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第一部
誓い【side:創介】 4
しおりを挟む帰国する日、雪野と会う約束をしている。この日は特別な日になる。二年という時間を終わらせる日だ。そんな日だから、俺が自ら出向いて雪野を迎えに行きたいと思った。本当の意味で、雪野を迎えに行ける。
そこで、俺にある考えが浮かんだ。
成田空港に到着するなり、タクシーに飛び乗った。雪野の仕事が終わる時間より早めに着いて待ち伏せておかないと、雪野とすれ違ってしまう。どんなに気が焦ったところで、タクシーの速度が上がるわけでもないのにどうしても心が急いてしまう。
久しぶりの日本の街並みに視線を向けても、考えることは雪野のことばかりで。俺の顔を見た瞬間、どんな表情をするだろう。会えるこの日を、俺と同じように待ちわびてくれているだろうか。
俺の結婚の申し出に、もう一度頷いてくれるだろうか――。
二年前と同じ気持ちでいてほしい。じわじわと緊張が押し寄せて来た。どんな大きな契約の前とも違う、この緊張感。
もう大抵のことでは動じたりしないのに、雪野のことになると俺は本当にダメだな――。
タクシーのドアに肘をついて窓の外を眺めながら、一人息を吐く。
そう言えば――。窓の向こうの流れる街並みに目をやっていると、一軒の花屋を通り過ぎた。今日が特別な日で、そして、本当の意味で雪野を迎えに行くというのに、何も持っていないことに気付く。こういう時に気のきいたことなんてしたことがなくて、どうしたものかと思う。
結婚を申し込むときに男のやりそうなこと――。
たった今目に入った花屋ばかりが頭に浮かび、運転手に声を掛ける。
「すみません。途中にある花屋に寄ってもらえますか」
「はい。この先なら、いくつかありますので大丈夫です」
腕時計で時刻を確認する。花屋に寄っても間に合いそうだ。花束なんかを持って立っている自分を想像するとなんとも言えない気分になるが、それで雪野が笑顔になるなら恥ずかしさも吹き飛ぶ。
それから少し走ったところにあった花屋の前でタクシーが止まった。
「少し待っていてください」
タクシーを降りて花屋へと入る。
「花束を作ってほしいのですが」
「ご予算と、何かご希望があれば」
そう聞かれて、またも困る。花なんて買ったこともなければ選んだこともない。
「どういったご用途ですか?」
俺が考え込んでいると店員がそう問いかけて来た。
「贈り物です。大切な人に。特別な日なので」
店員は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、笑顔になって俺に聞いて来た。
「どんなイメージでお作りしましょうか?」
「――白で。真っ白な花束にしてください」
雪野の心を表したような、そして、その名前にもあるように雪のまっさらな白さをイメージする。
「では、特別な日の贈り物なら、いっそのこと白い薔薇だけで花束を作ってはどうでしょう。素敵ですよ――」
「それで、お願いします」
つい前のめりになって答えていた。
大きな薔薇の花束なんかを抱えて帰って来たから、タクシーの運転手が驚いたように声を上げた。
「お客さん、何かあるんですか? 市役所に薔薇の花束を持って行くお客さんなんて乗せたことないんで」
雪野の職場である市役所を行先に告げていたから、なおさら不思議に思ったのかもしれない。確かに、薔薇の花束とは結び付かない場所だ。
「まあ。大切な人を迎えに」
そう言って、笑って誤魔化す。
「あなた、見たところご立派そうだし。まるでテレビドラマみたいなだなぁ」
人の好さそうなその運転手が笑って言うと、車は再び走り出した。
確かに、少しキザっぽいか――。
俺には似合わないと、雪野は笑うだろうか。それでも、この花束を持って笑顔を零す雪野を見たい。
二か月ぶりに会う恋人の、どんな表情でも見たい――。
俺はもう完全に雪野にやられている。俺をこんな風に骨抜きにするのは、雪野以外にいない。柄にもないことをさせるのも、こんなにも不安にさせるのも、その顔を思い浮かべただけで表情が緩むのも、雪野しかいない。
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