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7章 物理崩壊研究会

第2話 飲み会

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 カオル、三咲の説教大会飲みが決定して次の金曜には約20人が集まっての飲み会が開催された。
 新年度が始まったタイミングという事もあって誰もが集まりに飢えていたのかもしれないが、カオルの知らない学園の教師陣まで参加している。

「よく幹事できたね」
「ちょっと大変過ぎたわ。しかもこっからが本番なのよね」
「お互いに謝る相手が居るのは大変だねぇ」
「まあ、その謝られる人が気まずそうよ」
「はい、フォローしてきます」
「よろしく」

 神卸市にも飲み屋街は有る。
 未帰還者の見た目年齢はあてに成らないので必ず入店時に身分証を提示する必要があり、スマートフォンかカードのどちらかで確認が可能だ。
 幹事の三咲が参加者を確認しながら店内に案内している時に声を掛けたカオルだが、直ぐにヤ・シェーネの元に戻った。

「何か、凄い人数だね」
「20人くらい居るらしいよ」
「すごっ」
「というか、カオルさんに迷惑掛けた人が揃ってるね」
「あの、ヤ・シェーネさん?」
「大丈夫。何もしないわよ」

 小さく笑う姿がむしろ怖いのでカオルは早々に店内に入る為、ヤ・シェーネの背を押した。
 入口で三咲と視線を合わせたがヤ・シェーネは顔を逸らしており三咲にはやはり思うところが有るようだ。
 他にもユキムラも参加している、というよりも呼び出されており気まずそうに手を振っている。

 適当に席に着けばジークがヒルトを連れ立って近くに座り、レミアも寄って来る。
 ユキムラの事情を知っているレミアはニヤニヤと笑みを浮かべておりカオルの居心地の悪さも他の比ではない。
 飲み会が始まり三咲が幹事として参加者に簡単な礼を言ってガルドが乾杯の音頭を取った。
 全員で乾杯を宣言してカオルがビールジョッキの半分を飲んで口を離すとヤ・シェーネが少し驚いた。

「カオルさんがビール飲んでるの初めて見たかも」
「そういえば家では小さいグラスのしか飲まなかったね」
「刑事ドラマのバーみたいに成ってたもんね」
「未帰還者の美男美女だと誰が飲んでも絵に成るよね」
「それを言っちゃったらお終いじゃない?」
「ほらほら、2人だけで話してないで皆とも話しましょうよ」
「あ、ごめんなさい」
「いえいえ~。むしろヤ・シェーネちゃんは謝る必要は無さそうですし」

 2人だけの空間を作っていた2人に割り込んだレミアの言葉でヒルトとユキムラが視線を逸らした。三咲もレミアに手招きされて渋々と寄って来る。

「久しぶりね。ヤ・シェーネちゃん」
「……ええ」
「カオルにいつも変な仕事振ってゴメンなさい」
「……受けるって決めるのはカオルさんなので。私は三咲さんから迷惑掛けられてないですし」
「でもカオルの事を本気で心配してくれてるでしょ。なら、やっぱり謝らないと」
「……はい。カオルさんが頼りに成るのは、私も分かるので、できれば嫌な仕事を押し付けないで貰えれば、嬉しいです」
「ええ、気を付けるわ」

 胸のシコリが取れたのか少し安堵した三咲にヤ・シェーネも態度を軟化させた。
 三咲の立場はヤ・シェーネだって知っている。
カオルとヤ・シェーネを対面で引き合わせたのは三咲なので、ある意味で三咲はヤ・シェーネにとって恩人だ。
 そんな相手といつまでの気まずいのはヤ・シェーネも避けたい。
 だが、レミアが次に視線を向けた相手だけは話が別だ。

「あ~、その、ちゃんと話すのが遅くなってすまない。先日のダンジョンでも世話に成ったが、ユキムラだ」
「ヤ・シェーネです。カオルさんから、頼りに成るって聞いてます」

 思わずユキムラはカオルを困った視線を向けてしまう。
 どう考えてもヤ・シェーネからユキムラへの印象は最悪だ。そんな最悪な相手を褒める事をカオルに言われれば面白くないのは想像に難くない。
 カオルも酷い状況を察して視線だけで謝罪しているが状況が改善する訳では無い。

「ユキムラさんの事情は聞いてますし、今はカオルさんの事を手伝ってくれてるんですよね?」

 先日のダンジョンでは不意の遭遇でユキムラはヤ・シェーネがカオルとの関係を正しく理解していなかった。ヘリコプターの中で見つけた時もカオルがリーダーなので声を掛けた程度の認識だ。

 だが、今は違う。
 カオルとヤ・シェーネが互いを大切している家族のような関係だと知っているし、それまでのカオルの状況もガルドとレミアに聞いた。
 カオルに救われた身としては、カオルの助けに成っているヤ・シェーネにも筋は通しておきたい。

「ああ。カオルには本当に助けられた。今後、カオルを裏切る事はしないし困っていたら全力で力に成ると約束する」
「……お願いします」
「じゃあ、これで美味しく飲めますね!」
「何々? 何か大事な話してた?」
「アンソン、お酒零さないで下さい」
「レミアちゃん、やっぱ俺にだけ冷たくない?」

 まだ少し気まずそうなユキムラとヤ・シェーネだがレミアが強引に話題を転換したところにアンソンが乗って来た。
 どうやら遠目に重い話題だったのは把握していたようだがレミアを見て空気を変えに来たようだ。
 カオルもレミアとアンソンに乗ってヒルトに話題を振ってみる事にした。

「そういえばヒルトさんと最近防衛班で会わなかったね」
「ええ。実は先月から人形遣いとして研究班に協力しているの」
「えっと、良いの?」
「神山市の時とは違うわよ。私から申し出たの」
「へぇ、どうしてまた?」
「カオルさんに触発されて、かしら?」
「ヒルトはカオルさんがダンジョンに来てくれてから、未帰還者が人助けをする方法を模索しているんだ」

補足したジークの言葉で余計に意味が分からずにカオルとヤ・シェーネが首を傾げているとレミアとアンソンは分かったらしく軽く頷いていた。

「色んな活動をする未帰還者が増えれば、三咲さんが仕事を振る人がカオルさん以外にも出て来るって事ですよね」
「何か有ったらカオルさん、次にガルドさんくらいの優先度で話が行ってるっすからね」
「ああ、そういう事だ」

 ジークとヒルトの言葉足らずをレミア、アンソンが補足しやっと意味が分かった面々がヒルトを見れば恥ずかしそうに視線を逸らしファジーネーブルを飲んだ。隣でジークも苦笑しながら適当にコース料理を小皿に取分けている。

「どうぞ」
「ありがとう」
「レミアやアンソンも言ってくれたが、カオルさんにはいつも世話に成っているからな」
「ジーク、口説いてるの?」
「違うぞ」
「ジークさん、ヒルトさんが怖いからその辺は勘弁して」
「む、やってしまったか」
「カオルさんもユキムラさんにやっちゃったけどね」
「あ~、あはは」
「というかヤ・シェーネに私の話題を出さないでくれ。頼むから」
「ゴメンゴメン」

 思わずヤ・シェーネとユキムラが共闘した形に成り気まずさが少しだけ解けカオルも安堵しているとスミレが教師陣の中から出て寄って来た。

「あ、スミレさん」
「こんにちはカオルさん。皆さん、始めましての方も居ますね。カオルさんの学園での隣席でスミレです」
「あ、スミレさんこんにちは、です」
「レミアさんも裁縫サークル以来ね」
「はいです。また良いの作りましょうねっ」
「ええ。神山市で巨人族向けの良いレシピが出来たらしいわ。今度、一緒に作りましょう」
「おっと、ガルドさんたちに朗報ですね」
「スミレさん裁縫サークルだったんですか?」
「カオルさんには言ってませんでしたね。始めたのは神卸市に住み始めてからなんですよ」

 スミレの意外な一面を垣間見てまだまだ知らない事が多いと微笑んでいるカオルだったが、少し居住まいを正したジークとヒルトがガルドを呼んで注目を集めた。

「丁度良いから、聞いて貰えないか」
「ああ、あの話ね」
「三咲?」
「都庁で話したでしょ。ジークさんたちから相談が有るのよ」
「そういえば」
「忘れないでよ」
「ああ、前振りをしていてくれたのか。ありがとう」
「気にしないで下さい。神卸市を良い街にするのも私の勤めですから」
「ありがとう。では、改めて」

 背筋を伸ばしたジークが、神卸市どころか日本の隔離都市で初めての事を口にした。

「俺とヒルト、結婚する」
「ぶっ!?」
「おおっ!」
「マジッ!?」
「ついにか。おめでとう2人とも」

 離れた席の教師陣まで目を見開いて2人に注目する中、言い切ったジークは肩の荷が降りたように大きく息を吐いていた。
 事前に知っていた三咲はともかく、初めて聞いたはずのガルドが穏やかに微笑んでいるのを見て同世代組が羨んだ。
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