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4章 クリスマス脱走事件

第11話 人形遣い受け入れ会議

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 神卸市に到着した一行は都市内部ではなく都市を囲う塀の外に後から増設された様にも見える警備用待機所の近くに降りた。
 ヘリコプターは着陸できないので地上10メートル程度の高さから全員が飛び降りており、カオルはまたしても美咲を横向きに抱えている。

 先にカオルと三咲がそんな姿で飛び降りたのでジークとヒルトはその真似をして無意味にジークがヒルトをお姫様抱っこで飛び降りた。
 着地してからもしばらく抱き合ったままの2人を見て三咲はつい胸中で『ハネムーン気分か!』とツッコミを入れつつ警備用待機所に向かう。
 待機所は内部で金庫の様な分厚い壁と複雑な鍵で隔離都市の内部と繋がっており数人の防衛班がシフト制で待機している。

「ああ、神山市の」

 事前の会議に参加していた未帰還者も居たので話は早く、5人は直ぐに待機所に入れた。
 待機所内には女の未帰還者も居るがジークの腕に抱き着いているヒルトが暴れる様子は無い。他の女を敵視しないというよりもジーク以外の事が目に入っていない様子だ。

「これなら問題無いか?」
「これが常に続けられるなら良いんじゃないでしょうか?」
「つまり、無理という事か」

 ヘリコプター内だけでなく待機所でも大人しいヒルトの様子を見てガルドがカオルに小声で聞いてみるがカオルの意見には同意見だ。
 今はジークに密着していて周囲が見えていないだけだが都市で生活するならば必ず別行動を取るタイミングが有る。その時にヒルトがどのような行動に出るかは誰にも保証できない。

 時刻は11時過ぎ、そろそろ昼食を考える時間だ。待機所に控えていた防衛班のメンバーは事前に出前を注文していたり弁当を持参しているが5人は何の用いも無い。
 その為、三咲の手配で出前が頼める事に成り各々がスマートフォンで適当に昼食を頼む。
 ついでと思いカオルは三咲に神山市の動向を聞く事にした。

「現状で神山市から何か追加の連絡はあった?」
「無いわね。ただ内戦はほぼ終わったみたいよ」
「よく分かるね」
「実は同期が神山市関係の事務職でね。ほぼリアルタイムに情報をくれるの」
「スパイ活動かよ」
「ふふん。人徳と言って欲しいわね」

 得意気な三咲にカオルが呆れつつガルドも会話に参加した。

「不思議だったんだが、どうして神山市で内戦が起きたんだ?」
「確かに。自分たちの生活に満足していれば1人が暴れても追従はしない」
「そうね。それは、ヒルトさんなら分かるのかしら?」

 三咲の言葉に合わせて3人で2人に視線を向けてみれば相変わらずジークの腕にヒルトが組み付いている。
 ジークもヒルトの腰に腕を回しており周囲が見えているか怪しいが、流石に3人の生温い視線には気付いた。

「すまない。何か?」
「神山市の内戦がなぜ起きたかヒルトさんに心当たりが有るか聞きたいのだけど、分かるかしら?」

 ジークと三咲が会話を始めた事でヒルトが一瞬だけ三咲に敵意の有る視線を向けるが、質問が自分に向けられたものだと認識はできるらしく少し考える表情をみせた。考え込むように目を閉じて眉を寄せ顎を少し上げ天井を向く。

「分からないわ」
「ヒルトさんが脱走を試みたのはジークさんに会う為よね?」
「そうよ」
「なら他の人の理由は分かるかしら?」
「さあ。向こうでは人と殆ど話さなかったから」
「そう。なら、ヒルトさんの理由を詳しく聞いても良いかしら?」
「簡単よ。私は都市防衛班を志望してたんだけど人形遣いのレベルがカンストしてる事を知られて研究協力者にされたのよ。防衛班なら脱走する事も簡単だったろうに、あの北条とかいう女に強制されたの」
「……成程。他の未帰還者も納得しない人事に腹を立てている可能性が有るわね」

 ふとカオルはヒルトとの戦闘時に言っていた『あの女』という発言を思い出していた。
 北条が相手だと聞けば余計に彼女への心象は悪くなり溜息を吐きたくなる。流石にここで溜息を吐くと目立つので我慢し腕を組んだ。

「なら内戦の原因は人心掌握不足かな」
「そう考えると神卸市はクリスマスイベントが開催できる程に平和という事か」
「精神的な負荷も考えて定期的に人事は見直していますからね」

 各都市の人事の最終決定権は都市の代表者に委ねられている。
 神卸市の代表は隠居間近の政治家で世間からは未帰還者に甘く日和見主義と評価されている。それと比較すれば50代中盤の北条は政治家としての選手生命が長く元々が大阪府知事を目指していた野心家でもある。

「まあ人形遣いのゴーレムを研究して成果を得られれば政治家としての成果にできるか」
「都市の人事権を握っているのよ。今は未帰還者にしか効かない白魔法師の回復魔法を人間に転用できる研究成果を出せれば、政治家としての彼女の手腕は人形遣いで成果を出す以上に認められるわ」
「成程。ヒルト君は氷山の一角か」
「それなら内戦状態に陥ったのも納得か」

 思わずカオル、三咲、ガルドが天井に向けて盛大に溜息を吐く。
 もしこの考察が正しければ今回の内戦のキッカケは政治家の功名心を発端としている事になる。いずれは覚悟していた未帰還者の暴動の原因としては想定内だが、いざ自分たちの目の前に可能性として提示されると頭が痛い。

「ま、予想でしかないんだし今はヒルトさんの事に集中しよう」

 カオルが柏手を打って三咲とガルドの意識を切り替えさせ、ジークとヒルトからも注目を集めた。

「さてヒルトさん、貴女を神卸市に受け入れる為にはいくつかクリアしないといけない課題が有るんだ」
「……あら、私を受け入れる事に前向きなの? しかも、貴女だって未帰還者でしょ。隣のお姉さんならともかく、貴女に決定権が有るの?」
「東京都としては神卸市の事は神卸市の未帰還者の総意で決定したいと思っています。その為、神山市から来ているヒルトさんの引き渡し要請も既に拒否しています」
「……私が言うのもなんだけど、馬鹿なの?」

 カオルと三咲の話があまりにも馬鹿々々しくヒルトも段々と冷静さを取り戻していく。
 ヒルトも物理崩壊前は普通の人間であり社会人として会社勤めをしていた。そんな彼女だからこそ2人から聞いた話が都合の良い理想論だという事は分かる。

 ヒルトを神卸市に受け入れるメリットは絶対数の少ない人形遣いでレベルカンストした未帰還者という事だ。研究職に引き渡せば神卸市の代表者や研究者は成果を得られるが、カオルや三咲のメリットには成らない。
 しかも先程の三咲が言った未帰還者の総意という言葉を信じるならヒルトの人事にはヒルトの意見を加味すると言っている。

「私はジークと一緒に居られるなら他には望まないわ。神卸市に住むには、どんな課題をクリアすれば良いのかしら?」
「簡単。山梨みたいにジークの近くに別の女が居ても暴れなければ良い。ジークに恋人が居る事は彼の友人なら知っている。仮に彼に近付く女が出たら自分の魅力で彼を引き留めてくれ」

「……ふぅん。貴女がジークに恋をする事が有ったら、貴女に勝てば良いのね」
「さっきも言ったけど男だよ」
「……ネカマだったの?」
「そうだよ悪いかよ」
「いえ、ごめんなさい。大変ね」

 思ったよりもカオルの圧が強くて気まずそうに視線を逸らしてヒルトはカオルに同情してしまった。
 珍しく男だと言って信じて貰えたカオルだが同情されるのも面白くない。

「って、カオルって、しかもその顔、隔離都市を作った未帰還者の!?」
「今更?」

 やっと話が通じてカオルたち3人は盛大に溜息を吐いた。
 しかもヒルトは冷静さを取り戻して普通の受け答えもできている。ジークに言い寄る女が出て来た時の事を考えると頭痛がするが可能性で足踏みしている暇は無い。

「この様子ならヒルトさんは神卸市に受け入れて問題無いと思う」
「賛成だ」
「私も」
「良いのか!?」
「助けを求めた当人が驚かないでよ」

 今までヒルトが暴れた場合に備えて静かにしていたジークが3人のヒルト容認に反応した。
 今更何を言っているんだと呆れた3人の視線を受け、少しずつジークもヒルトの神卸市受け入れが現実のものに成りつつあると実感していく。
 ヒルトに抱えられていない手で自分の顔を覆い、少しずつ呼吸が深く大きくなる。

「大変なのはこれから。ジークさんは多分、単身者用のマンションでしょ。ヒルトさんと住むには狭いだろうし引っ越しとかヒルトさんの生活必需品を揃えたりしないと」
「そうだな。それにヒルト君の銀行口座について神山市に干渉されない様に東京都に動いてもらう必要も有る」
「じゃ、三咲、頑張ってな」
「あはは、私クリスマスなのに何してんだろ」

 三咲の乾いた笑い声を聞いてジークとヒルトは、やっと自分たちが一緒に生活できるのだと実感が沸いた。
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