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あげ損ねた悲鳴が咽喉の奥で詰まる。
恐怖に竦みあがり、譲は動くこともできずに立ち尽くした。
男の手が酷く乱暴に譲の腕を掴んでいる。
逃さないと、無言の圧力が男の手にはこめられていた。
怖い。
怖くて堪らない。
「助……け……」
切れ切れの声は掠れて霧散してしまう。
どこにも、誰にも届かない。
男の手によりいっそうの力がこもった。
「捜したぞ。以前は邪魔が入ったが、今日はどこにも邪魔者はいないようだな」
シャガれた声は低く、足下から得体の知れないモノが這い上がってくるかのような不気味さがある。
「あの男のせいだよ。あの顔だけしか取り得のないバカ男に殴られたせいだ。悔しくて夜も眠れない」
眼鏡の奥でギョロリと光る眸は、とり憑かれてでもいるかのようだ。あまりの気味悪さに眸を逸らす譲の顔を、上から無遠慮に覗き込もうとする。
「痛いんだ。傷が痛んで仕方がない。忘れようとすると、なぜだろうな、君の顔がチラつく。傷が痛むたびに君の顔がチラチラ、チラチラ…………」
興奮しているのか男の息は荒い。
熱っぽく語る口調は、譲をさらなる恐怖へと引き込んでいくだけだった。
狂っている。
血走った目の中には理性の欠片も見えない。
男は譲の腕を引き寄せようとする。
膝が震えて歩くこともできない譲の身体は、男の思い通りに動くこともなかった。立っていることもできず、譲はアスファルトの上へしゃがみこみそうになっている。
誰か。
誰か、助けて。
「……けて……俊ニ……」
ハッと譲は口を閉ざした。
誰の名を呼ぼうとしていたのか気づいて、必死で叫びを飲み込む。
2度と呼んではいけない名前だ。
逢わないと、嫌な思いはさせないと心に誓ったばかりだ。
助けて。
助けて……。
それでも呼びたいのは彼の名だった。
声を限りに呼べば聞こえるかも知れない。兄の耳に届くのかも知れない。
今ならまだ傍に行けるのに……!
怯えた眸で男を見上げる譲は、だが兄の名を決して呼ぼうとしなかった。
迷惑はかけない。決して自分の顔は見せない。
もう逢わない。2度と逢えない。
好きだから……。これ以上嫌われたくはないから……。
たとえ取り返しのつかないほど嫌われているのだとしても、だからこそ今以上に嫌がられるような真似はしたくないのだ。
「ヤダ……ッ、……離せよ……離せ……!」
動かない譲に焦れた男の手が、強引に引き寄せようとする。その手から逃れようと、譲は懸命にもがいた。
「離せって…………、嫌だよ……ッ」
男の意図に気づき、譲は夢中で暴れ出す。
通りの角に車が停めてあった。男は車に譲を押し込もうとしているのだ。
車になんて乗せられてしまえば、どこに連れて行かれるか分かったものではない。
怖くて、死に物狂いで掴まれた手を振り回す。
何度か男の顔に当たり、それがいっそう相手を激昂させてしまう結果となった。
譲の腕を掴んだのとは反対の手を男は振り上げる。2度、3度と振り下ろされ、譲は手加減なしに殴られた。
痛みに抵抗する気力が萎える。
車の中に押し込められ、さらに酷く殴られて、譲は意識を正常に保っていることすら儘ならなかった。
恐怖に竦みあがり、譲は動くこともできずに立ち尽くした。
男の手が酷く乱暴に譲の腕を掴んでいる。
逃さないと、無言の圧力が男の手にはこめられていた。
怖い。
怖くて堪らない。
「助……け……」
切れ切れの声は掠れて霧散してしまう。
どこにも、誰にも届かない。
男の手によりいっそうの力がこもった。
「捜したぞ。以前は邪魔が入ったが、今日はどこにも邪魔者はいないようだな」
シャガれた声は低く、足下から得体の知れないモノが這い上がってくるかのような不気味さがある。
「あの男のせいだよ。あの顔だけしか取り得のないバカ男に殴られたせいだ。悔しくて夜も眠れない」
眼鏡の奥でギョロリと光る眸は、とり憑かれてでもいるかのようだ。あまりの気味悪さに眸を逸らす譲の顔を、上から無遠慮に覗き込もうとする。
「痛いんだ。傷が痛んで仕方がない。忘れようとすると、なぜだろうな、君の顔がチラつく。傷が痛むたびに君の顔がチラチラ、チラチラ…………」
興奮しているのか男の息は荒い。
熱っぽく語る口調は、譲をさらなる恐怖へと引き込んでいくだけだった。
狂っている。
血走った目の中には理性の欠片も見えない。
男は譲の腕を引き寄せようとする。
膝が震えて歩くこともできない譲の身体は、男の思い通りに動くこともなかった。立っていることもできず、譲はアスファルトの上へしゃがみこみそうになっている。
誰か。
誰か、助けて。
「……けて……俊ニ……」
ハッと譲は口を閉ざした。
誰の名を呼ぼうとしていたのか気づいて、必死で叫びを飲み込む。
2度と呼んではいけない名前だ。
逢わないと、嫌な思いはさせないと心に誓ったばかりだ。
助けて。
助けて……。
それでも呼びたいのは彼の名だった。
声を限りに呼べば聞こえるかも知れない。兄の耳に届くのかも知れない。
今ならまだ傍に行けるのに……!
怯えた眸で男を見上げる譲は、だが兄の名を決して呼ぼうとしなかった。
迷惑はかけない。決して自分の顔は見せない。
もう逢わない。2度と逢えない。
好きだから……。これ以上嫌われたくはないから……。
たとえ取り返しのつかないほど嫌われているのだとしても、だからこそ今以上に嫌がられるような真似はしたくないのだ。
「ヤダ……ッ、……離せよ……離せ……!」
動かない譲に焦れた男の手が、強引に引き寄せようとする。その手から逃れようと、譲は懸命にもがいた。
「離せって…………、嫌だよ……ッ」
男の意図に気づき、譲は夢中で暴れ出す。
通りの角に車が停めてあった。男は車に譲を押し込もうとしているのだ。
車になんて乗せられてしまえば、どこに連れて行かれるか分かったものではない。
怖くて、死に物狂いで掴まれた手を振り回す。
何度か男の顔に当たり、それがいっそう相手を激昂させてしまう結果となった。
譲の腕を掴んだのとは反対の手を男は振り上げる。2度、3度と振り下ろされ、譲は手加減なしに殴られた。
痛みに抵抗する気力が萎える。
車の中に押し込められ、さらに酷く殴られて、譲は意識を正常に保っていることすら儘ならなかった。
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