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不夜燦然編
67.絶望のナハト
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今までどれだけ私がスキルに頼ってきたかを思い知らされていた。
誰も探せない。魔法も使えない。
無力な子どもに戻ったみたいな、悪夢みたいな感覚。
「ゲギャ、ゲギャギャギャ」
「どけ!!」
下級の悪魔を倒すだけでも手一杯。
それが私を追いかけてくる守護嬢隊を相手にしながらともなると、辛く苦い展開を強いられた。
「炎球!」
「水弾!」
しかも向こうはスキルも魔法も使ってくる。
十何年と鍛え続けてきた身体能力が残っているのが唯一の救いだった。
いつもほどのスピードとパワーが出なくても、屋根の上にひとっ飛びしたり、壁を駆け上るなんてことは朝飯前。
絶壁を蹴り、なんとか中層へたどり着いたことで、一旦は守護嬢隊からの追跡を逃れたけど。
これからどうする…
こうしてる間にも悪魔は街を襲ってるのに。
アルティだって…
「アルティ…」
私は首から下がったネックレスを握りしめた。
かつてアルティへと贈った指輪の対を。
「待ってろよ…今助けに」
目の前が真っ暗になる。
避けられたのはほとんど反射で、私が今まで居た空間を巨大な蛇が大口で噛み砕いた。
「つっ…!」
腕に牙が掠めた。
毒は…無い、と信じたい。
「これも悪魔か…!せぇやあっ!!」
巨体の突進に合わせて剣を振る。
鉄みたいに硬い鱗に弾かれて身体が痺れたところへ、蛇の尻尾に薙ぎ払われて地面を転がった。
「か、は…!」
こんな魔物…いつもの私なら敵じゃないのに…
口から血を吐いて非力を恨む私の耳に、悲痛な叫びが届いた。
「きゃあああっ!!」
女の子が蛇を見て恐怖に顔を引き攣らせる。
蛇は獲物を見つけたと、牙を剝いて女の子に襲いかかった。
「このッ!無視してんじゃねえよ!!」
開いた口の中からなら剣も通るだろ。
上顎に剣を突き刺し、そのまま頭を斬り落とす。
「あ、あ…」
「大丈夫。怖くないよ。早く安全なところへ」
「あ、あ……ありがとうリコリスちゃん♡」
「?!!」
女の子の顔が無垢な笑顔に変わる。
「モナ――――」
「燃え盛る欲情♡」
空間が闇色に爆ぜ、衝撃で私の身体は吹き飛んだ。
「アハハッ♡楽しいねリコリスちゃん♡楽しんでるリコリスちゃん?♡もう一時間経っちゃったよ?♡楽しい時間ってあっという間だね♡」
モロに食らった…ダメージヤバい…
ポーション…
「探しものはこれ?♡」
モナはポーチに入れておいたはずのポーションを地面に落として割った。
「ねえリコリスちゃん♡そんなもの?♡ねえねえねえ?♡」
「っ、ほざいてろ…!すぐにアルティを助け出して…吠え面かかせてやる…!!」
「やーん♡カッコいい~♡楽しみだよ~♡待っててあげるから、死なないように頑張ってね♡」
モナは指先一つで悪魔の群れを寄越し、自分はどこかへと消えてしまった。
完全におちょくられてる。
怒りで沸きすぎて逆に冷静になる。
冷静に。
冷静に…?
な れ る か!!
「がぁあああああ!!」
憂さを晴らすように悪魔を殴る。蹴る。
殴られて蹴られたら斬り返す。
剣が折れても血まみれになりながらとにかく前に進んだ。
「はぁっ、はぁっ!!」
どれだけ時間が経ったか、どれだけ悪魔を倒したか。
魔物相手にこんなに怖いと思ったのは、子どもの頃アルティを助けたとき以来だ。
あのときも無茶したっけなって、悪魔の亡き骸で黒く染まった通りを背に、上層へと続く大階段を見上げた。
確証があるわけじゃないのに、あいつは上にいるってそんな気がした。
階段の上からは湯水みたいに悪魔が降りてくる。
先頭には一際巨体を誇る中級悪魔。
そいつは口こそ利かないもの、真っ赤な目で私を見やった。
まるでボロボロの私を嘲るように。
「どけよ…。私の前に…立ち阻かるんじゃねえ!!」
折れた剣で首を斬る。
しかし剣は甲高い音を立てて薄皮一枚のところで止まった。
「硬い…!」
中級悪魔はボウリング玉ほどある拳を私の腹へとめり込ませ、中層の地面へと叩きつけた。
あばらイッたな…内臓も…
「ゴボっ…」
口の中…血の味しかしない…
手足はまだ動く…
こんなもんか…と、意地で立ち上がるけどフラフラだ。
スキルと魔法が無きゃ、私なんてこの程度か…
弱えなあ…
「非力なものよの」
薄れかけた意識が呼び戻される。
私を見下ろしながら、見覚えのある吸血鬼が翼をはためかせて地面に降りた。
そして、
「まったく虫酸が走る」
「師――――」
なんの躊躇いもなく、私の胸を血の刃で貫いた。
「こんなものが妾らが愛した女かと思うとな」
刃を抜かれて身体が前のめりに倒れる。
痛くない。苦しくない。
何も感じない。
「たかが悪魔にこの体たらく。女一人も守れぬ愚鈍など、もう要らぬ。妾の不興を買う前に疾く死ね」
「なん、で…」
ただ涙だけが溢れてきた。
「なんで?アハハッ、お姉ちゃん変なの。そんなこともわからないの?」
「これはね、罰なんです。アルティお姉ちゃんを守れなかった罰」
マリアとジャンヌが私の横にしゃがむ。
「アルティお姉ちゃん可哀想。こーんなよわよわなお姉ちゃんで」
「クスクス、こんな人が今までお姉ちゃんのフリをしてたなんて」
「こんなダメダメなのよりモナお姉ちゃんの方がいいなぁ」
「私もモナお姉ちゃん大好きです」
マリアが髪を掴んで顔に向かって唾を吐く。
ジャンヌは動けない私を容赦なく踏みつけた。
「いつも他の子のことばっかり。私たちのことなんて見てくれない」
「喋る言葉も全て虚言。女で自分を飾り立てることしか知らないハリボテの女」
「誰でもいいんですよね。あなたを愛するなら。隣にいるのも、共にするのも」
「最低な人。生きてる価値もありません」
「死んじゃえ」
「死ねばいいのに」
エヴァ…シャーリー…
「殴る?いいよ来いよ。力任せに従えればいいじゃん」
ルウリ…
「そうした方が楽なんでしょ?好きとか愛してるとかそんなのめんどいじゃん。自分勝手にヤりたいことヤれば満足なくせに。ま、姫みたいにクソザコなゴミに抱かれるとか死んでもゴメンだけど。あたしらがモナモナとヤってるとこ見ながら一人で盛ってろバーカ」
私は…みんなを…
「所詮あんたなんか、アタシたちが居なくちゃ何にも出来ないのよね」
ドロシー…
「弱いくせに粋がって、頼りないくせに見栄を張って。本当鬱陶しいったらなかったわ。フフッ、最後に言わせて名前も忘れた誰かさん。あんたのことを好きな奴なんて誰もいない。ずっとずっと大嫌いだったわ」
「大っ嫌い」
「大嫌いです」
「嫌い」
「大嫌い」
「大嫌いだよ」
「大嫌いじゃ」
「さようなら」
何よりも痛い。苦しい言葉の羅列。
遠くなる意識の中、冷たくなる身体で。
私は…笑った。
「ッハ、ハハ…ハハハ」
「気でもおかしくなったの?」
「かもね…。ッハハ、ダメだ笑い止まんねえ…」
この私が本気で好きになった奴らだぞ。
弱くて頼りない私を支えてくれて、ときには道を正してくれる。
可愛くて愛しい私の自慢の女たちだ。
「何が大嫌いだ…そんなこと、あいつらが言うわけないだろ」
腕に、足に、身体に力を込めろ。
立て、足掻け、前を見据えろ。
「私も…なにを偽物の言葉に動揺してんだか…。くだらねぇ…。ただの幻が私の仲間をバカにするなよ!!!」
私は血溜まりの上で吼えた。
顔は涙でぐちゃぐちゃで、今にも倒れそうに足が震えるけど、それ以上に仲間への思いが奮わせる。
「偽物?幻?そんな風に思ってたの?思えるの?」
「ああ。これは真実でもなけりゃ、ここは現実でもないからな」
「本当に?身体にも心にも穴が空いて、痛くて苦しくて、倒れた方が楽だってわかってるくせに、それでもそうやって思い込むの?偽物なら、幻なら、アタシたちを斬れるの?ねえ、答えてみなさいよ」
「ハッハッハ」
可笑しいこと言いやがるんだこいつが。
「斬れるわけねえだろ。たとえ偽物でも、あいつらを傷付けるなんて出来るはずあるか」
「クスッ、そうよ…ね!!」
ナイフが鈍く光った。
次の瞬間。
「ほんっと、バカなんだから」
空から聖なる光が降り注いだ。
眩んだ目を開けると、そこにはみんなが立っていた。
いつものみんなが。
私が大好きな仲間たちが。
「それで死んだら世話無いじゃろ」
「ガチでバカ。でも」
「そんなところが」
「だっ大好きなんです」
「そういうこと。待たせたわね」
可愛くて、キレイで、カッコいい。
愛する女たちが。
「助けに来たわよ、リコリス」
誰も探せない。魔法も使えない。
無力な子どもに戻ったみたいな、悪夢みたいな感覚。
「ゲギャ、ゲギャギャギャ」
「どけ!!」
下級の悪魔を倒すだけでも手一杯。
それが私を追いかけてくる守護嬢隊を相手にしながらともなると、辛く苦い展開を強いられた。
「炎球!」
「水弾!」
しかも向こうはスキルも魔法も使ってくる。
十何年と鍛え続けてきた身体能力が残っているのが唯一の救いだった。
いつもほどのスピードとパワーが出なくても、屋根の上にひとっ飛びしたり、壁を駆け上るなんてことは朝飯前。
絶壁を蹴り、なんとか中層へたどり着いたことで、一旦は守護嬢隊からの追跡を逃れたけど。
これからどうする…
こうしてる間にも悪魔は街を襲ってるのに。
アルティだって…
「アルティ…」
私は首から下がったネックレスを握りしめた。
かつてアルティへと贈った指輪の対を。
「待ってろよ…今助けに」
目の前が真っ暗になる。
避けられたのはほとんど反射で、私が今まで居た空間を巨大な蛇が大口で噛み砕いた。
「つっ…!」
腕に牙が掠めた。
毒は…無い、と信じたい。
「これも悪魔か…!せぇやあっ!!」
巨体の突進に合わせて剣を振る。
鉄みたいに硬い鱗に弾かれて身体が痺れたところへ、蛇の尻尾に薙ぎ払われて地面を転がった。
「か、は…!」
こんな魔物…いつもの私なら敵じゃないのに…
口から血を吐いて非力を恨む私の耳に、悲痛な叫びが届いた。
「きゃあああっ!!」
女の子が蛇を見て恐怖に顔を引き攣らせる。
蛇は獲物を見つけたと、牙を剝いて女の子に襲いかかった。
「このッ!無視してんじゃねえよ!!」
開いた口の中からなら剣も通るだろ。
上顎に剣を突き刺し、そのまま頭を斬り落とす。
「あ、あ…」
「大丈夫。怖くないよ。早く安全なところへ」
「あ、あ……ありがとうリコリスちゃん♡」
「?!!」
女の子の顔が無垢な笑顔に変わる。
「モナ――――」
「燃え盛る欲情♡」
空間が闇色に爆ぜ、衝撃で私の身体は吹き飛んだ。
「アハハッ♡楽しいねリコリスちゃん♡楽しんでるリコリスちゃん?♡もう一時間経っちゃったよ?♡楽しい時間ってあっという間だね♡」
モロに食らった…ダメージヤバい…
ポーション…
「探しものはこれ?♡」
モナはポーチに入れておいたはずのポーションを地面に落として割った。
「ねえリコリスちゃん♡そんなもの?♡ねえねえねえ?♡」
「っ、ほざいてろ…!すぐにアルティを助け出して…吠え面かかせてやる…!!」
「やーん♡カッコいい~♡楽しみだよ~♡待っててあげるから、死なないように頑張ってね♡」
モナは指先一つで悪魔の群れを寄越し、自分はどこかへと消えてしまった。
完全におちょくられてる。
怒りで沸きすぎて逆に冷静になる。
冷静に。
冷静に…?
な れ る か!!
「がぁあああああ!!」
憂さを晴らすように悪魔を殴る。蹴る。
殴られて蹴られたら斬り返す。
剣が折れても血まみれになりながらとにかく前に進んだ。
「はぁっ、はぁっ!!」
どれだけ時間が経ったか、どれだけ悪魔を倒したか。
魔物相手にこんなに怖いと思ったのは、子どもの頃アルティを助けたとき以来だ。
あのときも無茶したっけなって、悪魔の亡き骸で黒く染まった通りを背に、上層へと続く大階段を見上げた。
確証があるわけじゃないのに、あいつは上にいるってそんな気がした。
階段の上からは湯水みたいに悪魔が降りてくる。
先頭には一際巨体を誇る中級悪魔。
そいつは口こそ利かないもの、真っ赤な目で私を見やった。
まるでボロボロの私を嘲るように。
「どけよ…。私の前に…立ち阻かるんじゃねえ!!」
折れた剣で首を斬る。
しかし剣は甲高い音を立てて薄皮一枚のところで止まった。
「硬い…!」
中級悪魔はボウリング玉ほどある拳を私の腹へとめり込ませ、中層の地面へと叩きつけた。
あばらイッたな…内臓も…
「ゴボっ…」
口の中…血の味しかしない…
手足はまだ動く…
こんなもんか…と、意地で立ち上がるけどフラフラだ。
スキルと魔法が無きゃ、私なんてこの程度か…
弱えなあ…
「非力なものよの」
薄れかけた意識が呼び戻される。
私を見下ろしながら、見覚えのある吸血鬼が翼をはためかせて地面に降りた。
そして、
「まったく虫酸が走る」
「師――――」
なんの躊躇いもなく、私の胸を血の刃で貫いた。
「こんなものが妾らが愛した女かと思うとな」
刃を抜かれて身体が前のめりに倒れる。
痛くない。苦しくない。
何も感じない。
「たかが悪魔にこの体たらく。女一人も守れぬ愚鈍など、もう要らぬ。妾の不興を買う前に疾く死ね」
「なん、で…」
ただ涙だけが溢れてきた。
「なんで?アハハッ、お姉ちゃん変なの。そんなこともわからないの?」
「これはね、罰なんです。アルティお姉ちゃんを守れなかった罰」
マリアとジャンヌが私の横にしゃがむ。
「アルティお姉ちゃん可哀想。こーんなよわよわなお姉ちゃんで」
「クスクス、こんな人が今までお姉ちゃんのフリをしてたなんて」
「こんなダメダメなのよりモナお姉ちゃんの方がいいなぁ」
「私もモナお姉ちゃん大好きです」
マリアが髪を掴んで顔に向かって唾を吐く。
ジャンヌは動けない私を容赦なく踏みつけた。
「いつも他の子のことばっかり。私たちのことなんて見てくれない」
「喋る言葉も全て虚言。女で自分を飾り立てることしか知らないハリボテの女」
「誰でもいいんですよね。あなたを愛するなら。隣にいるのも、共にするのも」
「最低な人。生きてる価値もありません」
「死んじゃえ」
「死ねばいいのに」
エヴァ…シャーリー…
「殴る?いいよ来いよ。力任せに従えればいいじゃん」
ルウリ…
「そうした方が楽なんでしょ?好きとか愛してるとかそんなのめんどいじゃん。自分勝手にヤりたいことヤれば満足なくせに。ま、姫みたいにクソザコなゴミに抱かれるとか死んでもゴメンだけど。あたしらがモナモナとヤってるとこ見ながら一人で盛ってろバーカ」
私は…みんなを…
「所詮あんたなんか、アタシたちが居なくちゃ何にも出来ないのよね」
ドロシー…
「弱いくせに粋がって、頼りないくせに見栄を張って。本当鬱陶しいったらなかったわ。フフッ、最後に言わせて名前も忘れた誰かさん。あんたのことを好きな奴なんて誰もいない。ずっとずっと大嫌いだったわ」
「大っ嫌い」
「大嫌いです」
「嫌い」
「大嫌い」
「大嫌いだよ」
「大嫌いじゃ」
「さようなら」
何よりも痛い。苦しい言葉の羅列。
遠くなる意識の中、冷たくなる身体で。
私は…笑った。
「ッハ、ハハ…ハハハ」
「気でもおかしくなったの?」
「かもね…。ッハハ、ダメだ笑い止まんねえ…」
この私が本気で好きになった奴らだぞ。
弱くて頼りない私を支えてくれて、ときには道を正してくれる。
可愛くて愛しい私の自慢の女たちだ。
「何が大嫌いだ…そんなこと、あいつらが言うわけないだろ」
腕に、足に、身体に力を込めろ。
立て、足掻け、前を見据えろ。
「私も…なにを偽物の言葉に動揺してんだか…。くだらねぇ…。ただの幻が私の仲間をバカにするなよ!!!」
私は血溜まりの上で吼えた。
顔は涙でぐちゃぐちゃで、今にも倒れそうに足が震えるけど、それ以上に仲間への思いが奮わせる。
「偽物?幻?そんな風に思ってたの?思えるの?」
「ああ。これは真実でもなけりゃ、ここは現実でもないからな」
「本当に?身体にも心にも穴が空いて、痛くて苦しくて、倒れた方が楽だってわかってるくせに、それでもそうやって思い込むの?偽物なら、幻なら、アタシたちを斬れるの?ねえ、答えてみなさいよ」
「ハッハッハ」
可笑しいこと言いやがるんだこいつが。
「斬れるわけねえだろ。たとえ偽物でも、あいつらを傷付けるなんて出来るはずあるか」
「クスッ、そうよ…ね!!」
ナイフが鈍く光った。
次の瞬間。
「ほんっと、バカなんだから」
空から聖なる光が降り注いだ。
眩んだ目を開けると、そこにはみんなが立っていた。
いつものみんなが。
私が大好きな仲間たちが。
「それで死んだら世話無いじゃろ」
「ガチでバカ。でも」
「そんなところが」
「だっ大好きなんです」
「そういうこと。待たせたわね」
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