上 下
68 / 98
6章 ダンジョン

第3話 ダンジョン挑戦前

しおりを挟む
 富士樹海に出現したダンジョン攻略についてカオルの不参加は決定した。
 現状ではガルド、ジーク、ヒルトの参加は決定しており、ジークとヒルトのサブジョブから1人アタッカーかディフェンダーの参加が求められる。
 単なる雑談のつもりでガルドは防衛班の巡回でダンジョン攻略の話をしたのだが、それを聞いたアンソンは直ぐに察しが付いて巡回後にガルドに声を掛けた。

「ダンジョン攻略、カオルさんに話が行ったんじゃないっすか?」
「……それを知ってどうする?」
「俺が代わりに行きます。ほら、レベルは俺の方が上でしょ?」
「君は察しが良いな」

 アンソンの肩を叩いてガルドは人気の無い廊下の突き当りに移動した。
 まだダンジョン攻略のメンバーは公表されていないし表立って話す内容でも無い。下手に会議室に入ると何か有ったと思われるので廊下の隅で邪魔に成らないよう雑談を兼ねた相談をしている程度の方が話題に注目されづらい。

「想像通り、カオル君に話が行ったよ。だが」
「俺が代わりますっ」
「断られた」
「……え、断ったんすか?」
「そうだ。そんなに意外か?」
「そりゃ、あのカオルさんですよ」
「年末から2月まで嫌な仕事が続いたからな、仕事を断るという事を覚えてくれたんだろう」
「何か嬉しそうすね」

 そういうアンソンも安心したような顔をしているとガルドは思ったが口にはしなかった。
 ただアンソンのダンジョン攻略への参加決定権はガルドには無い。この場で参加不参加の可否は出せなかった。

「ダンジョン攻略パーティの枠は1つ空いている。君の参加を打診してみよう」
「あざます」
「礼を言われてもな。どんな危険が待っているかも分からない場所に行くんだぞ?」
「今までカオルさんだけに押し付けてたんすよ、レベルの高い俺が守られるだけなんて悔しいじゃないすか」
「カオル君が聞いたら年齢を理由に『気にするな』とか言いそうだな」

 苦笑するガルドにアンソンも同意するが、だからこそだ。
 レベルが30も違えばゲーム内なら瞬殺できる。それだけのステータス差が生まれるのだ。
 そんなステータス差を持ちながら実戦では守られ続けてはアンソンも自信を無くす。
 それはカオルと付き合いの有る防衛班の多くが抱える感想だった。

……今度こそ、順当な戦闘力で、カオルさんじゃなく私が役目を果たすんだ。

 物理崩壊によって必ずしもステータス差は戦闘力には成らなくなった。
 それでもステータスが高い事は戦闘力の指標に成る。
 ガルドもアンソンの表情から使命感を滾らせているのは分かったので水を差すような事は言わなかった。

「そう言えば、ダンジョンに挑むなら4人だと思うんすけど、誰が行くんです?」
「俺とジーク君とヒルト君が決まった」
「げ、あのバカップルすか」
「そう言うな。戦闘力も連携も頼りになる」
「ま、まあそれはそうすね」
「今回は防御に力を入れる。ジーク君は剣闘士、ヒルト君は召還術師だ」
「ディフェンダー2人すか?」
「自衛隊と研究者を護衛する必要が有る」
「げ、早まった」
「そうだな。俺も本音では行きたくないよ」
「ガルドさんが?」
「俺を何だと思ってるんだ? 楽が出来るならそれが1番だよ」

 ゴリラのような厳つい巨体で苦笑するガルドが意外でアンソンも吊られて笑ってしまった。
 アンソンの印象ではガルドは真面目で使命感の強い男だ。仕事は楽が良いと言うのは意外だった。
 そんな感想も見透かされたようでガルドはアンソンの肩を叩いて去って行く。

……ありゃモテる訳よね。

 バレンタイン前からガルドと仲の良いレミアが苦労しているのを思い出して苦笑しアンソンも帰宅する事にした。

▽▽▽

 ダンジョン攻略パーティへの参加を承諾したジークとヒルトは1月中旬に引っ越した3LDKのマンションの1室でヒルトの作った夕食を楽しんでいた。
 話題は自然と最近の防衛班の仕事に成る。

「ユキムラさん、頼もしいわね」
「そうだな。彼女は元々格闘技経験者らしい」
「ああ、それで攻撃に躊躇いが無いし連撃の組立てが巧みなのね」
「模擬戦でもしたのか?」
「ええ。ジークフリートが良いように切られたわ」
「凄いな」
「貴方は模擬戦しなかったの?」
「挑まれたよ。盾の範囲を広げて防いだけど、剣闘士でなければ勝負に成らなかったな」
「そうね、私も大剣使いじゃ手も足を出なかったと思うわ」

 クリスマスの事件で危険だと認識されているヒルトだが神卸市に来てから問題は起こしていないし、その兆候も無い。彼女の普段の様子や神卸市に来てからの2回のメンタルチェックの結果は良好で東京都は不思議に思っている程だ。
 丁度その2回目の結果が返却されており、実はジークは彼女のお目付け役としてその結果を見る事が義務付けられている。
 話題はそんなメンタルチェックの結果に移った。

「こんなに穏やかな生活が送れるなんて思わなかったわ」
「君の移住に協力してくれた人たちに感謝しないとな」
「ええ。カオルさんも今回は断ってくれたし、恩を返さないとね」
「彼女は先日のインタビューでかなり嫌な思いをしただろうし休んで欲しいな」
「あの口から泥でも吐くような内容ね」
「ああ。ユキムラさんを神卸市に移住させる為に必要だったらしい」
「私が言うのは可笑しいけど、何で彼女ばかりなのかしらね」
「そうだな。そう言えば、カオルさんと戦ってみてどうだったんだ?」
「抽象的ね。でもそうね、単純なステータスなら圧倒できるけど、もう戦いたくないわね」
「へぇ?」
「多分、本気に成ったら手段を選ばないと思うのよ」
「それは、誰でもそうじゃないか?」
「ううん、そうじゃなくて、多分、戦って勝てないなら、逃げて大事な人を人質に取るとか、そういう方法にも躊躇しないと思うの」

 ヒルトの指摘にジークも今までのカオルとの会話を思い出し、今までのカオルの功績を加味してみると納得がいった。
 隔離都市計画でも辛口で有名なコメンテーター以上に過激な事も口に出していたのを覚えている。
 それに先日のインタビューでも差別被害者の未帰還者から差別加害者の人類へ歩み寄るような事を言ったのだ。必要と思えば何でも行ってしまうのは想像に難くない。

「一見すると温和で困ったように笑う印象が強いのにな」
「よく言うわよね。『そんな事をするような人に見えなかった』」
「成程、確かにそうだ」

 2人で苦笑し、テレビから流れてくるバラエティを流し見する。

「ダンジョンに挑むまで日も有るわね」
「そうだな。前日は休みにして貰えるらしい」
「英気を養わないとね」
「ああ。買物にでも行くか?」
「……ううん。2人きりが良いわ」
「そうか。なら、そうしよう」

 小さな笑みを交わして、2人だけの穏やかな時間が過ぎて行った。
しおりを挟む

処理中です...