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第二部
待ちに待った日【side:創介】 4
しおりを挟む「……創介さん、私、夕飯の支度をしないと」
時間をかけて抱き合ったせいで、二人してまどろむように寄り添っていた。ソファの上だから、頭の先からつま先まで、密着している。
剥き出しの肩が動き、雪野が俺の腕から逃れようとしたのを、咄嗟に引き留めた。
「まだ、いいだろ? もう少し、こうしていたい」
「あ……っ」
雪野のやわらかな胸に顔を埋めると、雪野が可愛い声を漏らした。
「ダメです、もう、暗くなっちゃうから――」
「おまえを食べるから、いい」
「そんな……っ」
すっかり正気に戻ってしまった雪野を、どうやってまた引きずり込もうかと考える。胸元に、耳たぶに、舌を這わせて、抱きしめる。
「おなか、すいたでしょ? 一緒に夕飯食べよう?」
吐息を漏らしながらも、雪野も譲らない。
「確かに、激しく動いたから腹は減ってる。でも、俺は雪野で腹がいっぱいになるみたいだ」
この存在は、俺の脳を溶かしてしまうらしい。かなり、怪しい発言をしているという自覚はあるのに、臆面もなく吐いている。
「これから、毎日、雪野を食べたい」
「ば、ばかっ」
雪野が肩をすくめて、俺をたしなめる。
「妻を食べてしまいたくなるほど可愛いと思うのは、夫なら普通だろ? あのダイニングテーブルで、おまえを組み敷きたい」
「おかしなこと、言わないで。恥ずかしい、から……」
恥ずかしがらせたいんだ――。
「――言ったはずだ。この家のそこら中で、おまえを襲うって」
「創介さんっ」
同じ空間にいつでも雪野がいて、何もせずにいられるはずもない。これまで、こんな環境に身を置くことなんてできなかった。
同じ家で、雪野が暮らしている――。
俺の理性なんか、紙きれ以下の軽さで吹っ飛ぶだろう。
「遅くなっちゃったけど、食べましょう」
結局、雪野の抵抗には勝てずキッチンに送り出すことになった。その結果、俺の目の前には雪野の手料理が並んでいる。
「どれも、美味そうだな」
白米に味噌汁、煮物と、肉と。和食の献立になっていた。
「どちらかというと和食の方が得意で。でも、少しずつ洋食のメニューも覚えますからね」
俺の正面に座る雪野が笑顔でそう言った。
「おまえの作るものは、全部美味いよ。これから毎日食べられるのかと思ったら最高だな」
「創介さんが口にして来たものを考えれば、どうということもない料理です。今日のも、時間がなくてさっと作ったものばかりで……」
相変わらずの自己評価の低さに、少し意地の悪いことを言うことにした。
「俺が美味いと言ってるんだ。他のどれとも比べたりするな。次そんなことを言ったら、キッチンで襲うぞ」
「キッチンって……。そんなの、困ります。キッチンは料理をするところです!」
また顔を赤くして。怒って見せたところで、可愛いだけだ。
「……まあ、イヤなら本気で抵抗してくれ。それなら、途中でやめてやる」
「創介さん!」
「せっかくの料理だ。いただきます」
早速口にすれば、やはり優しい味だった。
「美味いよ」
「良かった……」
結婚したのだと、また改めて実感する。
「明日はまた、披露宴に出席した社の幹部やらに挨拶回りをしなければならない。おまえも慣れないことで大変かもしれないが、少しずつ経験を積んで行けばいいから」
「はい。精一杯、頑張ります」
雪野が笑顔を引き締めて俺を真っ直ぐに見た。
「あまり無理はするな。少しずつでいい。最初から何でも完璧にやれる人間なんていないんだから」
「はい」
雪野が本当の意味で榊家の人間としての重責を知るのは、これからだろう。
俺の中に、雪野に対する申し訳ないという気持ちがある。だからこそ、側で支えてやりたいと思う。
「何か辛いことがあったら、必ず俺に言うこと。いいな?」
「はい」
この先も、その笑顔を守って行きたい。
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