その男、人の人生を狂わせるので注意が必要

元いじめっ子の話

15

「……え……隼くん……これ…」

私は、隼くんが私に差し出してくれた物に思わず目を疑った。


「これ…やっぱりくれたの…渚さんだったんだね」

隼くんは、淡い白の生地に小さな花束が一つ刺繍されたハンカチを持ちながら、私に優しく言った。


「俺が復帰してしばらくしてから、朝学校に来たら机の中にこれが入ってて。すごく嬉しかったのを覚えてるよ」


言葉の通り嬉しそうに微笑む隼くんの声が優しく耳に届く。

あの頃、私は隼くんに何かしらの形で感謝を示したくて、隼くんと仲良くしていた近所のお姉さんに相談したのだった。

そしてそのお姉さんのアドバイスを参考にして、こっそり隼くんの机の中にハンカチを入れたのだ。


「あの頃、毎日のようにハンカチを奪われちゃってさ。俺のハンカチの中で雑巾にならなかったものの方が少ないんじゃないかなあ」

当時を思い出すように穏やかに笑う隼くんの言う通り、放課後の掃除の時間の度に、隼くんはイジメっ子たちにハンカチを奪われて雑巾にされていたのだ。


「渚さんは、それを見てたから新しいハンカチをくれたんだよね？」


まるで世界を包み込むように優しい目をした隼くんが私に問いかける。

私はその目に吸い込まれ、思わず素直に頷いた。



「やっぱりね……すっごい嬉しかったよ！ありがとね渚さん」


ニッコリと微笑む隼くんの目を、私はもう直視できなかった。

だって……


「ねえ渚さん。俺の勘違いじゃないと嬉しいんだけど……」

隼くんは少し恥ずかしそうに私のリュックに目を遣る。

「このハンカチってさ、渚さんがあの頃からずっと大事に使ってたものとおんなじだよね？」


私は隼くんのその言葉に思わず自分のリュックを隠した。


隼くんの言う通り、私はお揃いのハンカチをほとんど毎日持ち歩いていたからだ…


「ごめんね。あの頃、何度か使ってるのを見たんだ。それにさっきも…俺がこれを見せたとき、渚さんは自分のリュックを見たからさ」


私は自分の全ての行動が恥ずかしくなった。

隼くんに、全て見抜かれていたとは……


「俺ね、このハンカチ、凄く大事なものだからさ。いつも大会とか試合の時には必ず持っていってるんだよ」

私のあげたハンカチを優しく見つめながら、隼くんは言葉を紡ぐ。

「貰ったときも、これだけは雑巾にされてたまるか！って思って…学校には持って行けなかった。だからテニスの練習の時とか、友達と遊びに行くときだけ持ち歩いてたんだ。」

時々思い出を懐かしむように微笑む隼くんの言葉が私の胸を打ち続ける。

「そしたらね、初めてこれを持っていった大会で…初めて優勝できたんだ。俺はそれが嬉しくて、もうそこからはこのハンカチが手放せなかった。」

ずっとハンカチを見つめていた目を、私に移す。

その隼くんの目の色は、あまりにも柔らかくて淡くて、済んでいた…。


「俺はむしろ、渚さんにずっとこのお礼が言いたかったよ。ありがとう渚さん」


隼くんのこの言葉で、私の我慢していたものが一気に溢れ出した。

私は人前だということも忘れて、隼くんの優しい言葉に触れて泣きじゃくっていた。