闇を泳ぐ

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第一章 たった一人の家族

―メイ―⑥

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 それからしばらくして、『児童相談所』というところから来た人と、そして、会ったこともない『叔母さん』がやって来た。その後のことは、よくわからない。でも、その叔母さんの目がとてもひやりとして冷たかったのを覚えている。児童相談所の人とその叔母さんが何やら言い争いをして、その間に警察官が割って入っていた。その様子をただ黙ったまま見ていた。
 その日は結局学校には行かずに、どこかの施設みたいなところに連れて行かれた。

「今日は、ゆっくり休んでね」

その施設のおばさんがまん丸の顔をくしゃくしゃにして微笑んだ。
 暗くなった部屋で布団に横たわる。そう言えば、朝からずっと兄が手を握りしめてくれている。トイレに行くとき以外ずっと。

「お兄ちゃん、まだ起きてる?」
「起きてるよ」

暗いから顔はよくわからない。でも、いつもの兄の声と同じで、そのことに心の底からホッとした。布団が動く音がして、兄がこちらを向いてくれたのだと気付く。

「お母さんがいなくなって、メイたちどうなるのかな。あのおうちで二人で暮らせるのかな」

ずっと不安だったことを恐る恐る聞いてみた。

「二人だけで暮らせるかどうかはわからないけど、メイと兄ちゃんはずっと一緒だよ」

兄が私を抱き寄せる。

「うん。メイ、お兄ちゃんが一緒なら平気。でも、お母さん、本当に死んじゃったの?」

また母親の笑顔が浮かんできて涙が滲みそうになる。その時、兄の手の力が強くなった。

「メイは、お母さんがいないとイヤ? 兄ちゃんだけじゃ、だめ?」

暗闇に慣れた目が、兄の表情を映す。その目はとても苦しげで、そして悲しげだった。

「……ううん。メイはお兄ちゃんの方が好きだから」
「兄ちゃんもメイが一番好きだよ。だから、絶対、兄ちゃんはメイの傍にいるから安心しろ」

そう言って強く強く抱きしめてくれた。それは少し苦しいくらいだったけれど、それ以上に安心出来て。気付くとその細い腕の中で眠りについていた。

 それから数日その施設に預けられていた。

「今日、お母さんのお葬式をするんですって。あなたたちの叔母さんが迎えに来てくれるからね」

施設のおばさんが私たちにそう告げると、黒っぽい服を二人分持って来てくれた。着替えが終わってから少しして、病院で一度見たきりの叔母さんがやって来た。

「行くわよ」

こんにちは、とかそういう言葉はなく、ただそれだけを告げてさっさと歩き出している。

「メイ、行くよ」

でも兄が微笑みかけてくれたから、その手にしがみついて歩いた。叔母さんに言われるがままに止まっていた車に乗り込むと、運転席には知らない男の人がいた。その人は眼鏡をかけて、気難しそうな顔をしていた。髪の毛は綺麗に分けられている。うちに来たことのあるおじさんたちとはまるで雰囲気が違った。

「まったく、本当に面倒なことに巻き込まれたな」

舌打ちとともに吐き出されたその声はとても意地悪いものに聞こえる。

「本当に。いつかこんなことになるんじゃないかって思ってたけど、こんなに早いなんて。あの人、死んでまでも家族に迷惑をかけて、いい加減にしてほしいわ」
「おまえはまだいいだろう? 血の繋がった姉妹なんだから。僕は、他人みたいなものだ。勘弁してほしいね」
「そんな言い方ってある?」
「本当のことだろ」

言い争う声の中、車は滑り出した。

「これから一体、どうするつもりだ? この子どもらはどうするんだ」
「どうするって……。私だって頭が痛いのよ」

聞いてはいけない会話のような気がする。でもまったく隠す気配のないその会話は、嫌でも耳に届いた。それから何故か無言になったかと思うと、車が停車した。
 ひっそりとした建物の中の一つの部屋に、この前の警察官の人と、知らない大人が既にいた。叔母さんと眼鏡のおじさんは警察官に呼ばれてどこかの部屋に行ってしまった。取り残された私たちは、ただ部屋の片隅で立ちすくむ。どこにも居場所がない感じがして落ち着かない。

「おまえがメイか?」

そんな私たちに、一人の男の人が近付いて来た。キッと睨むように見られて思わず兄の背中に隠れた。

「いくつだ」
「メイは、六歳ですけど」

私の代わりに兄が答えた。兄の腕が私を庇うように身体を支えてくれる。

「突然、姪だなんて言われても困るだけだよ……ったく」

迷惑そうな顔をしてその人はぷいっと顔を背ける。目が酷く窪んでいるその人の顔は、浅黒かった。

「では、お時間です」

部屋にやって来た女の人の声で、今度は別の場所に連れていかれた。白い石の欠片のようなものが、目の前に現れた。

「あなたたちの母親の骨よ。拾いなさい」

いつも使っているものよりずっと長い箸を手渡される。おそるおそる触れてみても、それの意味するものなんてほとんど理解できなかった。土に埋める前に骨になってしまったと、自分の知らないうちに母親の姿形がなくなってしまったことに、ただ衝撃を受けていた。遺影の母親の写真だけを見ていたら、憎しみに満ちた顔ばかりしていたのが嘘のようで。その写真が、一番好きだった綺麗な笑顔だったから余計に悲しくなった。

でも、あまり泣いたらきっと兄が悲しむ。

何故だかそう思って必死に涙を堪えた。

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