫…です」
進化したのは私もだと、エヴァが私を守るために飛んだ。
「【混沌付与魔術】…闇大穴・冥王魔獣!!」
エヴァの【重力魔法】、闇大穴が異形の獣を形取り空を走る。
従来の吸収能力に加えて、新たに取り込んだネイアの毒を魔法に付与してるのか。
「うっお…かっけー」
「エッエヘヘヘヘヘ…こんなくらい、も、もう何発だって連射しちゃいますよヘヘヘヘあ、魔力切れする気持ち悪い吐きそう…」
急に調子乗り子さん。
対象に【混沌】を付与する【混沌付与魔術】か…。
【混沌の王】が凄いのか、それをきっかけに力を開化させるみんなが凄まじいのか。
……うん、難しいことは後でいいや。
「行ってください!リコ!!」
「任せろ!!」
みんなが作ってくれたチャンスだ。
絶対決める。
「聖光浄化!!」
頭部に手を触れ直に魔法をくらわせる。
【聖魔法】の中でも邪気を払うことに特化した浄化の上位版。
いかに魔法が通じにくいといっても、ゼロ距離から【聖魔法】を撃たれれば沈黙せざるを得なかったらしい。
ノアは空を仰いだまま硬直した。
「…死んだわけではないですよね?」
「これを生体反応と呼んでいいのか微妙なところですけど、まだ魔力は流れています」
「しょ、瘴気は鎮静化してさっきよりマシになってますし…」
何回【神眼】で診ても身体の構造すらわからん。
そもそもステータス自体診れないんだけどね。文字化けしたりして。
腹を掻っ捌けばドロシーたちが出てくるわけでもないだろうし。
とりあえず魔法でグルグル巻きにしてはみたもの、さあどうしようか。
こういうとき師匠がいてくれればな。
『――――リス』
「んぁ?」
『聞こえるかリコリス!!』
師匠から【念話】?
なんか慌ててる?
「師匠?無事?よかった、【念話】が通じるようになったんだ」
瘴気が薄れた影響かな。
「今どこにいる?とりあえず合流してほしいんだけど」
『話は後じゃ!そこにノアがいるな!!』
「いるっていうか…まあ、うん。今動きを止めたとこだけど…なんでそんな切羽詰まった感じなの?」
『そのまま押さえつけよ!!多少手荒になるのも厭うな!!何が何でもじゃ!!』
「は?師匠?」
そりゃノアの危険さは私でもわかるけど、一応は制圧したんだ。
なのにこの慌てようはおかしい。
「何があったの?いや、何が起ころうとしてるの?」
『訳合って妾はこの場を動けぬ!!よく聞け!!ノアは魔物でもなければ怪物でもない!!ノアは――――』
師匠の言葉が紡ぎ終わるよりも早く、空から雫が落ちてきた。
それは黒く紅く、けれど光り輝いて眩い小さなもの。
ノアの開いた口の中に落ちると、ドクンと心臓が跳ねて衝撃が生まれ、私たちを吹き飛ばした。
いやだ、助けてと、泣くような声が聞こえた。
――――――――
時を遡ること僅か十数分。
「ここは…神殿か…?」
妾は転移陣の残滓を追い、皇都の外れへとやって来た。
神像さえも崩れ落ちた廃墟。
微かにじゃが聖なる気が残留しておる。
エルフが神事の際に使用していた場所のようじゃな。
天井が崩れ陽の光が差し込む神殿の中央。
陣の四方に立つ奴らは、剣を掲げて光に包まれていた。
「スン…この匂い、血で描かれておるな。妾でも見たことがない術式…いや、強化と結晶化を重複し合わせたことで複雑化しておるが、ベースは…復活の魔法か!!」
それもただの封印解除ではない。
代償を指定した生贄を捧げる魔法陣。
「このッ、愚か者共!!」
宿命ヲ架ス鉄血ノ磔なら止めることは容易。
しかし、ときに一念は力を凌駕する。
「頼むよ吸血鬼。もう、邪魔をするな」
まるで巨山を前にしているかのような鉄の塊が降ってくる。
風前の灯は最大の揺らめきを見せるというが、まさにそれであった。
血の刃で乱斬りにする、ほんの僅かな足止めが致命的に時間を奪った。
「我らの憎悪を」
「我らの憤怒を」
「その身に宿し覚醒せよ」
「森羅万象を蝕み殺せ……ノア!!!」
黒い光が極限まで強まり、陣の中心に赤黒い血のような雫が集まる。
すると四人は糸が切れたようにその場に倒れ、雫は彼方へと飛んだ。
あの方向は城か…しかし先のノアというのは…
「まさかあのノアか…?いやしかし…そんなことがありえるのか…?そうじゃとしたら…まずい!リコリス!聞こえぬのかリコリス!!」
妾が想像しているとおりなら…
はやく、はやく繋がってくれと【念話】を試みる一方、四人の安否も気にかける。
「くっ!世話の焼ける!救恤ノ園!!」
はたして、これでどれだけ保たせられるか。
「リコリス…リコリス!!」
種族のゴタゴタが、よもやこんなことに発展しようとは。
さしもの妾とて予想だにせなんだよ。
リコリスよ応えよ。
でなければ…世界が破滅するぞ。
「まさか隊長まで負けるなんて」
そう言うと、クルーエルは蒼炎で氷を溶かした。
アウラの身体を受け止めると、酷く衰弱しているのが見て取れた。
「お前たち…」
アウラもまた傷付いた同胞の姿を視認し、多くを語ることはなかった。
人間風情にと、悔しさと憎らしさに歯噛みもしない。
「よう」
ヘルガも同様、足取り重そうに現れた。
そして、
「ネイアは先に逝ったみてえだぜ」
魔力の気配が消失した事実を、まるで今日の天気を語るように口にした。
「そうか。ならば、寂しい思いはさせまい」
「ですね」
「はい」
「そうだな。…ハッ、これが約束を破った奴の末路ってわけか」
エルフの騎士たちが何処ぞへと足を向けようとするのを、一つの影が阻んだ。
「まったくどいつもこいつも、大人しく寝ておればよいものを。……なんじゃな、今の言い回しでは妾が悪役のような。まあよいわ」
「吸血鬼…」
「そういうわけにもいかぬ事情があるのは概ね察するがのう。ずっと感じておった禍々しい気配が、先程一層強まった。言え。そなたらは何をしようとしている」
「その目で確かめろよ。じきにわかることさ。生きていられればな」
「クハハ、不老不死にそれを説くのは皮肉が利いておるわ。では忠告しておこう。そなたらが何を望み、何を成そうとしようとも、我が最愛の女が必ず止める。悲願というならば成就せぬ覚悟をせよ。その後でそなたらに何が残るのか、今一度己が心に問え」
テルナの言葉に反応は無く、四人は足下の転移陣に乗り消えた。
淡く光っていた陣が、輝きを失った後に音を立てて砕ける。
アウラらが追跡を防ぐために陣を破壊したらしい。
初からテルナに追跡の意図は無かったのはさておき、吸血鬼は陣の跡を蹴って舌打ちした。
「長命種ほど自らの命を軽んじる」
命を諦めた顔をしたエルフたちを叱責するように、内なる魔力を昂らせる。
「度し難いことこの上ない」
止めねばなるまいて。
さもなくばリコリスが悲しむと、妾は魔力の残滓を辿った。
――――――――
今までいろんな魔物を倒してきた。
最近だとアンノウンなんて未知の魔物も。
だけど、目の前にいるノアという名前の何かは、それらとは明らかに違う。
内側から魔力が爆発するかのように膨れて、葉脈のような光を何度も瞬かせる。
流動的だった身体が定まりだして、やがて上半身だけの巨人みたいになった。
黒い靄を髪みたいに、慄えるくらい澱んだ緑の目を見開くと、ノアは奇怪な叫びを上げて私を襲った。
「ぐっ!!」
形態が変わっても動きは私より速くない。
腕を薙ぎ払う攻撃も、爪を立てて飛ばしてくる斬撃も避けられる。
怖いのは周囲を空気ごと腐らせる瘴気のブレスだけど、瞬間的に【聖魔法】を全開にすることでなんとか防ぐことが出来た。
端的に言えば隙だらけだ。
こちらから仕掛けるタイミングはいくらでもある。だけど…
『助けて…』
たしかに聞こえたんだ。
ドロシーのじゃない誰かの声が。
それがもし、もしもこのノアって何かの声なんだとしたらって考えたら。
どうしたら止められる?
どうしたら抑えられる?
どうしたら。
「ああ゛ァァァアあぁ゛ーーーー!!!」
「ヤッバ……」
判断遅れた。
硬質化した瘴気の剣。
斬られ――――――――ビュンッ!
「グッフ!!」
何かが私の腹に突撃した。
結果的に難を逃れたんだけどさ…
「ゲイル?!」
もうちょい助け方ってあったろ貴様…
『アルジサマ、ナカ』
「ああ」
『タスケル、タスケタイ、タスケテ』
「そのつもりだよ。心配すんな、ドロシーは絶対」
『チガウ。アルジサマダケ、チガウ』
「?」
ゲイルはどことなく悲しそうな目でそれを見やった。
『ノアサマモ、タスケテ』
「ノア…様?」
何が何だ?と思っているところ、ノアは開けた口に瘴気と光を集束させた。
極太のレーザー状の高速のブレスだ。
剣で受けて逸らそうとしたら。
「闇大穴!!」
私とノアとの間に割り込む影が、息を荒らげて渦を広げた。
「エヴァ!」
「っ、防ぎきれない…!」
「いえ、私もいます」
空から降ってきたアルティが、膨大な冷気を宿した手を薙いだ。
「氷獄の断罪!!」
街一つを凍らせるほどのそれを局所的に発動させることで私たちへの被害を防ぎ、ノアの身体を氷漬けにする。
ノアは簡単に氷から脱出したものの、ダメージは通っているように見えない。
魔法への抵抗力が尋常じゃない証拠だ。
「サンキュー二人とも。助かった。無事で何より…って言っていいのかはともかく」
「こ、このくらい…なんでも…」
「ドロシーはまだあれの中ですか」
「ああ。おまけにネイアも取り込んでこの有り様だよ」
「ひっ人を取り込むことで成長する魔物…ってこと、ですか…?」
「ノアって名前なんだってさ。魔物かどうかもわからないけどね」
「それで?どうするつもりですか?」
「どうしようかね」
私は呑気にも頭を掻いた。
正直、さっきまではお手上げだったんだけどさ…あら不思議。
仲間ってのはいいね、そばにいるだけで勇気が湧いてくる。
それが大好きな私の女なら尚更。
「ま、全員助けてやろうぜ」
「全員…ですか」
「おうよ」
「この女好きめ」
「ニシシ、最高の褒め言葉だ」
「やれ、ますか…?私たちに…」
「何だって出来るさ。私の仲間は全員もれなく強いからな。そんでもって」
更に二つ。
穴の底に降り立つ影。
シャーリーとミオさん、それにリルム、シロン、ルドナ、ウルが揃って凛と私の前に並び立った。
「女のために戦う私は無敵だぜ」
「状況はわかりかねますが」
「ええ、やるべきことは変わりません。私の技も心も、全てリコリスさんのご随意のままに」
「ノアを止めてドロシーたちを助ける。手ェ貸せよ」
「了解」
「が、頑張ります!」
相手はスキルも魔法も通じない得体が知れなさすぎる何か。
けど、私たちならやれる。
「行くぞ!!」
待ってろ、今助けるからな。
――――――――
ここはどこ?
アタシは死んだの?
頭がボーっとする。
上も下もわからない暗いところ。
たまに青い光が遠くで瞬いた。
「――――――――で」
何?
「――――んで」
何て言ってるの?
「私を、呼んで」
あなたは、誰?
「私は――――――――」
自分を求めろというその声は、たしかにアタシの耳に届いた。
けれどそんな資格は無いと本能が拒絶する。
このまま眠るのが楽だって。
アタシは闇の中で目を閉じた。
「お願い…私を呼んで…ドロシー」
――――――――
「青薔薇の剣!!」
「救世一刀流、梦幻散華!!」
『傲慢王の斬駆裂爪!!』
『強欲王の空落破柱!!』
『蟲旋穿角弩砲』
アルティ、ミオさん、ウルにルドナにゲイルが、こっちが息苦しくなるほどの攻撃の波を敷く。
【聖魔法】の能力上昇系魔法をかけているけど、どれもこれも致命打にはならず、ノアは構わず私たちを襲った。
『暴食王の晩餐』
『永遠の安寧』
ノアの攻撃に対してはリルムとシロンが対応する。
リルムの捕喰能力でノアを削るけど、その度に超速で再生される。
また、明確な攻撃手段を持たないシロンだけど、こと防衛に関しては群を抜いていて、攻撃そのものを【怠惰】で消沈させ、私たちを守ってくれた。
『リコリス、早くしないとこっちが先にやられるぞ』
「わかってる!もうちょい堪えて!」
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小出しにするんじゃなくて特大のを一気にお見舞いするのに溜めがいる。
みんなにやってもらってるのは時間稼ぎだ。
「物理攻撃が効かないとなると、私はほとんど出番がありませんね」
と、シャーリーは投げたナイフがすり抜ける様を見て、不甲斐ないと自分の無力を憂い、そして憤った。
「リコリスさんのお役に立てないなんて、どうしようもない無能…。愛しき人の前で無力を晒して…ああ嘆かわしい。そんなことで、リコリスさんに報いれるものですか…!!」
シャーリーの中でドス黒い感情が渦巻き形になって現れる。
「真影解放!!」
長い髪を振り撒きながら地面に踵を落とす。
するとノアの足元から無数の剣が突出しノアの身体を貫いた。
「魔法?!シャーリーが?!」
【神眼】…【影魔法】?闇属性の魔法の中でも、影を操ることに長けた魔法か。
驚いたけどシャーリー自身も困惑している様子だ。
いや、シャーリーだけじゃない。
なんかみんな強くなってね?
リルムたちも魔力の総量爆増してるっぽいし…これまさか【混沌の王】が影響してる?
……性欲が強くなるだけのスキルじゃなかったのか。
私と繋がってる対象の能力が開化、昇華されるスキル…ことこの状況においては助かりまくりだけど、繋がってるっていやんエッチ!
「リコ今余計なこと考えてませんか?!氷漬けにしますよ!!」
「さーせん!!」
監視の鬼かよ。って。
「アルティ!上だ!」
「問題ありません」
攻撃が当たる前に弾ける。
【星天の盾】…全自動で反応する防御機構か。
またえらくアルティの性格を体現したようなスキルだ――――と感心していると、ノアは再びブレスを吐いた。
「っと…!」
「大丈夫…です」
進化したのは私もだと、エヴァが私を守るために飛んだ。
「【混沌付与魔術】…闇大穴・冥王魔獣!!」
エヴァの【重力魔法】、闇大穴が異形の獣を形取り空を走る。
従来の吸収能力に加えて、新たに取り込んだネイアの毒を魔法に付与してるのか。
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急に調子乗り子さん。
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【混沌の王】が凄いのか、それをきっかけに力を開化させるみんなが凄まじいのか。
……うん、難しいことは後でいいや。
「行ってください!リコ!!」
「任せろ!!」
みんなが作ってくれたチャンスだ。
絶対決める。
「聖光浄化!!」
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【聖魔法】の中でも邪気を払うことに特化した浄化の上位版。
いかに魔法が通じにくいといっても、ゼロ距離から【聖魔法】を撃たれれば沈黙せざるを得なかったらしい。
ノアは空を仰いだまま硬直した。
「…死んだわけではないですよね?」
「これを生体反応と呼んでいいのか微妙なところですけど、まだ魔力は流れています」
「しょ、瘴気は鎮静化してさっきよりマシになってますし…」
何回【神眼】で診ても身体の構造すらわからん。
そもそもステータス自体診れないんだけどね。文字化けしたりして。
腹を掻っ捌けばドロシーたちが出てくるわけでもないだろうし。
とりあえず魔法でグルグル巻きにしてはみたもの、さあどうしようか。
こういうとき師匠がいてくれればな。
『――――リス』
「んぁ?」
『聞こえるかリコリス!!』
師匠から【念話】?
なんか慌ててる?
「師匠?無事?よかった、【念話】が通じるようになったんだ」
瘴気が薄れた影響かな。
「今どこにいる?とりあえず合流してほしいんだけど」
『話は後じゃ!そこにノアがいるな!!』
「いるっていうか…まあ、うん。今動きを止めたとこだけど…なんでそんな切羽詰まった感じなの?」
『そのまま押さえつけよ!!多少手荒になるのも厭うな!!何が何でもじゃ!!』
「は?師匠?」
そりゃノアの危険さは私でもわかるけど、一応は制圧したんだ。
なのにこの慌てようはおかしい。
「何があったの?いや、何が起ころうとしてるの?」
『訳合って妾はこの場を動けぬ!!よく聞け!!ノアは魔物でもなければ怪物でもない!!ノアは――――』
師匠の言葉が紡ぎ終わるよりも早く、空から雫が落ちてきた。
それは黒く紅く、けれど光り輝いて眩い小さなもの。
ノアの開いた口の中に落ちると、ドクンと心臓が跳ねて衝撃が生まれ、私たちを吹き飛ばした。
いやだ、助けてと、泣くような声が聞こえた。
――――――――
時を遡ること僅か十数分。
「ここは…神殿か…?」
妾は転移陣の残滓を追い、皇都の外れへとやって来た。
神像さえも崩れ落ちた廃墟。
微かにじゃが聖なる気が残留しておる。
エルフが神事の際に使用していた場所のようじゃな。
天井が崩れ陽の光が差し込む神殿の中央。
陣の四方に立つ奴らは、剣を掲げて光に包まれていた。
「スン…この匂い、血で描かれておるな。妾でも見たことがない術式…いや、強化と結晶化を重複し合わせたことで複雑化しておるが、ベースは…復活の魔法か!!」
それもただの封印解除ではない。
代償を指定した生贄を捧げる魔法陣。
「このッ、愚か者共!!」
宿命ヲ架ス鉄血ノ磔なら止めることは容易。
しかし、ときに一念は力を凌駕する。
「頼むよ吸血鬼。もう、邪魔をするな」
まるで巨山を前にしているかのような鉄の塊が降ってくる。
風前の灯は最大の揺らめきを見せるというが、まさにそれであった。
血の刃で乱斬りにする、ほんの僅かな足止めが致命的に時間を奪った。
「我らの憎悪を」
「我らの憤怒を」
「その身に宿し覚醒せよ」
「森羅万象を蝕み殺せ……ノア!!!」
黒い光が極限まで強まり、陣の中心に赤黒い血のような雫が集まる。
すると四人は糸が切れたようにその場に倒れ、雫は彼方へと飛んだ。
あの方向は城か…しかし先のノアというのは…
「まさかあのノアか…?いやしかし…そんなことがありえるのか…?そうじゃとしたら…まずい!リコリス!聞こえぬのかリコリス!!」
妾が想像しているとおりなら…
はやく、はやく繋がってくれと【念話】を試みる一方、四人の安否も気にかける。
「くっ!世話の焼ける!救恤ノ園!!」
はたして、これでどれだけ保たせられるか。
「リコリス…リコリス!!」
種族のゴタゴタが、よもやこんなことに発展しようとは。
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リコリスよ応えよ。
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これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
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加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
コンバット
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藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。
ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。
忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。
担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。
その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。
その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。
かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。
この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。
しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。
この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。
一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
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気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
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初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
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