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微かな物音が耳に届き、俊は踵を返し駆け出した。
空きビルの中は閑散として、かび臭い匂いがたちこめている。
ありったけの人脈を辿り集めた情報は、この空きビルまで的確に俊を誘導した。
あるはずのない人の気配を感じる。
ここに間違いない。
譲はこのビルのどこかに連れ込まれている。
「譲―――!」
大きく叫んだ。応えはない。
どこだ? どこにいる?
なぜ返事を返さない?
声も出せないような目にあわされているのだとしたら……。
嫌な予感にいてもたってもいられなくなる。
「ゆず……っ」
もう1度弟の名を呼ぼうとした俊の耳に、その声は届いた。
「助けて、俊ニイ―――!」
悲痛な叫びだった。
泣き声混じりのそれは譲のものに間違いなく、俊は激情のまま目指すドアを蹴破った。
「譲……」
部屋の奥から涙に濡れた譲の眸がこちらを見ている。唇は色を失い、安堵と呼ぶにはあまりにも痛々しく怯えた眸だった。
シャツのボタンは引きちぎられ、胸元がはだけられている。デニムパンツは下着ごと下ろされていて、裸同然といってよかった。
譲に伸し掛かる男の姿に怒りがこみあげる。
表情を引き攣らせこちらを見ている男。その手が未だ譲の白い肌に触れている。醜悪な姿だ。
沸騰した血液が脳を焼く。身の裡を焦がす熱に俊は我を忘れた。
無言で部屋の奥へ踏み入り、力任せに男の身体を譲から引き剥がす。
「なんだ? なにをするんだ、お前……」
「それはこっちの台詞だ、おっさん」
うろたえる男の顔を、容赦のない拳が殴りつけた。
派手な音をたて男の身体が床に叩きつけられる。
「グ……あ……」
呻く男の鼻から血が滴り落ちた。俊はその襟元を掴み、男を立たせる。
再び容赦なく浴びせた拳に、男の身体が吹き飛ぶ。
「ヒ……ッ、ギ……」
俊が近づいていくと、男は情けない声をあげ後退さった。血に汚れた顔が奇妙にゆがみ、より醜悪になっている。
俊は1歩、また1歩と近づいた。
逃す気はない。殺しても構わないとすら思える。
汚い手で譲の肌に触れた男だ。
「ヒイイィィィ―――ッ」
俊の殺気を感じたのか、男が踏み潰された蛙のような悲鳴をあげる。
男へと伸ばした俊の手を、しかし強い腕が掴み止めた。
「待て、待て、ストップ。これ以上やったら過剰防衛だ」
場にそぐわない呑気な声が、俊の怒りを鎮めさせる。
俊は苦々しく相手の手を振り解いた。燻った怒りを押し殺し、男から興味を逸らせる。
振り返った俊の眸が、床から起き上がれずにいる譲の眸とかちあった。
不安と恐怖と哀しみと。そのどれもが複雑に絡み合った視線が俊を捉える。
傍らに跪き手を伸ばすと、怯える身体がビクビクと震えを見せた。
堪らず俊は譲の身体を抱き寄せ、腕の中に強く掻き抱いていた。
空きビルの中は閑散として、かび臭い匂いがたちこめている。
ありったけの人脈を辿り集めた情報は、この空きビルまで的確に俊を誘導した。
あるはずのない人の気配を感じる。
ここに間違いない。
譲はこのビルのどこかに連れ込まれている。
「譲―――!」
大きく叫んだ。応えはない。
どこだ? どこにいる?
なぜ返事を返さない?
声も出せないような目にあわされているのだとしたら……。
嫌な予感にいてもたってもいられなくなる。
「ゆず……っ」
もう1度弟の名を呼ぼうとした俊の耳に、その声は届いた。
「助けて、俊ニイ―――!」
悲痛な叫びだった。
泣き声混じりのそれは譲のものに間違いなく、俊は激情のまま目指すドアを蹴破った。
「譲……」
部屋の奥から涙に濡れた譲の眸がこちらを見ている。唇は色を失い、安堵と呼ぶにはあまりにも痛々しく怯えた眸だった。
シャツのボタンは引きちぎられ、胸元がはだけられている。デニムパンツは下着ごと下ろされていて、裸同然といってよかった。
譲に伸し掛かる男の姿に怒りがこみあげる。
表情を引き攣らせこちらを見ている男。その手が未だ譲の白い肌に触れている。醜悪な姿だ。
沸騰した血液が脳を焼く。身の裡を焦がす熱に俊は我を忘れた。
無言で部屋の奥へ踏み入り、力任せに男の身体を譲から引き剥がす。
「なんだ? なにをするんだ、お前……」
「それはこっちの台詞だ、おっさん」
うろたえる男の顔を、容赦のない拳が殴りつけた。
派手な音をたて男の身体が床に叩きつけられる。
「グ……あ……」
呻く男の鼻から血が滴り落ちた。俊はその襟元を掴み、男を立たせる。
再び容赦なく浴びせた拳に、男の身体が吹き飛ぶ。
「ヒ……ッ、ギ……」
俊が近づいていくと、男は情けない声をあげ後退さった。血に汚れた顔が奇妙にゆがみ、より醜悪になっている。
俊は1歩、また1歩と近づいた。
逃す気はない。殺しても構わないとすら思える。
汚い手で譲の肌に触れた男だ。
「ヒイイィィィ―――ッ」
俊の殺気を感じたのか、男が踏み潰された蛙のような悲鳴をあげる。
男へと伸ばした俊の手を、しかし強い腕が掴み止めた。
「待て、待て、ストップ。これ以上やったら過剰防衛だ」
場にそぐわない呑気な声が、俊の怒りを鎮めさせる。
俊は苦々しく相手の手を振り解いた。燻った怒りを押し殺し、男から興味を逸らせる。
振り返った俊の眸が、床から起き上がれずにいる譲の眸とかちあった。
不安と恐怖と哀しみと。そのどれもが複雑に絡み合った視線が俊を捉える。
傍らに跪き手を伸ばすと、怯える身体がビクビクと震えを見せた。
堪らず俊は譲の身体を抱き寄せ、腕の中に強く掻き抱いていた。
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