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第四章 たった一人の愛しい人
―メイ―⑰
しおりを挟む週明けに大学で山内君に出くわした。
「この前は、迷惑かけて本当にごめん」
すぐに頭を下げた。どう考えても、ひどい迷惑の掛け方をした。ところどころ記憶が曖昧なところがあるけれど、家まで送らせたことは確かだ。
「あ、ああ。うん。いいんだ」
山内君が慌てたように手を振る。準備しておいた封筒をすかさず差し出した。
「これ、タクシー代。これで足りているかどうか分からないけど。本当にごめんなさい」
「いいよ。そんなの。俺が勝手にしたことだから、受け取れないよ」
「でも――」
「それより、お兄さん、怒ってたよね……?」
「え?」
山内君を真正面から見つめると、その表情はどこか強張っているように見えた。
「あ、ああ。ううん。山内君は何も悪くないもの。気にしないで」
「長谷川さんは、お兄さんと二人で暮らしているの……?」
その視線に、勝手に緊張する。山内君が何かを知っているわけでもない。焦ってしまう自分を落ち着けて山内君に向き合った。
「そうなの。親代わりでもあるから、心配性で……」
「そうなんだ……」
複雑な表情を浮かべている山内君にもう一度封筒を差し出して別れようとすると、真剣な眼差しを向けられた。
「何か、辛いことがあったらいつでも俺を頼ってよ」
「山内、くん……?」
思わず身を強張らせる。その目の奥に宿るものに気付かないでいたい。何故だかそんなことを思った。
「あ、いや。せっかく何かの縁で同じクラスになったんだし、友達、になりたいじゃん」
「そうだね」
真剣だった表情を笑顔に変えて山内君が言う。その『友達』という言葉に安堵して、私も笑った。
「友達の心配するのは当たり前だし、友達の様子がおかしかったら面倒見るのも当たり前。だから、タクシー代はいらないよ。その代り、俺が落ち込んだときは慰めて?」
「……分かった」
そう笑い合って、山内君と別れた。
誰にも言えない想い。誰にも打ち明けられない関係。友達にだって、絶対に知られるわけには行かない。
それでも。兄と離れて何時間と経っていないのに、この心も身体も、もう兄に焦がれてる。
こんな気持ちになるのは、これまでもこの先も兄だけだ。
胸元にあるネックレスにそっと触れた。
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