一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第五百三十五話 ミックスグリル

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 とても印象的だった出来事とか、何かが起こったきっかけとかって、ふとした瞬間に思い出す。
 スマホでも音楽が聞けることは知っていたが、設定とか購入とかよく分からなくて放置していた。でも最近、音楽プレーヤーの調子がいまいちだから、気合を入れて何とか設定をしてみたのだ。
 なるほど、このサイトで買った音楽をダウンロードすればいつでも聞けるというわけか。アルバムごとではなく、一曲ずつ買えるというのもいいな。
 ああ、思い出した。そういえばこのサイト、ゲーム機でも使えたやつだ。その頃は試し聞きばかりで曲を買うようなことはなかったけど、そっかあ、あれかあ。懐かしいなあ。小学生のころ、あれこれ聞いたっけ。
「じゃあ、もしかして……」
 今はCDも売っていない、アニメの主題歌を検索してみる。ああ、あるある。すげぇ、こうやって聞けるんだ。支払も例のキャッシュレス決済アプリでできるみたいだし、こりゃいいな。
「……あ、そういえば」
 あの曲も、このサイトで知ったんだっけ。えっと、アニメのタイトルをここに入れて……いや、アニメのタイトルにしたら無限に出てくるな。キャラソンだから、キャラクター名にしよう。二人組の曲で……予測変換に出てきた。人気なのか?
「あった!」
 これこれ、この曲。懐かしいなぁ、よく聞いたなあ。試し聞きだから一部分だけだけど、ちゃんと覚えてる。ノリノリのラップパートと無気力なラップパートがあって、全体的に明るい曲なんだ。
 あ、試し聞きの範囲も同じなのか。……ほしいな。
「残高あったかな~」
 決済アプリを開いてみる。ああ、この一曲分はありそうだ。せっかく見つけたし、買おう。
「えーっと、ログインして……」
 購入ボタンを押すのはちょっと緊張する。おお、買えた買えた。家で決済の音が鳴るのって、なんか変な感じだな。
「ダウンロードはまた別のアプリで……」
 これを押せばいいのか。お、早い。さっそく聞いてみる。
「……うんうん、わー。すげえ、スマホからこの曲が流れるとは」
 この曲、ゲームで聞いていたという思い出のほかにも、もう一つあるんだよな。
 咲良と仲良くなったきっかけでもある。アニメや漫画そのものは人気だったけど、キャラソンを知ってるやつは意外にもいなかった。まあ、俺の周りがそうだった、ってだけで、ほんとはよく知られてるんだろうけどさ。
 で、一年の頃の宿泊訓練の時、咲良とバスの席が隣になって、そしたら咲良がこの曲知ってるみたいで、歌い始めたんだ。それに思わず重ねて歌って、それから話が弾んだんだっけ。
「すげーよなあ、偶然って……」
 多分、この曲が無かったらいまだに咲良と話してないだろうし、他のやつともかかわりあってないだろうからなあ。すげえよな……
 お、なんだなんだ。音楽が途切れた。……電話か?

 日曜日だというのに、どうして学校に来ているんだ、俺は。それもこれも、咲良のせいだ。
 課題だか宿題だかなんだか知らんが、忘れ物をして学校に来たのだと。でも一人で行くのもなんか嫌だったので、俺を呼びつけたらしい。
 まったく、この曲が無かったらついてきてないぞ。
「さすがに、週明け提出のやつだからさあ」
「だったら昨日、取りに来いよ」
「昨日は出かけてたんだよ。だから今日、取りに来た」
 咲良は言って、のんきに笑った。週明け提出のやつを日曜日に取りに来るってのもどうなんだ? よく出かけられたな。俺だったら落ち着かなくて、すぐにでも取りに行きそうなものだが。ま、これがこいつか。
 咲良は机からノートを取り出す。
「あったあった。なあ、春都さ、昼飯まだだろ? ファミレス行こうぜ」
「あ? 課題は?」
「帰ってからどうにかするし。腹が減っては戦はできぬ、って言うだろ」
「お前がいいなら、別にいいけど」
「よっしゃ決まり~。じゃ、行こうぜ」
 学校からファミレスまでは徒歩で数分だ。休日ではあるが、人が非常に少ない。ここからはじいちゃんとばあちゃんの店も見えるんだよなあ。
 席は選び放題で、俺たちは窓際のボックス席に座った。
「すみっこって落ち着くよな~」
「分かる」
 メニューはいろいろあって悩ましいが、期間限定で安いらしいミックスグリルのセットを頼むことにした。咲良はそれに、ドリンクバーも注文していた。
 咲良がドリンクバーに行っている間、あの音楽の続きを聞く。イヤホン持ってきといてよかった。
「お、なに聞いてんの?」
 咲良に問われ、曲を最初の方に戻してからイヤホンを貸す。咲良はワクワクしながらイヤホンをはめる。再生ボタンを押すと、咲良は盛大に笑った。
「なに、これ買ったの?」
「おう、いいだろ」
「あっはは、うんうん。いいねぇ」
「ふふ」
 一曲、終わる頃に店員さんが注文の品を持って来てくれた。スマホを片付け、手を拭いたら、今度は飯と向き合う。
「いただきます」
 ミックスグリルって、いいよなあ。ハンバーグにエビフライ、それにナポリタン。付け合わせのフライドポテトも輝いている。セットのメニューはライスとコーンスープだ。ミニサラダもある。
 まずはハンバーグから。うん、程よく柔らかく、なんだかプリッとしている。肉汁があふれ出るようで、ほんのり甘めの玉ねぎソースがよく合うなあ。ご飯と一緒に食べると、いかにもファミレスって感じの味がする。それがいい。
 エビフライは正直、衣が分厚くてえびは小さい。でも、衣にもしっかり味がついているから、おいしいんだ。酸味の少ない、まろやかなタルタルソースが合う。えびもぷりぷりでうまいなあ。
 ナポリタンも甘めだ。なんだか、お子様ランチを少し大人っぽくした感じだよな、ミックスグリルって。ソースたっぷりのナポリタンは、ご飯のお供にもぴったりだ。
 ミニサラダはレタス、トマト、キュウリとシンプルながら、間違いない組み合わせだ。みずみずしく、青い香りと、酸味が嬉しい。特製のドレッシングもよく合う。
「まさかあの曲を入れるとは」
 ポテトのサクサクほくほくを楽しんでいたら、咲良が笑って言い、メロンソーダを一口飲んだ。
「なんか、思い出して、つい」
「俺のスマホにも入ってるよ、その曲」
「マジか」
「たまに聞いてる。いい曲だよな」
 ハンバーグのソースと、ナポリタンのソースがついたご飯をフォークですくって食べる。米の甘味に、肉の風味と甘いトマトの風味が相まってうまい。
 そして、ファミレスのコーンスープは甘くておいしいのだ。
「ああ、いい曲だ」
 色んな意味で、とは言わない。たぶん言ったら、調子に乗る、こいつは。そしたら面倒なんだ。
「俺たちが仲良くなったきっかけだもんな!」
 咲良は何でもないように、俺が黙っていたことを笑って言う。そうだった。こういうやつだったよ、咲良ってやつは。
 その言葉には、とりあえず笑って頷いておくことにした。

「ごちそうさまでした」
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