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第一章
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「なんで茄子を食べないのよ。さっきから漬物と味噌汁しか食べてないじゃない」
理由は単純に茄子が嫌いだからだ。毒々しい色とあのぐにゃりとした食感には、きっとこの先一生慣れることはないと思う。だから伊織が最初に茄子のはさみ揚げを提案してきた時は断ろうと思った。
しかしその思考は、甘い声を出された彼女によって阻まれた。だから僕はこの一週間、自分で作った料理を一口たりとも食べていない。味見はすべて両親や伊織にしてもらい、僕はその各人の意見を統合し現在の形に昇華させたのだ。
そのことを話すと、彼女は問答無用で僕の皿に二種類の茄子のはさみ揚げを置いた。
「JAにインターンに行くのに野菜も食べられないなんて、職員や農家の人達に失礼でしょう」
「茄子が食べられないくらいでそこまで咎められたりしないよ。それに、JAの職員だって野菜嫌いはいると思う」
「あなた、自分が食べられないものを人に売りつけるの? 眼鏡屋で眼鏡をしていない店員に、こちらの眼鏡はよく見えますよ、なんて言われて説得力があると思う?」
「眼鏡を買う時は、フレームを選んだ後に店員が視力検査をしてくれて、ベストなレンズにしてくれるんだよ。最初からこの眼鏡はよく見えますなんて営業文句は言わないよ」
「歩のくせに屁理屈を!」
互いに一歩も譲らぬ攻防が続いたが、その争いはおばあちゃんがお茶を持ってきたところで終息した。おばあちゃんは僕と伊織のグラスにお茶を注ぎ、おや、という風に僕の皿を見た。
「月島くん、全然食べていないじゃない。もしかして、茄子が嫌いなの?」
その瞬間、伊織がまずいという風に口をはっと開け、おばあちゃんに気付かれないように茄子を指さし、その指をそのまま自分の口に入れるようなジェスチャーをした。おばあちゃんの目の前で食べろという意味だろう。
ここで茄子が食べられないことを話してしまうと、何故僕は食べられない料理を作ることができるのかという疑問が生まれる。そうなったら、伊織と共謀したことが芋づる式に露見してしまう恐れがある。
観念して、僕は甘酢あんのかかった茄子のはさみ揚げを頬張った。
味付けは問題なかったが、どうしても茄子の食感が前面に出てきて、表情が歪んでいくのが自分でも分かった。それでも僕は、いかにもおいしく食べているという表情を無理に作り、その勢いのままみぞれ煮の方も平らげた。
「歩は、好きなものは最後に食べるの。そうよね、歩」
僕は上あごと下あごを機械のように動かしながら頷いた。
「あらぁ、そうだったの。それにしても、泣くほど好きなのかい?」
体は心より正直で、僕の瞳にはいつしか光るものがあったらしい。
「それならそうと早く言ってちょうだいよ。私はもうおなかいっぱいだから、ほら、たくさん食べて」
おばあちゃんは茄子のはさみ揚げを、それぞれ一個ずつ僕の皿に配膳してくれた。
目が点になった僕は、無言で彼女の方を見る。彼女は笑いを堪えるのに必死そうな顔をしていた。
「若いんだから遠慮したらだめだよ」
「……はい」
自分の意見ははっきりと伝えなければならない。この時、そんな当たり前のことに身をもって気付かされた。
伊織が持て余し気味の大根おろしの使い道に悩んでいると、おばあちゃんがその大根おろしを使って障子を塗り替えようと提案した。
大根おろしと障子紙に含まれる成分がうまいこと反応して黄ばみが落ち、さらに塗って時間が経つと障子が以前よりも丈夫になるらしい。
僕と伊織はおばあちゃんの指示に従いながら、大根おろしを絞った器に刷毛を浸し、黄ばんだ箇所に丁寧に塗り付けた。説明どおり、障子は見違えるほど白くなった。
理由は単純に茄子が嫌いだからだ。毒々しい色とあのぐにゃりとした食感には、きっとこの先一生慣れることはないと思う。だから伊織が最初に茄子のはさみ揚げを提案してきた時は断ろうと思った。
しかしその思考は、甘い声を出された彼女によって阻まれた。だから僕はこの一週間、自分で作った料理を一口たりとも食べていない。味見はすべて両親や伊織にしてもらい、僕はその各人の意見を統合し現在の形に昇華させたのだ。
そのことを話すと、彼女は問答無用で僕の皿に二種類の茄子のはさみ揚げを置いた。
「JAにインターンに行くのに野菜も食べられないなんて、職員や農家の人達に失礼でしょう」
「茄子が食べられないくらいでそこまで咎められたりしないよ。それに、JAの職員だって野菜嫌いはいると思う」
「あなた、自分が食べられないものを人に売りつけるの? 眼鏡屋で眼鏡をしていない店員に、こちらの眼鏡はよく見えますよ、なんて言われて説得力があると思う?」
「眼鏡を買う時は、フレームを選んだ後に店員が視力検査をしてくれて、ベストなレンズにしてくれるんだよ。最初からこの眼鏡はよく見えますなんて営業文句は言わないよ」
「歩のくせに屁理屈を!」
互いに一歩も譲らぬ攻防が続いたが、その争いはおばあちゃんがお茶を持ってきたところで終息した。おばあちゃんは僕と伊織のグラスにお茶を注ぎ、おや、という風に僕の皿を見た。
「月島くん、全然食べていないじゃない。もしかして、茄子が嫌いなの?」
その瞬間、伊織がまずいという風に口をはっと開け、おばあちゃんに気付かれないように茄子を指さし、その指をそのまま自分の口に入れるようなジェスチャーをした。おばあちゃんの目の前で食べろという意味だろう。
ここで茄子が食べられないことを話してしまうと、何故僕は食べられない料理を作ることができるのかという疑問が生まれる。そうなったら、伊織と共謀したことが芋づる式に露見してしまう恐れがある。
観念して、僕は甘酢あんのかかった茄子のはさみ揚げを頬張った。
味付けは問題なかったが、どうしても茄子の食感が前面に出てきて、表情が歪んでいくのが自分でも分かった。それでも僕は、いかにもおいしく食べているという表情を無理に作り、その勢いのままみぞれ煮の方も平らげた。
「歩は、好きなものは最後に食べるの。そうよね、歩」
僕は上あごと下あごを機械のように動かしながら頷いた。
「あらぁ、そうだったの。それにしても、泣くほど好きなのかい?」
体は心より正直で、僕の瞳にはいつしか光るものがあったらしい。
「それならそうと早く言ってちょうだいよ。私はもうおなかいっぱいだから、ほら、たくさん食べて」
おばあちゃんは茄子のはさみ揚げを、それぞれ一個ずつ僕の皿に配膳してくれた。
目が点になった僕は、無言で彼女の方を見る。彼女は笑いを堪えるのに必死そうな顔をしていた。
「若いんだから遠慮したらだめだよ」
「……はい」
自分の意見ははっきりと伝えなければならない。この時、そんな当たり前のことに身をもって気付かされた。
伊織が持て余し気味の大根おろしの使い道に悩んでいると、おばあちゃんがその大根おろしを使って障子を塗り替えようと提案した。
大根おろしと障子紙に含まれる成分がうまいこと反応して黄ばみが落ち、さらに塗って時間が経つと障子が以前よりも丈夫になるらしい。
僕と伊織はおばあちゃんの指示に従いながら、大根おろしを絞った器に刷毛を浸し、黄ばんだ箇所に丁寧に塗り付けた。説明どおり、障子は見違えるほど白くなった。
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