百合チート持ちで異世界に転生したとか百合ハーの姫になるしかない!!

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森羅継承編

51.森羅の厄災

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 氷で覆われたアウラを見て、クルーエルとティルフィの両名は呆れるでも落胆するでもなく、小さく息をつくだけだった。

「まさか隊長まで負けるなんて」

 そう言うと、クルーエルは蒼炎で氷を溶かした。
 アウラの身体を受け止めると、酷く衰弱しているのが見て取れた。

「お前たち…」

 アウラもまた傷付いた同胞の姿を視認し、多くを語ることはなかった。
 人間風情にと、悔しさと憎らしさに歯噛みもしない。

「よう」

 ヘルガも同様、足取り重そうに現れた。
 そして、

「ネイアは先に逝ったみてえだぜ」

 魔力マナの気配が消失した事実を、まるで今日の天気を語るように口にした。
 
「そうか。ならば、寂しい思いはさせまい」
「ですね」
「はい」
「そうだな。…ハッ、これが約束を破った奴の末路ってわけか」

 エルフの騎士たちが何処ぞへと足を向けようとするのを、一つの影が阻んだ。

「まったくどいつもこいつも、大人しく寝ておればよいものを。……なんじゃな、今の言い回しではわらわが悪役のような。まあよいわ」
吸血鬼ヴァンパイア…」
「そういうわけにもいかぬ事情があるのは概ね察するがのう。ずっと感じておった禍々しい気配が、先程一層強まった。言え。そなたらは何をしようとしている」
「その目で確かめろよ。じきにわかることさ。生きていられればな」
「クハハ、不老不死にそれを説くのは皮肉が利いておるわ。では忠告しておこう。そなたらが何を望み、何を成そうとしようとも、我が最愛の女が必ず止める。悲願というならば成就せぬ覚悟をせよ。その後でそなたらに何が残るのか、今一度己が心に問え」

 テルナの言葉に反応は無く、四人は足下の転移陣に乗り消えた。
 淡く光っていた陣が、輝きを失った後に音を立てて砕ける。
 アウラらが追跡を防ぐために陣を破壊したらしい。
 初からテルナに追跡の意図は無かったのはさておき、吸血鬼ヴァンパイアは陣の跡を蹴って舌打ちした。

「長命種ほど自らの命を軽んじる」

 命を諦めた顔をしたエルフたちを叱責するように、内なる魔力マナを昂らせる。

「度し難いことこの上ない」

 止めねばなるまいて。
 さもなくばリコリスが悲しむと、わらわ魔力マナの残滓を辿った。



 ――――――――



 今までいろんな魔物を倒してきた。
 最近だとアンノウンなんて未知の魔物も。
 だけど、目の前にいるノアという名前の何かは、それらとは明らかに違う。
 内側から魔力マナが爆発するかのように膨れて、葉脈のような光を何度も瞬かせる。
 流動的だった身体が定まりだして、やがて上半身だけの巨人みたいになった。
 黒いもやを髪みたいに、慄えるくらい澱んだ緑の目を見開くと、ノアは奇怪な叫びを上げて私を襲った。

「ぐっ!!」

 形態が変わっても動きは私より速くない。
 腕を薙ぎ払う攻撃も、爪を立てて飛ばしてくる斬撃も避けられる。
 怖いのは周囲を空気ごと腐らせる瘴気のブレスだけど、瞬間的に【聖魔法】を全開にすることでなんとか防ぐことが出来た。
 端的に言えば隙だらけだ。
 こちらから仕掛けるタイミングはいくらでもある。だけど…

『助けて…』

 たしかに聞こえたんだ。
 ドロシーのじゃない誰かの声が。
 それがもし、もしもこのノアって何かの声なんだとしたらって考えたら。
 どうしたら止められる?
 どうしたら抑えられる?
 どうしたら。

「ああ゛ァァァアあぁ゛ーーーー!!!」
「ヤッバ……」

 判断遅れた。
 硬質化した瘴気の剣。
 斬られ――――――――ビュンッ!

「グッフ!!」

 何かが私の腹に突撃した。
 結果的に難を逃れたんだけどさ…

「ゲイル?!」

 もうちょい助け方ってあったろ貴様…

『アルジサマ、ナカ』
「ああ」
『タスケル、タスケタイ、タスケテ』
「そのつもりだよ。心配すんな、ドロシーは絶対」
『チガウ。アルジサマダケ、チガウ』
「?」

 ゲイルはどことなく悲しそうな目でそれを見やった。

『ノアサマモ、タスケテ』
「ノア…様?」

 何が何だ?と思っているところ、ノアは開けた口に瘴気と光を集束させた。
 極太のレーザー状の高速のブレスだ。
 剣で受けて逸らそうとしたら。

闇大穴ブラックホール!!」

 私とノアとの間に割り込む影が、息を荒らげて渦を広げた。

「エヴァ!」
「っ、防ぎきれない…!」
「いえ、私もいます」

 空から降ってきたアルティが、膨大な冷気を宿した手を薙いだ。

氷獄の断罪コキュートス!!」

 街一つを凍らせるほどのそれを局所的に発動させることで私たちへの被害を防ぎ、ノアの身体を氷漬けにする。
 ノアは簡単に氷から脱出したものの、ダメージは通っているように見えない。
 魔法への抵抗力が尋常じゃない証拠だ。

「サンキュー二人とも。助かった。無事で何より…って言っていいのかはともかく」
「こ、このくらい…なんでも…」
「ドロシーはまだあれの中ですか」
「ああ。おまけにネイアも取り込んでこの有り様だよ」
「ひっ人を取り込むことで成長する魔物…ってこと、ですか…?」
「ノアって名前なんだってさ。魔物かどうかもわからないけどね」
「それで?どうするつもりですか?」
「どうしようかね」

 私は呑気にも頭を掻いた。
 正直、さっきまではお手上げだったんだけどさ…あら不思議。
 仲間ってのはいいね、そばにいるだけで勇気が湧いてくる。
 それが大好きな私の女なら尚更。

「ま、全員助けてやろうぜ」
「全員…ですか」
「おうよ」
「この女好きめ」
「ニシシ、最高の褒め言葉だ」
「やれ、ますか…?私たちに…」
「何だって出来るさ。私の仲間は全員もれなく強いからな。そんでもって」

 更に二つ。
 穴の底に降り立つ影。
 シャーリーとミオさん、それにリルム、シロン、ルドナ、ウルが揃って凛と私の前に並び立った。

「女のために戦う私は無敵だぜ」
「状況はわかりかねますが」
「ええ、やるべきことは変わりません。私の技も心も、全てリコリスさんのご随意のままに」
「ノアを止めてドロシーたちを助ける。手ェ貸せよ」
「了解」
「が、頑張ります!」

 相手はスキルも魔法も通じない得体が知れなさすぎる何か。
 けど、私たちならやれる。

「行くぞ!!」

 待ってろ、今助けるからな。



 ――――――――



 ここはどこ?
 アタシは死んだの?
 頭がボーっとする。
 上も下もわからない暗いところ。
 たまに青い光が遠くで瞬いた。

「――――――――で」

 何?

「――――んで」

 何て言ってるの?

「私を、呼んで」

 あなたは、誰?

「私は――――――――」

 自分を求めろというその声は、たしかにアタシの耳に届いた。
 けれどそんな資格は無いと本能が拒絶する。
 このまま眠るのが楽だって。
 アタシは闇の中で目を閉じた。

「お願い…私を呼んで…ドロシー」



 ――――――――



青薔薇の剣ブルーローズセイバー!!」
救世一刀流ぐぜいっとうりゅう梦幻散華むげんさんか!!」
傲慢王の斬駆裂爪プライドスラッシュ!!』
強欲王の空落破柱グリードフォール!!』
蟲旋穿角弩砲インセクターストライク

 アルティ、ミオさん、ウルにルドナにゲイルが、こっちが息苦しくなるほどの攻撃の波を敷く。
 【聖魔法】の能力上昇バフ系魔法をかけているけど、どれもこれも致命打にはならず、ノアは構わず私たちを襲った。

暴食王の晩餐グラトニーディスチャージ
永遠の安寧レストインピース

 ノアの攻撃に対してはリルムとシロンが対応する。
 リルムの捕喰能力でノアを削るけど、その度に超速で再生される。
 また、明確な攻撃手段を持たないシロンだけど、こと防衛に関しては群を抜いていて、攻撃そのものを【怠惰】で消沈させ、私たちを守ってくれた。

『リコリス、早くしないとこっちが先にやられるぞ』
「わかってる!もうちょい堪えて!」

 私の持ち手で唯一効果が期待出来そうなのが【聖魔法】だ。
 小出しにするんじゃなくて特大のを一気にお見舞いするのに溜めがいる。
 みんなにやってもらってるのは時間稼ぎだ。

「物理攻撃が効かないとなると、私はほとんど出番がありませんね」

 と、シャーリーは投げたナイフがすり抜ける様を見て、不甲斐ないと自分の無力を憂い、そして憤った。

「リコリスさんのお役に立てないなんて、どうしようもない無能…。愛しき人の前で無力を晒して…ああ嘆かわしい。そんなことで、リコリスさんに報いれるものですか…!!」

 シャーリーの中でドス黒い感情が渦巻き形になって現れる。

真影解放シャドウリリース!!」

 長い髪を振り撒きながら地面に踵を落とす。
 するとノアの足元から無数の剣が突出しノアの身体を貫いた。

「魔法?!シャーリーが?!」

 【神眼】…【影魔法】?闇属性の魔法の中でも、影を操ることに長けた魔法か。
 驚いたけどシャーリー自身も困惑している様子だ。
 いや、シャーリーだけじゃない。
 なんかみんな強くなってね?
 リルムたちも魔力マナの総量爆増してるっぽいし…これまさか【混沌の王】が影響してる?
 ……性欲が強くなるだけのスキルじゃなかったのか。
 私と繋がってる対象の能力が開化、昇華されるスキル…ことこの状況においては助かりまくりだけど、繋がってるっていやんエッチ!

「リコ今余計なこと考えてませんか?!氷漬けにしますよ!!」
「さーせん!!」

 監視の鬼かよ。って。

「アルティ!上だ!」
「問題ありません」

 攻撃が当たる前に弾ける。
 【星天の盾イージス】…全自動フルオートで反応する防御機構か。
 またえらくアルティの性格を体現したようなスキルだ――――と感心していると、ノアは再びブレスを吐いた。

「っと…!」
「大丈夫…です」

 進化したのは私もだと、エヴァが私を守るために飛んだ。

「【混沌付与魔術カオスエンチャント】…闇大穴・冥王魔獣ブラックホール・ライラプス!!」

 エヴァの【重力魔法】、闇大穴ブラックホールが異形の獣を形取り空を走る。
 従来の吸収能力に加えて、新たに取り込んだネイアの毒を魔法に付与してるのか。

「うっお…かっけー」
「エッエヘヘヘヘヘ…こんなくらい、も、もう何発だって連射しちゃいますよヘヘヘヘあ、魔力マナ切れする気持ち悪い吐きそう…」

 急に調子乗り子さん。
 対象に【混沌】を付与する【混沌付与魔術カオスエンチャント】か…。
 【混沌の王】が凄いのか、それをきっかけに力を開化させるみんなが凄まじいのか。
 ……うん、難しいことは後でいいや。

「行ってください!リコ!!」
「任せろ!!」

 みんなが作ってくれたチャンスだ。
 絶対決める。

聖光浄化セイクリッドピュリフィケーション!!」

 頭部に手を触れ直に魔法をくらわせる。
 【聖魔法】の中でも邪気を払うことに特化した浄化ピュリフィケーションの上位版。
 いかに魔法が通じにくいといっても、ゼロ距離から【聖魔法】を撃たれれば沈黙せざるを得なかったらしい。
 ノアは空を仰いだまま硬直した。



「…死んだわけではないですよね?」
「これを生体反応と呼んでいいのか微妙なところですけど、まだ魔力マナは流れています」
「しょ、瘴気は鎮静化してさっきよりマシになってますし…」

 何回【神眼】で診ても身体の構造すらわからん。
 そもそもステータス自体診れないんだけどね。文字化けしたりして。
 腹を掻っ捌けばドロシーたちが出てくるわけでもないだろうし。
 とりあえず魔法でグルグル巻きにしてはみたもの、さあどうしようか。
 こういうとき師匠せんせいがいてくれればな。

『――――リス』
「んぁ?」
『聞こえるかリコリス!!』

 師匠せんせいから【念話】?
 なんか慌ててる?

師匠せんせい?無事?よかった、【念話】が通じるようになったんだ」

 瘴気が薄れた影響かな。

「今どこにいる?とりあえず合流してほしいんだけど」
『話は後じゃ!そこにノアがいるな!!』
「いるっていうか…まあ、うん。今動きを止めたとこだけど…なんでそんな切羽詰まった感じなの?」
『そのまま押さえつけよ!!多少手荒になるのも厭うな!!何が何でもじゃ!!』
「は?師匠せんせい?」

 そりゃノアの危険さは私でもわかるけど、一応は制圧したんだ。
 なのにこの慌てようはおかしい。

「何があったの?いや、何が起ころうとしてるの?」
『訳合ってわらわはこの場を動けぬ!!よく聞け!!ノアは魔物でもなければ怪物でもない!!ノアは――――』

 師匠せんせいの言葉が紡ぎ終わるよりも早く、空から雫が落ちてきた。
 それは黒く紅く、けれど光り輝いて眩い小さなもの。
 ノアの開いた口の中に落ちると、ドクンと心臓が跳ねて衝撃が生まれ、私たちを吹き飛ばした。
 いやだ、助けてと、泣くような声が聞こえた。



 ――――――――



 時を遡ること僅か十数分。

「ここは…神殿か…?」

 わらわは転移陣の残滓を追い、皇都の外れへとやって来た。
 神像さえも崩れ落ちた廃墟。
 微かにじゃが聖なる気が残留しておる。
 エルフが神事の際に使用していた場所のようじゃな。
 天井が崩れ陽の光が差し込む神殿の中央。
 陣の四方に立つ奴らは、剣を掲げて光に包まれていた。

「スン…この匂い、血で描かれておるな。わらわでも見たことがない術式…いや、強化ストレングス結晶化クリスタライズを重複し合わせたことで複雑化しておるが、ベースは…復活リバイブの魔法か!!」

 それもただの封印解除ではない。
 を指定した生贄を捧げる魔法陣。

「このッ、愚か者共!!」

 宿命ヲ架ス鉄血ノ磔ノスフェラトゥなら止めることは容易。
 しかし、ときに一念は力を凌駕する。

「頼むよ吸血鬼ヴァンパイア。もう、邪魔をするな」

 まるで巨山を前にしているかのような鉄の塊が降ってくる。
 風前の灯は最大の揺らめきを見せるというが、まさにそれであった。
 血の刃で乱斬りにする、ほんの僅かな足止めが致命的に時間を奪った。

「我らの憎悪を」
「我らの憤怒を」
「その身に宿し覚醒せよ」
「森羅万象を蝕み殺せ……ノア!!!」

 黒い光が極限まで強まり、陣の中心に赤黒い血のような雫が集まる。
 すると四人は糸が切れたようにその場に倒れ、雫は彼方へと飛んだ。
 あの方向は城か…しかし先のノアというのは…

「まさかノアか…?いやしかし…そんなことがありえるのか…?そうじゃとしたら…まずい!リコリス!聞こえぬのかリコリス!!」

 わらわが想像しているとおりなら…
 はやく、はやく繋がってくれと【念話】を試みる一方、四人の安否も気にかける。

「くっ!世話の焼ける!救恤ノ園パンデモニウム!!」

 はたして、これでどれだけ保たせられるか。

「リコリス…リコリス!!」

 種族のゴタゴタが、よもやこんなことに発展しようとは。
 さしものわらわとて予想だにせなんだよ。
 リコリスよ応えよ。
 でなければ…世界が破滅するぞ。
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