雪降る夜はあなたに会いたい【本編・番外編完結】

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prologue

prologue 3

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 駅近くのカフェに入り、窓際にあるカウンター席に着く。店内は客もまばらだった。雪が降り始めたせいもあるかもしれない。皆、帰りを急いでいるのだろう。
 温かいカフェオレの入ったマグカップを両手で握り締めながら、窓の外に視線を向けた。歩道を歩く人や、大通りをひっきりなしに走る車が視界に入り込む。

創介さん、雪に濡れたりしないといいけど――。

そんなことを思った自分が滑稽になる。創介さんのような人が、雪に濡れるようなことになるはずがない。きっと、車で来るだろう。創介さんの顔を思い浮かべようとした途端に、思わず息を吐き出していた。無意識のうちにマグカップを包む両手に力が込められていた。そのせいで、温かさを通り越して少し熱く感じる。

 創介さんと出会って、三年も経つというのに、こうして会う直前は未だに緊張してしまう。人には決して見せない姿も、聞かせるのことのない声も、何もかもを曝け出しているというのに、不思議でならない。いつまで経っても、創介さんの傍にいることに慣れることはないのだ。
 マグカップの中のカフェオレがなくなった頃、カウンターの上に置いたスマホが振動した。それと同時に手に取る。

”今、駅の前に着いた”
”今すぐ、行きます”

カップを素早く返却台に戻し、店の外に出た。

雪が激しくなってる……。

ずっと窓の外を見ていたくせに外に出て初めて気付くなんて、きっとこの目は、ただ一人を探していただけなのだろう。
 駅の出口付近にあるガードレールにもたれて佇む、背の高い人の姿が目に入る。仕立ての良い紺色のスーツに、濃い茶色の光沢がかったネクタイ。黒い傘を差して、鋭い視線が忙しなく動いていた。そのガードレールのすぐ後ろには、黒く光る車が止めてある。てっきり、車の中で待っているのだと思った。
 この冷たい雪の中立っている創介さんの姿に、足が止まってしまう。駆け寄れば、すぐに気付いてもらえるだろう。それなのに、足が動かない。ほんのわずか離れているだけだというのに、こうしてその姿を見ていると、あの人と自分に関りがあるということに現実味を持てなくなる。
 多分、背負っているものが大きいから、普通の二十五歳の男の人よりもずっと大人に見える。創介さんが放つオーラは、特別なものだ。

自分が心許なく感じられて、不意に怖くなる――。

こういう感覚が、ふとした瞬間に訪れる。早く私を見てもらいたいと思うのに、何故か足を踏み出せなくて。あんまり深く好きにならないように、あの人のことで一杯にならないようにと、そうやっていつも自分を律しているつもりでも、ただその姿を見ただけで胸が一杯になる。

このまま、逃げ出してしまおうか――。

そんなことを思う自分が、自分でもよく分からない。

いつか創介さんが私の前からいなくなるなら、いっそ自分から消えて――。

雪野ゆきのっ!」

そんな馬鹿みたいなことを考えてしまいそうになった私の耳に、創介さんの声が届いた。ぶつかった視線は、ふっと柔らかくなったかと思えば、すぐさま険しいものに変わった。

「何をしてるんだ!」

傘を差した創介さんが、私の元へと駆け寄って来る。

「創介、さん……?」

あまりの剣幕に、すぐ私の傍に立った創介さんを見上げた。急に視界が狭くなって、頬や肩を濡らしていたものが遮られる。創介さんが傘を差し掛けてくれたのだと、遅れて気付いた。

「雪の中、突っ立って何をやってるんだ。風邪ひくだろ?」
「ああ……。ごめんなさい。大丈夫です。今の今まで、そこのカフェにいましたから」

その剣幕が心配から来るものだと分かり、慌てて答える。

「でも、肩も髪も、濡れてるぞ」

不意に大きな手のひらが私の髪にあてがわれる。

私の髪、全然綺麗じゃない――。

ただでさえ黒い髪をただ一つにまとめただけなうえに、一日働き続けた後でところどころほつれている。そんなことに気を取られているうちに、創介さんの手のひらは私の頬へと移っていた。

「……冷たいな。早く、車の中に行こう」
「は、はい」

傘の中からはみ出ないように、肩を強く引き寄せられた。より近づいたその身体に緊張が増す。でも、緊張と同じだけ胸が温かくなった。ちっぽけな自分を大きな存在で守られているように思えて。私の胸は、どうしても甘く疼く。


 三年前、突然私の前に現れて、私の前に立ちはだかって。もし、あの時の私に今何かを言えるのなら、何を言おうか。

「その人と一緒にいては心までも捕らえられてしまうから、絶対にダメだ」と言う?
「自分が苦しくなるだけだから、何が何でも逃げなさい」と、そう言う?

そんな仮定を今の私がしたところで意味なんてない。この恋を知ってしまった今、なかったことになんて出来ない。何も知らないでいた自分になんて戻りたくない。結局、過去を何度繰り返しても、この黒い車に乗り込んでしまうだろう。
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