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第一章
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「嬉しい。こちらこそ、よろしくお願いします」
――今、何が起こっている? 恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑う彼女の顔を、他人事のように見ながら僕は思った。
夕方になって少しだけ傾いた太陽が、屋上のコンクリートの地面をじりじりと焦がし、校内に植わっている楠からは、暑さを助長させるようなけたたましいセミの大合唱が響いている。吹奏楽部が楽器を調整している間延びした音が、遠くの空に消えていく。
「月島くん、大丈夫?」
彼女は少し上目遣いで放心状態の僕を観察している。僕は驚いて半歩下がる。緊張して喉がからからで声が出ない。
「……何か言ってよ。恥ずかしいじゃん」
彼女は身をよじりながら、僕の反応を待っている。僕はさっき、彼女に何と言った?
「自分から告白してきておいて、だんまりはだめだよ」
彼女はいたずらに頬を膨らませながら、僕が下がった半歩分近づいてくる。むせかえるような夏の匂いに混ざって、彼女の腰まで伸びた漆黒の髪から仄かに果物や花のような甘い香りが漂ってくる。
「とにかく、私たちは今日から恋人同士だから。よろしくね、月島歩くん」
彼女はそう言って小首を傾げながら、僕の手を握った。
「月島くん、一緒に帰ろう」
放課後、隣のクラスからやってきた彼女に手を引かれながら教室を出た。クラスメイトは彼女が僕の手を握っている光景を見て騒いでいた。
学校を出る間、すれ違う先生や生徒たちが彼女に対して明るい挨拶を交わしていた。彼女はこの学校の生徒会長をしていた為先生達からの信頼も厚く、全校集会で発表する毅然とした態度は、異性だけでなく同性からも羨望のまなざしで見られていた。
学校を出てからも、彼女はいろいろな人に話しかけられていた。野菜売りのおばあさんや、買い物帰りのおばさん。タバコ屋のおじいさんや、犬の散歩をしていた近所の小学生。
彼女はその全ての人たちに笑顔で対応し、道行く人たちは幸せを分けてもらったかのように、皆一様に破顔して手を振っていた。
歩いている最中は、彼女がほぼ一人で話しっぱなしで、僕はただ黙って頷いているばかりだった。
しかし、話しかけてくる人が少なくなるにつれて彼女の口数も減ってきた。
そして、通学路沿いの公園を過ぎたところでついに黙り込み、駅に着く直前、彼女は何の前触れもなく立ち止まった。
「ちょっと、付き合って」
先ほどまでの態度が一変し、彼女は夏の日差しを凍り付かせてしまうような冷ややかな目で僕を見ていた。僕は頷いて彼女の後ろについていく。握られていた手はいつの間にか離されていた。
駅の裏手側の路地にあるひっそりとした喫茶店に僕らは入った。店内は全体的に薄暗く、客はまばらだった。控えめな音量でジャズピアノが流れており、コーヒー豆の匂いに混じってトーストやナポリタンなどの食欲をそそる香りが漂っていた。
一番奥のテーブルに腰かけるとこの店のマスターと思われる、白髪で理知的な目をした初老の男性がお冷を運んできた。
「ブルーマウンテンとクリームソーダをお願いします」
彼女は僕の注文などまるで無視して注文を取ると、漆黒の髪をかき上げて僕を睨み付けた。
「で、どういうつもりなの?」
「……何のこと?」
彼女はわざと見せつけるかのように不機嫌な表情を作り、今のこの状況よ、と言った。
「私が本気であなたの告白を受けたとでも思っているの?」
すごんでくる彼女の威圧感に何も言い返せなかった。
「ちゃんと答えなさい。なんであなたは私に告白してきたの?」
「いや、だからそれは……君のことが……」
重苦しい雰囲気に溺れそうになりながら言うと、彼女はお冷のグラスを僕の眼前に突き出した。
「それ以上言ったら、グラスごと顔にぶちまけるから」
もう、隠し通すのは無理だ。そう思った瞬間肩の力が抜けた。
「――ごめん。全部話すよ」
僕はなぜ自分ごときの人間が、校内でもてはやされている彼女に告白したのかを一から説明することにした。
――今、何が起こっている? 恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑う彼女の顔を、他人事のように見ながら僕は思った。
夕方になって少しだけ傾いた太陽が、屋上のコンクリートの地面をじりじりと焦がし、校内に植わっている楠からは、暑さを助長させるようなけたたましいセミの大合唱が響いている。吹奏楽部が楽器を調整している間延びした音が、遠くの空に消えていく。
「月島くん、大丈夫?」
彼女は少し上目遣いで放心状態の僕を観察している。僕は驚いて半歩下がる。緊張して喉がからからで声が出ない。
「……何か言ってよ。恥ずかしいじゃん」
彼女は身をよじりながら、僕の反応を待っている。僕はさっき、彼女に何と言った?
「自分から告白してきておいて、だんまりはだめだよ」
彼女はいたずらに頬を膨らませながら、僕が下がった半歩分近づいてくる。むせかえるような夏の匂いに混ざって、彼女の腰まで伸びた漆黒の髪から仄かに果物や花のような甘い香りが漂ってくる。
「とにかく、私たちは今日から恋人同士だから。よろしくね、月島歩くん」
彼女はそう言って小首を傾げながら、僕の手を握った。
「月島くん、一緒に帰ろう」
放課後、隣のクラスからやってきた彼女に手を引かれながら教室を出た。クラスメイトは彼女が僕の手を握っている光景を見て騒いでいた。
学校を出る間、すれ違う先生や生徒たちが彼女に対して明るい挨拶を交わしていた。彼女はこの学校の生徒会長をしていた為先生達からの信頼も厚く、全校集会で発表する毅然とした態度は、異性だけでなく同性からも羨望のまなざしで見られていた。
学校を出てからも、彼女はいろいろな人に話しかけられていた。野菜売りのおばあさんや、買い物帰りのおばさん。タバコ屋のおじいさんや、犬の散歩をしていた近所の小学生。
彼女はその全ての人たちに笑顔で対応し、道行く人たちは幸せを分けてもらったかのように、皆一様に破顔して手を振っていた。
歩いている最中は、彼女がほぼ一人で話しっぱなしで、僕はただ黙って頷いているばかりだった。
しかし、話しかけてくる人が少なくなるにつれて彼女の口数も減ってきた。
そして、通学路沿いの公園を過ぎたところでついに黙り込み、駅に着く直前、彼女は何の前触れもなく立ち止まった。
「ちょっと、付き合って」
先ほどまでの態度が一変し、彼女は夏の日差しを凍り付かせてしまうような冷ややかな目で僕を見ていた。僕は頷いて彼女の後ろについていく。握られていた手はいつの間にか離されていた。
駅の裏手側の路地にあるひっそりとした喫茶店に僕らは入った。店内は全体的に薄暗く、客はまばらだった。控えめな音量でジャズピアノが流れており、コーヒー豆の匂いに混じってトーストやナポリタンなどの食欲をそそる香りが漂っていた。
一番奥のテーブルに腰かけるとこの店のマスターと思われる、白髪で理知的な目をした初老の男性がお冷を運んできた。
「ブルーマウンテンとクリームソーダをお願いします」
彼女は僕の注文などまるで無視して注文を取ると、漆黒の髪をかき上げて僕を睨み付けた。
「で、どういうつもりなの?」
「……何のこと?」
彼女はわざと見せつけるかのように不機嫌な表情を作り、今のこの状況よ、と言った。
「私が本気であなたの告白を受けたとでも思っているの?」
すごんでくる彼女の威圧感に何も言い返せなかった。
「ちゃんと答えなさい。なんであなたは私に告白してきたの?」
「いや、だからそれは……君のことが……」
重苦しい雰囲気に溺れそうになりながら言うと、彼女はお冷のグラスを僕の眼前に突き出した。
「それ以上言ったら、グラスごと顔にぶちまけるから」
もう、隠し通すのは無理だ。そう思った瞬間肩の力が抜けた。
「――ごめん。全部話すよ」
僕はなぜ自分ごときの人間が、校内でもてはやされている彼女に告白したのかを一から説明することにした。
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