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第二部
欲しいのは、ただ一人の愛おしい人【side:創介】 16
しおりを挟む「――キス、したい。いい、ですか?」
「……え?」
雪野の目を見下ろせば、微かに潤んで見えて。
普段の雪野とは違う、女の表情――。
「雪野――」
俺がぽかんとしているうちに雪野が俺の唇に触れて、そしてあっという間に離れて行った。また雪野は俺の腕に腕を絡ませ、頬を寄せている。だから、もうその表情を見ることはできない。
「雪野……」
「はい」
「雪野、顔を上げろ」
俯いていた雪野が、おそるおそると顔を上げる。自分からキスして来たくせに、その顔は酷く恥ずかしそうで。見下ろした雪野の頬に、手のひらで触れる。
「――そんな、触れるだけのキスで良かったのか?」
ゆっくりと頬を撫で、伸ばした指の先で耳たぶに触れる。視線を雪野の唇に移すと、その先に、雪野のパジャマの襟元が視界に入る。襟元から覗き見る胸元の辺りに、前の日付けた跡がまだ鮮明に残っていた。
よく見れば、胸元だけじゃない。鎖骨のあたりにも、首元にも――。
昨晩の行為の跡が淫靡に浮かび、雪野に惹き寄せられる。
「――もう一度、するか?」
既に掠れている自分の声に、まだもう一人の俺が自制しろと訴える。
なのに――。
俺に頬を捕らえられて、顔を逸らせない雪野が、薄く唇を開ける。その表情があまりに煽情的で、抑えられない。吸い寄せられるように唇を近付ける。
「……して」
雪野が漏らした吐息のような声を聞けば、噛みつくように唇を重ねていた。
キスだけ――。
それでもまだ自分を戒める。その一方で激しく、舌を絡めて。絡めれば絡めるほど、欲望が膨れ上がると分かっているのに、もっともっとと貪って行く。
「雪野、もっと口開けて舌を出して……」
言われるがままに口を開ける雪野と、いやらしく舌先だけを絡め合う。
わざと音を立てるように舌先で繋がれば、違う場所でも繋がりたくなる――。
本能のままに、雪野の胸をパジャマ越しに揉みしだく。雪野の息が上がり始めて、吐息以外の声が漏れ始めて。雪野が、必死にこらえるように、それでいて舌先を激しく絡めてくる。
だめだ。これ以上したら、また、抱いてしまう――。
昨晩のことを考えて、今日の夜はゆっくり休ませてやろうと決めていた。ただ、胸に抱いて眠ればいいと。それなのに、布越しに触れるのがもどかしくなって、この手が勝手に雪野のパジャマのボタンに手を掛ける。
「ん……っ、そうすけさん……っ」
「雪野――」
何もかもを放り投げて、欲望のままに抱いてしまいたい――。
そんな自分を、俺の中にある理性と雪野を大事にしたいという思いを全部集めて、抑えた。
「……雪野」
荒ぶる欲望を力づくで押し止めるように唇を離し、雪野を力の限りで抱きしめた。そして大きく息を吐く。
「そ、創介さん……?」
驚いたように、雪野が俺の背中に手を回した。
「――悪い。また、暴走しそうになった。今日は、絶対手を出さないって決めてたんだ。昨日、無理させたから、ゆっくり寝かせてやりたい」
雪野の身体を抱きくるめながらそう言うと、雪野がふっと笑い出した。
「創介さん、今日、そんなこと考えてくれていたんですか?」
俺の腕の中で雪野が笑うから、気恥ずかしさを誤魔化すように投げやりに言った。
「そうだよ。それなのに、おまえが、色っぽい顔で挑発して来るから」
雪野が肩を震わせて笑うから、俺は余計に抱きしめる腕に力を込める。
「ごめんなさい。そんなこと気にする必要ないのに……」
雪野が笑いを堪えて囁く。
「気にするだろ。おまえにあまり無理はさせたくない」
無理をさせたくない――なんて言いながら、いつもいつもその身体を貪りまくっているというのに。でも、気持ちだけは持っているのだ。
「ありがとう、創介さん。大好き」
雪野が俺の背中をぎゅっと抱きしめる。
だから――。
「そういうことをするなって。もしかして、俺を試してるのか?」
さっきから、今日の雪野は俺の理性を吹き飛ばそうとすることばかり言うから、そんな気さえしてきた。
「そんなつもりないです。大好きだから、大好きって言ったの。じゃあ――」
雪野が無邪気にそんなことを言って、また俺を困らせる。
「今日は、創介さんにくっついて寝ます」
雪野が俺をベッドに押し倒し横たえた。そして俺の胸に顔を寄せて、抱きついて来る。
「……雪野」
頭を少し上げて雪野の様子をうかがうと、おそろしく幸せそうな表情で目を閉じていた。
人の気も知らないで――。
俺は心の中で溜息を盛大に吐き、諦めたように雪野の身体を抱きしめた。
今日はこの、拷問のような状況で夜を明かすことにしよう――。
そう思った矢先に、すぐに雪野から静かな寝息が聞こえて来た。
やはり、本当に疲れていたんだな……。
俺の腕でくるむように抱きしめる。
雪野の呼吸を感じながら、思う。誰かを守るということ――口にするのは簡単でも、実行するのはとてつもなく難しい。
雪野と結婚するとき、雪野の母親に誓ったことを改めて思い出す。俺は雪野の家族の思いも託されている。俺との結婚を許してくれた雪野の母親に、思いを返せていけるだろうか。
もっと。もっともっと、雪野を幸せに。辛い涙より幸せな笑顔をたくさん見られるように。ただ一人、愛しい人の笑顔を守っていきたい。
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