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7章 物理崩壊研究会

第14話 尋問

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 研究員の呻き声だけが聞こえる室内で溜息を吐いたカオルが三咲に視線を向けた。

「戦闘員、両手を後ろで縛って拘束できる?」
「バンドが有ります」
「ん。よろしく」

 三咲ではなく笹貫がポケットからインシュロックを取り出し、三咲と手分けして戦闘員たちの両手を背中側で縛り付けて拘束する。3人とも気絶している為、動かすのに三咲は苦労したが笹貫は手早く拘束して三咲を手伝い拘束を完了する。
 その間にカオルは踏み付けにしている研究員に質問を始めた。

「中間報告書って有ったけど、アレは最新の状況か?」
「ち、違う」
「なら今はどうなってる?」
「……」
「黙ってるなら潰して別の人に聞くだけだ」
「わ、分かった、言う!」
「言い淀むな。早く言え。次に3秒以上沈黙したら潰す」

 言いながらカオルは足に力を込め、研究員の左肩から骨が軋む音が鳴る。
 呻き声を上げる研究員だが同時にカオルの本気を理解して質問に答えた。

「彼女にモンスターの血液を注入して、変化が有るか確かめている」
「結果は?」
「まだ経過確認中だ」
「その経過は?」
「拒絶反応が出てる。免疫不全だっ」
「捕獲されてるのはこの奥の扉か?」
「そうだ。奥が、牢屋みたいに成っている」
「免疫不全を治す見込みは?」
「分からない! 本当に、まだ経過観察しているから分からないんだ!」
「免疫不全の治療の研究は始めていない、という事か?」
「そうだ」

 足に込める力に強弱を付けるカオルだが、これは狙っている訳では無くただ片足立ちの姿勢なので不安定なだけだ。本気で力を込めれば肩を粉砕してしまうので加減が難しい。

「彼女と言ったが、未帰還者は女か?」
「物理崩壊前は男だったらしい」
「これまでの研究内容は肉体構造の確認、血液の注入だけか?」
「ち、違う」
「何をした? 第4回中間報告書の冒頭には薬物の投入しか書いていないぞ」
「その、女性の、身体機能の確認、をした」
「レイプでもしたか?」
「ち、違うっ! 体外受精の研究だ!」

 質問する段階から自然と足に力が籠るカオルだが、戦闘員の捕縛を終えて研究員たちへ銃を向ける三咲にPCを見るように視線と手振りで示した。
 第4回中間報告書はまだ作成途中のようだが、数ページで生殖機能についての項目が始まった。

 未帰還者の生殖機能確認が始まったのは11月の話らしく、薬品で排卵を促し11月末に未帰還者の卵子を研究員が回収したらしい。複数回収された卵子には人間の精子だけでなくこの研究所で使用できる他の動物の精子、モンスターの精液と思われる体液まで使っているようだ。

 更に複数の薬品の副作用で免疫不全が深刻化しており未帰還者の寿命はあと2ヵ月程度の見込みと書かれている。

「どうやってここに連れ込んだ?」
「か、隔離都市に移動させる時に睡眠薬を飲ませたと聞いている」
「拘束し続けている方法は?」
「拘束器具に、筋肉の活動を阻害する薬品が入っている。それが定期的に非検体へ、注入されるっ、ように成っている」

 未帰還者を非検体と呼んだ事に思わず力が入ったカオルだが、緩める理由も無い。
苛立ちから足に力を込めてみれば何かが砕ける音がして研究員が悲鳴を上げた。

「し、質問には答えたはずだ!」
「内容が気に入らなかった。クソ野郎の腕1本くらい壊して気分を晴らしたかった」

……完全に八つ当たりね。ま、女の身としてはまだ温いと思うけど。

 聞けば聞く程に気分の悪くなる話にアンソンが扉の方を見たまま唇を噛んだ。
 今の拘束方法を聞く限り、この研究所の被害者には誰でも成り得た。被害者の選定に余程の理由が無い限りアンソンが被害者に成っていた可能性も有る。

「研究対象が選ばれた理由は?」
「た、偶々だ。女性の未帰還者で、隔離都市への移住の車で、息の掛かったドライバーやスタッフに当たったのが、彼女だった」
「女性未帰還者を狙ったのか。クソ野郎だな」
「男性未帰還者では繁殖の研究がし辛かったんだっ」
「そもそも合意も無く研究するなよ。科学の発展の為とか言ったら、日本の存続の為に手足切り落とすぞ」
「ど、どういう事だ?」

 馬鹿を相手にしなければならない苛立ちにカオルは溜息を隠さなかった。

「この研究所の存在を公にすれば国内の未帰還者は人間を守らなく成るだろう。いずれは人間と未帰還者の間で戦争が起きて、仮に人間が勝ってもモンスターやダンジョンに対抗する手段を失って日本は最悪無くなるかもな」
「そ、そんな事には」
「成らないと思うか?」

 研究員もカオルの言葉を聞いて直ぐに状況が想像できた。
 カオルの畳みかける指摘に言い逃れもできず、力無く顔を横に数回振って項垂れた。

「捕えている未帰還者を治療できる見込みは?」
「わ、分からない」
「試してないから、だったな。試せ」
「無理だ!」
「何故?」
「その、えっと」
「3秒ルール、忘れるな」
「言えないんだ!」
「スポンサーに身内を人質にでも取られてるか? 死ねよ全員」
「お、俺だってこんな」
「研究したくなかったって? 知らねえよ」
「はっ、はははっ! 散々俺たちの事を外道のように言うが、お前だって同じじゃないか!」
「最初から人間らしさを気取る気なんて無い。人を人として扱わないんだ、自分も同じ目に遭っても自業自得だろ」

 足に力を込め、骨だけでなく肉が潰れる生々しい音が小さく鳴る。
 その音に一拍遅れ研究員が絶叫した。左肩が完全に潰れ血が噴き出して砕けた骨が体外に露出している。人体模型でしか見ないような筋繊維は血で分からないが骨の周囲で露出しているだろう。

「ああああっ! ぐあああぁ、あっ!?」

 耳障りな絶叫を聞くのが不愉快でカオルは足を離してコメカミを蹴り飛ばして研究員を気絶させた。
 研究員は元々5人居る。まだ4人も居るのだ、カオルは手近な研究員の襟首を掴んで机に顔面から引き倒した。

「何か、手慣れてない?」
「心外だ。こんな暴力的な手段、初めてだよ」
「返り血浴びて言われても説得力無いんだけど」

 カオルの右足やコートの端には左肩を潰された研究員の返り血が付着している。
 ただでさえ返り血を浴びているのに三咲に笑顔を向ける姿が更に猟奇的な見た目に拍車を掛けている。
 その見た目のせいか研究員たちから反抗的な空気が消えた。

「ここの戦闘員は何だ?」
「ス、スポンサーが派遣してきた」
「スポンサーの名前は?」
「わ、分からないんだ。所長は知ってるはずだが、俺たちは知らないんだ!」
「話した感想は?」
「話す事も禁止されてたんだ! あいつ等も、こんな時の事を想定してか俺たちの前じゃ最低限の会話しかしないし、基本はハンドサインばかりだったんだ!」
「成程。所長は?」
「今日は居ない」
「所長のPCとか執務室的な場所は?」
「と、隣部屋だ」
「モンスターを連れてきたり拘束したのは?」
「あの戦闘員たちだ」
「へぇ。拘束は未帰還者と同じ麻酔でも使ったか?」
「そうだ」
「モンスターは何体居る?」
「さ、3体だ」
「殺した個体も居るんじゃないか?」
「そ、そうだ。最初は5体居た」
「どうやって殺した?」
「か、身体を切断した時に出血死らしいのが1体、その結果を基に、どこまで身体を欠損すれば死亡するかの研究の為に1体を、切った」
「どうやって切った?」
「モンスターは、レベルが低いモノだったから、ノコギリで切れたんだ」

 ただの知的好奇心で生き物をノコギリで切り殺せる精神がカオルには理解できないが聞き流す。何故そんな事ができるか、答えを聞いても許容できる気はしなかった。
 ただ反射的に多少の嫌味が口から出た。

「クソ野郎。この研究所は破壊か公表か、これから判断する。お前らの身分証を渡して貰う」
「な、渡せるか!」

 反抗された瞬間、カオルは研究員の髪を掴み上げ机に頭部を叩き付けた。
 未帰還者の怪力で机に叩き付けられた研究員の鼻と頬骨が折れ鼻血が机に吹き出す。そのショックで気絶した研究員を机から笹貫に向けて投げ放った。

「ボディチェックして。ロッカーの鍵とか財布とか有れば後で使える」

 カオルの指示に無言で頷いた笹貫が研究員のボディチェックを始めた。うつ伏せなのでまずは尻ポケット、引っ繰り返して白衣の内ポケットや胸ポケットを探していく。

「スマホは有りました。名札や財布、鍵なんかは持ってないみたいです」
「ロ、ロッカーは暗証番号式なんだ! だから、俺たちが直接鍵や財布を持つ必要は無いんだ」
「ならロッカーを開けろ」

 残った3人の内、カオルに最も近い者が暴力を振るわれる前に身分証に成る物を持っていない理由を白状した。
 ただそれではカオルの言った通り開けさせれば良いだけだ。
 カオルの視線に目が泳いだ研究員だが、考える時間など与えるはずが無い。

「ロッカーに案内して開けろ。3秒以内に頷け。でなきゃ1秒毎に指の骨を折る」
「そ、そんなっ!?」
「ロッカーは物理的に壊す事もできる。それに、捕まってる未帰還者は2ヵ月で死ぬのに、お前らはまだ死なないんだ。自分で開かせるのは温情だと思って欲しいな」
「社会的に殺す気だろ!?」
「そうだ。ああ、自殺するなら止めない。好きにしろ。全部公表して世論も悪の研究員だったって誘導してやる。隔離都市を作る時より簡単そうだ」

 既にカオルには実績が有る。
 研究員もそれが分かっているから、俯いて頷くしかなかった。
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