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第一部
ただ、傍にいたい 8
しおりを挟むハッと目を開けると、天井が見えた。和紙で作られている灯りも見える。
あれ、私、どうしたんだっけ――。
身体に掛け布団がかけられている。身体の下にはふかふかの敷布団が。
私、寝てた――?
慌てて飛び起きる。見回すと、そこは寝室のようだった。隣を見ても、創介さんはいない。
ダイニングで夕飯を食べていて、それで……。
お酒を飲んで、いい気分になった。
ここまで、創介さんが運んでくれたの――?
せっかく旅行に来たのに、一人で寝てしまうなんて。一体私は何をやっているんだろう。緊張を解こうとお酒を飲み過ぎた。
二人で露天風呂に入るんだと思ったら、正気ではいられなくてアルコールの力を少し借りようと思っただけだったのに……って、そうだ。露天風呂――。
二人で入るって約束をしていた。
創介さんは……。
布団から這い出て、隣の和室を覗き見てみる。部屋の灯りはついていないみたいだった。そこにも創介さんはいない。おそるおそる和室へと足を踏み入れると、テラスに面した窓ガラスの傍に小さなランプが薄明かりを差しているのが見える。そこにあった、木製の椅子に座っている創介さんの背中が視界に入った。その脇にある小さなテーブルには、お酒の瓶とグラスが置かれている。窓の向こうを見ているようで、私には気付いていない。
何を考えて景色を見ているんだろう――。
窓の向こうには、闇の中テラスの先に置かれた一つの灯篭のような明かりがぼんやりと見える。創介さんの背中を見ていると、不意に胸が締め付けられて思わず駆け寄っていた。
「すみませんっ。一人で寝たりして」
「……ああ、雪野。目が覚めたのか?」
ゆっくりと私の方に顔を向けてくれた。ランプの灯りで、創介さんの顔が翳って見える。
「ごめんなさい。私――」
「露天風呂、入れなくて……?」
あわせる顔がないとはこのことだ。
「……来い」
椅子に座る創介さんが私の手を引き寄せた。創介さんの膝の上に座らされ向き合う体勢になる。触れた場所が酷く熱い。
「創介、さん……」
「あんなに飲むからだ」
「本当に、ごめんなさい」
骨ばった指が優しく私の髪を梳く。そしてもう片方の手で私の腰を支えてくれている。
「どうせ、二人で風呂に入るのを緊張して、酒でも飲んでやり過ごしてたんだろ」
「そ、それは……」
「もう、酔いはさめたのか?」
さっきよりは、だいぶ落ち着いているとは思う。でも、まだ思考はどこかゆらゆらとしていた。
「は、はい」
「そうか」
――酔っているからと言って配慮したりしない。
そう言っていたのに、怒っていないのだろうか。優しく見つめてくれるその目に少しほっとする。
「それにしても……。雪野は酔うと、あんな風になるんだな。いつもと全然違った」
「そ、そう……かな」
その自覚はある。いつもはできないことをしようとしてしまった。
「たまには、酒を飲ませるか。そうしたら、あんなふうに素直に俺に甘えてくるだろ。雪野の本音も知ることが出来る気がする」
目の前にいる創介さんの目が熱を帯びる。
「……酒に酔ってあんな風になるのは、いつも、我慢してるからじゃないのか?」
「我慢なんて、何も――」
「こんなに遠い所まで来たんだ。いつもなら言えないこと、言ったっていい」
声が掠れて、低くなった。創介さんの声も目も、何もかもが私の胸の奥を刺激する。
いつもなら言えないこと。
真っ先に思いつくのは――。
あなたが、好き。どうしようもなく好き。
でも、どんなに酔ったってその言葉だけは言えない。言えない分だけ、想いは身体の奥で燻くすぶるから、私の体温はただ上昇していく。何かを言えるわけもなくて、その代わり創介さんの肩に額を押さえつけた。
「雪野……?」
「私、今、すごく恥ずかしい顔してます」
触れたくて触れたくてたまらない。きっと、そんな物欲しげな顔をしているに決まってる。
「いいよ、どんな顔だって。おまえの顔が見たい」
こんな顔見られたら、何もかも見透かされる――。
「何も言えないなら、顔だけでも見せろ――」
おそるおそる顔を上げる。間近に迫る創介さんの目は、何かに追い立てられているような余裕のないもので。そんな目を見るだけで、私はただの女になる。
「創介、さん」
好き――。
「雪野……」
呻くように私の名前を呼ぶと、私の唇を激しく奪った。
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