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日常
第746話 とんかつ
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今日は図書館の当番の日である。
「いや~……連日、暑いなあ」
漆原先生は言いながら、扇子で首元を仰いでいる。さらさらとした髪がふわっとなびき、その風のおこぼれをもらう。
やっぱり、扇子が似合うなあ、先生。
「その扇子、自前ですか?」
「ああ、そうだよ」
先生は言うと、パチンッ、と扇子をたたみ、手のひらに軽く叩きつけた。なんかこういうシーン、アニメとか漫画とか、ネットの広告で見たことある。
黒を基調としたその扇子は、よく見ると薄く模様が入っているようだった。おしゃれだなあ。
「なんか、似合いますね」
「そうかい?」
「胡散臭さが増すだろう?」
「お?」
この遠慮のない物言い、やっぱり、石上先生だ。
「ひどい言い様だな、石上先生や」
「はは。まあ、暑いからな」
石上先生は資料を漆原先生に渡す。
漆原先生はそれを受け取ると、中身を見て詰所に持っていった。
「冷房つけていても、暑い時があるもんな」
石上先生がシャツをパタパタとさせながら言う。
「先生は扇子、持っていないんですか」
「実は持ってる」
「お前の方が胡散臭く見えるぞ」
と、漆原先生が戻ってくる。
「失敬な」
石上先生は笑って言い返す。
ふと、二人が扇子を持っているところを想像してみる。扇子ってだけで、自動的に服が着物になるな。着物着て扇子持ってる二人、か。うーん、胡散臭いというか、シンプルに似合うと思うんだけどなあ。
飄々としたかっこいいキャラとクールなかっこいいキャラって感じ。二人並んでたら、映えそうだ。
「何の話してんの?」
「咲良」
暑い~、と言いながらやってきた咲良はカウンターに入ってくると、隣に座った。ペン立てになぜか置いてあるうちわであおいでやりながら、事の顛末を話すと、咲良は言った。
「二人とも似合うのになあ」
「だろ、俺も思う」
「俺は?」
咲良がそわそわした様子でそう聞いてくる。咲良が扇子かあ……似合わんこともないだろうが、どっちかっていうと……
「ん」
咲良にうちわを渡す。
「なんだ、あおいでほしいのか?」
「こっちのが似合う」
「えー? 男前だろ~、扇子を持つ俺!」
「そういうとこだぞ」
おりゃーっと、咲良は猛烈な勢いでうちわを動かす。おお、いいな。扇風機みたいだ。
「あー、腹減ったー!」
「そーだなあ」
いつもであれば、今頃は昼飯を食い終わっている頃だ。弁当を持って来てもよかったんだが、一時間くらいだし、帰って食いたいなーと思って持ってこなかった。
「あとちょっとだ、耐えろ」
「うう~、今日の昼飯何かなあ~、かつ丼食いてぇ~」
「えっ、かつ丼?」
驚きの声を上げるのは、漆原先生と石上先生だ。咲良は笑って振り返ると頷いた。
「暑いし、元気出ません?」
「若いなあ……この暑さで、かつ丼だと」
と、石上先生が心底理解できないといった様子で言う。漆原先生はしみじみと、苦笑というか生ぬるいというか、そういう笑みを浮かべて言った。
「食えるうちに食っとくんだぞ」
「? はい!」
咲良はよく分かっていない様子のまま笑ってごまかした。
「帰りに弁当屋寄ろうかな」
「スーパーとか、コンビニにもあるんじゃないか」
「さっぱりしたのばっかりなんだよなー、最近。それか、ハワイアン」
ああ、確かに。そうかもしれない。思えば、がっつり系の商品が減ったような気もする。
うちの昼飯は、何だろうなあ。
家に帰ると昼飯が準備してある。夏休みの醍醐味だなあ、これは。
「いただきます」
しかも、とんかつだ。
皿の上には揚げたてのとんかつと、千切りキャベツ、プチトマトがのっている。それにご飯とみそ汁付きだ。
キャベツにドレッシング、とんかつにソース。ごまも忘れちゃいけない。それと、からしも。
やっぱりまずは、揚げたてのとんかつからだな。
サクッとした衣に噛み応えがありつつもやわらかい豚肉、ジュワッとあふれる肉汁。脂身のほのかな甘みと、肉の淡白な味わい。それにソースの酸味と甘みがよく合う。
ごまもプチッとはじけて香ばしい。
ソースにごまが混ざると、トロッとした感じが増す。からしはつけすぎると辛いから、ちょっとだけ。ツーンとした辛さがいい刺激になる。
ドレッシングがかかったキャベツは少ししんなりしていて、食べやすい。濃いとんかつを食べると、キャベツがよりおいしく感じる気がする。
ん、プチトマトが甘い。
揚げたてのとんかつをご飯と一緒にほおばる。いいなあ、このがっつりした感じ。チキンカツもうまいけど、とんかつにはとんかつにしかない味わいというものがある。
それにすみっこ。うま味が凝縮しているような気がする。サクサク感もあるし、油もジュワッとして、肉の噛み応えもある。
すみっこって、何かと魅力的だ。
グイッと麦茶を飲み干す。よく冷えた麦茶、うまい。
咲良はかつ丼食えたかな。ふふ、俺はとんかつを食ったぞ。悪いな。
はー、満腹、すごい勢いで食べてしまった。うまかった。
「ごちそうさまでした」
「いや~……連日、暑いなあ」
漆原先生は言いながら、扇子で首元を仰いでいる。さらさらとした髪がふわっとなびき、その風のおこぼれをもらう。
やっぱり、扇子が似合うなあ、先生。
「その扇子、自前ですか?」
「ああ、そうだよ」
先生は言うと、パチンッ、と扇子をたたみ、手のひらに軽く叩きつけた。なんかこういうシーン、アニメとか漫画とか、ネットの広告で見たことある。
黒を基調としたその扇子は、よく見ると薄く模様が入っているようだった。おしゃれだなあ。
「なんか、似合いますね」
「そうかい?」
「胡散臭さが増すだろう?」
「お?」
この遠慮のない物言い、やっぱり、石上先生だ。
「ひどい言い様だな、石上先生や」
「はは。まあ、暑いからな」
石上先生は資料を漆原先生に渡す。
漆原先生はそれを受け取ると、中身を見て詰所に持っていった。
「冷房つけていても、暑い時があるもんな」
石上先生がシャツをパタパタとさせながら言う。
「先生は扇子、持っていないんですか」
「実は持ってる」
「お前の方が胡散臭く見えるぞ」
と、漆原先生が戻ってくる。
「失敬な」
石上先生は笑って言い返す。
ふと、二人が扇子を持っているところを想像してみる。扇子ってだけで、自動的に服が着物になるな。着物着て扇子持ってる二人、か。うーん、胡散臭いというか、シンプルに似合うと思うんだけどなあ。
飄々としたかっこいいキャラとクールなかっこいいキャラって感じ。二人並んでたら、映えそうだ。
「何の話してんの?」
「咲良」
暑い~、と言いながらやってきた咲良はカウンターに入ってくると、隣に座った。ペン立てになぜか置いてあるうちわであおいでやりながら、事の顛末を話すと、咲良は言った。
「二人とも似合うのになあ」
「だろ、俺も思う」
「俺は?」
咲良がそわそわした様子でそう聞いてくる。咲良が扇子かあ……似合わんこともないだろうが、どっちかっていうと……
「ん」
咲良にうちわを渡す。
「なんだ、あおいでほしいのか?」
「こっちのが似合う」
「えー? 男前だろ~、扇子を持つ俺!」
「そういうとこだぞ」
おりゃーっと、咲良は猛烈な勢いでうちわを動かす。おお、いいな。扇風機みたいだ。
「あー、腹減ったー!」
「そーだなあ」
いつもであれば、今頃は昼飯を食い終わっている頃だ。弁当を持って来てもよかったんだが、一時間くらいだし、帰って食いたいなーと思って持ってこなかった。
「あとちょっとだ、耐えろ」
「うう~、今日の昼飯何かなあ~、かつ丼食いてぇ~」
「えっ、かつ丼?」
驚きの声を上げるのは、漆原先生と石上先生だ。咲良は笑って振り返ると頷いた。
「暑いし、元気出ません?」
「若いなあ……この暑さで、かつ丼だと」
と、石上先生が心底理解できないといった様子で言う。漆原先生はしみじみと、苦笑というか生ぬるいというか、そういう笑みを浮かべて言った。
「食えるうちに食っとくんだぞ」
「? はい!」
咲良はよく分かっていない様子のまま笑ってごまかした。
「帰りに弁当屋寄ろうかな」
「スーパーとか、コンビニにもあるんじゃないか」
「さっぱりしたのばっかりなんだよなー、最近。それか、ハワイアン」
ああ、確かに。そうかもしれない。思えば、がっつり系の商品が減ったような気もする。
うちの昼飯は、何だろうなあ。
家に帰ると昼飯が準備してある。夏休みの醍醐味だなあ、これは。
「いただきます」
しかも、とんかつだ。
皿の上には揚げたてのとんかつと、千切りキャベツ、プチトマトがのっている。それにご飯とみそ汁付きだ。
キャベツにドレッシング、とんかつにソース。ごまも忘れちゃいけない。それと、からしも。
やっぱりまずは、揚げたてのとんかつからだな。
サクッとした衣に噛み応えがありつつもやわらかい豚肉、ジュワッとあふれる肉汁。脂身のほのかな甘みと、肉の淡白な味わい。それにソースの酸味と甘みがよく合う。
ごまもプチッとはじけて香ばしい。
ソースにごまが混ざると、トロッとした感じが増す。からしはつけすぎると辛いから、ちょっとだけ。ツーンとした辛さがいい刺激になる。
ドレッシングがかかったキャベツは少ししんなりしていて、食べやすい。濃いとんかつを食べると、キャベツがよりおいしく感じる気がする。
ん、プチトマトが甘い。
揚げたてのとんかつをご飯と一緒にほおばる。いいなあ、このがっつりした感じ。チキンカツもうまいけど、とんかつにはとんかつにしかない味わいというものがある。
それにすみっこ。うま味が凝縮しているような気がする。サクサク感もあるし、油もジュワッとして、肉の噛み応えもある。
すみっこって、何かと魅力的だ。
グイッと麦茶を飲み干す。よく冷えた麦茶、うまい。
咲良はかつ丼食えたかな。ふふ、俺はとんかつを食ったぞ。悪いな。
はー、満腹、すごい勢いで食べてしまった。うまかった。
「ごちそうさまでした」
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