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「昭恵さん…!!」

咄嗟に変な声でそう言ったのが耳に響いた。

僕の狼狽え具合に反して、村上くんは冷静な表情のままだ。


「隼くん、菜摘さんと付き合ってたの?いつから?」

「えーと…その…」

「言っちゃえよ隼。なんならこの計画に昭恵も巻き込んじゃえば良いんじゃね?」

「え?いやいやそれは…」

「だいたい話は聞いてたけど、私も隼くんのお家に行けるなら協力してもいいわよ。菜摘さんと隼くんが仲良くしているところを見てみたい気もするし。」

「え!いいの?昭恵さんも来てくれるの?」

「いいよ。」


思ってもみなかった昭恵さんの言葉に、僕はまた驚かされた。

その驚きのあまり、菜摘さんと付き合っていることが昭恵さんに知られてしまったことに対しての不安や焦りは一気に陰と隠れてしまった。

「なんかごめんね二人とも…巻き込んじゃって。」

「本当だよなー。まあ俺は菜摘さんの為にやるけどさ。」

「私も!隼くんと菜摘さんが付き合ってることは、正直少し予想してたのよね。だからショックはショックだけど、それ以上に二人がどんな感じで仲良くしてるのかを見てみたいっていう気持ちもあるの。……それに…ふとしたときに仲睦まじい様子を見せられると、悲しいやら嫉妬やらで自分が大変なことになりそうだけど…隼くんの両親の前だとそんな心配もなく諦めがつきそうだもの。だから話に乗せてもらったのよ。」


昭恵さんが協力してくれたことが意外すぎて不思議だったが、彼女は自らこの計画に協力した動機を話してくれた。

つくづく僕らは、他人を犠牲にしながら二人の幸せを享受しているのだなということを自覚させられた。

世の中に一対の男女のみが存在しているのなら、恐らくこんな苦悩はないのだろう。

むしろ溢れるほどの恋愛対象がいる限りは、僕らのように誰かの気持ちを犠牲にし、誰かの我慢と羨望と諦念と嫉妬の裏で幸せになることなんて、ある意味は避けられない事象なのかもしれない。

恋愛や交際や結婚という行為がある限りは、それはある意味当然のことなのだ。

それなのに、僕はどうもこのことが、友達や級友の気持ちを踏み躙る凄惨たる罪を犯しているように思えてならない。

そしてそれは、僕たちの関係が持つ後ろめたさと非公表性によるものなのかもしれないと思った。

誰にも知られてはいけない関係だからこそ、その関係を知るごく少数の人間には、普通の関係を知っている場合の何倍もの負担がのしかかる。

そしてそんな苦労を進んで引き受けてくれるこの二人の特別な人間性と人格に出会えたことは、僕らがこの関係を隠さずにいられるようになるまでの道のりが、だいぶ楽なものになってくれるのかもしれないという期待をもたらした。
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