その乙女、天界の花園より零れ墜ちし者なれば ~お昼寝好き天女は、眠気をこらえながら星彩の柄杓で悪しき種を天の庭へ返す~

國居

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四粒目 結縁花 ~『恋は思案の外』の巻~

その一 こらこら、お嬢ちゃんたち、大人をからかっちゃいけません!

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 県城・鐘陽チョンヤン――久しぶりに、大きな町にやってきた。
 船で河を下り、街道を歩き、最後は再び船に乗って寿春湖を渡り、ようやくここまでたどり着いた。
 ここは、温暖な気候で、ほぼ一年中、町に花が絶えないことから、「百花の都」とも呼ばれている。
 地図によれば、この町のどこかに、種核が落ちたはずなのだけど――。

 船着き場の広場には、花売りの少女たちがたくさん集まってきていて、船から下りてくる、旅先で財布の紐が緩みがちな男の人たちに、小さな花束を買ってもらっていた。
 花束は、男の人たちが、この後繰り込む妓楼や娼館の妓女たちへの手土産になるらしい。
 経験豊富(?)なシャ先生によれば、人気のある妓女の私室には、客たちの競争心をあおるかのように、たくさんの豪華な花束が飾られているそうだ。

 思阿シアさんのところにも、次々と女の子が近づいてきた。

「お兄さん、いい男だね! あたいの好みだから、安くしておくよ!」
「もし買ってくれたら、あたしの姉さんが働いている妓楼に案内してやるよ!」

 十にも満たないような女の子たちが、色っぽい目線を送りながら思阿さんにまとわりつく。
 思阿さんは、幼い女の子を邪慳じゃけんに扱うことが心苦しいのか、困った顔で曖昧な返事をしている。けっして、女の子を追い払ったりしない。
 思阿さんに関わっている間に、この子たちは、上客を逃がしてしまっているかもしれない。
 それって、かえって花売りの商売の邪魔をしていることになりませんか、思阿さん?

 わたしは、年長者の余裕をもって、女の子たちをいさめることにした。

「あなたたち! この人はね、わたしの用心棒なので、わたしから離れて妓楼に遊びに行ったりはしません! だから、花束もいらないのです! もっと、見込みのありそうな客を探しなさい!」
「何だよ、偉そうに! ちんちくりんは黙ってな!」
「そうだよ! ね、お兄さん、こんなちんちくりんは放っておいても大丈夫だから、あたしと一緒に妓楼に行こうよ! 夢のような時間が過ごせるよ!」

 えっ?! 何よ?! ちんちくりんって……、それって、わたしのこと?!

 呆然としたわたしを置いて、思阿さんは、女の子たちを連れて屋台の方へ行ってしまった。
 くっついていった四人の女の子に、一人一個ずつ饅頭を買ってあげていた。
 そして、女の子たちが、嬉しそうにお礼を言って、ほかの客の所へ散っていくと、ようやくわたしの所へ戻ってきた。温かそうな饅頭を一つ持って――。

「はい! 深緑シェンリュさんの分ですよ! そろそろ、お腹が鳴り始める頃合いですよね?」

 差し出された饅頭に手を伸ばしかけて、ちょっとためらう。
 これじゃ、あの子たちと同じだわ。わたしも、お子ちゃまの仲間だって、自分で認めることになってしまわないかしら?
 ここは、ぐっと我慢をして――。

「ありがとうございます。でも、いりません。饅頭で大喜びするような年でもないので――」
「そうですか……。それは、残念です。これ、とても美味しいみたいですよ。蓮の実の餡がたっぷり入っていましたから――」
「えっ?! 蓮の実の餡がたっぷり?! あっ……」

 ―― グルギュルグル……ギュルウウウーンッ……。

 思阿さんが、満足そうに笑って、もう一度饅頭を差し出した。
 もう、お子ちゃまでもいいです。
 ちんちくりんでかまいません。
 喜んで饅頭をいただきます!

 わたしは、饅頭を手に取り、かぶりついた。
 蓮の実の甘い餡が、口いっぱいに広がって思わず微笑んでしまう。
 そんな、ちょっとお行儀の悪いわたしを、思阿さんが優しく見つめている。
 何だろう? なぜだろう? とっても、幸せな気持ちになってしまった――。

 ……そうか! この饅頭が、あまりにも美味しいから――、そうですよね、思阿さん!

 ◇ ◇ ◇

 船着き場近くの茶館で軽く休憩をとった後、茶館の主人に、女神廟があつまっている場所を教えてもらい、わたしたちは、そちらに向かって歩き出した。
 まだ、日は高いので、少し商売に励むつもりだ。

 紅姫廟ホンチェンびょうで腰掛けや小さな卓を借りて、門前で薬水屋を開かせてもらう。
 廟にお参りに来る人は、体のどこかに痛みを抱えていることが多いので、薬水屋があれば、声をかけてみようということになる。
 ここには、お守りや膏薬や練り香など、参拝客を狙った様々な物売りが集っている。

 「この頃、頭痛に悩まされている」というご婦人に、盃に快癒水をひと垂らしして、おすすめしていたところ、遠くから大きな叫び声が聞こえてきた。

「誰かあーっ! そいつをつかまえてくれーっ! 花泥棒だーっ!」

 門前を行き交う参拝客たちの間をすり抜けるようにして、一人の少年が走ってくる。
 手には、白っぽい花がついた枝を握っている。
 わたしの隣で、ご老人の繰り言を聞いていた思阿さんが、ご老人に断ってその場を離れると、素早く道の真ん中へ出た。

「どけ、どけーっ! 邪魔すんなーっ!」

 少年は、思阿さんが声を聞いて避けてくれると思ったのか、彼に体当たりをするように、速度も緩めず近づいてきた。
 「ぶつかる!」と思った瞬間、思阿さんはすっと身を沈めて、少年の体を抱え上げ肩に担いでしまった。
 少年は、悪口雑言を吐き散らし、足や手をばたつかせていたが、思阿さんが、腰の環首刀をすらりと抜き放つのを見ると、「ひあっ!」と言って気を失ってしまった。

 少年を追いかけていた男の人が、肩で息をしながら、ようやく門前にたどり着いた。
 男の人は、右手に環首刀を持ち、左肩に少年を担いだ仔空さんを見ると、急におびえた顔になり命乞いを始めた。

「だ、だんな、そ、そいつをつかまえてくれて、あ、ありがとうございます……。そ、そいつは、花泥棒ではありますが……、ま、まだ、子どもですし、まあ、ちっとお灸を据える程度で……、許しても良いかと……。すみません! 命までは、どうか、とらねえでやってください!」

 思阿さんは、環首刀を鞘に戻すと、平伏する男の人の前に少年をそっと下ろした。
 顔には苦笑いを浮かべている。
 生意気な少年を、少しばかり脅かしただけのようだ。いつもながら、やり過ぎですけどね……。
 男の人は、ホッとした顔になり、少年が道に落とした花の枝を拾い上げた。
 そして、先ほどとは打って変わった優しい声音で、少年を起こしにかかった。

「おい、おきろよ、凱利カイリー! まったく、妙な噂を信じて、薔薇を盗みやがって――。『贈った相手に真実の愛が芽生える花』なんぞ、あるわけないだろうに――」

 えっ?! 今、何か聞き捨てならないことをおっしゃいましたね!
 「贈った相手に真実の愛が芽生える花」ですって?
 それって、かなり妖しい代物ですよね?
 もしかして、わたしが探しているものに関係があるのではないかしら――。

 わたしは、「頭痛が治まったわ!」と喜ぶご婦人をそこに残し、快癒水の瓶と盃を手に少年――凱利のそばに行った。
 凱利を抱えて揺り起こそうとしていた男の人が、訝しげな目つきでわたしを見た。

「旅の薬売りの深緑と申します。気付け薬代わりに、わたしの薬水を飲ませましょう。わたしの用心棒の思阿どのが、少し脅かしすぎてしまったようですから、そのお詫びです」

 わたしはそう言って、盃に注いだ快癒水を凱利に飲ませた。

「……ミ、明涛ミンタオ姉さん……、お、おいらが、必ず……、手に入れて……」

 そう呟いた後、凱利はゆっくりと目を開いた。
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