795 / 893
日常
第742話 自家製ポテトチップス
しおりを挟む
クーラーって、ありがたいものだなあ、と教室に入った瞬間に実感する。直ったんだな、よかった。
「お、来た来た。おはよー、春都」
「おう、おはよう……って、なんでお前がいるんだ、咲良」
机の持ち主より先に席についているとは何事だ。
咲良は両手で机をパタパタと叩き、にこにこと笑った。まったくこいつときたら、無遠慮というか図太いというか……
「春都早く来ないかなーって、待ってた!」
「そうか、じゃあどけ」
「でさー、春都に聞きたいことあるんだけどー」
「スルーすんのか、すごいな」
仕方ない、ここは諦めて立っておくか。とりあえず荷物片付けよ。
「ちょっと、引き出し入れさせて」
「ん」
咲良は身をよじって少し隙間を空ける。そこまでするなら立てばいいのに。
「花火いつやんのかなーと思ってさ」
「あー、花火なあ」
父さんの実家にも帰るらしいし、いつできるんだろう。こいつらもいろいろ予定あるだろうから、早めに決めないと……
「ま、俺は夏休み中ずっと暇だからいいんだけど」
「……あ、そう」
「早くやりたいなー」
そう言って咲良は、やっと立ち上がった。
「はいどうぞ、温めといてやったぜ」
「そりゃどうも」
人がさっきまで座っていた椅子のぬくもりって、なんか変な感じだ。出来れば今の時期は、冷やしといていただきたい。
「朝比奈と百瀬にも聞いたほうがいいよなー」
「そうだな」
「じゃ、ちょっと連れてくる」
「は?」
咲良は、「待ってて」とだけ言い残すと、足取り軽やかに廊下に出ていってしまった。せわしないやつだなあ。
さて、一時間目は英語か。辞書取ってこよう。
「お? 待っとかなくていいのか?」
と、前の席に座る勇樹が、からかうように聞いてくる。
「廊下にいたら分かるだろ」
「はっは、お前の周りは朝から賑やかだなあ」
本当にな……
涼しい室内もいいものだが、廊下のこの暑さも夏らしくて嫌いじゃない。
「あっ、春都~。ちょうどよかった」
咲良が朝比奈を引っ張り、百瀬を引き連れて戻って来た。
「早く決めようぜー、花火の日程!」
「楽しそうだなあ、お前……」
暑さにやられている朝比奈が、買ったばかりのスポーツドリンクのペットボトルを首元に当てる。
「小学生かよ……」
「いくつになっても夏は楽しいもんだろー」
「治樹と変わんねえ……」
そうぼそっとつぶやいた朝比奈の言葉が届いたかどうかは分からないが、咲良は百瀬を振り返った。
「百瀬も楽しみだろ?」
「そりゃあね! 花火なんて、買わないからさあ~」
きょうだいが小さい頃はやってたけど、と百瀬は笑った。
「じゃあ、いつにする?」
「俺はいつでもいいよ~」
と、百瀬が言う。朝比奈はしばらくの沈黙の後に言った。
「多分、八月の最初と最後なら……」
「朝比奈んち忙しそうだもんなー」
咲良がそう言ったところで、予鈴が鳴った。
「ありゃ、もうこんな時間? あっ、やべ! 予習やってない!」
「今かよ……」
咲良は慌てた様子で走り出したが、途中で立ち止まり、振り返ると言った。
「またあとで連絡するからな!」
ほんと、こいつは人生楽しそうだなあ……
「井上ってさ、人生楽しんでるよね」
「……ずっと小学生って感じ?」
朝比奈と百瀬の言葉に、思わず笑ってしまった。
さんさんと日が照る中、なんとか家に帰りついたら、汗だくの制服から涼しい部屋着に着替える。昼飯までは時間があるから、何かちょっと食べたいな。
「春都ー、着替えたー?」
「着替えたー」
「じゃあ、こっち来てー」
母さんに呼ばれ、台所に行く。
「なに?」
「これ食べてていいよ」
そう言って渡されたのは、山盛りのポテトチップスがのった皿だった。キッチンペーパーに油が広がっていて、ほんのり温かい。
「揚げたて?」
「そうよー。あ、塩足りないなら追加してね」
へへ、自家製ポテトチップスか。これは嬉しい。じゃあ、サイダーも飲もう。
「いただきます」
氷を入れたグラスにサイダーを注ぎ入れる。からん、と涼しげな音がして、しゅわっと炭酸がきらめいた。
まずはどれから食べようか。薄いやつかな。
パリッパリで、サックサク。市販のものよりもじゃがいもそのものの味が分かる。噛みしめるほどに滲み出すのは塩気と甘み。これはいくらでも食べられそうだ。向こうが透けるような薄いのもある。ほんのりオレンジがかっていてきれいだ。
少し分厚いと、ほくっとしている。柔らかい食感と、サクサクッとした食感が相まって面白い。これが家のポテチの醍醐味だ。
このほんのりやわらかいところ、好きなんだよなあ。フライドポテトとポテトチップスのいいとこどりっていうか。
指についた塩も舐めてしまう。これ、何気にうまい。
そこにサイダー。塩と油と、じゃがいも、甘いパチパチ……合わない訳がない。
キッチンペーパーの上に広がる塩をこすりつけて食べてみる。んん、しょっぱい。でもなんか癖になってしまいそうだ。
あとの楽しみに取っておこう……とも思ったが、あっという間に食べてしまった。
「そんなにおいしかったなら、またあとで作るよ」
心を見透かしたかのように、母さんが言った。
「食べたい」
「ふふ、いいよ」
楽しいことは早く来てほしい気もするし、後にとっておきたい気もする。
両方だったら、一番うれしいなあ。
「ごちそうさまでした」
「お、来た来た。おはよー、春都」
「おう、おはよう……って、なんでお前がいるんだ、咲良」
机の持ち主より先に席についているとは何事だ。
咲良は両手で机をパタパタと叩き、にこにこと笑った。まったくこいつときたら、無遠慮というか図太いというか……
「春都早く来ないかなーって、待ってた!」
「そうか、じゃあどけ」
「でさー、春都に聞きたいことあるんだけどー」
「スルーすんのか、すごいな」
仕方ない、ここは諦めて立っておくか。とりあえず荷物片付けよ。
「ちょっと、引き出し入れさせて」
「ん」
咲良は身をよじって少し隙間を空ける。そこまでするなら立てばいいのに。
「花火いつやんのかなーと思ってさ」
「あー、花火なあ」
父さんの実家にも帰るらしいし、いつできるんだろう。こいつらもいろいろ予定あるだろうから、早めに決めないと……
「ま、俺は夏休み中ずっと暇だからいいんだけど」
「……あ、そう」
「早くやりたいなー」
そう言って咲良は、やっと立ち上がった。
「はいどうぞ、温めといてやったぜ」
「そりゃどうも」
人がさっきまで座っていた椅子のぬくもりって、なんか変な感じだ。出来れば今の時期は、冷やしといていただきたい。
「朝比奈と百瀬にも聞いたほうがいいよなー」
「そうだな」
「じゃ、ちょっと連れてくる」
「は?」
咲良は、「待ってて」とだけ言い残すと、足取り軽やかに廊下に出ていってしまった。せわしないやつだなあ。
さて、一時間目は英語か。辞書取ってこよう。
「お? 待っとかなくていいのか?」
と、前の席に座る勇樹が、からかうように聞いてくる。
「廊下にいたら分かるだろ」
「はっは、お前の周りは朝から賑やかだなあ」
本当にな……
涼しい室内もいいものだが、廊下のこの暑さも夏らしくて嫌いじゃない。
「あっ、春都~。ちょうどよかった」
咲良が朝比奈を引っ張り、百瀬を引き連れて戻って来た。
「早く決めようぜー、花火の日程!」
「楽しそうだなあ、お前……」
暑さにやられている朝比奈が、買ったばかりのスポーツドリンクのペットボトルを首元に当てる。
「小学生かよ……」
「いくつになっても夏は楽しいもんだろー」
「治樹と変わんねえ……」
そうぼそっとつぶやいた朝比奈の言葉が届いたかどうかは分からないが、咲良は百瀬を振り返った。
「百瀬も楽しみだろ?」
「そりゃあね! 花火なんて、買わないからさあ~」
きょうだいが小さい頃はやってたけど、と百瀬は笑った。
「じゃあ、いつにする?」
「俺はいつでもいいよ~」
と、百瀬が言う。朝比奈はしばらくの沈黙の後に言った。
「多分、八月の最初と最後なら……」
「朝比奈んち忙しそうだもんなー」
咲良がそう言ったところで、予鈴が鳴った。
「ありゃ、もうこんな時間? あっ、やべ! 予習やってない!」
「今かよ……」
咲良は慌てた様子で走り出したが、途中で立ち止まり、振り返ると言った。
「またあとで連絡するからな!」
ほんと、こいつは人生楽しそうだなあ……
「井上ってさ、人生楽しんでるよね」
「……ずっと小学生って感じ?」
朝比奈と百瀬の言葉に、思わず笑ってしまった。
さんさんと日が照る中、なんとか家に帰りついたら、汗だくの制服から涼しい部屋着に着替える。昼飯までは時間があるから、何かちょっと食べたいな。
「春都ー、着替えたー?」
「着替えたー」
「じゃあ、こっち来てー」
母さんに呼ばれ、台所に行く。
「なに?」
「これ食べてていいよ」
そう言って渡されたのは、山盛りのポテトチップスがのった皿だった。キッチンペーパーに油が広がっていて、ほんのり温かい。
「揚げたて?」
「そうよー。あ、塩足りないなら追加してね」
へへ、自家製ポテトチップスか。これは嬉しい。じゃあ、サイダーも飲もう。
「いただきます」
氷を入れたグラスにサイダーを注ぎ入れる。からん、と涼しげな音がして、しゅわっと炭酸がきらめいた。
まずはどれから食べようか。薄いやつかな。
パリッパリで、サックサク。市販のものよりもじゃがいもそのものの味が分かる。噛みしめるほどに滲み出すのは塩気と甘み。これはいくらでも食べられそうだ。向こうが透けるような薄いのもある。ほんのりオレンジがかっていてきれいだ。
少し分厚いと、ほくっとしている。柔らかい食感と、サクサクッとした食感が相まって面白い。これが家のポテチの醍醐味だ。
このほんのりやわらかいところ、好きなんだよなあ。フライドポテトとポテトチップスのいいとこどりっていうか。
指についた塩も舐めてしまう。これ、何気にうまい。
そこにサイダー。塩と油と、じゃがいも、甘いパチパチ……合わない訳がない。
キッチンペーパーの上に広がる塩をこすりつけて食べてみる。んん、しょっぱい。でもなんか癖になってしまいそうだ。
あとの楽しみに取っておこう……とも思ったが、あっという間に食べてしまった。
「そんなにおいしかったなら、またあとで作るよ」
心を見透かしたかのように、母さんが言った。
「食べたい」
「ふふ、いいよ」
楽しいことは早く来てほしい気もするし、後にとっておきたい気もする。
両方だったら、一番うれしいなあ。
「ごちそうさまでした」
24
あなたにおすすめの小説
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる