ガーディストベルセルク

ぱとり乙人

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氷雅姫(ひょうがき)、到来

パワーアップル大作戦!開始!②

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 作戦の内容が変更されてからは、さしずめ地獄と言っても過言ではない日々が続いた。
 どのような内容かは以下の通りである。
 1.まず姉さんを椅子に縛り付けます。
 2.林檎を用意します。
 3.姉さんに向かって投げます。
 はい、以上です。そして異常です。
 確かに日頃の憂さ晴らしになるかとも思って最初のうちは全力で投げていましたよ?
 顔面は勿論、鳩尾とか脛とかとにかく当たって痛くなるか、後々から体に違和感が出てきそうな箇所を狙っていましたとも。……結果どうなったか。
『はぐぅっ!乱ちゃん!もっとよ!?私達の愛はこんなもんじゃないわ!』
『あぁんっ♡そんな胸ばっかり狙ってダメよぉん!後でベッドの上でしっかり相手するからぁんっ!』
『あぁっ!!ソコ!ソコよ乱ちゃん!!もっとキテェん!!』
 弟に林檎を投げつけられてがる姉の姿を延々と見続ける事になった訳である。
 最初のうちは僕の方も罵倒をし続けながら黙らそうとしたのですが、何をしても黙るどころかエスカレートしていく姉さんに先に心が折れて、今では無表情で姉さんに林檎をぶつけるだけのピッチングマシーンと化してしまいました。
 母さんもこれに関しては打つ手なしという事で『耐えてください』との一言のみ。
 僕の力で余計な怪我人を出さない為にも、この訓練は必要不可欠なのは理解している。
 だからこそ一度だけ『包丁かナイフを投げてもいい?』と提案はしてみた。結果は虚しく林檎のままで訓練は続いた。そして、突然にその訓練にも試験が訪れる。
「乱さん、一度訓練を止めてください。」
「ハイ。」
 僕は握っていた林檎を離して、母さんに近寄った。
「ええー?もう終わり―?」
「桜子。ちょっと静かにして。……乱さん、大分訓練には慣れてきたようですね?」
「ハイ。ボク、ネエサンニ、リンゴ、ナゲル。ジョウズ。」
 完全に頭がイカレ始めてきていたのか、壊れかけのロボットのような返答になってしまっていた。
「そろそろ訓練の成果を見てみたいです。乱さん、私に向かって桜子と同じ要領で林檎を投げてください。」
「ハイ。……え!?」
 母さんの言葉を聞いてようやく正気を取り戻した。母さんに向かって投げろ?
「そんな事出来る訳ないじゃないか!?意味わからないよ!?アレに向かって投げる訓練でしょ!?」
 勢いよくビッと椅子に縛り付けられている姉さんの方を指差す。と、同時に何故か生暖かいヌメリのある感触が差した指を覆った。なんだろう?この感触どこかで……。
「って何やっとんじゃい貴様はぁぁぁーーーーーッ!?」
 何故か縛り付けられている椅子から脱出して僕の指をチュパチュパと咥えていた姉さんの顔を思い切り拳でぶん殴る。華麗に姉さんの体は吹っ飛んで部屋の壁に激突。そのまま壁を爆音と共に破壊しながら外へと放り出されていった。
「ママ?一体どういう事?夫婦の営みの邪魔をするなんて下賤な真似しないでもらえる?」
 おい。なんでお前の声が後ろから聞こえてくる?あとこれが夫婦の営みだとしたら国内どころか世界中の林檎が無くなって価格高騰と共に林檎を使った料理が無くなる世界になるだろうが。
 いやそんな事はどうでもいいわ!クソ!
「いつまででもあなた相手に投げていても仕方ないでしょう?これは『他人に危害を加えないようにガイストの出力を調整する』訓練なのですよ。あなた以外の時でも使えないと無意味なのよ。」
 あ。言われてみれば確かに。コイツのせいで目的を完全に忘れかけていたわ。
「あ、そう言えばそうだったわね。じゃあ乱ちゃん。ママに向かって投げてみてよ。」
「わかったよ。……あと姉さんは椅子に戻って。」
 ウィンクをしながら姉さんは椅子にちょこんと座った。スッと座れねぇのか。
「では乱さん。林檎を握って投げてください。」
「う、うん。」
 いけない。急にとんでもなく緊張してきた。万が一もないけど、母さんにもしもの事があったら……。
「乱さん、大丈夫ですよ。桜子に投げているように投げつけてください。どこに投げても構いませんよ。」
 ……億が一も無いか。
 僕は首を一度縦に振り、林檎を握り締めて構える。狙うは受け止めやすい体の中心部。ガイストを開放して、渾身にして最小限の一投を繰り出した。
 紅い弾丸が母さんを目がけて一直線に向かっていく。そして母さんに当たる瞬間に失速してぽとりと母さんの目の前に落ちた。何故だかは皆さまお分かりの通りである。林檎の氷漬けが出来上がっていたからである。でも……でもでもでも!!
「よっしゃ!成功!!」
 思わずガッツポーズをとってしまった。これで少しは誰かを傷つける危険性は低くなる。
「……もう少しですね。」
「へ?」
 母さん、今ガッツポーズ取った後なんですが……失敗でした?
「三分の二程原型を保てていますね。……ふむ。」
 よくよく氷漬けになった林檎を見てみると、林檎は完全な形ではなく多少崩れていて固まっていた。なんというか……凄い中途半端感。
 それを見て少し考え込む母さん。どうやらもう少し訓練は続けなければならないようだ。
「……うん。大丈夫でしょう。凡そ二割程度の力まで制御出来ているようですし。これくらいなら問題はなさそうです。」
 そうとも限らなかった。
「本当に?怪我とか負わせたりしない?」
 出来れば完全な状態で学園生活を送りたいと願う僕ではあるが、母さんは一人でうんうんと頷きながら答えた。
「多分大丈夫です。このくらいであればBクラス程度の相手になら一切怪我を負わせる事はないでしょう。」
「それ以下は?」
「骨折させるくらいですね。」
 母さーん。それってOK出していいレベルなのー?
「何にせよ、訓練はこれで終了って事かしら?ママ?」
「えぇ。『パワーアップル大作戦!』、見事ミッションコンプリートです。頑張りましたね、乱さん。」
 いや、なんて言えばいいの?その……んー。
「……なんか達成感が湧かないだけどなぁ。」
「勿論の事、個人的に練習は続けてください。更に細かな調整が効くようになれば、尚の事良いですから。」
「じゃあその時はまた私を縛り付けてね?乱ちゃん?」
「いや、もう母さんに対して無事に投げられたんだから自分一人で何とかするよ。」
 これ以上関わり合いたくないし。本音はそれだけ。
「……ではこれにて臨時教師の役目は終了ですね。」
「……え!?母さんもういなくなるの!?」
「当然です。私も業務に無理を言って来ているのですから。しばらくはガーディストの仕事で忙しいのです。」
 非常事態宣言、発令。
 ここで母さんがいなくなるって事はどういう事か。
「あ、ママ。男の子と女の子なら最初はどっちがいい?」
 ほらね。この色欲シスターモンスターがついに暴れ出す訳だ。
 一気に血の気が引いて鳥肌が立つ。ヤヴァイ。
 この女のいるモンスターボックスで学園生活は再開するという訳か。
「どちらも好きですが、乱さんはしばらく自宅から通学させる予定ですよ。」
「えー。昔みたいに自宅をホームステイ先にすればいいじゃん。それに一々通う方が面倒くさいでしょ?」
 本来であるならな?そりゃ自宅で通うよりか寮生活の方が楽だよ。問題があるから自宅から通いたいって言ってんの。それでその原因はお前。
「ホームステイ先に選ばれた場合ならその時は仕方ありませんが、原則として通学という形が一番安全です。理由は分かっているでしょう。」
 流石母さん、話が分かる。それにしてもホームステイか。確かに昔来てくれた子はいたよな。イギリス出身の……名前なんだっけ?
「ちぇ。まぁでも退学出来ないのであればチャンスはいくらでもあるし、それにホームステイの人がきたら……ムフフ♡」
 口元の両端から涎を垂らす姉さん。腹を空かせた肉食獣か何かかお前は。
「とにかくしばらくは通学という形を取らせます。そして乱さんはこの一年を何事も無く過ごせるように努めて下さい。毒島や蔭原も含め、関係者には私の方から手を回しておきます。いいですか?くれぐれも能力の過度な使用は控えてください。」
「勿論だよ。」
 この学園では消極的に立ち回るようにせねば。僕の将来が廃人になるような事があってはならない。無難に人生を全うする。これぞ我がモットー。
「あ、そうそう。一応学外での能力使用は厳禁なんだけど、緊急時ややむを得ない場合に限っては使用してもいいからね?個人の判断になっちゃうけど。でももしそんな緊急時に学外であったら直ぐに私に連絡頂戴よ?お姉ちゃんが危害加えてきたゴミムシぶち殺してあげるから。」
「う……うん。わかった、ありがとう。でも殺さなくてもいいよ……。」
 流石に多少は心配してくれているのだから礼は言っておかねば。
「あと夜も寂しくなったら連絡してね?すぐにお風呂入って準備してから行くから。」
「しねーよ。」
 ちょっと気を遣った事を言ったと思ったらすぐこれだ。
「話は纏まりましたね。……それでは乱さんは今日は先に帰宅していて下さい。私は各々方に話をしてきますから。桜子も今日は戻って大丈夫ですよ。」
「はぁーい。じゃあ乱ちゃん、また明日ねー。」
 ひらひらと僕に手を振りながら踵を返して部屋から姉さんは出ていった。
「じゃあ母さん、僕も先に家に帰るね。」
「はい、道中お気をつけて。最近物騒なのは乱さんもご存じのはずでしょう。」
「うん。そうするよ。じゃあね。」
 軽く生返事のように返して荷物をぱっと纏めて部屋を出ようとする。
 すると急にスマフォのアラートが激しく鳴り始めた。
 確認しようと開いてみると、『緊急速報!お住まいの地域でポルターガイストによる犯罪行為が確認されました!』というお知らせが届いていた。
「……母さん?に向かうの?」
 思わず聞かずにはいられなかった。
「そうですね。どの程度の能力を有しているかにもよりますが、危険な場合は私がする予定です。」
「そっか。……母さんこそ気を付けてね。」
「はい、ありがとうございます。」
 優しく笑ってくれた母さんに別れを告げて、僕は自宅へ向かっての第一歩目を踏み出した。
 もしも、だ。ここで仮になんらかの手違いで姉さんの部屋に泊まらないといけない状況であったなら―そんな事は絶対にありえないのだが―、僕のこの先を決定するような事も無かった気がする。
 そう。この事件さえなければ。
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