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第一部
ただ、傍にいたい 3
しおりを挟む約束の日の朝、いつも降ろしてもらう場所で待っていた。空は、灰色の水彩絵の具で塗りつぶしたみたいに、どんよりとしている。
コートにマフラーをして防寒対策を万全にした。事前に、創介さんからそうするようにと言われていたのだ。
少し待っていると、黒い車が私の前に止まった。
「おはようございます」
助手席の窓ガラスがあいて、創介さんの顔がのぞく。
「おはよう。乗って」
「はい」
車に乗り込み、シートベルトをするとすぐに車は発進した。スーツではない私服姿の創介さんを見るのは久しぶりかもしれない。深いネイビーのVネックのニットを着た創介さんの横顔は、私の知っているものだった。
今、私の隣にいてくれるのは私が知る創介さんだ――。
そんな当然のことを思う。二人だけでいる時だけは、すべてを忘れて今私の目の前にいてくれる創介さんを見ていたい。そう思ってその横顔を見つめた。
「雪野、温かそうだな」
「え? あ、はい。防寒対策、しっかりしてきました」
創介さんがちらりと私に視線を寄こして、少し笑った。
「それくらい着こんで来たら大丈夫だろう」
「どこに行くんですか?」
寒い場所に行くからとは言われていたけれど、結局具体的にどこに行くかは聞いていない。
「盛岡」
「盛岡ですか? そんなに遠く?」
車で行ける程度の行先だと思っていた。まさか、そんな場所まで一緒に行けるなんて思わなかった。
「これから東京駅に行って、新幹線に乗る。新幹線で2時間半くらいだから、遠いと言ってもそんなに時間はかからない」
新幹線なんて、修学旅行以来乗っていないかもしれない。
でも、それなら――。
「だったら、東京駅で待ち合わせにしてくれればよかったのに。その分、創介さん、朝ゆっくりできたでしょう?」
東京郊外の私の家まで迎えに来るなんて、時間的ロスだ。
「少しでも早く二人になりたかった。ただ、それだけだ」
それだけって……。
その言葉は、あまりに、恐ろしい。創介さんが運転中で良かった。目を見つめられて言われたら、私は固まってしまう。
「――それに。今日と明日は、とことん雪野に奉仕するから。覚悟しろ」
「私に、奉仕ですか? そんなの、困ります!」
突然とんでもないことを言い出した創介さんに、思わず声を上げた。そんな、慣れないことをされたら、どうしたらよいのか分からなくなる。
「姫にでもなった気分でいろ」
「無理です。絶対に無理!」
必死になって訴える私を見て、創介さんはただ笑うだけで「もう決定事項だ」と相手にしてくれなかった。
東京駅近くの駐車場に車を停めると、創介さんが、私が手にしていた大きめのバッグを取り上げてしまった。
「あ、あの……」
「姫さまは、普通、荷物なんて持たないよな? ほら、行くぞ」
「え……っ」
私の荷物を私のいる方とは反対の肩に掛けると、創介さんは私の手を取った。それに驚いて創介さんを見上げる。私の指の間に、創介さんの指が絡まる。手を繋いでもらっているのだと気付いた。何度も深く身体を繋げているというのに、こんな風に手を繋いで歩いたことなんてなくて。ただ、手を重ねて握りしめる。そんな行為に、怖いほどに胸が高鳴って痛いほどだ。
高鳴った瞬間、ふっと自分の姿が脳裏を過る。普通のマフラーに、地味なだけのコート。でも、このコートが私の中身を隠してくれているからまだましなくらいだ。隣を歩く創介さんとのちぐはぐさが、頭をちらつく。
もし、こんなところを誰かに見られたら――。
咄嗟にその手を離そうとしたけれど、それ以上に強い力で引き寄せられた。
「雪野」
そう私に呼びかけて、ふっと笑ってくれるから。私は、その手に甘えてしまった。
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