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6章 ダンジョン

第2話 ダンジョン攻略依頼

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 イタリアでダンジョン出現が確認されて1週間程経ち、日本でも本格的に国土の調査が開始された。
 世界初のダンジョンでは既にダンジョン最奥にてボスモンスターの討伐と、それに伴うダンジョンの消滅が確認された。

 世界的にもダンジョンは対処できる存在だと周知され必要以上の混乱は起きなく成った。それでも急に自分の生活圏内に危険な存在が現れるという恐怖に耐えられる人間は少ない。
 各国で民衆からは研究よりも早期のダンジョン攻略を求める声が上がるが、ダンジョンを研究してダンジョンの発生を抑止する為には綿密な研究が不可欠だという研究者の主張を受け入れる者も一定数は居る。

 そんなある日、日本でも富士の樹海、正確には青木原樹海という地名の森にて自衛隊がダンジョンを発見した。
 山梨県に広がる森だが、あるタイミングから他と異なる樹木による回廊が発見され自衛隊が派遣され事態が発覚した。

「そんな訳で、最寄りの隔離都市である神卸市から4人パーティを派遣する事に成りました」

 防衛班詰所の会議室に集められたカオル、ガルド、ジーク、ヒルトに対して三咲が状況説明をしていた。
 プロジェクターにて都庁に勤める三咲の上司、上林が映っている。
 細身で目が鋭いがそれ以上の特徴が無く少々記憶に残り辛い男だ。
 何となくカオルは声に聞き覚えが有るが思い出せずに話に集中する事にした。

『ダンジョンのレベルは入ってみないと分からないが、流石に自衛隊だけで突入させるのは危険だ。その為、君たちが先行して入口周辺のモンスターを討伐した後に自衛隊と研究者を突入させる』
「俺たち4人に何人を守らせるつもりだ。手数には限りが有るぞ」

 基本的には防衛班でも年長のガルドが代表として話している。

『隊員たちにはアサルトライフルを持たせる。最低限の自衛は可能だと考えている』
「もしダンジョンのレベルが40を超えていればロケットランチャーでも怪しい。甘く見ているんじゃないか?」
『自衛隊の装備については私の管轄外で何も答えられない。君たちが無理だと判断すれば強引にダンジョンの外に放り出すか見捨ててくれ』
「その結果、未帰還者に非難が集まれば俺たちにとってはマイナスしかない。研究も護衛も無しでただダンジョンを攻略させて欲しい」
『生憎と私の権限ではそれは許可できない。言った通り君たちの裁量でダンジョンから退避する事だけが勝ち取れた条件だ』

 上林の裁量の範囲外と言われればガルドには何も言う事は無い。
 そもそも都庁の人間から仕事を強制される覚えは無いが、防衛班の仕事として契約書には『隔離都市外でモンスターが発生した場合には当直の未帰還者を現地に派遣しモンスター討伐任務に従事する』という項目がある。
 しかし、ダンジョンについては何も触れていないのだ。

「防衛班の仕事はモンスター発見時に発生する事でダンジョンは契約に含まれていません。強制はできないのでは?」

 まさに契約書を作成したカオルの言葉に三咲は痛い所を突かれたと唇を噛むが神林に動揺は見られない。

『君の言う通りだ。だが私の言いたい事は分かるんじゃないか?』
「ダンジョン内にモンスターが徘徊している事はイタリアの例から分かっている。つまり隔離都市外にモンスターが居る事は分かっている。だから未帰還者を派遣する。ですかね」
『その通りだ。もしこの場で断れれるなら自衛隊をダンジョンに先行させてモンスターを目視させて未帰還者の出動要請を出しても良い』
「その場合は当直の人員に成るはずですよね。この4人を呼び出す必要は?」
『単純にレベルと生存能力からの人選だ。カオルさんのレベルは他3人より低いが生存能力は今までの実績から明白だろう』

 舌打ちしたカオルに全員が驚くが三咲とジークは少しだけ安心した。
 カオルが明確に嫌な仕事を嫌だと表明している今までとの変化に安堵している。

『自衛隊と研究者の準備には数日掛かる。仕事の受諾については君たちに任せるよ』
「辞退します」
『私から強制はできない。カオルさんは辞退として処理しておこう』

 険悪な雰囲気を隠しもしない2人の空気に会議室の空気が重く成るが同時にカオルは上林に促されて退出した。

 会議室から出て少し離れ、緊張から解放されてカオルは廊下に背を預け天井に向けて大きく息を吐く。緊張を解すように肩を軽く回して両手の指を組んで大きく伸びをする。

 子供っぽいと言われるかもしれないが絶対にカオルでないといけない仕事でも無い。今後も何となく依頼し易い相手だからと押し付けられないよう、扱い辛い相手と思われるのは悪い事では無い。

……これが新卒で入った会社で数年目とかだったら逆効果かもしれないけど、東京都は防衛班とは別組織で良かった。

 そのままアンソンやレミアと挨拶を交わしながら詰所を出て家に向かう。
 防衛班の仕事の後に急に呼び出されて今の話だったのだ。三咲も最近は神卸市に住み込みに近い仕事ばかりで大変だとは思うが嫌な仕事は嫌と言わせて貰う。

 19時ごろに家に帰り上着だけ脱いでリビングでコーヒーと夕食を適当に用意しているとヤ・シェーネが自室から出て来た。

「あれ、今日は放送なのに珍しいね」
「昨日寝るの早かったから目覚めちゃった」
「そっか。食べる?」
「食べる~」

 まだ寝惚けているようでヤ・シェーネは机に突っ伏しながらテレビを点け、カオルからコーヒーを受け取ってニュースを見た。
 先日のユキムラを説得する様子を動画投稿された物が流れている。

「これ、嫌い」

 既に数週間は経っているがダンジョン出現の合間に時折、都内で未帰還者が戦闘をしたという事で紹介されている。
 カオルが破壊した隠しカメラは遠隔で生放送する為に仕掛けられていたらしい。暗いが確かにカオルらしいシルエットと銃剣からカオルだと分かるだろう。
 何度見てもカオルがユキムラから斬撃を受ける姿に苛立ちヤ・シェーネは視線を険しくする。

 そんなヤ・シェーネの反応に気付かないままカオルが夕飯の用意を終えた。
 茶碗に白米をよそうのを見てヤ・シェーネが配膳を始める。
 2人で白米、味噌汁、肉野菜炒めを運びカオルが最後に箸を運んでくる。

「相手が侍だから仕方ないけどさ、カオルさんがこの人より弱いって言う人が居るのもムカつく」
「そんな事まで言う人居るんだ。根本的な目的を見失ってるなぁ」
「呑気!」
「だって戦闘力なんてどうでも良いし」
「この間の生インタビューでも同じこと言ってたよね。それに対して負け惜しみだとか言う人も居るし」
「まあ彼らの中ではそれが大事なんでしょ。どうでも良い人が何を大事にしているかなんて気にしない方が良いよ?」
「私はカオルさんが馬鹿にされてるのが嫌なの」
「それは、ありがとう」
「……ごめん。食べながら話す事じゃなかった」
「良いって。チャンネル、ニュースから変えちゃお」

 それはそうだとヤ・シェーネは適当にチャンネルを変えればお笑い番組が放送されていた。

「そう言えば、ダンジョン見つかったんだって?」
「耳が早いね」
「ネットで樹海に自衛隊が集まってるって。そこにダンジョンの入口を見たって人がコメントして荒れてた」
「お、ネットなのに珍しく正しい情報だ」
「カオルさん、呼ばれたりしてない?」
「しました。断りました」
「えっ!?」

 余程意外だったのかヤ・シェーネは箸を止めてカオルを凝視している。
 今までの危険だと分かっているのに自分に話が振られると諦めて受け入れていたのが嘘のようだ。

「そんなに驚く?」
「そりゃ驚くよ!」

 机を叩いて立ち上がり嬉しそうに目を輝かせている。
 流石に行儀が悪いのでカオルが視線と手振りで座るように示すと恥ずかしそうに席に着いた。

「じゃあ、今回は危ない事はしないんだ?」
「少なくとも最初の4人には入らないよ。自衛隊員や研究者を守りながら命懸けのモンスター戦なんてしたくないし」
「それはそうね」

 モンスター戦で自衛手段の有る未帰還者と同行するのと研究者を護衛するのは話が違う。要人警護を生業とするSPに近い訓練もしないで出来る事ではない。
 しかも相手はモンスターで通常の要人警護の訓練が役立つとも思えない。むしろニュースではキャンプ場で野生動物の脅威を客に説明できる熟練キャンプ経験者のアドバイスが必要だという声も上がっている。
 どちらにせよ一朝一夕で身に付く知識や技術ではない。

 そんな事を話しながら2人は夕飯を食べ進め、食器はヤ・シェーネが洗うと提案しカオルは風呂に入って就寝した。
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