異世界の学園にて学園生活を謳歌するはずだった

シロ

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1、始まりの逃避とウサギの国での活劇

せっかちウサギとのんびりカメ

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 大きく腕の筋肉を伸ばすとイスカはその場を後にした。
背後には焦げた肉、もとい香ばしく焼かれた生徒の山。食欲をそそる匂いが辺りに充満し、お腹の音で昼飯前だったのを思い出した。
「あーあ、あいつらのせいで昼飯買い損ねちゃったじゃない。肉挟みパン買おうって財布とお腹の用意万端だったのに」
紙袋をリズム良く放り投げながらイスカはブツブツと文句を言った。
昼飯前の運動にはなったが、美味しいと評判の新作パンを逃したことは悔しい。授業が終わり次第向かわないと即売り切れる肉挟みパンが今から向かっても残っているはずがない。爆風で乱れた赤毛の髪をかき上げながら手加減したことを少しだけ後悔した。
最初から魔法使っていればこんなに時間をとられないで済んだのだが、学校の廊下なんかで攻撃魔法なんぞ使おうものなら、即先生が大声を上げて飛んでくる。そんなことになろうものなら面倒なことこの上ない。
倒れている生徒が焦げているのは、ボッコボコに殴った後、そのうちの一人が負け惜しみとして禁句を口にした為だ。
その言葉にしっかり反応したイスカは遠慮なくきっちり焼却してあげた。魔法ではなく彼女の特技によって生み出された火だから見た者によって通報されることはあっても先生の感覚で察知されることはない。
そう言うと、イスカの隣の女の子はため息を吐いて俯いた。
「うち、また、イスカはんに迷惑かけてしもうたみたいやわ」
「いいのよ。喧嘩はあたしの趣味みたいなものだし」
イスカは奪い取ったクリームパンに齧りついた。柔らかなミルククリームの味が口いっぱいに広がる。戦利品だからかいつもより美味しい。
「それに悪いのはどう見たって向こう。だけど、レイカもレイカよ。少しは言い返しなさい。ストレス溜まんないの?」
「う~ん、もう慣れたし、別にええかなぁ~て」
のんびりとした口調で隣の年端もいかない少女、レイカは呟いた。
「んなもんに慣れるな!」
「ごめんなぁ」
「悪くもないのにすぐに謝らないの。ただでさえ、あんたはほんわかぽやぽや~んとした見た目でなめられやすいんだから」
俯いている少女の背中をイスカは力強く叩いたら、レイカと呼ばれた亜麻色のおかっぱ髪の少女が涙目で自分より三分の一ほど高いイスカを見上げた。
別にイスカが高いというわけではない。この年頃の少女としては平均的・・・よりは少し上くらいの身長である。化粧しても大人にはあと一歩届かないだろう。何故そう錯覚しまうかというと、レイカが年の割に低いため。大学生なのにランドセルを背負えば十分小学生低学年として通用する容貌の幼さだ。
どう見ても姉妹にしか見えない二人だが、れっきとした同級生である。
「でも、うちが気ぃつかん間に悪いことしたんかもしれませんぇ」
「そんなわけないでしょ。あいつらはあんたが大人しいのを知ってて理不尽な理由つけていじめてるだけなんだから」
「あれがいじめなんどすか?」
落ち込むかと思いきや、キョトンとした顔でレイカは聞き返してきた。
「あれ、あんだけやられて堪えてないの?」
レイカは唇に指を当ててしばらく考え込む。イスカが三つ目のパンを口にした時にようやく考えがまとまったらしい。
「そない言われてもなぁ。物壊されるわけでも、金奪われるわけでもあらしまへん。所詮は口だけ。それに雑用言いつけるわけでもあらへんしなぁ。昔に比べれば断然マシやわ。童のチョッカイみたいなものやろか。可愛いもんどす」
「あんたも、相当な人生送ってきたのね」
可愛らしい見た目に似あわなさ過ぎる程の度胸の据わりようにイシスは呆れながらも大切な妹分の頭を撫でた。学園で最も幼い見た目の少女から子供扱いをされている虐めっ子を心の中で嘲け笑いながら。
「けれど、直接会って言われるんは何時まで経ってもなれんかも。するなら陰口にしてほしいわぁ」
 いじめ解決を望む場合、逆である。レイカ自身は今の状態が維持されるなら別にこのままでもいいと思っている。最初は戸惑ったが、男子生徒が圧倒的に多いこの学園で心の平穏を得るためには好都合だと考え直したのだ。
 イスカにはまだ内緒である。
「けど、これからどないしましょ」
「そうよね~、食堂にいってももうパンないだろうし。かといって食堂で食べてもまた変な奴らに絡まれて十分な食事なんかできないだろうし」
イスカの言葉にレイカも肯いて同意する。
変な奴らと言ったが、もちろん彼らも先程イスカが黒焦げにした人々を含めた同じ学園の生徒である。本来なら学友となりうる人達のはずだが、何故か最近イスカもレイカも色々な理由を付けられて学園中の人々から仲間外れにされている。
もう少し詳しく言うならイスカは性格による自業自得を含み、レイカはどう考えても理不尽な理由で。
「まあいっか、いつもの場所に行きましょ」
「せやなぁ~。彼らも来てはるやろうし」
「よし、うるさい先公に見つかる前に羽伸ばしに行くとしますか」
長く伸ばした赤毛の髪をなびかせてイスカは悠々とその場を去っていく。レイカもその後を追う。校内暴力及び能力使用の通報を受けてようやく先生が辿り着いた時には焦げた生徒以外誰もいなかった。


                        続く
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