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7章 物理崩壊研究会

第16話 被害者

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 蛇人族の死体はモンスターと同様に黒い霧と成って消滅した。
 頭部は胸の半ばまで左右に分かたれ、その傷口から段々に消滅する姿までモンスターと同じだ。

「……モンスター、だなんて言いたくないな」
「なら、何でっ」

 銃剣をホルスターに納めたカオルにアンソンが詰め寄った。
 まだモンスターは2匹居る。三咲が言っていたように早々に倒すべきだ。
 それは分かっていてもアンソンはカオルを優先した。

「相手は、モンスターじゃなかった! 話が通じる相手だった!」
「物理崩壊でこの世界に来た生き物だよ」
「アンタ、知ってたな? NPCまで物理崩壊でこの世界に出るように成ったって、知ってたな!?」
「まぁ、ね」
「どこで!? 何で知った!?」
「富士樹海のダンジョンで。知ってるのは、極一部だよ」
「ヤ・シェーネちゃんと、2人だけの時っすね」
「そう」

 最低限しか答えないカオルに苛立ち、アンソンは残った2匹のモンスターの首を刎ねた。

「三咲さんは、知ってたんすか?」
「ええ。報告は受けてた」
「他には、誰が知ってるんです?」
「神卸市ではガルドさんとヤ・シェーネちゃんだけよ。都庁の職員は、上層部が数人かしら。そこから先は私にも分からない」
「……そっすか」

 溜息を吐いて強引にでも気分を落ち着けようとするアンソンだが、笹貫が蛇人族が消滅した場所を冷たい目で見ているのに気付いた。

……何考えてんのかしら? モンスターが人語話すな、とか?

「笹っちゃん、この部屋、他に何か有る?」
「……何も有りません。こんなふざけた場所に、これ以上何が有っても驚きませんけど」

 三咲に聞かれて周囲を確認して回答した笹貫は奥歯を噛み締め拳を強く握っている。グローブが無ければ爪が掌に食い込んで傷ができていたかもしれない。

……ああ、勘違いだった。この人も、この状況を嫌だって思ってくれてるんだ。

 未帰還者を人間として扱う笹貫は、物理崩壊によって出現した蛇人族が人間の被害者に成る事を良しとできない。
 そんな笹貫の性格を知っている三咲は短く礼を言って、慰めの言葉が思い付かずに3人に退出を促した。

「早く下ろしてあげましょう。あのままじゃ、可愛そうだわ」

 その言葉に3人が頷き、未帰還者の扉を開いた。
 先のモンスター部屋と同様に扉以外に部屋の外の様子を見る事はできないようだ。

 張り付けにされた未帰還者はエルフ族の女で、ダークエルフをイメージしているらしく肌は黒く白銀らしい長い髪は顔の右半分を隠している。
 アンソンが駆け寄って刀で鎖を切断し壁から離したが、立つ体力も無いのか倒れるのを笹貫が受け止めた。

「未帰還者と、人間か?」

 身体に力は入らないが意識はハッキリしているらしく吐き捨てるように三咲と笹貫を見た。
 そんな相手にカオルがまずは声を掛ける。

「助けに来た、って言っても信じて貰えるかな?」
「本気で言ってるのか?」
「ああ」
「ふふ。俺は、アンタを知ってるよ。隔離都市の発案者だろ」
「ゴメン。知るのも、助けに来るのも、遅すぎた」
「そりゃそうだ。もう今がいつなのかも分からないくらい、ずっと馬鹿な事され続けたんだぞ」
「……そうだね」
「俺、あと2ヵ月くらいで死ぬんだってな?」
「そう、らしい」
「奴らは治療する気なんて無い。治療方法を探すとしたら、ま、実験用だろうしな」
「ああ」
「なあ、教えてくれ。隔離都市、成功してんのか?」
「……ああ。隔離都市に居る殆どの未帰還者は、普通に生活してるよ」
「なら、こんな馬鹿な事に成ってんのは、俺だけか? 身体に変な薬何本も注入されて、男なのに、身体女に成って、クソ野郎共に身体好き勝手されて、それは俺だけか?」
「隔離都市に居る未帰還者で、そんな経験してる人は、多分居ない」
「そうかよ」

 カオルに何を言っても意味が無いと理解しているのか、何を言う気も無くなったのか未帰還者は大きく溜息を吐いた。

「俺はどうなる?」
「何も決めてない」
「何だよ、行き当たりバッタリか」
「ああ」
「意外だよ、隔離都市なんて計画立てた英雄様が、そんな無計画だったとは」
「なあアンタは、この後、何したいとか有るっすか?」
「あん?」

 カオルと未帰還者に割り込むようにアンソンが口を挟んだ。
 同じエルフ型のアバターを使って、本来の性別の逆の身体に成った者同士だが状況は決定的に違う。

 アンソンは隔離都市で普通の生活を送り、ダークエルフの未帰還者は拉致されて非人道的な実験の被害者に成った。

 今も口は普通に動くが首を動かすのも苦しいらしい。

「何もねえよ。もう、生きてるのも馬鹿らしい。ああ、そうか。こんな状況を作った奴に、殺して貰うとか? せめて自分が原因に成った今を覚えてて貰うか?」
「させねえよ」
「おいおい、俺は英雄殿に頼んだんだぜ?」
「させねえって」
「……お優しいこって。でもどうすんだよ? 俺、ここから連れ出しても2ヵ月で死ぬらしいぜ?」

 未帰還者は既に生きている事が苦痛に成っている。
 笹貫の手に帰って来る肌の感触は健康そのものだが、意識が有るにも関わらず完璧に力が入っていない。熟睡しているか死体でなければここまで完璧に脱力する事は無い。

「ま、もう好きにしてくれ。言った通り、生きてるのも馬鹿らしいんだ。別に英雄殿でなくても良い。殺してくれるなら、実験されねえなら、何でも良いんだ」

 そう言って未帰還者は目を閉じ、寝息を立て始めた。

「……アンソン君、さっきはああ言ったけど、コイツは連れ出しましょう」
「三咲さん?」
「甘かったわ。カオルとアンソン君の感覚の方が、やっぱり正しかったのね」
「三咲、車でも回してくるの?」
「そうよ。ゴチャゴチャ横槍入れられても知ったこっちゃないわよ。こいつは神卸市に運ぶし、こんな研究所はグチャグチャに壊す」
「爆弾でも使う気?」
「良いわね。笹っちゃん、貸して?」
「使い切りなんです貸せる訳無いでしょう。それと、私の権限じゃ持出しもできませんよ」
「そう。なら簡易基地に戻りましょう。カメラの前でこの研究所の事を暴露してマスコミをここに大挙させましょう」
「ちょっと先輩!?」
「良いじゃない。こんな馬鹿な施設、2度と作れないように世界中に日本人が馬鹿だって示してやるわ」
「三咲、スポンサーが日本の組織か分からないよ。まずはノートPC解析からだ」
「そんな悠長な事してられないって言ってんのよ!」
「無差別攻撃はするなって言ってるんだ!」

 珍しく声を荒げた2人だが、アンソンも笹貫もどちらの言い分も分かる。

「この研究所を壊すのは賛成だよ。この後、培養槽の部屋もこの地下施設も全部、ぶっ壊そうとも思う。この人を神卸市に運ぶのも止めない。でも無差別は無しだ」
「何でアンタはこんな時に冷静でいられるのよ!?」
「冷静なら施設を壊そうなんて言ってないんだよ!」

 今まで聞いてきたカオルの声よりも数段低い声だった。
 表情からも目からも感情は読み取れない。むしろ感情が削ぎ落ちたと感じる程度に作り物めいた無表情だ。
 三咲は大きく溜息を吐き、数秒考えてから口を開いた。

「……笹っちゃん、山道で怪我したって言えば自衛隊の車、ここまで回せるかしら?」
「え、えっと……はい。その理由なら大丈夫です」
「なら簡易基地までの移動は行けるわね。次は簡易基地からの移動か」
「三咲さん、本当に、コイツを?」
「ええ。カオルに殺させる訳にはいかなし、殺してくれなんて言わせる訳にもいかない」
「……そっすか」
「施設の破壊については2人に任せるわ。私は、車が来るまで頭を冷やす」

 それだけ言って三咲は牢屋を出て、PCの前に置かれた椅子に乱暴に腰を下ろした。
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