ガーディストベルセルク

ぱとり乙人

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その生徒、都落ちにつき

真っ暗闇

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「お、落ち着いた、かな?」
「は、はい……ごめんなさい、我妻先輩……。」
「あはは!気にしないで!割とある事だしさ!」
「いや、さっきも言ったが土下座してきたのは流石に初めてだっただろう。」
 僕が取り乱して十数分土下座の姿勢をしていたのにも関わらず、我妻先輩は少し苦笑する程度で気にも留めていないようだった。
 しかし、近づいて話してみると更に圧迫感がある。巨大なクレーン車とでも会話しているのかと思ってしまうくらいだ。
「まぁとりあえず目的は達成した。あとは時間になるまでコイツを保護したら私たちのお役は御免だ。」
「うん!そうだね!」
 あ。そう言えば聞いていなかったな。
「あの。姉さんから保護を頼まれたって聞いていますが、どうして姉さんは僕の位置を把握できているんですか?」
「ん?あぁ。それに関しては詳しくは聞いていない。私は会長から『そこに居るから保護して』って連絡が来ただけだ。会長命令だから仕方なく来てやったんだ。有難く思えよ。」
 えぇ……?こっちとしてはなんで僕の居場所が特定できたのかの方が大事なんだけど。
 いつの間にかGPSを体内に仕込まれでもしたか?何をしてくるかわかったものじゃないからな、アレは。
「ちょ、ちょっと芽音ちゃん。そんな気を悪くするような事言っちゃ駄目だよ。乱君が可哀想だよ。」
「だから人前では下の名前で呼ぶなって言っているだろ!」
「ふぇぇー……。」
 それと。ムフフ。
 僕はもう一つ気になっている事がございましてねぇ?
 野暮な事だとは分かっているのですが……この金刃乱、これだけは聞かざるを得ないといったところでしょうか。
「あのー……黒井先輩?フフフ。」
「……なんだ、その気色の悪い顔は。その三白眼もあいまって余計に不気味に見えるぞ。」
「なっ!?芽音ちゃん!?なんて失礼な事言うの!人の見た目を悪く言うなんて最低だよ!」
「この薄ら笑い浮かべながら上目遣いで見てくるコイツも、あんたの身体と顔を見て土下座して命乞いするようなルッキズムの持ち主だよ。あとなぁ。ちょっとしゃがめ。」
「ん?……こう?」
 黒井先輩の無表情な手招きをすんなりと受け入れ、その巨体をゆっくりと地面に近づける。
 そして。
「えい。」
「ぬふぇいっ!?い、いだだだだだ!?ひょえっ!?ひゃんで!?」
 なんと命知らずなのだろうか!我妻先輩の頬っぺたを思い切りつまんで引っ張り始めたのだ!
「いだ!いだいよふぇねひゃん!!」
!?」
 尚も頬を引く力を弱めず、むしろ強くしながら語気を強める黒井先輩に、その巨体はまるで赤子の手を捻った上に腕ひしぎ十字固めをされたように小さく見えた。
 その気が済むまでは数分といったところか。黒井先輩が深く溜息をついたと同時にその頬から手が離れた。
「ったく。気を付けろ。次間違えたらしばらく喋らないからな。」
「ふぁい……。ふぇぇ……いひゃいよぉ……。」
 そうしてようやく解放された我妻先輩の頬は、見るも無残に赤く腫れていた。
 しかし、それを見て僕は確信したのだ。
「……お付き合い結構長いんですね。」
「うぇっ!?なんで分かったぶふぇっ!?」
 うっひゃー。いくら照れ隠しとは言え、今と同じ場所に張り手をかますかね?しかも腰の入ったいい張り手でしたよー?歴代の横綱でも一瞬意識を飛ばすくらいの。
 その黒井先輩の表情を見てみると……あらま立派な茹蛸。誰か醤油とワサビ取ってくれない?
「余計な事しか言えんのか!?あんたは!?」
「痛いよ!?それで、えぇっ!?なんで!?もしかして言ったら駄目だった!?」
 威嚇する猫のようにフーフー息を荒げながら怒る黒井先輩に、何が起きたのか分からず完全に頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいる我妻先輩。
 くぅ~これこれ。すっごい青春の香りがしますよ、ぐふふ。
「……金刃。お前もその下品極まりないしたり顔をやめろ。それともお前も頬を抓られたいのか?」
「滅相もございません。今の僕は見ざる聞かざる言わざるの三猿の一匹。何も見えていません。」
 僕はそう言うとわざとらしく大振りで腕を上げながらすーっと顔の前へ降ろしていき、自分の顔を覆った。その掌の下で、口角がつり上がっているのを必死に隠す為もだ。
 しかし、どうやらその態度が気に食わなかったらしい。
「……ほぉ?お前も中々舐めた態度を取るようになったじゃないか。そんなにお望みとあらば。」
「……え?」
「ちょっ!?それは流石にやりすぎだよ!?待って黒井さん!」
 何やら不穏な言葉を言われてしまったので、指の間から黒井先輩の顔を伺ったところ、とても良い笑顔をされながら殺意を向けている事は一目で分かり、そしてその着けていた黒眼鏡の枠が濃く光り輝いた所までは見えた。
 そこまでは見えたのだ。
「……あ、あれ?」
 おかしい。
 これはおかしいぞ?
 僕は確かに指の間から先輩の姿を見ていたはずなのに。
 
 手を顔から放す。その感触はしっかりある。という事は間違いない。
「……あの……黒井先輩?もしかして……。」
 数ある可能性の中から限りなくそれに近い答えを僕は口に出した。
「………………?」
 返事がない。それもまたおかしい。先程まで視認出来ていた距離ならば、聞こえていない訳はないのだ。
「あ、あの!?こ、これ先輩のガイストですよね!?絶対そうですよね!?」
 返事はない。突然薄暗い洞の中に取り残されたようだ。
 一気に胸の中の不安が高まり、僕は一直線へと走り出した。
 幸い足音は聞こえる。やはりただ単に視力が奪われただけのようだ。
 しかし。
「あ……あれ?」
 自分の足音は聞こえている。先程の場所から一直線で走れば、間違いなく先輩達のいた所に辿り着いているはずなのに。
 気配が全くない。どういう事だ?今僕は。
 ……何処に居るんだ!?
「何処に居るんですか!?聞こえているんでしょ!?さっきまでの事でしたら謝ります!ほんの少しからかってみたかっただけでして……!」
 何も聞こえない。傍にいるはずなのに。しかも黒井先輩ならまだしも、あの巨体の我妻先輩の気配すら感じ取れない。
 ただただ暗闇の視界が、僕の恐怖心を駆り立てる。息遣いが荒くなる。冷や汗も出て来た。鼓動も必要以上に高鳴る。
「先輩!すみませんでした!もう二度とからかったりしませんから!」
「……流石に情けなさ過ぎるぞ。」
「えっ。」
 聞き馴染みのある声と共に、突然真っ白な光が僕を襲う。
「のわっ!?」
 その強烈な光、思わず視線の地面に向けながら体を丸める。
「……あれ?」
 次に見えた景色は、荒れたタイルと生い茂った雑草であった。
「大体の動物というのは、視界を頼りに情報を経て状況を判断している。しかしそれがなくなると、次の行動には移り辛くなる。お前が身を以て感じた通りにな。」
「はっ!?」
 声の主は僕の背後にいると分かった瞬間、僕はバッと後ろを振り向く。
 しかし。
「ふっ。」
「うぇっ!?」
 その主に足払いをされ、受け身も取れずに転んだ亀のように背中からひっくり返って倒れた。
「【視界支配サイトジャック】。これが私のガイストだ。……しかし、いくらなんでも危機感が無さすぎる。これでは先が思いやられるな。」
「っ!」
 顔を見上げると、失望と怒りの入り混じったような顔つきで僕を見下げる黒井先輩が居た。
「い、一体どこに居たんですか?」
「はぁ?私達は最初から動いていない。お前が勝手に無様に明後日の方に走り出し、大声で喚き散らかしていただけだ。」
 そういうと、先程立っていた場所を黒井先輩は指を差す。確かにそこには一緒に近くに居た我妻先輩の姿があった。
「……金刃。余計なお世話かもしれんが、お前がガーディストになりたいのかなるつもりはないのか、私にとっては至極どうでもいい話だ。……だがな?」
 唾棄すべき存在のように、黒井先輩は僕の胸倉を掴んで引き上げた。
「なりたいのであれば、こんな無様な姿を晒すような真似は二度とするな。いいか?」
「ひっ……!……し、しかし……僕達は同じ高校の生徒ですよ?何もそこまで……。」
「ふざけるなよ。相手がガイストを使用した時点で、最早それは明確な敵だ。敵に抵抗する訳でもなく、ましてや子供が駄々をこねるかのように喚くなんぞあり得ない。今さっきの攻撃で、お前は一度死んでいると考えろ。そういう世界で生きようとしているんだよ、ガーディストを目指すというのは、な。」
 凄んでくる黒井先輩に対して、その怒りはごもっともだと思う。
 だからこそ、言いたくもなるのだ。僕がどうしてこんな目に遭わなきゃいけないのかと。
 成り行き任せで入学した僕と、最初から目指しているあなたとではそのような意識では雲泥の差がある。
 だからこそ分かって欲しい。ただ彼女を守るだけのちっぽけな力さえあればいいくらいなのだが、僕は僕なりに必死なのだ。
 でも、それを口にする事は出来ない。これ以上自分の境遇に誰かを巻き込むリスクは避けたい。
 だから僕は言える言葉というのは。
「……本当に、すみませんでした。以後気を付けます。」
「分かればいい。」
 本当の意味で喚き散らかしたい言葉を胸に秘め、自我を押し殺して謝罪するという選択肢を選ぶ他以外なかった。
 視界を奪われる前から、僕の行き先は今もなお真っ暗闇の中を手探りもせず赤ん坊のように歩いているんだろう。
 誰かが光を照らしてくれるだろうという淡い期待を願いながら。その誰かすら見当もつかないのに。
 あぁ、確かに僕は。
 ……無様だ。
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