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第一部
それぞれの決断 5
しおりを挟むその夜遅く、ホテルを出た。家の前まで送ると言った創介さんを頑なに拒否した。
「ここでいいです」
ホテル近くの六本木駅で止めてもらう。
「本当にこんなところでいいのか?」
「はい、弟と途中で落ち合う約束をしているので」
これで、もう本当に最後だ。これ以上一緒にいたら、きっとその腕を掴んでしまう。何も考えずに、約束も罪悪感も全部投げ捨てて創介さんの胸に縋ってしまう。車から出ようとドアに手を掛けたと同時に創介さんの方を向いた。その目を見れば胸の奥が激しく痛む。
「創介さん、ありがとう」
この三年、いつか終わると思いながらずっと創介さんのそばにいた。それは辛い恋だったのかもしれない。それでも、確かに幸せな時間だった。最後の最後にそう思える私は、やっぱり幸せなんだと思う。
すぐに助手席のドアを開けた。
「じゃあ――」
「待てっ!」
咄嗟に腕を掴まれて、心臓が激しく動く。
「誕生日、絶対だぞ」
創介さんの目が、私を強く見つめる。私はただ微笑んで、ドアを閉じた。
それが、私と創介さんの三年のピリオド。もしかしたら、もっと正しい終わり方があったのかもしれない。でも、創介さんに見せる最後の顔は笑顔でありたかった。創介さんの困った顔も謝る顔も見たくない。”さよなら”は、別れた後でいい。
創介さんに関わるものすべてから逃れたくて、一目散に改札へと走った。車の中で泣いてしまわないようにと懸命に堪えていた涙が、一気に溢れ出す。
何度も私を勘違いさせようとした。もしかしたら、私を愛してくれているんじゃないかって。最後の最後まで、あんな風に私に触れて。創介さんは本当に意地悪だ。
創介さんにとって必要だった何もかもを忘れられる時間は、ひとときであってずっとじゃない。お互い、いるべき場所に戻らなくてはいけない。
私は自分を分かっているつもりだ。創介さんも自分が背負っているものを分かっている。離れて行く女に縋るような人じゃない。
強がりでも卑屈なのでもない。私は、ただ創介さんを愛していた。その気持ちだけを胸に抱いていたい。そのひとときの終わりには、絶対に凛としていたい。
この三年は、私にとってかけがえのない、宝物のような時間だった。大切な記憶になる、特別で愛おしい優しい時間だ。
創介さんも幸せになって。絶対に幸せに――。
まだ多くの人で賑わう駅の構内で、真っ直ぐに前を見て歩き出す。
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