異世界の学園にて学園生活を謳歌するはずだった

シロ

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1、始まりの逃避とウサギの国での活劇

ウサギ、カメ、カラス、ロボットの集い

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 裏庭の垣根を越えたその奥、鬱蒼と茂った木々の向こうのさらに奥。小さな川が澄んだ水を絶え間なく湛え、草木は青々とした葉を大いに伸ばし、日の光と風の香りが心地よい陽だまりがそこにあった。
島一つを丸ごと敷地としている学園である。どこぞの変わり者の金持ちが建てたこの学園は普段使用しない個所が多々存在している。
二人が向かっている場所もその一つで、こんな校舎から離れた辺鄙なところに来る生徒などいない。この場の素晴らしさを知っている者以外いない。そのため、面倒ごとが起こるたびに気持ちを落ち着かせる意味も込めて二人は直々そこに来ていた。
近づくにつれて鳥の鳴き声が小さくなり、水鈴の澄んだ音と草の揺らめく柔らかな音が調和したような音色が聞こえてきた。鳥達が静かなのは大好きなおしゃべりを止めてまでもこの音色を聞きたがっているからで、木々の揺れにさえいつもの五月蝿さがない。
それほどまで素晴らしい音なのだ。イスカとしては優雅に流れる旋律より思わず体を動かしたくなるような激しい曲のほうが好みなのだが、この音色だけは初聞から素直に感動した。
今度テンポの速い舞曲でもリクエストしてみようか。いや、やはり母国のリズムのいい民族舞踊曲だろう。彼にはちょっと大変だろうけど。
「相変わらず見事なものやわ。ロンはんの奏でる音色は何時聞いても惚れ惚れしてしますぇ。今日は安眠歌なんどすなぁ」
「・・・ってことは、あいつがいるのね」
手を額にやり、ため息を吐く。行くのがちょっぴり憂鬱になるイスカだった。
葉の幕が開けると、そこには森が開けた空間があり、中央の木には小鳥達が集まっていた。その木の下に座っている後ろだけ特に長く伸ばした黒髪の少年がオカリナに似た楽器を奏でている。その側には茶色いボディーの二頭身ロボットが頭に鳥やリスを乗せて聞き入っていた。香炉に似ているとレイカはバッテリー節約中の彼や寝ている彼を見ると失礼だとわかってはいてもつい思ってしまう。
イスカとレイカが近づいてくると人間で目に当たる部分に丸くて赤い光が灯った。
「マタ来タノカ」
 言っておくが、二人とも今日ここに来たのは始めてである。
「ちょっと、顔見て早々その言葉はないんじゃない、このポンコツ」
「誰ガぽんこつダ。俺ニハろいずトイウ名前ガアル」
「やってきた人を見て嫌な顔をするような奴はポンコツで十分よ」
「ダッタラ、いすかハまな板ダナ」
「なんですって。もう一度言ってみなさいよ、このポンコツロボット」
「ナラ、りくえすとニオ答エシテ」
ロイズは人だと口に当たる部分、空気吸収排出口から大量の空気を取り込むと大声で歌いだした。
「まな板、まな板、ぺったんこ」
「へ」
「凹胸、ナイ胸、平ぺったん。小サク、薄ク、何モナイ」
「あらあら」
「胴体ダケナラドッチガ前カパット見タダケジャワカラナイ~」
「黙れ、このポンコツダルマ!」
怒りを込めたイスカの拳の一撃はロイズの鋼の体を空高くぶっ飛ばした。
金属独特の落下音をたててドーム状の頭が地面にめり込む。起き上がろうとロイズがもがいても手が短くて届かない。反動を利用しようとして勢いづけたら今度は寝転がってしまった。
そのけたたましい音でようやく気がついたのか流れていたカリアの音が止んだ。あれだけ複雑で多彩な音をたった一つの楽器で奏でられるのだから不思議である。
「・・・イスカ、レイカ、来ていたのか」
「来ていたの。はぁ~、相変わらず反応遅いわね。そんなんだとここ以外のとこでやってけないわよ」
「・・・頼まれた曲故中断するわけにいかない」
 こういう時だけロンは生真面目だ。
「・・・挨拶が遅れてすまなかった。よかったら食べないか?」
差し出された茶色の紙袋をイスカは慰謝料代わりと嬉しそうに受け取った。
「こ、これは幻ともいわれるほど売られる日もまちまちで数も少ない灼熱ゴットカレーパン!うそ、本当に食べていいの」
「・・・貰ったのだが、食べられそうにない。言って残すのは悪い」
期待に胸を躍らせながらイスカが袋を開けた。途端、食欲をそそる香りが鼻と胃を刺激する。一口齧ると口いっぱいにトウガラシとスパイスの辛さ協奏曲が広がっていく。口の中に炎が溢れる。濃厚な味なのに全然しつこくない。辛い物好きにとって何とも心地よい辛さだ。
後ろから恨みの籠った視線が突き刺さるのを感じ、ちょっと首を回して視界の端で確認するとロイズが恨めしそうにイスカを見ていた。視線の意図を感じ取ったイスカは舌を出すと遠慮なくもう一口齧った。
「なぁ、さっきのって鎮静効果のある音階の組み合わせどすなぁ。どこの子守唄やろか?」
背中の半分まであるロンの後ろ髪に櫛をいれながらレイカは尋ねた。長いのに癖がない綺麗な黒髪。誰もが羨むものなのにロンはろくにトリートメントをしない。洗うのは体と一緒だ。ケアもしていない。
あまりに勿体ない。自分の髪がこれだけ光沢があってサラサラならどんなによかったかとレイカは彼の髪を梳かす度に思う。
「・・・北方の森深き山、その奥にてひっそりと暮らしていた人たちの唄だ。彼らは湧水の睡歌と呼んでいた」
お礼を言った小鳥が膝の上から飛び立っていくのを満足そうに眺めるとロンは瞼を閉じた。レイカに髪を弄られるのはいつものことになったのでロンも抵抗することも逃げることも諦めて、大人しく座っている。奇抜な髪型にしないからと、彼女が小さいからだろう。
「・・・また、喧嘩した」
「なによ。別にいいじゃない。挨拶みたいなものだし」
「俺ハりくえすとニ答エタダケダ。音楽モまーちニ変ワッタカラソレニ合ワセテ。ナカナカイイ歌ダッタダロ」
寝そべったままロイズが意見する。
「ポンコツは黙ってなさい」
イスカに再度蹴られ、石に弾んでようやく正位置に戻る。鋼鉄の体の重量感の伝わる足取りで歩いていつもの場所に岩を背にして座った。
「・・・他の生徒と」
「それも日常茶飯事でしょ。そういうあんたの行動のほうが不思議よ。珍しく授業理由なくサボってるようじゃない。昨日まで依頼欠席以外は教科無欠席のまじめな優等生だったのに。もしかして、一緒にいすぎてサボリ魔ロイズの影響受けちゃったのかなぁ~。あ、それともとうとう拉致られたとか?」
「失礼ダ。断固抗議シテヤル」
「・・・別に一緒に行動しているつもりはない」
苦笑いしてポツリと口にしたロンの言葉にイスカとロイズは言葉を止めた。
別の意味で・・・・・・。
「そういえばそうよね」
イスカは今までのロンの様子を思い出してみると、彼からロイズに近づいたことは確かにない。ロイズが何かと暇と理由を作ってまでロンのそばにいようとする。もしくは、彼を呼びつける。曲をせがんだり、苦手な分野を一晩掛けて尋ねたり、髪を弄っていたり。
このロボットストーカー化していないか?!
気づいていないロンが心配になってきたイスカだった。部屋が同じらしいので余計不安である。
「・・・レイカにからんでいた生徒の様子はどうだった」
「別にいつも通りだったわ。理由もなく暇つぶしのためだけにからかってるって感じ。そういえば、ちょっと目つきが悪かったかな。眼下にクマもあったし」
気持はわからなくもないけど、とレイカの方を見て心の中でこっそり付け加えた。
「・・・そう」
そう呟くとロンは何やら考え込んでしまった。
「どうかしたの?」
「・・・最近学校内の空気が淀んでいる」
「うちもそう思いやす」
藤色の紐で軽く結え終えたレイカも同意した。本日はポニーテールを基礎にした飾り結びだ。解くのに苦労しそうな形である。
「え、うそでしょ。特に変わりないよ。ガスっぽくないし」
「・・・そう」
それ以上ロンは何も言わなかった。聞こうとイスカが声をかけようとした時、遠くから昼休み終了十分前のチャイムが聞こえてきた。
「あーあ、あたしもこのままサボっちゃおうかな」
「・・・・・・」
答えを求めるようにちらりとロンを見ると、彼は木の根元に腰掛けると今度は眠るために目を閉じた。
ロンは人の行動をさり気なく援護することはあっても止めたことなどない。今回も自分で決めたのならそうすればいいとのことなのだろう。
「ロンは出る気なしって感じね」
「アノ授業ナラ出ル必要ハナイ」
「確かに、最近の先生達ってただ教科書に書いてあることを丸のまま読んでるだけだから、自分で読むのと大差変わりないのよね。ちょっと前までは経験談とか話してくれたのに・・・大して役立つとは思えなかったけど。学園授業方針変更したのかしら。さっさと戻せって感じ」
「せやけど、次はリルク先生の授業どす」
「いかないの?」
この学園で最も理解しやすくかつ楽しい授業をすることで有名な先生だ。生徒に優しくおまけに学園唯一のエルフ族で、爽やか系の美女。偏屈なところがなく生徒差別もしない。柔らかな木漏れ日のような人だと生徒の人気も上々。教科担当の先生ではダントツだろう。
人気を二分しているもう一人の先生は実技担当のリング先生だ。こちらもちょい悪系の超絶美形。ダークエルフなので他の先生との風当たりは辛いが、何故かリルク先生だけと仲が良い。二人の交際噂もあるくらいで、他の先生がリルク先生に異時界の元敵対種族なんかと親しくする必要はないと職員室で言っているのをイスカは聞いたことがあった。
だが、時は常に流れ続ける。戦争が終わって早幾年。戦争を体験していない生徒達にとってはどちらも親しみ易い先生としか思っていない。学園一のサボり魔であるロイズも彼らの授業だけは未だに無欠席である。それはイスカやレイカ、いつものロンにも言えることなので、だからなおのことロンが彼女の授業に出ないことが理解できなかった。


                          続く
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