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第二部
あなたのために出来ること 11
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年末年始は慌ただしく過ぎて行き、あっという間に一月下旬を迎えた。
懸命に私のことを考えてくれる創介さんに、私も思いを返したい。
創介さんと結婚してから、ずっと考えてきたことの結論を出した。その決意に、もう迷いはない。それが、私が一番望むことだ。
榊家で、丸菱の幹部の方たちをおもてなしする日。この日のために、創介さんは親身になって一緒に考え、準備してくれた。
「雪野の行動や思いには嘘がない。嘘のないことは、必ずいつか伝わる。俺はそう思ってる」
創介さんが私にそう言ってくれた。
開始時間に合わせて午前中に榊家に到着すると、真っ先にお父様の書斎へと向かった。
「今日は一日、お世話になります」
書斎のデスクで何か仕事をされていたお父様にそう声を掛ける。
「ああ。後で、少しは顔を出す」
「すみません、よろしくお願いします」
こちらをちらりと見て、またすぐに書類に目を戻していた。
「あの、お母様は……」
お母様にも一言声を掛けておきたかった。私がそうたずねると、お父様は、手にしていたペンを置いて私を見上げる。
「今日は出掛けている」
「そう、ですか……。わかりました」
もしかして、ここに居づらくてわざわざ出かけたのだろうか――。
そう思えて、心苦しくなる。
追い出すことになってしまったのだろうか――。
「雪野」
「は、はい」
創介さんの声に、慌てて視線を創介さんに向けた。
「行こうか。そろそろ準備に取り掛からないと」
「はい。では、お父様、失礼いたします」
心に何か鉛のようなものが落ちる。でも、そうまでしてこの日を与えてもらえたのだから、精一杯頑張らなければと自分に言い聞かせた。
昼食に合わせての開催にした。
着席ではなく、立食にすることで、たくさんの人と話ができるようにと考えた。
リビングに並べられた料理は、美味しいと評判のお店を創介さんや神原さんと相談して手配した。
それだけではなく、おもてなしの気持ちを込めたくて、私自身で準備したものもある。
選べるように、いくつかの種類のお菓子を手作りして。甘いものがあまり得意じゃない創介さんにも味見をしてもらったから、おそらく大丈夫だろうとは思うけれど、やはり少し不安になる。
「――本日は、僕たちの呼びかけにお応えくださり、誠にありがとうございます」
出席者が全員集まると、創介さんがまず挨拶をした。
「このたび、榊家に雪野を迎え入れたわけですが、改めて紹介させていただいて、お仲間に入れていただけるようこの場を設けさせていただきました。これから、共に丸菱を支える一員として、そしてこの丸菱を支えて来てくださった皆様の後輩として、ご指導いただければと思います」
そう言い終えると、創介さんが私に視線を向けた。
「は、はい」
創介さんに促されて、創介さんの一歩前に立つ。
「お忙しいところお越しいただいて、本当にありがとうございます。
私は、何の経験も知識もなく、創介さんと結婚致しました。結婚してから、自分の無力さに向き合う毎日です。ですが、丸菱で働く夫を支え力を尽くしたいと思う気持ちは、皆様と同じです。
精一杯努力して行きたいと思っておりますので、至らぬ点や、お気づきの点はどうか、何でもおっしゃっていただければと思います。そのすべてが私にとってありがたい教えとなり糧になります。よろしくお願い致します」
どんな言葉も、厳しい言葉も、きっと私を成長させてくれる。
「本日は、ぜひ、おくつろぎください」
頭を下げて再び正面に向き直ると、どこか私を見守るような皆さんの表情に、涙腺が刺激された。
栗林専務のお宅で行われた会合に出席していた方々も、皆参加してくれていた。
副社長夫人に挨拶を済ませると、まず栗林専務の奥様の元に出向いた。
「本日はいらしてくださってありがとうございます」
「――え、ええ」
私の顔を見た瞬間に、その表情を曇らせたのが分かる。おそらくこの場に来ることは、決して楽しいことではなかったはずだ。
「奥様が、こうして来てくださったことが、何より私の励みになります」
「……え?」
奥様が訝し気に私を見つめる。
「――奥様が私におっしゃったこと。おっしゃらなければならなかった理由は、私にあります」
あんな風に、”あなたではだめだ”と専務の奥様に言わせたのは、私が原因だということは誤魔化しようのない事実だ。
「私の生まれた家が、皆様が懸命に支えている丸菱にとって何のメリットもない家柄だということは隠しようもない事実です。私のような人間では不安になるのも当然ですし苦言を呈したくなる。でも、それはすべて、奥様が丸菱を思っているからこそ」
奥様はただ黙って私を見ていた。
「私の生まれを変えることはできません。でも、丸菱を支える方法、力になれる方法は私にも何かあるのではないかと思っています。ですから、ぜひ、奥様にもお知恵を貸していただけたら。いつか、同じ未来を見られたら、私はそれが一番嬉しいです」
この言葉が正しいのか間違っているのか。私のような人間には分からない。
でも、それは、私の心からの思いだった。飾らない言葉で、本当の言葉を言いたいと思った。
誰が社長職に就くのか、誰がトップになるのか。そういう小さな目的は異にしているのかもしれない。
でもおそらく、幹部という立場に就いているからには、会社を繁栄させたいという気持ちは同じはずだ。その未来を一緒に見ることはできるはず。誰より、創介さんはきっとそう思っている。
「――あなたって、本当のバカなのかしら? それとも、したたかなのかしら?」
そう呟くと、奥様が口元に指をやり苦笑した。でも、奥様から初めてそんな微笑みを向けられた気がする。
「まあ、もう、どちらでもいいわね。なんだか、バカバカしくなってきちゃったから」
今度は私が黙って見ている番だった。
「もう、十分理解させられた。あなたがこの家にどれだけ乞われてやって来たのか、榊家から大事にされているのか。この家がそんな風に扱っているんですもの、それだけの人だということよね? それが、もう十分、立派な家柄に匹敵するんじゃないかしら?」
「奥様……」
苦笑だった笑みが、奥様の本当の笑顔に変わる。
「……あ、ありがとうございます」
その言葉を深く理解する前に、胸に沁みた。
「――でも。あなたと完全に仲間になれるほど、甘い世界じゃないのよ? 仲良しこよしのお友だちグループじゃないんだから。皆が同士でありライバル」
「分かっています」
でも、そう言ってくださるその言葉こそが、私へのアドバイス――。
そう思えた。
「だから、あなたはライバルね」
「は、はいっ!」
「ライバルだと言われて、そんなに嬉しそうな顔をするなんて」
「だって、ライバルとして見ていただけるということが嬉しくて」
ライバル――それは、どこか私を一人の人間として認めてくれたような気がして。私は、泣き笑いのような顔を奥様に見せてしまった。
以前は叶わなかった、いろんな方と顔を突き合わせて話をするという希望が叶って、私にとってとても大事な一日になった。
見ているだけでは分からない。話してみて、相手を知る。そして、自分を知ってもらえる。
『皆が皆、あなたを穿った目で見ているわけじゃない。多くを語らない人ほど、公平にものを見ているものよ。そう思って、堂々としていないさい』
そう言ってくれた方もいた。
ここにいる方々の中で、私が一番ひよっこで新米なのだ。
私にできることは、ただ努力すること。
創介さんのために。それが、私が一番望んでいることだ。
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