落下星

小桜千夜

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落下星

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 朝九時のテレビから深夜から未明にかけて、海辺に星が落ちたというニュースが流れた。まだ眠かったあたしの目は一気に冴えて、遅い朝食を細い喉に押し込む。
海月うづき、ちゃんと噛んで食べなさい」
「早く行かないと星の跡がなくなっちゃうよ!」
 星そのものはもう撤去されてしまっただろう。けど、まだ星があったという地点そのものは残されているはずだ。あたしはその跡を見ることで、どんな星が落ちたのか、その星にどんな物語があるのかを夢想し、絵に描き起こしたい。星そのものへの興味はみじんもないのだ。
 歯磨きもそこそこに、部屋着からシャツとチノパン、夏用のパーカーに着替えて階段を駆け下りる。慌てて階段を降りると下にいた父さんに怒られた。
「こら海月、落ち着いて行動」
「はーい。スマホ、財布、スケブ、筆箱、タオルと薬、よし! 父さん、あたしちょっと行ってくる!」
「水筒も持っていきなさい。夜ご飯までには帰っておいで」
「はーい!」
 父さんから水筒を受け取って、愛車にまたがった。
 星が落ちたのはここから片道三時間のところにある広森町の海辺。早朝に星が落ちていたのを灯台で天文の研究をしていた大学院の職員たちが発見して諸機関に連絡、といった流れが行われたらしい。ということは、もう星は回収されていると考ええるのが普通だ。
 別に、特別星が好きというわけでもない。体力がそうあるわけでもない。でも、星が落ちたなんておとぎ話みたいな出来事を聞いて、居ても立っても居られなくなった。なんとしても、星が落ちたという事実に夢想を乗せて、自分の手で小さな紙の世界に閉じ込めたくなった。
 夏の日差しは時間が経つごとにきつくなっていく。服装には気を使ったし、パーカーの下からアームカバーもしている。ヘルメットとサングラスで日差しを防いではいるものの、そのせいで熱がこもりやすい。蒸し暑さでサウナにいるかのよう。一度も入ったことはないから実態は知らないけど。
 途中にある道の駅に寄って、休憩がてら昼食用のパンを買った。そうしてまた、愛車にまたがる。このロードバイクともあと何年の付き合いになるのだろう。


 結局、広森町についたのは正午の鐘が鳴ってからだった。愛車を海の近くで見つけた手ごろなコインパーキングに停め、画材の入ったリュックから夏用のブーツを出した。ロードバイク用のビンディングシューズじゃ、とてもじゃないが海辺は歩けない。ふくらはぎまでを覆う、砂が入るのを防いでくれるブーツに履き替えて砂浜に降りる。
 広森町の海は観光地になってるだけあって、広くて綺麗で果てしない。ギラギラとした日差しをこれでもかというぐらい反射する海面は鮮やかだ。もちろん、砂も白くて細かくて軽い。適当に小さなビンに詰めて、お土産屋さんにあるような星の砂の横に置いてもしばらくはバレなさそうなくらいだ。この海には二、三回くらい来たことがあるけど、やっぱり、綺麗というだけでは形容できない、色鮮やかで美しい海。砂浜には洞穴みたいな水の来ない場所もあるから、ここで休憩するのもいいだろう。今日の拠点はここにしようか。
 ふと、辺りを見渡した。そういえば、なぜだか人がいない。星が落ちた場所だというのに、野次馬もいなければ観光客らしき人もいない。熱中症警戒アラートが出ていたとしても、あたしみたいなもの好きくらいはいてもいいはずなのに。真夏の昼間の海辺はあたし以外の誰の気配もない。ただ、絵に描いたような海辺の光景が広がっている。
 どこに星が落ちたのかも分からない代わりに規制線もない無人の海を独り占めしてるような状況は胸のどこかをくすぐった。少しの優越感というものだろうか。ひとまず岩陰に荷物を置いて、星が落ちた地点を探るために砂浜を歩いた。
 ザザーン、ザザーン、と波の音が静かな海辺に残響を残す。暑くて暑くて仕方がないのに、その波の音だけは涼しくて、時折寄せては返す波を眺めながら砂浜を探した。遠くの方に見える二つの青の境目は、何度見ても、何度絵に起こしても見入ってしまう。ずっと山にいたからか、何か望郷や幻影のような引力があるように思えた。
 すると、波と砂浜の合間に、ひときわ鋭く太陽光を反射するものが見えた。転ばないように大股で歩いて近寄ると、砂に埋まったビンが目に入った。拾い上げてみると、それはコルクでしっかりと封がされた、なにやら紙の入っているガラスのビンだ。
「ボトルメール?」
 中には何枚かの紙が入っている。調査してみよう。
 あたしは荷物を置いた岩陰まで行って、ひとまずリュックからさっき買ったパン出して昼ごはん代わりに食べた。三時間も走ったし、しっかり補給をしなくてはいけない。薬も飲まないといけないし。父さんが持たせてくれた水筒で水分補給もしたら、準備は完璧だ。
 あたしはひとまず、ビンを閉じるコルクを引っ張った。病気のせいで筋肉があまりないからか、なかなか固かった。けど、父さんに教わったとおりに、垂直に引っ張ればすぐに取れた。怪我をしたときの救急セットに入れておいたピンセットで中の紙束を取り出した。中の紙は合計で三枚。二枚が筆跡の違う同じ言語の文字で埋められた文書で、残りの一枚は絵だった。外国語ではないから、あたしでも読める。


 一目見て異質なものだということだけが分かった。少なくとも、海月はこれが何の紙と画材が描かれたものなのか特定することは叶わないだろう。しかし、海月は紙の大きさ的に、紙はスケッチブック用のノートか何かの一枚で、画材はペンの類だろう、という見当をつけた。モノクロで色のいっさいがない、女性の絵。菊の花と果物のオレンジの花が敷き詰められた場所に、白無垢を着た女性が寝ている。白無垢の部分に顔を近づけてよく見てみると、目立たないように椿の模様が入っていた。女性の全体を描いているというよりは、膝から上が紙の中に収まっている。紙上では途切れていても絵は続いているとでも言いたげな椿の途切れ方をしており、それだけで作者の力量の高さがうかがえた。
 伏せられた目元をよく見てみると、瞼のふちに線が引かれている。閉じられた唇もやや強調されているようだ。こういう描き方をするということは、モデルは紅の化粧をしていたのだろうか。また、帯のあたりで組まれた手の爪も、色がついているような描き方をしている。やはり何色か塗っているのだろう。
 女性の頭の左上には四角いものが置いてあった。なにか繊細で美しい刺繍が入っていてどこか柔らかそうな印象受ける。これはハンカチだろうか。その対称の位置にあるのは、松竹梅の模様が入ったつげ櫛と思われる和櫛だった。
 その絵は誰かが手慰みに描いたものというよりはしっかりと対象を記憶したうえで、もしくは対象をその場に置いて、微細な違いも許さず誠実にそれを描写したように感じられた。写真を間違うほどの写実的な絵というわけでもないのだが、描きこみの量や細かさ、なによりも息を飲むような静かな儚さが質量を持って絵に宿っていた。この女性は真顔のような、どこか嬉しそうな、それでいて悲しそうな、感情が見えない表情をしている。しかし何かしらの息吹を感じる表情に、視界のにじむ美しさがあった。

一枚目の文書
 六月二十九日 晴
 長く外国に渡っていた康平さんが帰ってきた。「体にいいんだぜ」と言って、甘橙をお土産にとくださった。蜜柑に似ていたけれど、どこか違う。皮が固くて剥けないでいると、康平さんが包丁で切るのだと教えてくれた。恥ずかしい。
 今日は調子がいいから、康平さんも帰ってきたことだし、張り切って家事をしようとしたのに、仕事をみんなにとられてしまった。いつもサボったりイタズラしたりのわんぱくなのに、こういうときばかり結託する。
 せめて手伝いだけでもしようとしたら、フジちゃんに「病み上がりの若妻は大人しく旦那とイチャついててくださいねー」なんて言われてしまった。まだ結婚してないのに。仕方なく甘橙を切り分ける作業だけした。康平さんが下さった甘橙はかなり量があったから、一部はみんなが今日のおやつとして食べられるように小さく切り分けて、ちょうど部屋に来たツネちゃんに渡した。
 康平さん曰く、甘橙は海の向こうでは縁起物で、学術的にも体にいいことが証明されたらしい。私にはよくわからなかったけれど、『さむしんぐふぉー』と同じく、『はっぴぃおれんじ』と呼ばれて、向こうでは花嫁さんに幸せを運ぶという伝承があるんだそう。康平さんが照れながら言うもんだから、私まで照れてしまった。けれど、それ以降の詳しいことは教えてくれなかった。
 あまりに康平さんが誤魔化すものだから、康平さんが湯浴みをしているすきに、外国から奉公に来てるビオラちゃんに聞いた。
 彼女が言うには、『はっぴぃおれんじ』は神様が女神さまに求婚するときに甘橙の花を贈った神話が元になっていて、男性が婚約者に甘橙の花を贈ったり、結婚式のときに花嫁さんが甘橙の花を纏う習慣のこと。らしい。
 『さむしんぐふぉー』も向こうの習慣で、何か新しいもの、古いもの、借りたもの、青いものを一つずつ身に着けて式に出た花嫁さんは幸せになれる。という内容らしい。ビオラちゃんが「時と場合によりますが、少なくとも私の生まれた地域では、古いものは実家や旦那の家から、借りるものは仲のいい友だちから借りることが多いんですよ」と言っていた。私なら、おキヨちゃんかな。

二枚目の文書
 ある小さな国に、星に魅入られた少女がいた。少女はまるでかぐや姫のような美しくて賢い御仁で、皆から愛される人だった。周りに敬意を払って接するだけでなく、年下の女中たちとも友人や姉妹のような仲で、外国から奉公に来たという女中も受け入れていた。文武にすぐれ、温厚で家庭的な少女の気質は多くの人を魅了した。
 そんな少女は幼馴染の商人の息子と婚約した。てっきりなにかやっかみがあるものだと考えていたが、それすら祝福された。少女だけでなく、婚約者も真面目で誠実で気持ちのいい男だと皆から認められていたのである。
 幸せな生を送っていた少女は、幾度も星からの誘いを受けていた。星からの誘いとは、星の花嫁になることだ。星の花嫁になれば、いつまでも美しいまま、若いままの姿でほぼ永久に近い時間を生きることができる。しかし、少女は婚約者がいるからと星を拒んでいた。
 少女が十八から十九になるころ、星の引力はいっとう強くなった。星は強引にでも少女を自分のものにしようとしたのだ。少女はそれでもなお星を拒み、婚約者や周りにも助けを求めた。助けを求められたものたちはみな、少女が星の引力に負けないように全力で抗った。遠くにいる知識人を頼ったり、縁起物を集めたり、時には寝ずの番をして少女を護衛した。北の果てに住む、星を操るのが得意だという胡乱な術師を頼ったこともあったが、彼ですらできたのは、せいぜい弱りゆく少女が『ただの死者』として死ねるよう、人間として守り続けるための術をかけることだった。
 しかし、それでも、人理の範疇外にある星の引力は絶対的で、引力によって弱りきった少女とうとう抗うだけの力を失ってしまった。どんなに腕のいい医者を呼んでも、それを治すことは叶わなかった。
 病状の悪化した少女は、それでも何とか手を打とうとする婚約者の手を握った。ほとんど握る力など残されていない骨と皮のような手で婚約者にすがり、額には脂汗をにじませ、肩で息をするがごとく苦しんでいた。そんな風でありながら、いまわの際に、甘橙をねだった。
「せめて、これからの長い旅の慰めに、甘橙の花をくださいな」
 それが少女の最期の言葉だった。
 婚約者は深く嘆き悲しみ、後追いすらしそうなほどに悲嘆にくれた。昼夜となく泣き、その慟哭が途絶えることはなかった。星の引力には人間ごときの力ではかなわないのだと絶望し、涙が枯れても泣き続けた。
 そうして今にもがらがらと崩れ落ちそうな背中に向かって、少女に雇われた、外国出身の女中が言った。
「旦那様、私の故郷では、死者と結婚できる制度と、彼岸婚という風習があります」
 婚約者がそれはなんだと尋ねると、女中は言った。
「私の故郷には、死者との婚姻関係、もしくは婚姻を結ぼうとしていたという証明になるものがあれば、死者との婚姻関係が認められるという制度があります。彼岸婚は、この制度の下地となった文化です。死者と死者の結婚相手に婚礼衣装を着せ、結婚式を行ってから二人の結婚の絵を描いてもらい、それを残して死者を埋葬する。法的な力はありませんが、民間的に二人が結婚していることを認める風習です」
 女中の話を聞いて、婚約者は今までの愁嘆が嘘のように泣くのをやめ、すぐに準備に取り掛かった。式の日のためにあつらえていた新品の絹の花嫁衣裳を冷たくなった少女に着せて、少女と一等仲の良かった友人の紅を乗せる。そして、婚約者の家に伝わる、この家に嫁いできた女性が受け継ぐ松竹梅の櫛、淡く淑やかな青い糸が踊る手巾を、縁起物の菊と、死に際に少女が求めた甘橙の花でいっぱいにした棺の上に供えた。それから両家の家族と女中たち、そして紅の提供者である友人だけを招いた結婚式が開かれた。粛々と行われた式では、皆が複雑な気持ちでありながらどこか幸せそうに参加していた。少女とその婚約者がともに愛し合っていたことは皆が承知の上で、婚約者が悲嘆にくれて身も世もなく嘆き続けるほどの愛情があったことは承知の上だったからだ。
 絵を描くのは婚約者の兄が担当した。もし、少女が生きていたら、二人があのまま幸せに、結婚式の日を迎えられていたら。これから先も、二人で歩むのだという幸せだけを考えていたら。たくさんのたらればと、せめて来世は本当の意味で結ばれますように、という強い願い、わずかばかりの憐憫を込めて、その絵は描かれた。
 完成したその絵を見て、ついに婚約者の兄は泣いた。弟と、小さいころから知っている義妹が、絵の中では幸せそうに笑っている。その姿をどうして現実では見られないのだろう。と静かに涙を流し、涙が枯れて唇をかみしめることしかできない弟とともに、棺が燃えていく様をいつまでも見つめていた。

 二枚目の文書を読み終わったところで、あたしはもう一度、絵を見直して、寒くもないのに鳥肌が立った。この絵は、ただ綺麗で、繊細かつ緻密に描かれただけじゃない。ただの義妹を想った追悼の絵でもない。その裏にあるものが、ようやく分かった。どうして絵描きのあたしが、これを初見で感じ取れなかった? 恐怖とともに悔しさが襲ってくる。
 あまりの衝撃に、体の震えが収まらない。腕も足も、心臓も震えている。慌ててリュックから薬を出して、水で押し込んだ。
 まさか星が落ちた海辺でこんなものを発見できるとは。星の跡地は見つからなかったけど、代わりにこんなものすごいものを見つけられるとは思わなかった。やっぱり、来て正解だ。にやにやと、口角が上がる。興奮冷めやらぬ心臓の震えが体の内側から聞こえてきた。あまりに早い心臓の音に、思わず前のめりになって手を当てる。腕が冷たい。息も荒れて肺が苦しい。これは一度落ち着かないと。
 じっと深呼吸をして体を落ち着かせていると、町のスピーカーからチャイムが鳴った。リュックを漁ってスマホで時間を確認すると、ホーム画面のデジタル時計は夕方の四時を示している。
「か、か、帰らなきゃ」
 父さんとの約束を破ってしまう。あたしは慌てて広げたものをリュックに戻した。少し迷って、父さんたちにも見てもらおうと思って、ボトルメールも押し込んだ。
 大股歩きでコインパーキングに戻って、ブーツを脱いでビンディングシューズに履き替える。脱いだブーツも適当にリュックに詰めて、急いで道に出た。


 片道三時間は往復すると六時間。寄り道はしなかったけど、信号に引っかかったり、疲労で足が止まったりで、やはり七時を過ぎてしまった。うちの夕飯は夕方の六時半くらいだから、父さんに怒られる。家に帰る最後の角を曲がると、等間隔に置かれた街灯がある暗い道の向こうから、見覚えがある人影が走ってきた。思わずその場に愛車を停めて足を地面に置くと、刺すような痛みがして膝が震えた。それでも近づいてくる人を見て、声を上げた。
「パパ!」
「海月! 心配したんだぞ。飯の時間にも帰ってこないから。晴孝はるたかも心配してたぞ」
「ごめんなさい。広森町に行ってたんだ」
「星が落ちたんだろ? 晴孝から聞いてるよ。あぁ、こんなに震えて。他はどうだ? どこか痛いところはないか?」
 そういってパパはあたしを心配そうに見下ろした。
「痛くはない。お腹すいただけ」
「ならよかった。あぁ、腕まで震えてるじゃないか。ほら、乗りな。…………お前は軽いなぁ」
 パパはあたしの荷物を前に抱えた状態であたしを背負って、あたしを左手で支えながら右手で愛車を押す。病気で筋肉も肉も落ちてるからあたしが軽いのは分かるけど、よくできるものだ。
「パパ、父さん怒ってるかな」
「怒っちゃいないさ。ただ家出娘がいつ帰るのかと心配してたし、お前は約束を破った。そこはちゃんと謝ろうな」
「うん。そうする」
 父さんは温厚で優しいけどその分少しだけ心配性で、たまにヒグマみたいなところがある。怒らせないのが一番いいけど、心配かけるとすごくこちらの罪悪感をえぐる顔をしてくるから、早く謝らないといけない。
「ただいまー」
「おかえり、家出娘は……帰ってきたみたいだね」
 父さんは玄関であたしたちを出迎えた。エプロンをつけたままだから、家で待機してたんだろう。あたしはパパに下ろされて、父さんと向き合った。
「ただいま、父さん」
「おかえり。心配したんだよ。どこかで倒れてるんじゃないか、発作を起こしてるんじゃないかと気が気じゃなかった」
「心配かけて、ごめんなさい」
 父さんはいつもこうやってあたしを諭す。あたしの体は欠陥品だ。難病を抱えて、今でこそ症状は落ち着いているけど、いつ悪化するかもわからない。だからこそ、父さんも、パパもあたしを心配する。
「分かってるなら、僕からは何も言わないよ。お帰り、海月」
 父さんはそう言って、頭を撫でた。パパの手は薄くて指が長いけど、父さんの手は厚くて固い。でも、二人の手は温かい。玄関から上がってリビングにたどり着くと、あたしは一度震えがなくなるまで待とうと、ソファに横になった。机の上には今日の夕飯のしょうが焼きが置かれていて、においだけでお腹がすいてくる。
「なにかいいものはあったか?」
 パパに聞かれて即答した。
「うん。ボトルメールを拾ったんだ。リュックにあるよ」
「今時ボトルメール? 珍しいね」
「また粋なもんが落ちてるなぁ」
 パパがソファの近くに置いてくれたリュックから、拾ったボトルメールを出して二人に見せた。中身は別にしてリュックの中に入れていたから、それも出して。
「これは、日記と絵、だね」
「絵は万年筆で書かれたものみたいだな。文字の方は、ペンと筆だ。筆跡が違うから、二人の文章だな」
 二人は三枚の紙を覗き込みながら、どうしてこんなものが海に流れ着いたのか、不思議そうにしていた。
「差出人の名前は、ないね」
「うん。内容も読んだんだけど、あたしは何にも分からなかった。パパは骨董品店の店員だから、何か分かるかなと思って持って帰ってきたんだけど」
 パパは大型の骨董品店に勤めてる。学芸員の資格も持ってるから、何かしらわかるかもしれない。帰る間際の一瞬の迷いの中でそう思った。
「う~ん、さすがにこれだけじゃあ、俺も分からないなぁ。紙の質感をもう少し分析すれば分からないことはないだろうが、あくまで大まかな時代と場所の特定だけだ。差出人の特定には至らない可能性が高いぞ」
 さすがのパパでも、分からないらしい。確かに、歴史は嫌いじゃないあたしも分からなかった。
「海月は差出人を見つけたいのか?」
「ハンカチの言い方的に、差出人が生きてるとは考えにくいけど…………それでも、これがどういう経緯で海に流れて、広森町まで来たのか、知りたいとは思う」
 いったいどこの誰が、どんな意図をもってこれを書いて、流したのか。それがどうして海を辿り続けて、あたしの元までやってきたのか。そもそもこのボトルメールに登場する人物たちは何者なのか。あたしに残された時間がどのくらいあるのかは分からないけど、気になった。
「なら、彼に調べてもらうのがいいんじゃないかな?」
「そいつはいい。あいつ、最近暇してたしな」
 二人で何か示し合わせている。気になるついでに震えも収まったから、父さんの手を借りながら起き上がって、聞いた。
「あいつ?」
弘文ひろふみの後輩に、探偵がいるんだよ。その人に探してもらおうって話」
 そんな人がいるだなんて知らなかった。確かに、プロの探偵なら、自分で調べるよりも確実に差出人を見つけてくれるかもしれない。
「探偵なら安心だね」
「そうだろう、そうだろう。じゃ、ひと段落したところでメシにしよう」
 パパにそういわれて、机に夕飯の席に移動した。しょうが焼きはまだあたたかくて、空きっ腹の体に肉の旨味が染み渡る。あのボトルメールの中に出てきた少女は、こんな風にみんなで夕食を取ることがあったんだろうか。同じ病気持ちとして、少しだけ気になった。
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