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第一章
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夏休みは残り一週間で終わろうとしていた。
おばあちゃんは元気だろうか。一人でご飯を食べながらそう思った。
市販の浅漬けを一口食べるが、やはりおばあちゃんが作ったものの方がおいしいような気がした。三人で食事をしているとき、伊織は楽しそうにどうでもいい話をしていた。そんな日常の一こまが、郷愁を覚えるような気持ちにさせた。
伊織から借りていたハンカチを見つけたのは、ちょうどそんな時だった。屋上で告白した時から借りっぱなしで返すのを忘れていたのだ。
もしかしたら伊織は、僕にこのハンカチを渡したことすら忘れているのかもしれない。ただ、人から借りたものを借りっぱなしにしておくことに罪の意識を感じた。
そこで僕は正直に、自分の胸に手を当てて聞いてみた。
感じているのは罪の意識か。いや、違う。僕はきっと、伊織に会うための口実を探していたのだ。その口実が、このハンカチなのだ。
どっちにしろ、あと一週間ほどでいやでも学校で顔を合わせることになる。どんな結果になろうとも、早いうちに彼女と向き合わなければならない。せっかくのきっかけをおざなりにしてはいけないと、僕はハンカチをポケットに入れ家を出た。
雅田家に着いた時、生垣の外から縁側が見える場所に移動し、泥棒さながらの綿密さで生活の気配を感じ取ることにした。もし、客人が来ていた場合は日を改めたるつもりだった。
しかし背伸びをして生垣から顔を出した時、庭で洗濯物を取り込んでいたおばあちゃんと目が合った。数秒間目を合わせた後、おばあちゃんは目を細めながらこちらに近づいてきた。
「あらぁ。歩くんじゃない。そんなところで何をしているの?」
「ええと、その……」
その場をごまかすように、へらへらと笑うことしかできなかった。これが他人の家だったら完全に不審者だ。
「そんなところにいないで、中にお入り」
「はあ」
玄関から家に入り、そのまま庭の方に回るとおばあちゃんは何事もなかったかのように洗濯物を取り込んでいた。縁側には大量の衣類が無造作に置かれていた。
「あの、手伝います」
「いいのよ。ゆっくりしてて」
「でも、二人でした方が早く終わりますから」
僕は半ば無理やりにおばあちゃんを手伝った。物干し竿には伊織の制服も掛けられており、以前洗濯を手伝った時に私の物には触らないでと釘を刺されていたことを思い出した。僕の中でその公約はまだ生きており、僕は制服から目を逸らしてタオルやまくらカバーなどを取り込んだ。
取り込み作業を終えると、まるで命を救ってもらったかのような丁寧さでおばあちゃんにお礼を言われ、家の中に通された。作業をしながら目を配らせていたが、どうやら伊織は不在のようだ。残念な気持ちと安堵感が同時に胸に広がった。
居間で待っていると、おばあちゃんが麦茶を持ってきてくれた。
「あの、伊織さんは?」
「朝から学校に行っているよ」
恐らく、文化祭の準備か生徒会関係だろう。それにしても夏休みも終盤に迫っているのに、彼女は忙しすぎやしないか。
おばあちゃんはテレビをつけて天気予報を見始めた。現在の大気の状態は非常に不安定で、言われてみると確かに一雨来そうな空模様だった。
湿気を含んだぬるい風が縁側の軒先に吊るされている風鈴を揺らし、鈴虫の声のような音が通り過ぎていく。古い壁時計が二時を知らせる。
おばあちゃんは元気だろうか。一人でご飯を食べながらそう思った。
市販の浅漬けを一口食べるが、やはりおばあちゃんが作ったものの方がおいしいような気がした。三人で食事をしているとき、伊織は楽しそうにどうでもいい話をしていた。そんな日常の一こまが、郷愁を覚えるような気持ちにさせた。
伊織から借りていたハンカチを見つけたのは、ちょうどそんな時だった。屋上で告白した時から借りっぱなしで返すのを忘れていたのだ。
もしかしたら伊織は、僕にこのハンカチを渡したことすら忘れているのかもしれない。ただ、人から借りたものを借りっぱなしにしておくことに罪の意識を感じた。
そこで僕は正直に、自分の胸に手を当てて聞いてみた。
感じているのは罪の意識か。いや、違う。僕はきっと、伊織に会うための口実を探していたのだ。その口実が、このハンカチなのだ。
どっちにしろ、あと一週間ほどでいやでも学校で顔を合わせることになる。どんな結果になろうとも、早いうちに彼女と向き合わなければならない。せっかくのきっかけをおざなりにしてはいけないと、僕はハンカチをポケットに入れ家を出た。
雅田家に着いた時、生垣の外から縁側が見える場所に移動し、泥棒さながらの綿密さで生活の気配を感じ取ることにした。もし、客人が来ていた場合は日を改めたるつもりだった。
しかし背伸びをして生垣から顔を出した時、庭で洗濯物を取り込んでいたおばあちゃんと目が合った。数秒間目を合わせた後、おばあちゃんは目を細めながらこちらに近づいてきた。
「あらぁ。歩くんじゃない。そんなところで何をしているの?」
「ええと、その……」
その場をごまかすように、へらへらと笑うことしかできなかった。これが他人の家だったら完全に不審者だ。
「そんなところにいないで、中にお入り」
「はあ」
玄関から家に入り、そのまま庭の方に回るとおばあちゃんは何事もなかったかのように洗濯物を取り込んでいた。縁側には大量の衣類が無造作に置かれていた。
「あの、手伝います」
「いいのよ。ゆっくりしてて」
「でも、二人でした方が早く終わりますから」
僕は半ば無理やりにおばあちゃんを手伝った。物干し竿には伊織の制服も掛けられており、以前洗濯を手伝った時に私の物には触らないでと釘を刺されていたことを思い出した。僕の中でその公約はまだ生きており、僕は制服から目を逸らしてタオルやまくらカバーなどを取り込んだ。
取り込み作業を終えると、まるで命を救ってもらったかのような丁寧さでおばあちゃんにお礼を言われ、家の中に通された。作業をしながら目を配らせていたが、どうやら伊織は不在のようだ。残念な気持ちと安堵感が同時に胸に広がった。
居間で待っていると、おばあちゃんが麦茶を持ってきてくれた。
「あの、伊織さんは?」
「朝から学校に行っているよ」
恐らく、文化祭の準備か生徒会関係だろう。それにしても夏休みも終盤に迫っているのに、彼女は忙しすぎやしないか。
おばあちゃんはテレビをつけて天気予報を見始めた。現在の大気の状態は非常に不安定で、言われてみると確かに一雨来そうな空模様だった。
湿気を含んだぬるい風が縁側の軒先に吊るされている風鈴を揺らし、鈴虫の声のような音が通り過ぎていく。古い壁時計が二時を知らせる。
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