異世界で森の隠者のヒモになります。

I

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xx.シル

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 シルヴェストル・リシャール侯爵令息。
 僕の名前。
 自我がはっきりと芽生えたと同時に、この世界が何かを知った。

 まだ3歳。小さな体の中に流れ込む覚えのない大量の情報に、当然と言うべきか、僕は熱を出した。
 一週間経ってようやく意識がはっきりした時には、それまでの僕は何処か奥底に潜って消えていた。混ざって一つになったのかもしれないが、年齢と記憶の情報量で勝った前世の僕が表に出たまま、長い時間を過ごすことになる。
 それが良かったのかはずっと分からなかった。

 ところで、前世の僕がデバッグの仕事を引き受けたゲームに『エテルニダ物語』というゲームがあった。
 女性向けジャンルで発売されたわりにはRPG要素にやたらと力を入れていて、しかも難易度は高め。物語の大半はマップかダンジョンにいる、なんて揶揄されたりもしたらしい。それでもキャラクターデザインも声優も有名所を起用していて、それなりの人気は出た。
 コンシューマーゲームからスマホゲームに移殖された時には主人公が男女を選べ、RPGパートの難易度選択が出来るようになった代わりにRPG要素が更に強化されたと聞いている。果たして女性向けジャンルで出たのか僕には分からないが、コンシューマーのデバッグ当時は乙女ゲームに分類されていたはずだ。

 主人公が仲間を集めて共に敵を倒す。その過程で友情や恋愛を育む。世界に平和が訪れてめでたしめでたし。よくある分かり易いテーマ。

 僕は、そこに出て来る悪役の一人だった。
 ラスボスの右腕――と言って差し支えない。
 そのくせ、学園編では悪役令息のような、嫌われ役までやらされている。

 使いまわされるのは、この顔のせいだろう。

 鏡に映った幼児。
 長い睫毛に大きなラベンダー色の瞳、透けそうな白い肌、肩あたりで真っ直ぐ揃えられたプラチナブロンド。我ながら、将来美形になることが約束された綺麗な子供だった。

 父にも母にも似ていない。
 先祖返りだという設定は知っているが、それが判明するのは僕が悪役として表舞台に立つ頃の話。

 兄弟にも似ず、不貞の疑いをかけられた母からは忌み嫌われ、まだ3歳だというのに屋敷の端に押しやられた気の毒な次男。体裁のためにと最低限の世話をされているだけのこども。
 ラスボスとなる人物から差し伸べられた手を取ったのは当然かもしれない。

 ――が、同じ道を進むつもりはなかった。
 ラストダンジョンまでいるスペックがあることは分かっている。それなら、他の道を探すことも可能だろう。



 決意とともに未来を見据えて動き出したものの。前世で度々ネタになっていた物語の強制力とは、実体験してみればなかなかにやっかいなもので。

 何もしていないのに僕は悪役だった。

 こっそり書斎から本を持って来ては部屋に引きこもって魔法から何から片っ端から勉強をする。一般教養や剣術は貴族令息の嗜みとかで強制的に学ばされたので、これ幸いと吸収した。そこに愛情は存在しなかったが、兄弟と変わらない教育を与えてくれたことだけは感謝している。
 学びに忙しい毎日でごく少数の人以外と接することもほとんどないのに、何故か僕の悪名は高まるばかりだった。

 ああ、これが強制力というものか。

 納得すると同時に焦りも強まる。
 学園は貴族の義務。行けば主人公たちに遭遇することは避けられない。この顔が目立つことは自覚している。二次性徴を迎え、いよいよゲーム画面で見た自分の顔に近づいてきている。大きかった目はすっと切れ長になって、とても15とは思えない色気を湛え。すらりと伸びた手足、手入れをしたわけでもないのに輝く髪、肌。
 いつの間にか傾城と噂されているのを知っている。

 だから、物語が始まる前に僕は出奔した。



 ≪魔の森≫と呼ばれる、誰も立ち入らない、何処まで続くかもはっきりしていない森。Sランク冒険者がパーティーを組んでも奥までは到達出来ていない、死の森。ゲームではマップ外で入れない場所だったから、主人公たちに遭遇する可能性も低い。
 確かに魔獣は強かった。それを余裕で倒せる自分のスペックの高さには呆れと感謝が浮かぶ。
 ここなら誰も来ないだろうという奥地に家を建てた。今日からここで一人で住むのかと魔法で組みあがっていく家を見上げても、特に感情は動かなかった。

 自分を理解してからこちら、ずっと孤独が身体を支配していた。
 誰かと笑い合うことも人と触れ合うこともほとんどなかったが、それを苦痛に思う感情は精神耐性を上げる魔法を見つけた時に早々に消し去った。



 ただ生きているだけの毎日が10年以上続いたある日、悠斗に出会った。



 異世界から転移してきたのは一目で分かった。こちらでは見かけないスーツ姿に、黒髪と黒目、この国の人間よりも平坦な顔立ちがひどく懐かしい。
 感情のままにくるくると動く表情に、自分の感情が強く揺れ動くのが分かる。



 この世界には人を召喚する術はない。当然、帰す術もない。



 助けようと思ったのは当然の流れだった。
 そこにある親切心と打算。
 どちらが上回っていたのかは今となっては分からないが、悠斗との生活はこの世界で初めて感じる鮮やかな色彩があった。世界が豊かに色づいて行くのが自分でも分かる。

 悠斗はとても素直で、良くも悪くも順応性が高く優しい人間だった。明らかに訳ありの僕に必要以上に立ち入ってこないのはまだ僕を警戒しているからだろうかと、都合がいいのに寂しく思う自分もいた。
時折、僕の顔を見て悶えている姿も面白い。邪魔なばかりのこの顔も、役に立つことがあるらしい。

「悠斗」
「なにー? ごはんうまく出来なかった?」
「そんなことない」

 最近、昼食は悠斗が作ることが多い。僕が作ったもののが美味しいと言ってくれるのは素直に嬉しかった。面倒に思いながらも半ば意地で人間としての衣食住は欠かさずにいた甲斐があった。
 こちらにくる直前まで実家住まいだったと言っていた悠斗は当初、家事がまるで出来なかった。最近は僕に聞いたり本を読んだりしながら努力をしている。鍋を焦がすこともなくなった。

 自分をヒモだと悠斗は言うけれど、彼がいてくれるだけで僕は穏やかでいられるし、いらないと捨てたはずの感情も勝手に戻って来る程度には充実した毎日を送っている。
 それを伝えたところで納得はしてもらえないだろうから、わざわざ伝えはしないけども。

「夕飯は僕が作るね」
「カレー食べたい!」
「また?」
「味噌汁も!」
「食べ合わせ」

 勢いよく挙手をする姿は微笑ましい。
 前世のことを伝えてから解禁した日本食が悠斗の中でブームになっていて、頻繁に食卓にのぼることになった。白米を炊いていた時、匂いで気づいた悠斗がふらふらと幽鬼のようにキッチンにやってきた時はどうしようかと思った。
 自分のことを話そうかどうか迷っていたけれど、こんなに喜ぶのならもっと早く教えて日本食を出してあげればよかったと申し訳なくなる。

 日本のゲームの世界と類似していることは伝えるつもりはない。知らなければただの異世界だ。今となっては、この世界が本当にあのゲームと同じなのかも分からない。

 ラスボスの男が何をしているのかは知らないが、ゲームのラストダンジョンとして踏破されるはずだったタルストリダンジョンは踏破されることなく残っていた。
 そのせいでスタンピード間近まで魔力を溜め込んでいたのは面倒だった。まあ、もう関係ないだろう。

 ところでこの間のトンカツがオーク肉なことはいつ伝えようか。

「食べたいからしょうがないよねえ」

 からっと笑う悠斗に毎日救われて、心が浮き立つ。




 僕はようやく、安息を手に入れた。
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