一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第二百五十七話 カレー

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「おーい、うめず」

 隠れる場所も何もないような草原で、突然いなくなったうめずを探す。寒いような暑いような不思議な気温で、空は一面薄い雲に覆われているようだった。

「どこだー」

 しばらくうろうろしていたら、なんともうっそうとした森を見つけた。

 なんとなくだが、こっちにうめずがいる気がする。とりあえず行ってみることにした。

「案外きれいなもんだな」

 たいそう足場が悪いだろうと思っていたが、そうでもないらしい。むしろ人が歩くために舗装されたような道だ。しかしなんというか、ちょっと坂道になっているんだな。もしかして登山道か何かなのか?

「うーめずー。どこだぁ」

 これでここにうめずがいなかったらどうしよう。戻る体力ねぇぞ。

「……っと、おお」

 突然視界が開ける。ずいぶん上ってきたみたいだ。

「あ、いた。うめず」

 さっきまでいた草原を見下ろせる場所にうめずはいた。伏せをした状態でこちらを一瞥すると、不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

「なんだよ、機嫌悪いなー」

「別にー」

 うめずの隣に腰掛ける。といっても椅子も何もないので地べたにそのままだ。うめずはよけることも距離を取ることもしなかった。

「なあ、どうしたんだよ。何かあったか?」

「別にって言ってるでしょ」

「つれないなあ」

 ポンポンと背中を撫でてやれば、尻尾がピクリと反応する。分かりやすいやつめ。

「機嫌直せって」

「だーかーらぁ……もぉー、誰のせいだと思ってんのさ!」

「うおわっ」

 突然うめずが飛びついてきて体勢を崩す。空がまぶしいが、すぐにうめずの影にさえぎられる。

「危ないなあ。……それで? 俺のせいだって言いたいのか?」

「だって最近遊んでくんないじゃん!」

 不満げな表情を浮かべるうめずを撫でまわしてやれば、足元で尻尾が揺れているのが分かった。

「せっかく天気いいのにー」

「学校があるんだ。しょうがないだろ?」

「ちょっとくらい遊んでくれたっていいじゃん」

「あー、悪かった悪かった」

 そう言えばうめずは、今度はすねたような表情になった。

「全然分かってない。僕さみしいんだよー!」

「ああ……」

 まあ、確かに最近はこうやって遊んでないなあ。飯はちゃんと一緒に食ってるし、最低限かまってはいるけど、そうだよなあ。こいつ、家族の誰かと遊ぶの、大好きだもんなあ。

 ふわふわに輝く毛並みをやさしくとかすようにして撫でる。するとうめずは少し落ち着いたようだった。

「分かった。じゃあ、何してほしい?」

「えっとね、あのね」

 うめずはやっと明るい表情になった。ちょっとほっとする。

「また春都と同じもの食べたいなあ」

「そっか」

「それから散歩に行ってー、いっぱい遊んでー、それから昼寝もしてね」

「うん、うん」

 ありゃ、なんかふわふわしてきた。空の向こうが暗くなってきたし、雨でも降るのだろうか。

 いや違うな。これはたぶん、目が、覚める――



「わふっ」

「……おはよう、うめず」

 目を開ければ、ベッドに顎をのせてこちらを見つめるうめずと目が合った。うめずは俺が目覚めたのを確認すると、パタパタとしっぽを振ってもう一声「わうっ」と吠えた。

「んー、今日は……」

 頭の中で今日の時間割りを考えながら体を起こす。確か、午前中で終わりだったはずだ。そうそう、だから今日は昼飯と晩飯、いっぺんにまかなえるメニューを考えて、材料まで買っておいたんだった。

「うめず」

「わう」

「今日は、いいもん食おうな」

 今、俺の言葉が分かったのかは知らないが、うめずは機嫌よさそうに「わふっ!」と返事をした。



 授業が終わり、ホームルームまで済んだらとっとと家に帰る。

「ただいまー」

「わふ」

「うめず、まずは飯にしようか」

 まったく同じもの、とはいかないが、食材的には同じものが食える料理である。カレーだ。

 ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎを準備する。ジャガイモは一口大に、ニンジンはいちょう切り、玉ねぎは薄くなり過ぎないようにスライス。

 そんで、うめず用にジャガイモとニンジンを茹でる。自分のはフライパンで、豚肉、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、そしてカレー粉を一緒に炒めていく。

 カレー粉の香りが立ってきたらトマト缶を投入。なんか見た目がハヤシライスみたいだ。でも、香りはカレー。混乱しそうだ。

 うめずの分の野菜も、いい感じに火が通ったかな。

 おやつ程度の量ではあるが、程よく冷まして。自分のカレーはよそったご飯にかける。

「うめず、食うぞ」

「わふ」

 今日はテレビのとこで食べよう。

「いただきます」

「わうっ」

 さて、トマトの香りが強めだがどうだろうか。

 食ってみるとカレーの味が結構する。そりゃカレーだから当然なんだろうけど、見た目がハヤシライスだからなあ。うまい。

 トマトがきいていて、さっぱりしている。ジャガイモはほくほくのとろとろで、ニンジンの甘味と相まっておいしい。玉ねぎも程よく食感が残っているのがいい。

 豚肉が香ばしい。ひき肉にしようかとも迷ったが、これは豚肉で正解だった。脂身もよく合う。

 少し醤油を垂らせば和食っぽくなるし、香ばしさが際立つ。

「うまいか、うめず」

 ハフハフとうまそうに野菜を食べている途中で、少し顔をあげて律儀に「わう」と返事をするうめず。ほんとこいつ、うまそうに食うよなあ。

 さて、これから散歩に行って、遊んで、そんでなんだ。帰って来て昼寝か。

 忙しくなるし、体力もいる。しっかり食って、しっかり備えないとな。今日は天気もいいことだし、水分もちゃんと準備しないと。

 気合を入れるのに、カレーは正解だったかもな。



「ごちそうさまでした」

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