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第一部
ただ、傍にいたい 6
しおりを挟む部屋から外に出ると、室内がいかに暖かい温度で保たれていたかを知った。思わず肩をすくめてしまう。創介さんが私の手を取って、コートのポケットに一緒に入れてくれた。
なんだか、こういの、慣れないな……。
浮かれてしまう自分をどこまで許していいのか分からない。
私たち以外誰もいない、あたり一面雪に覆われた場所を二人で歩く。ブーツで踏みしめるとその後ろに私たちの足跡がくっきりと浮かび上がる。汚れも跡も何一つない、ただ真っ白なだけのどこまでも続く平原を前に、創介さんが突然立ち止まった。それと同時に、空から冷たい何かが落ちて来た。
「降り出したな……」
空を仰ぎ見た創介さんが呟く。私も同じように空を見上げた。白い小さな綿が自分を目がけて落ち来るようで、それを避けるでもなく目を開けて見つめていた。そうしたら、ふわりと何かが私の頭を包んだ。空を見上げたままで視線を動かすと、私を後ろから見下ろす創介さんの目と合う。
「濡れるから、これで頭を覆っていろ」
「でも、これ、創介さんのマフラー……」
巻かれたマフラーを手にすると、それを押さえ込むように後ろからそのまま抱きしめられた。
「――なんで、わざわざ雪が降ってるところになんか来たのか分かるか?」
私を抱き寄せる腕に力が込められて、創介さんの顔が私の顔のすぐ近くにあるのが分かる。
「どうして、ですか?」
「雪が降り積もる景色を見てみたかった。本物とは違うかもしれないけど、雪野が生まれた日におまえの父親が見た景色を、見たかったんだ」
「創介さん……」
創介さんの言葉に、私は息をひそめる。
それって、私の名前の由来――。
そんなの、ずっと前になにげなく話したことだ。
「本当におまえみたいだな。真っ白で、染み一つなくて、どこまでも広くて。心の底から、綺麗だって思える」
私を抱きしめる腕に更に力が込められる。
「創介さん、どうしたんですか? 私は、こんなに綺麗なんかじゃないです――」
広い雪景色の中で二人だけで。創介さんの声と、静かに落ちて行く微かな雪の音しか聞こえない。
「綺麗だよ。見ていると、苦しくなるくらい」
「創介さん――」
肩を掴む手の力が増してそのまま唇を塞がれた。
綺麗じゃないです。私は、そんな綺麗な人間じゃない――。
嬉しいのに苦しくなる。創介さんが、私のことを思い出したり、考えたりしてくれている。それはきっと、事実なのだろう。でも、そのことをそのまま嬉しいと思えない自分が哀しかった。哀しいという感情が湧き上る原因については、考えたくなかった。今は、考えたくない。ただ、その唇の温かさだけを感じていたい。
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