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7章 物理崩壊研究会

第15話 遭遇

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 気絶させられる事が無かった3人の研究員は素直にロッカーから身分証を出した。
 カオル、三咲、笹貫がそれぞれスマートフォンで本人の顔も含めて写真に残す。
 気絶した2人分のロッカーはアンソンが物理的に破壊して中身を漁った。同様に身分証と顔写真を撮影して記録する。

 所長用のロッカーは無く、ノートPCも起動時の暗証番号が分からないので本体を持ち帰る事にした。
 研究員の手を後手に笹貫のインシュロックで縛り、戦闘員は調べても身分を隠す為に身分証をこの研究所に持ち込んでいない事が分かるだけだった。

「まあ、最後はあの部屋っすよね」

 ダンジョンにずっと入らないのも怪しまれるので4人は調査もそこそこに牢屋が有るらしい最奥の部屋に向かった。

「アンソン君はモンスターを殺してよ。人間が抑えておけるなら三咲と笹貫さんも今後の参考に成るでしょ」
「……モンスターを、殺してよ、っすか」
「うん?」
「被害者、殺すつもりなんすか?」
「へ、アンソン君? いやいや、カオルは被害者を連れて来るだけでしょ?」
「そうすか? 俺なら、カオルさんに殺して欲しいって頼むと思いますよ。んでカオルさんなら、そのお願い、聞いちゃうんじゃないですか?」

 アンソンの指摘に三咲はカオルを見た。
 どこか感情の読めない微笑みを浮かべているが、静かに首を横に振った。

「そんな訳無いじゃない。考え過ぎだってアンソン君」
「なら、三咲さんが一緒に行っても良いっすよね? 笹貫さんなら自衛官だし分かりますけど、三咲さんがモンスターの殺し方知る必要、無いっすよね?」
「三咲の仕事を考えれば今後モンスターから自衛する必要は有るんじゃないかな?」
「ムカつく。そんな言い訳で説得できると思われてたんすか」

 最奥の扉に向かう廊下で、アンソンがカオルの肩を掴んで壁に押し飛ばした。
 壁に当たる前に踏み止まったカオルだが、真後ろは壁で顔の横にアンソンが手を叩き付けた。

「飲み会で最初にヤ・シェーネちゃん周りが暗かったの、分かります。アンタが自分を大事にしてれば、あんな近付き辛い空気に成ってなかったんだ」
「口調、怖いよ?」
「言ったでしょ。ムカついてるって」
「そうだったね。で、どうするのかな?」
「殺して欲しいって言われたら、俺がやります」
「それは駄目」
「なら隔離都市に連れて行きましょうよ。死ぬにしても、せめて病院とかに運ぶのが筋じゃないすか」
「どうやって連れて行くのさ。自衛隊の車、使えないよ」
「笹貫さん」
「ごめんなさい。カオルさんの言う通り、ここに自衛隊の車は回せないし、回せても未帰還者を隔離都市に運ぶ事はできません」
「三咲さん!」
「……ゴメン」

 自衛隊の車は流石に目立つし、三咲も今日は自衛隊と未帰還者に同行する身で車を持って来ていない。
 被害者を明日まで待たせるような悠長な事はアンソンにはできなかった。

「ま、とにかく牢屋を見てみない?」
「……分かったっすよ」

 これ以上の問答は無駄だというのはアンソンも同意見だ。
 室内の被害者を刺激しないようにカオルは音を隠さず、しかし荒っぽくならないように注意して扉を開けた。

 室内には大きなPC、モニターが並び分厚いガラス窓の奥に3つの部屋が並んでいる。
 1つは培養槽のような機材が3つ並んだ大きな部屋。
 1つは複数のモンスターが鎖に繋がれ捕獲された部屋。
 1つは未帰還者らしき裸の美女が壁に貼り付けにされた牢屋。

「……カオルさん、1人で行くとか言いませんよね」
「ま、あれだけ怒られたらね。モンスター、殺して良いよね?」
「問題無いわ。捕獲しろなんて言わない。例えモンスター相手でも、こんな馬鹿な事は許しておけない」

 三咲が苛立ってモンスターの部屋の前に立つ。このまま扉を衝動的に開けたいが、もしモンスターたちが自由に成っていれば自分は足手纏いに成る。
 扉に手を掛け、半身を壁に隠すように移動してカオルとアンソンに目配せした。

 意図を察したカオルとアンソンが武器を構えディフェンダーのカオルが前に立つ。
 片手の指で3を示した三咲が指の本数を減らす。
 3カウントの意味はカオルも察しカウントに合わせて腰を緩く落とし、0と同時に扉が開きカオルが室内に先行した。

 手前の部屋のガラス窓はマジックミラーらしく部屋の外の状況は扉からでないと分からないように成っているようだ。

「……警戒し過ぎたね」
「なら、もう終わらせてあげて」
「了解」
「アタッカーの俺の方が適任でしょ」

 続いて入室したアンソンがモンスターを見た。
 研究資料に有ったように3体ともゲーム内では見た事も無い異常な姿をしている。

 巨大な虎を思わせるモンスターには本来無かった大鷲の翼が生え、左後ろ足は植物系モンスターのような蔦の集合体が継接ぎされていた。
 小鬼のゴブリンは本来の腕が虎と同様に手足が蔦の集合体に成っており、頭頂部から大鷲の羽が毛髪のように埋め込まれている。

 そして、最後の1体は厳密にはモンスターではなかった。

「シュルル。人間、か?」

 蛇の下半身と鱗に覆われた人間の上半身を持ち、頭部は蛇の中でもコブラのような横広の皮膚を持ち人間らしさは無い。ゲーム内では蛇人族と呼ばれモンスターとしてもNPCとして登場する剣闘士のスキルを多用し、彼らの集落では剣闘士のサブクエストも豊富だった。

 モンスターであれば躊躇い無く殺せるアンソンだが、流石に人間の言葉で話し掛けられては手が鈍る。刀を持つ手に力が入らず、目は緊張から何度も瞬きを繰り返した。
 そんな敵とも言い切れない蛇人族は、本来は存在しない大鷲の鉤爪が尻尾に継接ぎされており、未帰還者と同様に鎖で壁に貼り付けにされている。

「研究、とか言った、馬鹿な所業も、終わりか?」
「研究員たちは全員捕縛してきた。同族がした事、すまない」

 蛇人族に特有のシュルルという呼吸音も弱々しく、息をするのも辛いようだ。
 そんな相手にカオルは何の躊躇いも焦りも無く蛇人族と会話を始めた。

「はっ。俺は、恨む相手を、間違えない」
「だとしても、同族がやった悪さに罪悪感は覚えるよ」
「自己、満足だな」
「そうだよ。今なら、大概の願いを聞くよ」
「なら、戦え。加減、は、するな」
「……分かった」

 他の3人が静止する事もできない中、カオルは銃剣で蛇人族を拘束していた鎖を破壊し、蛇人族が床に倒れてから立ち上がるのを待った。
 大鷲の鉤爪は多少動かせるようで両手と共に身体を持ち上げ、何とか尻尾と鉤爪で床を掴んで上半身を起こす。

「武器は出せる?」
「シュルル。無い。だが、非力な人、間と違い、俺にはこれが、有る」

 両手の爪と、鋭い牙を指差して見せた。
 肩で呼吸をしながら尻尾を丸めて身体を屈ませる。

 それに合わせてカオルも腰を落として銃剣を構えた。

 蛇人族はゲーム内で高レベルでもレベル60。
 この蛇人族が同じかカオルには判断ができなかったが、人類の被害者に加減をするなと言われれば断れない。
 小さく笑みを浮かべた蛇人族は、低く喉を鳴らし、殆ど身体を倒すように尻尾を思い切り跳ねさせた。

 戦闘については素人の三咲でも、遅いと感じる突進。
 両手を可能な限り大きく振り被り、カオルの左肩を狙い牙を開く。
 その踏み込みに対し、カオルは三咲が目で追えない程の速度で踏み込み、正面から銃剣を振り下ろした。
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