龍悲

上原武重

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第一章

光球

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あれ以来、特に話は無いといった風で麻美は、武を無視していた。いや、もともと幼なじみというだけで、特別仲が良かったわけではなかったのだが。もっと、なにか違う理由で避けているような気もする。いつもどうりの朝の木漏れ日がたけしの部屋へ差し込む。小さめの、オーディオ・コンポが本棚の上に置かれているだけの、殺風景な部屋。青いカーテンが左右から窓を覆い隠す。真ん中あたりで、朝の日はカーテンを立てに裂いていた。チュンチュン…。小鳥のさえずりに、一夜の休息を中断する。ベッドの上で身体を起こし、薄目の隙間で日の灯りをみつけた。両手で、ベッドの左横についた窓を隠すカーテンをこじ開ける。
「朝か、眠いな。」
 昨夜は、あまり眠れなかった。そのせいか、朝から頭が痛く気分が悪い。しかし、たけしの睡眠事情に気をきかせるほど、朝は寛大ではなかった。
「おい、早く顔を洗って降りてきなさい。」
父さんの声が聞こえてくる。だいぶ、不機嫌そうな声だ。
「はーい。」
靴下を上げながら、狭い階段を大急ぎで降りる。降りきって、廊下に出ると母さんがサラダボールとパンの、のった皿をかかえて食堂に持っていくところだった。
「母さんゴメン。寝過ごしちゃった。」
 今朝は、母さんも父さんも忙しそうだ。今朝は家族皆、ねぼうだ。
「いいから、早く食べちゃいなさい。学校に遅れるわよ。」
母さんに急き立てられてサラダとコーンスープを急いでたいらげて、パンをくわえて家を飛び出すと、遠くに母さんの声が聞こえる。何を言っているのかまでは解らないが。
 この日も、時間は急ぎ足で武を夢の世界へ誘う。2時間目の数学の授業が、もうすぐ終わろうと言うとき。武は、泣いていた。その前後の状況から、説明のつかない涙。さらに、たけしの体はぼんやりと光っていた。しかし、とうの本人は自分を襲った異変にまったく気づいていないようだ。
 今日は一日イライラしていた。日常のピースが順序どうりはまってくれない苛立ち。当たりどころがないので、余計苛立つ。放課後になると、急いで家に帰った武はベッドに身を傾けて、起きたときはすでに夜も8時だった。「そうか、今日は父さんも母さんもいないんだった。カップラーメンでも食べるか。」遅い夕食に電気ポットのお湯を注ぎ、再び2階のマイルームへ帰ってきた。開け放ったカーテンの向こうに公園が見える。父さんと母さんは熱海に旅行に行って2日間留守だ。「まぁ、たまにはいいかな。」カップラーメンをすすりながら、夜空を眺めていた。その時「ん、何か光ってる」まあるい光の玉が空から降ってきた。ユックリと。それは、どうやら公園に降りていったようだ。武はカーペットの上にカップラーメンの残りの入った容器を置くと、家から飛び出した。カチャン。鍵を締めたのを確認すると、公園に走った。この日はじっとしていられなかった。なぜか、体がソワソワする。
 たどり着いたのは、夜も10時を回った頃の誰もいない公園。いや一人だけいた。光の玉は、公園の砂場にあった。いや、あったではない…いたのだ。
 少女「…ウッ…」
少女は膝を抱え丸まり、体は光っていた。まぶしくて見えないが、服も着ていないようだ。少女はどうやら武を見つけた。泣いているように見える。やがて、光の玉。光球は、見る間に小さくなり、たけしの胸に当たり砕けた。もうどこにも光はなく、暗闇だった。武の意識も暗闇の中だ。
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