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眠りを知らない街新宿にも、例外なく夜は訪れる。
路を挟み左右にひしめきあって乱立する雑居ビルには幾つもの看板が掲げられ、夜闇の中で色とりどりにライトアップされていた。
大通りを行き交う車の喧騒にまぎれ、そこかしこから客引きの声が聞こえる。
派手に着飾った女たちがサラリーマンの腕を引き、かと思えば罵声を浴びせあう青年たちの姿も見えた。
ネオンが瞬く繁華街は、昼とはまた違う澱みを伴った活気に包まれている。
藤崎 譲は人の波に流されるまま、ひと際いかがわしい看板の並ぶ裏路地に踏み入っていた。
高校に入学してようやく半年の譲は見るからに幼く、この街には不似合いだ。どうにも頼りなげな足取りが眸につく。
キョロキョロとしきりに周りを窺い見る様も、子供らしさを際立たせるようで酷く心許ない。
店の前でたむろしている青年たちの中には譲と同年齢の者もいるのだろうが、夜の空気に溶け込む彼らとは明らかに違う。染まっていないと言うべきか、譲の初々しさは殊更に彼を幼く見せていた。
場に慣れない譲の姿に興味を覚えてか、先ほどからしきりに酔っ払いが絡んでくる。
譲はわざとらしいしかめっ面をして、無言のまま彼らをやり過ごした。
中には明らかな下心を見せる者もいて、口をきこうとしない譲にしつこく絡んできたりもした。
女に見えるというわけではないが、譲は母親ゆずりの中性的な顔立ちをしている。
大きな双眸は綺麗な弧を描いて僅かに吊上がり、我が侭な猫のようだ。
濡れたように艶めく唇。ツンとして通った鼻筋。
さらさらの髪はショートで、色を抜き金に近い薄茶になっている。
細い身体つきが男の欲を誘いもしたのだろう。酒の力を借り気の大きくなった男が、無遠慮に譲の腕を掴んだ。
「黙ってることはないだろう? なあ、ちょっとぐらい付き合えよ」
「うわッ……、なにす……ッ!?」
突然のことに譲はうろたえた。
ちょっともなにも、まるっきり付き合ってやるつもりなどない。
それどころか、絡んでくる酔っ払いの声など右から左で、聞き流していたのだ。
ずっと追ってくる男がいるなどとは思わなかったから、腕を掴まれた瞬間ゾッと背に冷たいモノが疾った。
ひとりで夜歩きするには、譲はあまりに無防備だったと言える。
男はそんな譲の無防備さにつけこんできた。軽くあしらえないのだと知り、強引にビルとビルの間の細い隙間に引き込んでしまう。
「イイだろ? ちょっとだけだから」
「痛いよッ、離せ!」
「金か? 金ならやるぞ。3万か? 4万か?」
男の眸が異様に血走っている。
こけた頬に黒縁の眼鏡。ニタリと笑う口許が気持ち悪い。
譲が必死に藻掻いても、男の手は緩まなかった。
コンクリートの壁に押さえつけられ、男の顔が近づいてくる。気味が悪くて吐きそうだ。
「嫌だ! 離せよッ、離せってば!」
譲は無我夢中で男の手を振り解いた。
ビルの隙間から抜け出そうとするが、脚がもつれて転んでしまう。
すぐに男は追いついてきた。髪を引っ張られ、激痛に涙が滲む。
「ヤダアァ―――!」
恐怖に掠れる声を絞り出し、悲鳴をあげる。
声が上手く出たかどうかは分からないが、焦れたように男が腕を振り上げるのが見えた。
「―――ッ」
次にくる痛みを覚悟してギュッと眸を閉じる。しかし予想した痛みは訪れない。
「ギャッ」
呻いて地面に転がり倒れたのは相手の方だった。
「オッサン、いくらなんでも往来で、未成年相手に犯罪行為はヤバイんじゃねーの?」
聞き覚えのある声。
恐る恐る開いた譲の眸に、JIL SANDERのスーツ姿が飛び込んでくる。
「あ……」
譲は息を呑む。思わず涙が溢れそうになった。
「……兄さ…………」
冷めた眸つきで地に伏す男を見下ろしていたのは、譲が捜し求めた兄、藤崎 俊その人だった。
路を挟み左右にひしめきあって乱立する雑居ビルには幾つもの看板が掲げられ、夜闇の中で色とりどりにライトアップされていた。
大通りを行き交う車の喧騒にまぎれ、そこかしこから客引きの声が聞こえる。
派手に着飾った女たちがサラリーマンの腕を引き、かと思えば罵声を浴びせあう青年たちの姿も見えた。
ネオンが瞬く繁華街は、昼とはまた違う澱みを伴った活気に包まれている。
藤崎 譲は人の波に流されるまま、ひと際いかがわしい看板の並ぶ裏路地に踏み入っていた。
高校に入学してようやく半年の譲は見るからに幼く、この街には不似合いだ。どうにも頼りなげな足取りが眸につく。
キョロキョロとしきりに周りを窺い見る様も、子供らしさを際立たせるようで酷く心許ない。
店の前でたむろしている青年たちの中には譲と同年齢の者もいるのだろうが、夜の空気に溶け込む彼らとは明らかに違う。染まっていないと言うべきか、譲の初々しさは殊更に彼を幼く見せていた。
場に慣れない譲の姿に興味を覚えてか、先ほどからしきりに酔っ払いが絡んでくる。
譲はわざとらしいしかめっ面をして、無言のまま彼らをやり過ごした。
中には明らかな下心を見せる者もいて、口をきこうとしない譲にしつこく絡んできたりもした。
女に見えるというわけではないが、譲は母親ゆずりの中性的な顔立ちをしている。
大きな双眸は綺麗な弧を描いて僅かに吊上がり、我が侭な猫のようだ。
濡れたように艶めく唇。ツンとして通った鼻筋。
さらさらの髪はショートで、色を抜き金に近い薄茶になっている。
細い身体つきが男の欲を誘いもしたのだろう。酒の力を借り気の大きくなった男が、無遠慮に譲の腕を掴んだ。
「黙ってることはないだろう? なあ、ちょっとぐらい付き合えよ」
「うわッ……、なにす……ッ!?」
突然のことに譲はうろたえた。
ちょっともなにも、まるっきり付き合ってやるつもりなどない。
それどころか、絡んでくる酔っ払いの声など右から左で、聞き流していたのだ。
ずっと追ってくる男がいるなどとは思わなかったから、腕を掴まれた瞬間ゾッと背に冷たいモノが疾った。
ひとりで夜歩きするには、譲はあまりに無防備だったと言える。
男はそんな譲の無防備さにつけこんできた。軽くあしらえないのだと知り、強引にビルとビルの間の細い隙間に引き込んでしまう。
「イイだろ? ちょっとだけだから」
「痛いよッ、離せ!」
「金か? 金ならやるぞ。3万か? 4万か?」
男の眸が異様に血走っている。
こけた頬に黒縁の眼鏡。ニタリと笑う口許が気持ち悪い。
譲が必死に藻掻いても、男の手は緩まなかった。
コンクリートの壁に押さえつけられ、男の顔が近づいてくる。気味が悪くて吐きそうだ。
「嫌だ! 離せよッ、離せってば!」
譲は無我夢中で男の手を振り解いた。
ビルの隙間から抜け出そうとするが、脚がもつれて転んでしまう。
すぐに男は追いついてきた。髪を引っ張られ、激痛に涙が滲む。
「ヤダアァ―――!」
恐怖に掠れる声を絞り出し、悲鳴をあげる。
声が上手く出たかどうかは分からないが、焦れたように男が腕を振り上げるのが見えた。
「―――ッ」
次にくる痛みを覚悟してギュッと眸を閉じる。しかし予想した痛みは訪れない。
「ギャッ」
呻いて地面に転がり倒れたのは相手の方だった。
「オッサン、いくらなんでも往来で、未成年相手に犯罪行為はヤバイんじゃねーの?」
聞き覚えのある声。
恐る恐る開いた譲の眸に、JIL SANDERのスーツ姿が飛び込んでくる。
「あ……」
譲は息を呑む。思わず涙が溢れそうになった。
「……兄さ…………」
冷めた眸つきで地に伏す男を見下ろしていたのは、譲が捜し求めた兄、藤崎 俊その人だった。
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