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3章 寝台特急探索任務

第6話 モンスター発見

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 2人で足音が静かになるのを待ち、再出発するのを待ってから遊戯車両へ向かおうと歩き出した。
 事前の打ち合わせでは遊戯車両の人員は変わらない予定だ。

 何か変化が無かったか打合せに向かう。
 先程と同様にカオルが最初に車両を移動し、その後にスミレが入室する。
 その調子で遊戯車両まで問題も起きずバーカウンターでグラスを拭く笹貫と合流した。

「御2人とも、お疲れ様です」
「お疲れ様。スタッフの入れ替えは順調ですか?」
「はい、今のところ異常は確認できませんね。それと各車両のセンサーからも御2人以外の移動は無いようです」
「あら、意外ですね。折角の列車旅行ですし皆さん夜景を楽しんだりはしないのでしょうか?」
「普段は移動も多いそうですが最近は噂もありますから、あまり夜間に室外に出る客は多くないようです」
「ふふ、皆さん敏感なのですね」

 穏やかに微笑むスミレに少しだけ頬を引き吊らせて笑みを返す笹貫。
 スミレの美貌に笹貫が嫉妬しているように見えるが、笹貫はカオルよりスミレによく視線をやっている。
 カオルから見るとスミレが気になるので表情が緩むのを我慢しているようにも見える。

「食堂車は人が居なくなっているんでしたか?」
「はい、先程の駅で食堂スタッフは全員降りました。次は朝の5時半に駅に止まって朝食用のスタッフが入ります」
「食堂では飲物程度は提供されると聞きましたが、スタッフが居なくても大丈夫なものなのですか?」
「呼び鈴を鳴らすと動力車のスタッフが来てコーヒー、紅茶、緑茶を用意します。ただコーヒーは部屋でインスタントが淹れられますし、紅茶や緑茶じゃないとダメというお客様でもない限り使用されませんね」
「なるほど、だから無人になるタイミングが有るのですね」

 笹貫から話を聞くのはスミレに任せカオルは左手のガンナックルの弾丸とシリンダが正常か確認する。
 試作されて1ヶ月も経っていない代物だ、いざという時の安全性については信用できない。直ぐにでも銃剣を抜けるように武器展開のショートカット設定を再確認する。

「では、そろそろ行きますね」
「はい。お気を付けて」

 2人のやり取りを聞いたカオルも手振りだけで笹貫に別れを告げてスミレを後衛に先頭車両へ向けて歩き出す。
 宿泊用の車両で問題は起きず、そして食堂車にカオルが1人で踏み込んで異常を感じた。

 深夜2時半。
 食堂車にはカオル以外は誰も居ない。
 スミレは事前の打ち合わせ通りに手前の車両で少し待つ。
 半透明ガラスの扉越しにスミレに待つように手振りを振るとスミレも小さく丸を示すように手振りを返す。

 違和感は単純に気温と、そして食堂車両全体が霧が掛ったように視界不良だ。

 しかし本当に霧が発生している訳では無い。
 まるで霧が掛ったように視界がぼやけるが、カオルは正確には食堂車領内の輪郭が崩れていると感じた。
 カオルが車両に入ったのをセンサーが検知して自動で照明は点灯している。その照明は深夜帯の為に間接照明になっている。
 だがそれ以上に、全ての物体の輪郭が曖昧になっている。

……光情報が崩れた? でも何で? そんなモンスター居たっけ?

 ゲーム知識を動員しても視界に干渉してくるようなモンスターに覚えはない。

……光に関わるモンスターがゲーム上では再現されてなかったフレーバー情報を再現した、とか?

 例えばモンスターの設定情報で『光を用いた幻惑を得意とする』とあればゲーム上では幻で実体の無いモンスターを使役しているが、現実では光に干渉して相手を混乱させる事が出来る、とも考えられる。
 周囲を確かめるようにゆっくりと歩を進めてみると机や椅子も無い場所で手が何か硬い物に当たる。手触りで形状を確認してみれば椅子の背凭れのようだ。

……視界がぼやけているだけじゃない。在る物が無いように誤魔化されている。

 目で見た物が信用出来ないフィールドというのは厄介だ。
 場合によっては床に穴が開いていたり、回避できると思ったら出来なかったりと、ゲーマーたちからクソゲー認定される場合も有る程だ。

 左手のガンナックルだけでは不足と判断して銃剣と戦闘服を装備、銃剣を思い切り振って周囲の障害物を殴り退かす。
 見た目通り、見た目に合わず複数の衝撃を感じ面倒な事になっていると実感した。
 見た目では2つの机を切り払ったはずなのに手応えは3つ。
 見えない机が1つカオルの間合いに配置されているようだった。

 何かが移動する際の空気の揺れや音に注意を払いながら銃剣を身体の前で適当に払いながら車両の中央に向けて進む。
 数回、見えない何かを切り払って車両中央に到着した。
 音や空気の揺れを察知できるように動きを止め、銃剣もガンナックルも構えずに下げる。
 錯覚なのか隠れた何かに様子を伺われているような気がするが確信は無い。

……『そこに居るんだろ』とか言ってみたい。

 漫画でよく見るシチュエーションだ。バトル漫画を読む人ならば1度は見たことが有るだろう。カオルも例に漏れず見たことがあり真似してみたい願望もある。
 ただ流石に実年齢は良い大人なので無反応だった時の恥ずかしさを想像して何も言わない。

 小さく息を吐いてから後で列車のスタッフに謝罪しようと心に決め、右手の銃剣の引金を引いたまま何も無い前方に剣を振り抜いた。
 神奈川県でも使用した【サンダーショット】と名付けられていた雷の槍が鍔から刀身に掛けて発生し素振りに合わせて前方に射出される。
 目視出来る机も、目視出来ない何かも貫きながら車両の扉に着弾して消滅した。

 続けて少し方向を逸らして3発を連射すると、その内の1発が机でも椅子でも無い何かを掠める。雷撃によるダメージで体勢を崩した何かが倒れ、雷撃とは関係無く机と椅子を倒しながら光学迷彩が溶ける様に光の屈折が無くなり何かが正体を現した。

 先日、街に出現したイビルアイと呼ばれる目玉に羽根の生えたモンスターの亜種、フラッシュアイだ。
 事前にカオルが考えていた光を操るモンスターの一種だ。ゲーム中では暗い洞窟に住み着き強烈な光によってプレイヤーを気絶状態にしてきたが、現実では光の屈折を利用して自分の姿や周囲の状況を誤認させるという技術を身に着けたらしい。

「スミレさん!」

 後方車両に控えているスミレに向けてカオルは叫び、同時にフラッシュアイに踏み込んだ。
 右手の銃剣では列車の被害が大きく成り過ぎるので背中のホルスターに投げ入れ、左拳のガンナックルを振り被る。

 カオルの声を聞き取ったスミレも蹴破る様に食堂車に入り、カオルの前に居るフラッシュアイを視認した。
 直ぐに本を開いて魔法を準備する。下手に攻撃魔法を放つと車両が運航不能に成る被害が出かねない。その為、スミレが準備したのはカオルを補助する魔法だが、直ぐには放たずに発動を保留する。

 その間にもカオルは倒れるフラッシュアイに肉薄し、立ち上がった人の腰の高さ程も有る目玉の中心をアッパーの姿勢で殴り付ける。
 壁に向けて吹き飛んだフラッシュアイを追い、カオルは引金を1度引きガンナックルの表面に斥力場を発生させた。
 腰の捻りを加えた渾身の拳を壁に叩き付けられて動けないフラッシュアイに向けて放ち、その肉体の中腹まで拳を食い込ませた。

 拳と眼球の間からフラッシュアイの血肉が漏れて噴き出し、周囲に黒く靄を立ち上らせる液体が付着する。
 カオルの頬や腕にも同じ様な黒い靄が付着し、拳を引き抜いてスミレに振り返ったカオルはまるで殺人現場で笑うサイコパスの様でも有った。

「あはは、雑魚で良かったけど、やっぱりこの程度のモンスターでも一般人にとってはライオンと変わらないでしょうね」
「お疲れ様です。返り血が酷いですね。このままだとスタッフに怯えられてしまうかもしれません」
「ああ、大丈夫ですよ。悪魔系なのでモンスターが消滅すれば自然に消えます」

 言っている内にフラッシュアイは3秒も掛からずに黒い靄に成って消滅し、同時にカオルや壁に付着していた黒い靄も消滅した。
 返り血を拭う素振りも見せないカオルのモンスターに対する慣れを見てスミレも武器である魔導書を腰のホルスターに仕舞う。

「これで依頼達成でしょうか?」
「その筈ですね。被害を考えてもこの程度のモンスターしか居ない筈です」
「ふふ、イベントボスが居たら大変でしたね」
「考えただけで頭痛がする」

 思わず右手で頭を押さえたカオルが微笑ましてスミレは思わず笑ってしまった。
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