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「なんだか菜摘さんを好きになった男子たちの話を聞いていると、まるで現実を見てみぬふりしているようにしか思えないわ。偶像崇拝と何が違うの?相手は血の通った生身の人間なのにって…。」


この時初めて、昭恵さんはまるで僕を微かに糾弾するような目を向けてきた。

僕はその雰囲気に思わず身動ぎ、何も言えずに昭恵さんの目を見つめるしかできなかった。


「……そんなことは…僕たちだって分かってるよ。」

「いいえ、分かってないわ。」

必死の一言すらも一瞬でピシャリと跳ね返された。

「隼くんたちは…いや、もしかしたら私もそうなのかも。…恋をしている人たちは皆、どこか相手を美化して見ているところがあると思うの。相手の本質や裏側を見ようともせずに、もしくは見たとしてもそれを色々な理由をつけて無かったことにするの。そして自分の見たい部分や好きな部分だけを、まるでその人の全面であるかのように貼り付けていくのよ。」

「そんなことはないよ…どんな悪い面だって、相手の全てを知りたいと思うし…」

「本当に?本当にそう思うの?」

「本当だよ。どうしてそう疑うのさ…」

「どうも隼くんは、菜摘さんに上手く言いくるめられているように見えるからよ。…本当にその人は菜摘さんの義兄なの?本当に何もないの?だとしたら何故腕を組んで歩いているのよ。何度も菜摘さんの家から出てくるのを見かけられてるのよ。」

「腕を組んでたように見えたのは菜摘さんの体調が悪くて義兄に支えてもらってただけだって言ってたよ。ただの憶測で菜摘さんをそんな風に言わないでよ…。」

「ほらねそういうところよ。……好きな人のことは全面的、盲目的に信じるのに、その他の女の意見なんて聞く素振りも見せない。」

「そんなんじゃないよ…」

「そんなんなのよ。」

僕の力のない説はどんどん否定され、昭恵さんの説が持つ勢いと熱に僕は必死に抵抗するも、いとも簡単に破られるようだった。

実際、僕の好きな人を…彼女を根拠の少ない憶測で色々と噂されるのは気分が良くない。

菜摘さんの美しさと天真爛漫で自由奔放なところ、そして男性受けの良さから、昭恵さんが言うような噂をこれまでに聞いたことが無いわけではなかった。

だけど、僕は昭恵さんの意見を頭ごなしに否定して、菜摘さんの話を一方的に信じているのではないかと言われると、自信を持って否定できないような気がしてきた。
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