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《番外編 新しい常務がやって来た!!》
1.広報室広報誌係 広岡広史の場合 ⑨
しおりを挟む「常務は、近頃ご結婚されたとうかがいましたが――」
突然話題が180度変わったことに、常務が面喰っているのがありありと分かる。
そのどちらかというと切れ長の鋭い視線が、わずかに動いた。
「奥様とは、いつ頃どのように出会われたのですか?」
「……え?」
先ほどと少しトーンの違う常務の声。
そして、それは一体どういう意図かと言わんばかりの俺に向けられる視線――。
「えっと、ですね。今回、榊常務にインタビューをするにあたり、社員から常務への質問を募集したんですが、やはり、常務のご結婚に関する質問が多数寄せられまして。社員が読む広報誌になりますので、なるべく社員の要望に応えるような紙面にしたい。つきましては、なるべくお答えいただけたら、社員が喜ぶのかな、と……」
必死に言葉を紡ぐ俺の視界に、わざと三井が入って来る。
榊常務からは死角になるせいで、『もっと、押せ!』とジェスチャーで騒がしい。
「そう、ですか……。分かりました。なるべく、答るよう、努力します」
榊常務が、戸惑いを隠せない様子のまま、そう言ってくれた。
そのことにとりあえずほっとする。
俺の背後からもホッとしている空気が伝わって来る。ただ一人、神原さんを除いて。
そして、俺の目の前で今にも小躍りしそうな奴……。
「で、なんでしたか」
「は、はい。奥様とはいつ頃、どのように出会われたかについて、です」
常務が、何か思いを巡らせるように手を顎のあたり持って行く。
カシャっ、カシャっ――。
ん、なんだ?
そう思ったら、突然、三井が写真を撮りまくっていた。
結婚指輪をした方の手、手首から見えるいかにも高級そうな腕時計、その腕を膝について考え込む姿――。
なるほどね。もう、分かって来た。奴の思考回路が。
「妻とは、私が大学4年の時に出会いました。まあ、学生同士の集まりみたいな場所に、彼女が友人に連れられてやって来てそれから――、という感じかな」
先ほどのきっぱりとした口調とは違う、どこか、困ったような弱ったような表情。
仕事の話題の時とは全然違うな――。
「それってつまり合コン、ということでしょうか!」
突然、叫びに近い声が飛び込んで来る。
「お、おいっ」
カメラマンのくせに声を発しやがって。
とうとう我慢できなくなって出て来たか――!
三井が、恐ろしいほどに真剣な表情で常務に詰め寄っている。
「”合コン”というのとは、少し違うかもしれない。言葉は知ってるけど、したことないから詳しくは分からないが」
常務がかなり困っている。
威厳に満ちたこの人をここまで追い詰めている――。
ある意味、そんな三井はここにいる誰よりも大物かもしれない……。
「榊常務は、合コンをしたことがない! さすがです! そんなの必要ないってことですね? ということは、奥様との出会いの場は、合コンということでなければどういう感じでしょうか? そこのところ、非常に聞きたいです。広報誌の向こうに何人もの女子社員が待ってますっ!」
って、感心している場合じゃなくて、この女をなんとかしなければ。
こいつをこれ以上野放しにしていたら、広報誌係どころか、広報室が吹っ飛ぶぞ。
「おい、いい加減にしろ――」
「三井さん、ちょっと!」
俺が声をあげるよりも大きな神原さんの声が常務室に響いた。
「す、すみませんっ、うちの社員がっ」
室長が神原さんの剣幕に焦る。
「いや、大丈夫。なんとか、社員の期待に応えられる回答を考えよう」
榊常務――!
見た目に反して、すごく、親切じゃないか?
「一番近いのは、ホームパーティーかな。そこに、他大学の学生だった妻がたまたま参加して。そこで出会った。これで、いいか?」
「はい、もう、充分な回答です。オッケーです。では、次の質問に――」
気の毒になって俺が切り上げようとしたのに、もはや誰の咎めも耳に届いていないのか三井が暴走を止めようとしない。
「あの、どちらが先に、好意を持たれたのでしょうか? 奥様の方から? それとも、常務からですか?」
「あ、ああ、それは、私の方から、かな」
「わー、やっぱりそうなんですね! あのあの、パーティーで初めて会って、それをきっかけにということは、一目惚れってことですよね?」
「一目惚れ――まあ、そうなるのか」
「どう考えても、榊常務のようなお立場の方なら、たくさんの素敵な女子に囲まれていたんだと思うんです。でも、そんな方たちと奥様とでは何が違ったんですか? 一目で恋に落ちるなんて、奥様にどんなお力があったのでしょうか。もう、考えただけで胸キュンです!」
おまえが勝手にストーリーを作り出してるじゃねぇかっ!
おまえけにおまえの感想まで図々しくさらりと付け足して。
もう誰も三井を止められない。
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