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第一部
ただ、傍にいたい 4
しおりを挟むずっと手を握りしめられたままで、東北新幹線に乗り込んだ。明らかに座り心地の違う広いシートの窓側へと促されて、席に着いた。隣に創介さんが腰を下ろし、並んで座る。
二人で乗り物に乗って、どこかに出かける――これ、本当に旅行だ……。
そんなことを思ったりして、密かに感動した。好きな人と二人きりで旅ができるなんて、どんなに自分を抑えようと思っても嬉しくて心がふわふわとしてしまう。
「旅なんてしたの何年ぶりかな」
「創介さんもですか?」
その事実に驚く。
「ああ。最後にどこか行ったのは……木村たちと大学4年の夏にタヒチに行ったのが最後か……」
記憶をたどるように考え込んだ後、創介さんがそう言った。
大学四年の夏。それなら、私と出会ってからはないっていうこと――?
学生の時はもっと遊んでいたのだと思っていた。
「考えてみれば……こんな風に誰かと二人で旅行なんて初めてだ。どこかに行くときは、いつも大勢でバカ騒ぎしてばかりだったからな」
驚く私に、創介さんが苦笑した顔を向けた。
「私も。私も、初めてです」
「……そうか」
手を握っていないほうの手のひらで、創介さんが私の頬にそっと触れた。
「じゃあ、同じだな」
二人で笑い合う。ただ、それだけで、苦しいほどに幸せな気持ちになる。
こんなにも近くに創介さんがいる。それも、これから二日間も二人きりでいられる――。
幸せ過ぎて、明日死ぬんじゃないかと思ってしまう。
自分が創介さんにとって何なのか。
自分が何も持っていないただの女子大生だということ。
そんなこと、全部忘れさせてくれた。
「ねえ創介さん、見てください! 富士山ですよ」
東京を出てそろそろ大宮駅に着こうかという時、朝はあんなにもどんよりとしていた空が、いつの間にか透き通るような晴れ空になっていた。大宮駅を過ぎると、そんな景色の奥に雪をかぶった白い富士山が現れた。
「冬の晴れた朝なら、東北新幹線からでも富士山が見えるんだ」
創介さんが私に身体を寄せて、指さす方を見ている。そのせいで、その身体が私に近付いた。なんだか後ろから抱きしめられているみたいで、心拍数が上がる。そんな自分が恥ずかしい。
「ん? どうした?」
「いえ、なんでもありません」
身体が近付いた上に顔を覗き込まれて、更に恥ずかしくなる。それなのに、創介さんは、またも私の頬に人差し指で触れた。
「いつもは難しい顔ばかりしてるおまえが、今日は笑顔だな」
「それは、当然です。だって、楽しいから……」
思い切ってそう伝えると、一瞬驚いたように私を見て、でもすぐにその表情を崩した。
「俺もだ。ただ新幹線に乗ってるだけなのに、もう既に楽しい」
いつも鋭く睨みつけるような目が、優しげに細められて私だけを見てくれる。
「楽しいなんて感覚、まだ残っていたんだな」
「そうですね。私も、こんなに心が躍る感覚は子供の時以来かな」
「……良かった」
包み込むような声が私の胸を震わせる。
「雪野が楽しくなってくれて、良かった。おまえの笑った顔が見たかった」
だったら、私はもっと笑いたい。いくらでも笑うから――。
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