EGOIST

崎矢梨斗

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 どうしてこんなに嫌われてしまったのか。
 考えても考えても譲には答えを出すことができない。
 優しい兄だった。自慢の兄だった。
 幼い頃から俊は譲の憧れで、自慢の兄であることに今も変わりはない。
 優しい笑みを見せてはくれなくなったけれど。
「俊ニイ……」
 幼い頃と同じ呼びかけすら、彼は許してくれない。
 俊は変わってしまったのだろうか。
 血の繋がりすら煩わしいと思っているのだろうか。
「そりゃ、半分しか繋がってないけどさ」
 俊が幼い頃に亡くした母親の代わりに、後妻となったのが譲の母親だ。父親は同じだから血の繋がりはある。
 その繋がりを煩わしいと言われてしまえば、譲にはもうどうすることもできない。
 それほど嫌われてしまったことも、譲には理解できなかった。
 いつの間にかよそよそしく他人行儀になってしまった俊は、どんな理由も答えも与えてはくれなかったのだ。
「俊ニイ……」
 これが最後だと、譲は覚悟を決めた。



 譲は見覚えのある通りでバスを降りた。
 夕暮れの街を少し歩き、渋谷にある真新しいマンションの前に着く。俊が暮らしているマンションだ。
 あの日から一週間が過ぎている。
 譲は大きく深呼吸した。
 俊になにをされたか忘れたわけではない。冷たく告げられた言葉の数々も、譲の心を深く抉り傷つけたのだ。
 しかし譲は引き下がるわけにはいかなかった。
 簡単に諦めてしまいたくない。
 何年もずっと追い求めた兄の姿だった。
 嫌われているのなら、せめて俊に嫌う理由を明かして欲しかった。
 そうでなければ諦めきれない。兄弟の繋がりまで失くしてしまいたくない。
 いよいよ決心を固め、アーチ型の門扉をくぐろうとする。
 正面の玄関ホールからこちらに歩いてくる人影に気づいて、譲は門扉の陰に身を避けた。
 派手な印象の女性が出てくる。勝気な眸をした美しい女性だ。
 彼女の後から出てきた人物に、譲は眸を瞠った。
「兄……さん」
 俊だった。
 時折顔を近づけ親しげに話すふたりには、どこか入り込めない空気を感じる。
 彼女が俊と暮らしている相手なのだと、譲にもすぐにわかった。
 譲には見せてくれなくなった笑みを俊は浮かべている。穏やかで柔らかい笑みだ。
 彼女はどこかへ出かけるところらしい。俊が軽く手を振った。
「俊」
 彼女が呼ぶと、俊は躊躇なく近寄っていく。照れくさそうに彼女の頬へキスをした。
 じっとふたりに見入っていた譲は、驚きのあまり足をふらつかせてしまった。転びそうになり、門扉の陰から出てきてしまう。
「譲!?」
 急に現れた弟の姿に困惑を隠しきれず、俊は声をあげた。傍らにいる女性も眸を白黒させている。
 譲は焦っておたついたが、今さら隠れることもできない。
「あの……えっと……こんばんは」
 取り繕って笑ってみたものの、妙にぎこちなくなってしまった。
「譲……お前…………」
「ああ、あなたが俊の弟くんね」
 俊がなにかを言う前に、彼女の方が満面の笑みを見せ譲へと近づいた。腰の退けてしまった譲になおもにっこりと笑いかける。
「お兄ちゃんに逢いに来たの? ダメなお兄ちゃんを持つと大変ね」
「あやめ!」
 俊が彼女の名を呼ぶ。きつく呼ばれても、彼女は一向に動じない。
「ゆっくりお話ししたかったけど、私これから仕事なの。お兄ちゃんにしっかり甘えていきなさいね」
 あやめと呼ばれた彼女は、譲の額に音をたててキスをした。
 真っ赤になって額を押さえる譲に笑って手を振り、来たばかりのタクシーに乗り込む。
 あやめの勢いに押された譲は、呆然とタクシーを見送っていた。
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