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第二章 ライバルと放火魔と
#17 変装ヒーロー
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一一月八日。
「それじゃ神崎さん、来週はお休みだから再来週ね!」
「はい。では失礼します」
講師に挨拶し、一六時過ぎにカルチャーセンターを出た千穂実は、駅とは逆方面へ歩き出した。
約五分後、目的地であるゴミ捨て場が見えて来た。小さなビルの正面の狭いスペースには、カラスによるイタズラを防止する黄色い大きなネットのみがあり、ゴミは一つも出ていない。
──流石にもう警察はいないよね。
このゴミ捨て場が放火未遂に遭ったのは、深夜二時頃だった。野球帽を目深に被った男が、不法投棄されていた粗大ゴミに火を点けようとしたものの、たまたまカップルが通り掛かったため、何もせず逃亡したらしい。
ネットのニュース記事のコメント欄は、いつまで経っても放火魔を逮捕出来ずにいるK県警への、批判や中傷コメントで溢れていた。更にその中にはごく一部ではあるものの、シルバーブレットに対する批判もあった。書き込んだ人間の頭にカラスのフンが落ちるようにと千穂実は呪った。
──駒鳥神社からは離れているけど、曜日と北上しているって予想は当たったな……。
「何してるんだい」
千穂実がハッと振り向くと、元来た方向から一人の男性が歩いて来るところだった。白いシャツの上に黒いジレ、ジーンズに革靴という姿で、オールバックの黒髪をワックスできっちり固めている。
しかしそれよりも千穂実が注目したのは、服の上からでもわかる筋肉質な体型だった。
──マッチョだ……この人絶対マッチョだ……ヤダ最高!
「いやー、ちょっと……」
「そこ、夜中に放火があったらしいね。それで興味を持って見に来たのかな」
「え、ええまあ……」千穂実は愛想笑いしながら答えた。
男性は千穂実の隣に並ぶと、声を数段低くして
「調査でもする気か」
「え……」
射抜くような鋭い視線に、千穂実はたじろいだ。
「粗大ゴミは警察が回収した。犯人の足跡は朝方降った雨で大方消えてしまったようだ。防犯カメラが設置された路地を通っていればいいが……何にせよ、君の出番はないだろう」
──あ、あれ?
この喋り方、そして低くなった声には聞き覚えがあった。
「え、ちょ、待って……」千穂実は恐る恐るといった様子で尋ねた。「まさかあなた……シルバーブレット?」
「やっとわかったか」
「でええっ!?」千穂実は思わず飛び退いた。弾みで背負ったリュックがずり落ちそうになる。
「まったく、何をしているのかと思えば」
「そ、それはこっちのセリフですよ! わたしは護身術教室がこの近くだから、その帰りに単なる興味で見に来ただけです! え、ていうかそれ素顔!?」
「変装だ」
「なーんだ……ああでも、体型はそのままだよね? あの黒ずくめな格好の時には気付かなかったけど、結構筋肉あるでしょ。まあやっぱヒーローなり自警団員なりを続けるには、それくらい鍛えてなきゃ──」
「どうだろうな」
「はあ? ……その筋肉が偽物だっていうなら、わたし死んでも許さないからね!?」
「何故怒るのか全く理解出来ないのだが。それともう少し静かに喋ってほしい」
道路を挟んで反対側の歩道に通行人がちらほら。更に千穂実の後方からも、部活動の帰りと思わしき髪の短い女子高生徒たちが五人、何かの話題で盛り上がりながらやって来る。
「……ところで、あなたは何でここに?」千穂実は声を落として尋ねた。「まさか、またわたしを尾けて?」
「いいや」
「残り二人のヴィランを探しているの?」
女子高生たちが、通り過ぎざまに千穂実たちをチラチラ見やる。
「イケメンじゃね?」
「えー、そうかな」
「あの俳優さんに似てない? ほら、あのドラマの……」
──残念、変装なんだよー。
千穂実はちょっとした優越感に浸ったが、そもそも自分もシルバーブレットの素顔なんて知らないのだと改めて気付かされた。
「わたしも手伝いましょうか」
「結構だ」
「うん言われると思った。でもわたし、正式にサイドキックになったんですよ? コスチュームだって用意してくれるんですよね? 本格的に活動を始める前に練習──ってちょっと!」
シルバーブレットは、女子高生たちがやって来た方向へ歩き出していた。
「ケチ! わかりました、帰ります。でも明日の約束は絶対ですよ!」
シルバーブレットは振り向かず、無言で右手を上げると去って行った。
──誰に対してもあんな感じなわけ?
千穂実は小さく溜め息を吐き、ケチで無愛想な誰かさんが角を曲がって姿を消すと、元来た道を戻って行った。
深夜一時四八分、司江市内某所のガード下。
褐色肌に黒い短髪の男が、先を急ぐように小走りで進んでいた。コツコツコツコツと、足音が小刻みに反響する。
あと少しで外に出るというところで、四人の男が前方からやって来て道を塞いだ。四人全員が首元や指にごついシルバーアクセサリーを着け、刺繍が入ったジャンパーを纏い、そして顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「アンタだよなあ? 三日前、オレらの仲間を病院送りにしてくれた外人のにーちゃんてのは」
右から二番目の、サングラスを掛けたガタイのいい坊主頭の男が尋ねると、褐色肌の男は無言で肩を竦めた。
「とぼけんなや。アンタは気付かなかっただろうが、三日前のあの時、もう一人仲間が隠れてて、アンタの写真をバッチリ撮ってたんだわ。他にも何人かと喧嘩したから覚えてないってか? それとも何だ、ニホンゴワカリマセンってか?」
「……不思議なんだよなあ」
褐色肌の男はのんびり言った。
「異世界の全く知らない言語のはずなのに、何故か理解出来る。そこら辺どうなってんだか俺にはさっぱりわかんねえけど、まあそのお陰で大した不便はせずに済んでるからな」
「ああ? 何ぶつぶつ言ってやがる」
「だから、ニホンゴワカリマスって言ってんだよ」
坊主頭の男は右眉をピクリと動かし、残る三人はギョッとした様子で目を見張った。褐色肌の男の声色が、重傷を負わされた仲間のそれと同じになったからだ。
「へえ、声帯模写ってやつか。上手いな」
「そりゃどうも」
「元の声に戻しな。じゃねえと舌引っこ抜くぞ」
「へいへい。で、俺をこれからどうするつもりだ」
「どうするってよお……こうするんだよ!」
坊主頭の男が突進し、力任せに放った右腕の拳は、褐色肌の男の左腕に防がれた。坊主頭の男はニヤリと笑い、自慢の怪力で押し切ろうとしたが、手首付近を押さえ付けている褐色の左腕はビクともしない。
「……っ!」
坊主頭の男が笑顔と右腕を引っ込めるのと、褐色肌の男が一歩間合いを詰めるのに、ほとんど時間差はなかった。
褐色肌の男の右の拳が、坊主頭の男の顎を突き上げた。坊主頭の男は一瞬呆けたように固まったが、次の瞬間には力が抜けたように倒れ込み、苦しそうに小さな呻き声を上げた。
残された三人は動揺し、互いに目配せし合った。
「どうした。仲間の仇を取るんじゃないのか。そいつも含めて二人分の」
左端の長髪の男が、返事代わりに懐からバタフライナイフを取り出し、手元で遊ばせた。
「おう、まあ頑張れ」褐色肌の男は他人事のようにそう言うと、両手を広げて突っ立った。
「たまたま上手くいったからって調子乗ってると……死ぬ程後悔するぜ?」
褐色肌の男に近付こうとする長髪男の右手首を、誰かが強く掴んだ。
「あ?」
長髪の男の手首を掴んでいるのは、コンクリート壁から伸びた手だった。
長髪の男は状況を理解すると悲鳴を上げ、褐色肌の男は小さく舌打ちした。
「何だよ……は?」
「おいどうし……え?」
二人の男は異様な光景に釘付けとなった。
長髪の男が抵抗した弾みでナイフを落とすと、壁をすり抜けるように一人の男が現れた。闇よりも濃い黒髪と、対照的に真っ白なシャツ、ダメージジーンズにサンダルという姿の、何処にでもいそうな青年だ。
「か、壁から……な、何でそんな……」
「壁じゃなくて、影なんだけどな」
「ア、アアア……アンタ一体──」
長髪の男の言葉は続かなかった。口から青白い煙のような物を吐き出したかと思うと、黒髪の青年が手を放した途端に真後ろに倒れた。
「お、おい!?」
二人の男は長髪の男を覗き込んだ。
「どうした、何された?」
「ま、まさか死んじゃいねえだろうな!」
「そのまさかだよ」褐色肌の男が代わりに答えた。「あんたらも後追いしたくなかったら、そこの坊主頭連れてとっとと帰んな」
黒髪の青年が近付こうとする素振りを見せると、二人の男は坊主頭の男には目もくれず、一目散に逃げ出した。
「あらら、酷いね! 大切なお友達じゃなかったのかな」
黒髪の青年は去ってゆく二人の男を見やりながら愉快そうに言うと、ゆっくり振り返った。
「やっと追い付いたよ、ニムロッド。元気してた?」
「……おう」
褐色肌の男──ニムロッドは居心地悪そうに身じろいだ。
「見ないなと思ってたら、ツカサエにいたとはね。どうして? ムー・メイはハマナミかマイショウにいるんだよ」
「降りる」ややあってから、ニムロッドはぶっきらぼうに答えた。「俺は降りるぜ、シャドウウォーカー」
「え、どうしてさ」黒髪の青年──シャドウウォーカーは、僅かに首を傾げた。
「この間話したろ! キラーダンサーとフォーアイドゴブリンの姿をめっきり見掛けねえ。仮面野郎にとっ捕まって送還されたか消されたんだろうが、恐らく後者だ。俺はそんな目に遭うのは御免だ。司江に潜伏しながら元の世界に戻る方法を探る」
「えー、まさかシルバーブレットみたいな異世界移動能力者を探すの? 探し出した頃には今にも死にそうなおじいちゃんになってるかもよ? 最初に決めた通り、ムー・メイを捕まえて、無明石の力を使った方が早いと思うけど」
ニムロッドは目を逸らし、不服そうに顔をしかめていたが、シャドウウォーカーが歩み寄ると体を強張らせた。
「ズルいよ。一人じゃヤだよ」シャドウウォーカーの口調は、まるで子供のようだった。「約束したろ。一緒にムー・メイを見付けて、望みを全部叶えて、誰も敵わない存在になろうって」
「いや、しかしな──」
「向こうの世界に帰ったところで、どのみちシルバーブレットは追って来るよ。こっちの世界で片付けちゃおうよ。君だって憎いだろ? あの男が」
シャドウウォーカーの指先が、ニムロッドの左頬の傷痕をそっと撫でた。
「殺られる前に殺っちゃおうよ。ね?」
「……ああ……そうだな」
「よし、決まり!」シャドウウォーカーは笑顔で両手を打ち合わせた。「ところでニムロッド、走って何処行こうとしてたの?」
「そりゃあ──」
──さっき街中で見掛けたお前から逃げる途中だったんだよ。
「──寝ぐらに戻るためさ」
ニムロッドは内心、盛大に溜め息を吐いていた。
「それじゃ神崎さん、来週はお休みだから再来週ね!」
「はい。では失礼します」
講師に挨拶し、一六時過ぎにカルチャーセンターを出た千穂実は、駅とは逆方面へ歩き出した。
約五分後、目的地であるゴミ捨て場が見えて来た。小さなビルの正面の狭いスペースには、カラスによるイタズラを防止する黄色い大きなネットのみがあり、ゴミは一つも出ていない。
──流石にもう警察はいないよね。
このゴミ捨て場が放火未遂に遭ったのは、深夜二時頃だった。野球帽を目深に被った男が、不法投棄されていた粗大ゴミに火を点けようとしたものの、たまたまカップルが通り掛かったため、何もせず逃亡したらしい。
ネットのニュース記事のコメント欄は、いつまで経っても放火魔を逮捕出来ずにいるK県警への、批判や中傷コメントで溢れていた。更にその中にはごく一部ではあるものの、シルバーブレットに対する批判もあった。書き込んだ人間の頭にカラスのフンが落ちるようにと千穂実は呪った。
──駒鳥神社からは離れているけど、曜日と北上しているって予想は当たったな……。
「何してるんだい」
千穂実がハッと振り向くと、元来た方向から一人の男性が歩いて来るところだった。白いシャツの上に黒いジレ、ジーンズに革靴という姿で、オールバックの黒髪をワックスできっちり固めている。
しかしそれよりも千穂実が注目したのは、服の上からでもわかる筋肉質な体型だった。
──マッチョだ……この人絶対マッチョだ……ヤダ最高!
「いやー、ちょっと……」
「そこ、夜中に放火があったらしいね。それで興味を持って見に来たのかな」
「え、ええまあ……」千穂実は愛想笑いしながら答えた。
男性は千穂実の隣に並ぶと、声を数段低くして
「調査でもする気か」
「え……」
射抜くような鋭い視線に、千穂実はたじろいだ。
「粗大ゴミは警察が回収した。犯人の足跡は朝方降った雨で大方消えてしまったようだ。防犯カメラが設置された路地を通っていればいいが……何にせよ、君の出番はないだろう」
──あ、あれ?
この喋り方、そして低くなった声には聞き覚えがあった。
「え、ちょ、待って……」千穂実は恐る恐るといった様子で尋ねた。「まさかあなた……シルバーブレット?」
「やっとわかったか」
「でええっ!?」千穂実は思わず飛び退いた。弾みで背負ったリュックがずり落ちそうになる。
「まったく、何をしているのかと思えば」
「そ、それはこっちのセリフですよ! わたしは護身術教室がこの近くだから、その帰りに単なる興味で見に来ただけです! え、ていうかそれ素顔!?」
「変装だ」
「なーんだ……ああでも、体型はそのままだよね? あの黒ずくめな格好の時には気付かなかったけど、結構筋肉あるでしょ。まあやっぱヒーローなり自警団員なりを続けるには、それくらい鍛えてなきゃ──」
「どうだろうな」
「はあ? ……その筋肉が偽物だっていうなら、わたし死んでも許さないからね!?」
「何故怒るのか全く理解出来ないのだが。それともう少し静かに喋ってほしい」
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「……ところで、あなたは何でここに?」千穂実は声を落として尋ねた。「まさか、またわたしを尾けて?」
「いいや」
「残り二人のヴィランを探しているの?」
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「イケメンじゃね?」
「えー、そうかな」
「あの俳優さんに似てない? ほら、あのドラマの……」
──残念、変装なんだよー。
千穂実はちょっとした優越感に浸ったが、そもそも自分もシルバーブレットの素顔なんて知らないのだと改めて気付かされた。
「わたしも手伝いましょうか」
「結構だ」
「うん言われると思った。でもわたし、正式にサイドキックになったんですよ? コスチュームだって用意してくれるんですよね? 本格的に活動を始める前に練習──ってちょっと!」
シルバーブレットは、女子高生たちがやって来た方向へ歩き出していた。
「ケチ! わかりました、帰ります。でも明日の約束は絶対ですよ!」
シルバーブレットは振り向かず、無言で右手を上げると去って行った。
──誰に対してもあんな感じなわけ?
千穂実は小さく溜め息を吐き、ケチで無愛想な誰かさんが角を曲がって姿を消すと、元来た道を戻って行った。
深夜一時四八分、司江市内某所のガード下。
褐色肌に黒い短髪の男が、先を急ぐように小走りで進んでいた。コツコツコツコツと、足音が小刻みに反響する。
あと少しで外に出るというところで、四人の男が前方からやって来て道を塞いだ。四人全員が首元や指にごついシルバーアクセサリーを着け、刺繍が入ったジャンパーを纏い、そして顔には薄ら笑いが浮かんでいる。
「アンタだよなあ? 三日前、オレらの仲間を病院送りにしてくれた外人のにーちゃんてのは」
右から二番目の、サングラスを掛けたガタイのいい坊主頭の男が尋ねると、褐色肌の男は無言で肩を竦めた。
「とぼけんなや。アンタは気付かなかっただろうが、三日前のあの時、もう一人仲間が隠れてて、アンタの写真をバッチリ撮ってたんだわ。他にも何人かと喧嘩したから覚えてないってか? それとも何だ、ニホンゴワカリマセンってか?」
「……不思議なんだよなあ」
褐色肌の男はのんびり言った。
「異世界の全く知らない言語のはずなのに、何故か理解出来る。そこら辺どうなってんだか俺にはさっぱりわかんねえけど、まあそのお陰で大した不便はせずに済んでるからな」
「ああ? 何ぶつぶつ言ってやがる」
「だから、ニホンゴワカリマスって言ってんだよ」
坊主頭の男は右眉をピクリと動かし、残る三人はギョッとした様子で目を見張った。褐色肌の男の声色が、重傷を負わされた仲間のそれと同じになったからだ。
「へえ、声帯模写ってやつか。上手いな」
「そりゃどうも」
「元の声に戻しな。じゃねえと舌引っこ抜くぞ」
「へいへい。で、俺をこれからどうするつもりだ」
「どうするってよお……こうするんだよ!」
坊主頭の男が突進し、力任せに放った右腕の拳は、褐色肌の男の左腕に防がれた。坊主頭の男はニヤリと笑い、自慢の怪力で押し切ろうとしたが、手首付近を押さえ付けている褐色の左腕はビクともしない。
「……っ!」
坊主頭の男が笑顔と右腕を引っ込めるのと、褐色肌の男が一歩間合いを詰めるのに、ほとんど時間差はなかった。
褐色肌の男の右の拳が、坊主頭の男の顎を突き上げた。坊主頭の男は一瞬呆けたように固まったが、次の瞬間には力が抜けたように倒れ込み、苦しそうに小さな呻き声を上げた。
残された三人は動揺し、互いに目配せし合った。
「どうした。仲間の仇を取るんじゃないのか。そいつも含めて二人分の」
左端の長髪の男が、返事代わりに懐からバタフライナイフを取り出し、手元で遊ばせた。
「おう、まあ頑張れ」褐色肌の男は他人事のようにそう言うと、両手を広げて突っ立った。
「たまたま上手くいったからって調子乗ってると……死ぬ程後悔するぜ?」
褐色肌の男に近付こうとする長髪男の右手首を、誰かが強く掴んだ。
「あ?」
長髪の男の手首を掴んでいるのは、コンクリート壁から伸びた手だった。
長髪の男は状況を理解すると悲鳴を上げ、褐色肌の男は小さく舌打ちした。
「何だよ……は?」
「おいどうし……え?」
二人の男は異様な光景に釘付けとなった。
長髪の男が抵抗した弾みでナイフを落とすと、壁をすり抜けるように一人の男が現れた。闇よりも濃い黒髪と、対照的に真っ白なシャツ、ダメージジーンズにサンダルという姿の、何処にでもいそうな青年だ。
「か、壁から……な、何でそんな……」
「壁じゃなくて、影なんだけどな」
「ア、アアア……アンタ一体──」
長髪の男の言葉は続かなかった。口から青白い煙のような物を吐き出したかと思うと、黒髪の青年が手を放した途端に真後ろに倒れた。
「お、おい!?」
二人の男は長髪の男を覗き込んだ。
「どうした、何された?」
「ま、まさか死んじゃいねえだろうな!」
「そのまさかだよ」褐色肌の男が代わりに答えた。「あんたらも後追いしたくなかったら、そこの坊主頭連れてとっとと帰んな」
黒髪の青年が近付こうとする素振りを見せると、二人の男は坊主頭の男には目もくれず、一目散に逃げ出した。
「あらら、酷いね! 大切なお友達じゃなかったのかな」
黒髪の青年は去ってゆく二人の男を見やりながら愉快そうに言うと、ゆっくり振り返った。
「やっと追い付いたよ、ニムロッド。元気してた?」
「……おう」
褐色肌の男──ニムロッドは居心地悪そうに身じろいだ。
「見ないなと思ってたら、ツカサエにいたとはね。どうして? ムー・メイはハマナミかマイショウにいるんだよ」
「降りる」ややあってから、ニムロッドはぶっきらぼうに答えた。「俺は降りるぜ、シャドウウォーカー」
「え、どうしてさ」黒髪の青年──シャドウウォーカーは、僅かに首を傾げた。
「この間話したろ! キラーダンサーとフォーアイドゴブリンの姿をめっきり見掛けねえ。仮面野郎にとっ捕まって送還されたか消されたんだろうが、恐らく後者だ。俺はそんな目に遭うのは御免だ。司江に潜伏しながら元の世界に戻る方法を探る」
「えー、まさかシルバーブレットみたいな異世界移動能力者を探すの? 探し出した頃には今にも死にそうなおじいちゃんになってるかもよ? 最初に決めた通り、ムー・メイを捕まえて、無明石の力を使った方が早いと思うけど」
ニムロッドは目を逸らし、不服そうに顔をしかめていたが、シャドウウォーカーが歩み寄ると体を強張らせた。
「ズルいよ。一人じゃヤだよ」シャドウウォーカーの口調は、まるで子供のようだった。「約束したろ。一緒にムー・メイを見付けて、望みを全部叶えて、誰も敵わない存在になろうって」
「いや、しかしな──」
「向こうの世界に帰ったところで、どのみちシルバーブレットは追って来るよ。こっちの世界で片付けちゃおうよ。君だって憎いだろ? あの男が」
シャドウウォーカーの指先が、ニムロッドの左頬の傷痕をそっと撫でた。
「殺られる前に殺っちゃおうよ。ね?」
「……ああ……そうだな」
「よし、決まり!」シャドウウォーカーは笑顔で両手を打ち合わせた。「ところでニムロッド、走って何処行こうとしてたの?」
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